被災された方々のための祈り

2026年8月3日

夏期講習中は、私は日曜日の勤務がある。だいぶ断っているのだが、私がいないと回らないときは出勤を承諾するようにしている。8月2日、礼拝説教はゲストの説教者によるものであった。直接聞けたらよかったのだが、それも必要な導きだったのだろうと理解している。むしろマルコ伝の連続講解説教で命を受けていることを嬉しく思う。
 
礼拝説教の様子は、一週間後に動画で見ることができた。ゲストの説教者は、東日本大震災の現場で、支援活動を続けてきた人である。その活動は私の許へニュースとして流れてくるようになっていて、その意味では知らない人ではなかった。ただ、本を拝読したことはなかったし、説教も聞いたことがなかった。それで、後れてではあるが、説教に触れるのを楽しみにしていた。
 
あなたが追い出そうとしているこれらの国民は卜占する者や占い師の言うことを聞いているが、あなたの神、主は、あなたがそうすることをお許しにならない。(申命記18:14)
 
だが、今や神を知ったのに、いや、神に知られたのに、どうして、再び奴隷になることを望んで、あの無力で貧弱なもろもろの霊力に逆戻りするのですか。(ガラテヤ4:9)
 
選ばれた聖句は、「ローズンゲン」に基づくものであった。この8月2日に選ばれたものが、これらの言葉。というわけで、それを説教箇所として選んだということである。
 
否、自分が「選んだ」のではない。それは神から「選ばれた」のだ、と言いたいかもしれない。ある師に、説教の聖書箇所は自分で選ぶべきものではない、と言われたようなことも触れていたから、これこそ神のイニシアティブにより与えられた聖書の言葉なのだ、ということなのだろう。
 
私は必ずしもそうは思わない。確かに、京都の牧師は、他所で急遽聖書の話をしなければならなくなったとしても、聖書のどこからでも語ることができる、それが説教者である、という考えをもっていて、それを逞しく私に示していた。だが、それは急遽であったし、常に聖書の凡ゆるところからインスピレーションを受けて、神から示しを与えられ続けていた牧師ならではのことだったと思う。
 
それに対して、今回のように説教することが事前に伝えられていて、語る聖書箇所を選び、いろいろ調べたり練ったりして語る内容を考えるとあっては、他人が選んだ聖書の句を扱うというのは、むしろ例外的な措置ではないかと私は思うのだ。というのは、聖書の言葉を説教者自身が受けて、自らに問い、しみじみと魂に浸らせた上、なにかしら現実の中で噛みしめるものがあり、神に応える営みを経たからこそ、つまり自ら感動したからこそ、壇上から自ら受けた神の言葉を、生き生きと会衆に語り伝えることができるのであろう、と考えるからである。
 
そこでふと、今回の説教者の言葉に対してブレーキがかかったものだから、少しばかり慎重に聞いてゆくことにした。すると、次第にその理由が分かってきた。何もこの人を批判するつもりではないので、話の軸だけ明らかにしておくことにしよう。
 
私は以前に、ある神学者で時折説教をする人を知っていた。とくに新約聖書の研究については偉大な学者である。だが、説教そのものには命がなかった。証しを聞いたことがある。最初、「福音派」(という言葉はいろいろ誤解を与えるが、凡そそういうものとご理解戴きたい)の信仰を与えられたが、海外で違う聖書研究の立場に触れ、通例の「福音派」に背を向け、むしろ敵意を懐くようにすらなった。そのため、聖書は普通言われているような読み方ではだめだ、という熱意に絆される形で、自らの研究を、「福音派」の否定のために費やすような形をとり、その研究内容を礼拝の中で語り続けたのであった。
 
説教者は、自己紹介をした。やはり「福音派」に育ったが、正反対に離れて行ったことを話していた。尤も、「福音派」の否定をしようという動きを自らの使命とはしていないようなので、表向きは聖書を説き明かすような形にはなっていたと思う。
 
だが、「罪」と「救い」というベースに立つものではないのではないか、と疑わせるものがやはりあって、説教に一筋の光を発する力点というものが感じられなかった。与えられたローズンゲンの言葉を、ひとつの筋で通して、今日はこれだけを伝えたい、という熱意を以て神の言葉を示すような姿勢ではなかった、ということである。結局、掲げられた聖書の句から、何を会衆にもたらそうとしたのか、私には分からなかった。語られたことは、他の聖書箇所からのものばかりであり、申命記とガラテヤ書よりも、むしろ他の詩編やサムエル記の物語を語る時間の方がよほど長かった。何のために「ローズンゲン」の箇所を看板にしたのかよく分からなかったし、最後に取って付けたように「十字架」に触れたが、脈絡はついに分からなかった。説教自体も、要するに何を伝えたかったのか、幾度メモを読み返しても、分からない。私はよほど理解力がないものと見える。
 
前置きが長くなったが、要するにそういうわけなので、この日の説教内容を辿ったり、そこから受けたことを自分なりに咀嚼してレスポンスしたりすることが、できないことを告白しなければならない。せっかくなので、説教で触れた話題にも一部触ることにはしたいが、私としては、与えられた聖書の言葉を与えられたものとして、神に信仰を向けて綴ることを試みたいと思う。
 
そこで再び、二つの節をここに挙げる。
 
あなたが追い出そうとしているこれらの国民は卜占する者や占い師の言うことを聞いているが、あなたの神、主は、あなたがそうすることをお許しにならない。(申命記18:14)
 
だが、今や神を知ったのに、いや、神に知られたのに、どうして、再び奴隷になることを望んで、あの無力で貧弱なもろもろの霊力に逆戻りするのですか。(ガラテヤ4:9)
 
「追い出す」とは穏やかでない。いまなおパレスチナ問題として戦火も止まらない争いの源は、こういうところにある、とも言える。だがいまはそれを指摘するに留める。原住民を本当に追い出したのか、という点については、研究者の間では疑わしい眼差しが向けられている。共存していたのではないか、というのだ。その可能性は大いにあるように思われる。だから、彼らが卜占や占いその他に興じる様に染まってはいけない、と言っているのではないか。直前には、このようにも言っている。
 
あなたの神、主の与える地に入ったならば、そこの諸国民の忌むべき慣習を見習ってはならない。あなたの中に、自分の息子や娘を火にくぐらせる者、占い師、卜占する者、まじない師、呪術師、呪文を唱える者、口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者などがいてはならない。(18:9-11)
 
一つひとつがどのようなものであるか、私には分からない。そう訳してよいのかという点についてすら、知識がない。日本語ならば、霊を憑依させる力をもつ者が「霊媒」であり、その霊の語る言葉を分かりやすく伝えるのが「口寄せ」であるだろう。こうなると、「異言」と「預言」も「霊」にまつわる以上、どこがどう違うのか、難しい問題になるのではないか。
 
ともかく、これらは主なる神の業とは別の世界のものであるらしい。そしてこれらを信じる異国の者たちのすることを、イスラエルの民がやってはいけない、と言っている。
 
えてして、禁止事項は、それがなされていたことを物語る証左である、とも言う。イスラエルの中に、これらをする者が実際にいたことは、否定できないだろう。そうでなければ、列王記などに記されている、神への信仰からすれば「悪」なる王の登場もなかったはずである。
 
これがガラテヤ書での、「あの無力で貧弱なもろもろの霊力」に重なるところがある、というのが、「ローズンゲン」がそれを並べた理由であるだろう。もちろんガラテヤ書でパウロが言いたかったのは、申命記のような霊的な離反と単純に重ね合わせてよい話ではないだろう。天地創造の神を知らず、偶像とイスラエルが呼ぶような神々に、奴隷として仕えていた、というようには指摘している。だがここで「再び奴隷になる」と戒めているのは、割礼問題を契機として、かつての悪習慣に舞い戻ろうとしていることであると思われる。
 
それよりもむしろ注目したいのは、「今や神を知ったのに、いや、神に知られたのに」とパウロがこの流れの中で言い直している点である。「今や神を知ったのに」だけで十分論理が通る場面である。しかし、パウロとしては、論理の筋を崩してでも、私たちが「神に知られ」ていることに言及しなければならなかった心理があったのだ。
 
人間が神を知るだけの一方的な営みは、異国の民が神々を知るのと並行的である。私たちの神は、その程度の神ではない。神こそがまず私たちを知ってくださったのだ。「知る」とはもちろん、知識や面識という意味ではない。深い交わりである。人格を交流させる場がそこにあり、いわば心通わせることがなされていることを意味する。パウロの福音は、あなたがたは神からの働きかけによる神との交わりの中にあるのだ、という強烈なメッセージでもあったのだ。
 
私たちは、歴史物語として聖書を読むことができる。いったいこれは、当時のどういうことなのだろう。当時の人々の考えの何を示しているのだろう。歴史家のように探求する学者がいる。それはそれで、学問的に貢献するだろうし、信徒としても、自分の思い込みから逃れて、より適切な言葉の理解と信仰に向き直る機会が与えられることもある。
 
しかし、聖書は不思議な書物である。聖書は物語に過ぎない、という思いで読むならば、確かにその通りである。ただ、そこから、神は人間が創造(想像)したものだ、と結論づけるしかない、という言明は、適切ではない。つまり、「聖書は物語だ」とその人が口にすることについて、私はそれを否定はしない、ということだ。但し、それが本当なのだ、とすることとの間には、直接のつながりがない、と言いたいのだ。
 
何故なら、「聖書は物語だ」と言いながらも、自分はその物語の中にいる、という自覚をもつことは十分考えられるからである。というよりも、それが「信仰」なのである。それであってこそ、私たちは自分の「罪」を知る。それであってこそ、私たちはイエス・キリストと「出会う」。それであってこそ、私たちは神の「救い」を知る。その物語は、突き放して見る余所事の話ではない。聖書は、そういう読み方をさせ得る本である。『はてしない物語』でエンデが少年を本の中のファンタジーの世界に誘い入れた、あのような体験をさせてくれるものなのである。
 
それでは、この説教で選ばれた聖句は、歴史の中の出来事だけでない、とする受け止め方があるのだろうか。「占い」とは何のことであるのか、聖書の表現は時に危うい。「占い」はエジプトのヨセフがしていたことだし、聖書で幾度も意味深長な活躍をする「夢」も紙一重であろう。「くじ」によりダビデやアカンや、マティアなどを思い起こすことも簡単だ。そもそもこの「ローズンゲン」自体が、「くじ」により聖書の言葉を決めることから始まっている。
 
では、異国の習慣として退けるものとして挙げている「占い」は、必ずしも悪いものではないのだろうか。私自身の感じたことは、誰にも当てはめたくて言うのではない。それを前提にしてここに表してみることにする。私たちが自分の知識を優先して、選択をすることがある。それは科学的であったり、論理的であったりするものである。少なくとも私たちの現代の論理では、そうであるかもしれない。だがかつては、たとえば瀉血で病を治そうとしたのが十分に科学的であった。現代医学でも、少し以前にはこれこれがよいとされていたのが、最近はそれはいけないという常識になることがある。私たちはその都度、一定の常識や共通の知によって、判断する。さらにまた、自分の僅かな利益を優先して物事を決め、他人を利用しようとする。私には、それらが何らかの形で「占い」であるように思えることがある。
 
見えないものの力を、決めつけることが私たちにはある。いちいち例は挙げないが、見えない力を想定もするし、人の心の見えない部分を勝手に「闇」と呼ぶこともする。時には、「神はこう言われる」という誰かの言葉を信じさせられることがあるし、自ら信じることもある。それらが口寄せや霊媒とは全く違うものであるようには、私には思えない。けしからん人間を見ると、あんな奴、と呪うことがある。痛い目に遭えばいいのに、と強く思えば、立派な呪術ではないのか。亡くなった人の墓前で、あなたはこう思っていますよね、などと呼びかけるとき、死者に伺いを立てているようなものではないか、とも思う。
 
神の国の住人は、そういうことから全く聖められているのだろう。だが、私たちはいま、神の国の出張所にいるにしても、それほど全き者として完成しているわけではない。世の論理や常識を頼りにすることもある。それもまた神が与えた恵みなのだ、と穏やかな信仰を保つのは健全であるかもしれないが、どこからか「すり替わり」が起こることがある。いつしか、世の知識が最優先になって、教会運営がなされている、ということはないだろうか。
 
誤解を恐れずに言うならば、初期の教会が、基本的人権も民主主義もない中で、いまの私たちから見れば不条理な迫害に震えているとき、そのような「常識」に逆らって、いわば狂ったように信仰していた様子が、新約聖書を書かせた背景であって、新約聖書は、そこに破れ目を入れると血が噴き出すような言葉ではなかったのだろうか。それがなんと平和に、安全に、信教の自由の中で「敬虔な」者たちとして教会が安穏としていることだろう。イスラム国家へ入ってキリスト教宣教師をしている人たちがいる。そこでは、いま日本にいる私たちとは違う「常識」が働いている。キリスト教を伝道すれば殺されかねない主義の国家では、私たちの「常識」は使うことができないであろう。そこから見れば、私たちの日常的な教会活動は、「占い」や「口寄せ」に過ぎないようである、と言われても、私たちは抵抗できないのではないだろうか。
 
私たちは、再び奴隷に、もうなっているのかもしれない。操られているのかもしれない。それは、聖書を偶像にする力であるかもしれない。聖書にあることを信じることは間違っている、と主張するグループを愉快にさせる力であるかもしれない。「卜占する者や占い師の言うことを聞いている」ようであってはならない、と申命記は告げていた。私たちは、キリスト教世界でのみ権威をもつ、神学者だとか主任牧師だとかいう人の「言うことを聞いている」だけだとすると、この申命記の指摘と無関係だとは言えないような気がしてならないのである。
 
それを「無力で貧弱なもろもろの霊力」と呼ぶことは、むしろ危険であるかもしれない。私たちを油断させ、生温い中で魂をふやけさせ、魂の芯から腐らせようという魂胆かもしれないではないか。
 
できるなら、やはり東日本大震災の風を吹かせて戴きたかった。仏教の方々と協力したことに説教者は触れたが、もっと深いところを聞きたかった。現場で長く支援活動に邁進されていた方である。それこそ語れば際限がないであろうが、たったひとつでいい、説教に選ばれた聖書箇所と結び付き、人の「こころ」と神の言葉とが結びつくひとつのことを、感じさせて戴きたかった。
 
他方、5日前に発生した熊本地震について、説教者が幾度も「変」という言葉をそこに充てたのは、少し違和感を覚えた。東北の津波に比べると、被害の度合いが確かに違う。だが、自分の知る震度7ではなく、「変」だ、という言葉を繰り返す必要があったのだろうか。
 
九州からは東北は遠い。だが、映像を見て、その陰にどれほどの人の痛みや苦しみがあるのか、胸が締め付けられるような思いで見守っていた。阪神淡路大震災の揺れを、私は京都で感じた。下から突き上げるあの揺れは怖かった。テレビが落ちていたら死んでいたと思い、ぞっとした。本が降って来た程度で、運が良かった。福岡西方沖地震は、横揺れだった。教会での礼拝中だった。受難週だったが、子どもたちのために紙芝居で、復活の場面で地震が起こる話のとき、本当に揺れたのだった。阪神の揺れを知る私たちは、福岡に引っ越したとき、観音開きの食器棚は買わなかった。家具を突っ張ることをしていたのも、よかったと思われる。
 
10年前の熊本地震のとき、最初の揺れは、学習塾での授業中だった。生徒のもつスマホのアラームが鳴り響いたので、中学生たちを机の下に潜らせた。福岡でもかなり揺れた。もちろん、厳しい地震を知る人からすれば、穏やかなものに過ぎないのだけれども。そして今回の熊本の地震のときも、夏期講習の授業中で、小学6年生たちに、机の下で頭を守れ、と叫んだ。子どもたちの俊敏な動きを、私は決して忘れないだろう。建物が少々貧弱なところだったので不安だったが、事なきを得た。但し、そのとき熊本では、10年前と同じようなことが起こっていた。
 
2階の屋根が地面の上に落ちているような、益城町の民家を見せてもらったことがある。何ができるというわけではなかったが、益城町の仮設住居のお年寄りたちを時々招く場を、教会から出向いて設けたことに、僅かでも加わり続けたことは、私に「変」だなどという言葉を思い浮かばせるようなことは、決してなかった。
 
自分は安全なところから言葉を発する、というのは卑怯かもしれないし、失礼極まりないことであるだろう。微々たる支援しかできない者ではあるのだが、神に祈ることはできる。阪神のために、東日本のために、能登地方のために、熊本のために。被災された方々は、他の地方にもいるが、さしあたりこの四つないし五つの被災地のことは、名を挙げて祈るようにしている。そして、救援にあたる方々のために。
 
翌週の説教は、長崎を舞台に、原爆とキリシタンをつなぐものであり、マルコ伝の連続講解説教とリンクするものとして語られた。私は涙が流れて仕方がなかった。それでいて、それはキリストの「こころ」を描き、キリストの「救い」を確かにそこに輝かせるものだった。それは、神から引き離そうとする凡ゆる力を振り払い、キリストの僕として従うように導く、確かな道なのであった。



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