(ローマ14:13-15:6, 列王記下5:18-19)
これまでに書かれたことはすべて、私たちを教え導くためのものです。それで私たちは、聖書が与える忍耐と慰めによって、希望を持つことができるのです。(ローマ15:4)
◆教会学校
子どもたちだけが集められる礼拝があります。「日曜学校」と呼ばれたこともありますが、いまは「教会学校」が多いのでしょうか。略して「CS」とも呼びます。すでに日本は出生数の減少が著しく、2025年は1987年の半分以下となっています。38年で半減です。教会学校に来る子どもたちの正式な統計はありませんが、恐らくそれどころではないのではないかと思います。中学生以上の生徒が何人も来ているという教会がありますが、いまの時代には例外だと言えそうです。
信徒そのものの現象も激しいため、最近ではオピニオンとして、先の心配をするのが信仰ではないとか、人数だけが伝道ではないとか、開き直りともとれるような声も聞こえてきます。逆に、少子化だから仕方がない、と口にする人もいます。いえ、少子化だろうが、子どもはいるのです。近くに子どもは、沢山います。少子化のせいにするのは、間違っていると思います。
人数ももちろん気になりますが、質はどうでしょうか。教会によって異なるでしょうが、少し組織立った教会だと、「教育部」のようなものがあるかと思います。「教会学校」という名前があることそのものが、そこに教育機関があることを伝えています。
キリスト教はまた、ミッションスクールと呼ばれるような、キリスト教主義に基づいて創立された学校教育という点で、日本の教育界に貢献してきた歴史があります。
今年2026年になって、ようやく大関和さんが話題になってきました。看護婦教育のための、とても重要な人物です。朝ドラが放映中ですが、その制作発表のとき、偶々原案の本を私は読んでいたものですから、期待していました。大関和さんは、信仰によって看護婦を志し、信仰によってその仕事に挑み、信仰によって看護婦教育を貫いた人だということが、原案の本にはよく描かれていました。ところが放送が始まってみると、残念ながら信仰の「し」の字も出てきませんでした。かつてアニメになった「アルプスの少女ハイジ」もそのように、原作の信仰という柱が完全に無視されてしまっていたので、その二の舞を演じているような気がします。
大関和さんの桜井女学校付属看護婦養成所の校長は、キリスト者の矢嶋楫子さんでした。女子学院と名を変えたその学校の初代校長も務めました。この二人に続いた時代に、やはりキリスト者の河井道さんが、恵泉女学園を自費だけで設立します。この時代のキリスト者女性のパワーというものを感じます。女性に選挙権がなかった時代です。それぞれ、評伝とも言える小説がありましたので、読んでみました。女性の地位の確立や廃娼運動に関わり、かつ男性の有力者たちと対等に挑んだ姿など、逞しさに圧倒されました。
教会学校というよりも、教会教育について少し気がかりな言葉に触れます。「聖書から学びましょう」という表現が、私は好きではありません。「学ぶ」という言葉から私は、聖書から知識や教訓を得ようとしている様子を連想してしまいます。「聖書を生きる」とか「聖書から命を受ける」という言い回しだと私にもスッと入ってくるのですが、「聖書」について「学びましょう」と礼拝説教で使う癖のある人は、そもそも自分こそ、聖書から知識を得ようとしかしていないのかしら、と案じてしまいます。その語る様子は、講演会のようでしかありません。
◆神とのつながり
けれども、教会で「学ぶ」ということが全くないわけではないでしょう。ただ、単なる知識のことではないと思うわけです。礼拝は、学習の場ではないのです。語る者は命懸けで語ります。命を語ります。神の言葉は光であり、命です。それを、自分に与えられた使命として、しかし自分だけではできないこととして、神から受け取り、同胞に渡します。聴く者も、命懸けで聴く。そこに、一人ひとりが神と結びつき、礼拝が成り立ちます。
ところで教会には、一人ひとりの人間が集まっているわけで、その横の繋がりは、必ずしも理想的なものではありません。信仰があるといっても、そこにいるのは人間です。苦手な人もいるでしょう。気の合わない人がいます。気に食わない人もいるでしょう。もしかすると、顔も見たくない人という相手がいるかもしれません。
けれども、一人ひとりが神と向き合い、結びついているとき、横の人との人間関係やほつれ、あるいは糸玉のようなものは、気にならなくなることが期待できるようにも思います。その人もまた神とつながっている限り、自分とその人との間に、神を経由したつながりが確かにあるのだ、とも言えるでしょう。
教会はまだこの地上では、途上の存在です。理想の状態であることは期待できません。理想に遠い人を見かけたとしても、その人を悪し様に言うのはよろしくありません。そもそも自分がどうかと問い直せば、そんなことは言えるとは思えないのですが、えてして自分というものは見ようとしないし、見えていないものです。裁いてはなりません、という言葉はそういうところに響いてきます。教会が神の福音で満たされてゆくように、互いに神の教えを口ずさむようにして、共に導かれたいものだと思います。
学校でも、もし教師と生徒との間に、つながりが強くできていたら、と願います。教師の教えを噛みしめている生徒が多ければ、生徒同士の争いやトラブルが広まる余地がないのではないか、と思いたいくらいです。現実の学校では難しいかもしれませんが、教会にはさしあたり、絶対たる福音があります。そこには、人が人を支配するシステムはありません。ないはずです。それぞれが神の言葉を受けて、自分が変えられる経験を重ねてゆくならば、そこに光の道筋があるに違いありません。そこにイエスがいるならば……。
◆異教の中で
『泉への招待』という本を、フタバ図書の古書コーナーで見つけ、税込み30円で購入しました。三浦綾子さんの本でした。申し訳ないくらいに安く入手したのですが、たくさんの信仰を教えられました。その中から、ある市会議員の事務所びらきにに呼ばれたときの話をご紹介します。祝詞が上げられ、玉串が置かれていたそうです。名前を呼ばれた人が次々と前に出て、玉串を捧げるようなのです。
他人の信仰をとやかく言うつもりはないものの、玉串を捧げ、柏手を打つ気にはなれません。が、呼ばれて前に出てゆかないとなると、縁起をかつぐ候補者が傷つくかもしれません。ついに名前を呼ばれたとき、三浦さんは「遠慮させていただきます」と言ったというのです。そして、クリスチャンですから遠慮すると言い、自ら節操を守ることを大切にしている、と説明しました。そして、その市会議員の名を挙げ、節操の固い方ですのでその姿勢で頑張って下さい、との祝辞を述べたのだというのです。
当時、クリスチャンの大平正芳首相が、伊勢神宮参拝をするという話題があった頃だったそうですから、そのような政治的空気を危惧するコメントも、そこに載せられていました。ともあれ、即座によくぞそんなことが言えたものだと驚きます。いざというときには聖霊が何を言うかを教えてくれる、というイエスの言葉の通りなのかもしれない、とも思いました。
『泉への招待』には、たくさんの知恵がありました。信仰に基づく知恵です。三浦さんは、ふだんの礼拝説教で受けたことを、実にたくさん魂の中に蓄えていることが分かります。もちろん聖書の言葉そのものもです。日常の小さな出来事に、すぐにそうして蓄えられたキリストの言葉が重なってきて、聖書に照らし合わせて考える様子が、本の端々から伝わってきました。
旧約聖書には、ギデオンのように、異教の祭壇を次々と破壊してまわった人物もいます。さすがにいまはそんな真似はできません。けれども、ギデオンの姿は、教会にいる者から見れば、ひとりのヒーローであるかもしれません。武勇伝にしてしまうのはよろしくないとは思いますが、むしろそのくらいの気概が私たちにあるのかどうか、問われてもよいのだと思うのです。
けれども、家の宗教がある中で、それに従わねばならない状況にあるクリスチャンもいるでしょう。同じく旧約聖書ですが、アラム軍の将軍ナアマンが病に悩まされていたとき、イスラエルの預言者エリシャが癒やすだろうという話を聞きます。エリシャが如何にも祈祷や手の業で癒やすかと予想していたところ、川へ行って水を浴びよとエリシャが言っただけなので一旦怒ります。しかし家臣に促されて体を洗うと、すっかり癒やされてしまいました。
ナアマン将軍はエリシャに礼を言うと共に、イスラエルの神の偉大さを信頼します。主を信じますと告白しながら、ふと気になったことをエリシャに持ちかけます。
ただ、次のことについては、主が僕をお赦しくださいますように。私の主君が、礼拝するためにリモンの神殿に入るとき、私の介添えが必要となるため、私もリモンの神殿で礼拝します。私がリモンの神殿で礼拝するとき、主がこのことについて、僕をお赦しくださいますように。(列王記下5:18)
職務上、異教の儀式に出なければならない事情があることを相談されて、預言者エリシャは何と答えたでしょうか。――「安心して行きなさい」
これは、安易に誰にも勧められることではありません。これを贖宥状にして、なんでもありと理解することを推奨するわけにはゆきません。しかし、この日本という環境にいるクリスチャンにとっては、余りにも日常的なことであるような気がしてなりません。
「信仰があるならば」とナアマンに一切の職務を拒否せよ、と迫ることを、エリシャはしませんでした。どうぞどうぞ、と喜んで背中を押したのか、それとも、溜息交じりに呆れてそう答えたのか、それは読む人の想像の中にあるのでしょう。
ただ、ナアマンにはナアマンの人間関係があります。置かれた立場というものがあるわけです。エリシャは、少なくとも持ち場でのナアマンを否定はしませんでした。
◆教会の問題
教会の内部でも、互いの間に意見の相違が見られる場合があります。パウロがコリント教会に対して手紙を書いていたとき、パウロの頭の中には、そういうことだらけでした。何をいまさら、と思いつつも、どうしてこうなんだ、という悔しい思いを毎日抱いていたことでしょう。自分が設立し、長いことそこに滞在していた教会が、その後とんでもないことになっている、という話を聞いて、パウロは憤りと共に、きっと煩悶していたことと思います。
対して、ローマの教会は、パウロが設立した教会ではないようです。行ったこともない教会に向けて、キリスト教の教義や生活指針などを一挙にまとめた、いわば総集編とも言える手紙が、ローマの信徒への手紙だと見て概ね間違いではないでしょう。
しかしパウロにしてみれば、コリントという悪しきギリシア都市のトラウマがあります。コリント自体、大都市で、信徒も謙虚さというよりは自分の言い分が何でも通るような厚かましさが伴っていたのではないかと推察されます。但しコリントは、元来ローマに対して抵抗勢力であった都市であったものの、後に副都心のように栄えるに至った都市です。江戸時代でいえば、外様大名でありながら財政に恵まれた福岡の黒田藩や、加賀藩などをイメージすることは可能でしょうか。
他方ローマは、帝国の中心都市です。生粋の帝国都市であり、文句なしに江戸の町に匹敵します。そしてパウロは、まだ江戸に行ったことがないわけですが、地方での失敗を少しでも教訓にして、江戸にメッセージを送ることになったのです。緊張が心に走っていたとしても、不思議ではありません。直接知らないだけに、心配が先走っていたかもしれません。そういう心理を想像しながら、今日はローマ書の14章から神の言葉を聴くことにしました。
教会の中に、迷信のように、菜食主義がいいと主張する人や、暦の吉凶を信じて行動する人がいたようです。考えてみれば、多かれ少なかれ今の時代にもそういう人はいるのではないでしょうか。古代に於いては尚更でしょう。そういうことで裁き合うのは止めよう、とパウロは言ってのけます。
もしそういうことで言い争いが起こったり、険悪な雰囲気になるのであれば、そういった原因となるものをわざわざ目の前に挙げなければよいわけです。神と自分との関係の中に、自分の中で食事や占いの問題が入るのであれば、自分の中で解決しなければなりません。しかし、他者がどういう生活習慣をもっているかについては、放っておく、という態度をパウロは勧めています。食べ物の趣味の相違で互いに非難の応酬をし、信仰から離れるようなことがあったら愚かなことです。
「キリストはそのきょうだいのために死んでくださった」との言葉をパウロは発します。この言葉は重く響きます。教会内でこれを思い起こすクリスチャンは少なくないかもしれませんが、果たして世の中の人々を見つめるときに、そう思っているでしょうか。必ずしもこのような縛りを意識していないのではないかという気がします。
そんなことより、もっと大切なことがある。それは「聖霊によって与えられる義と平和と喜び」である。「だから、平和に役立つことや、互いを築き上げるのに役立つことを追い求めようではありませんか」と、パウロは信仰のためになることを次々とぶつけます。
それにしても、パウロはえらく食べ物のことを問題にして語っています。何かそういうトラブルが実際にあったとしか思えません。あるいは、そういうことが、当時の生活の中で、あるいは教会生活の中で、よく問題に挙がっていたのでしょうか。
それがローマ教会から伝わってきた問題であるのか、それともコリント教会など他の教会でよく起こっていたために、ローマ教会に注意喚起として告げているのか、それはよく分かりません。ただ、現代の私たちの教会へも、この言葉は間違いなく届けられています。私たちのために、届くべき言葉です。それを心して受け止めなければならないのだと思うのです。
◆信仰の問題
22:あなたは自分の持っている信仰を、神の前で持ち続けなさい。自ら良いと認めたことについて、自分を責めない人は幸いです。
教会生活の知恵のように見えなくもないのですが、パウロはやはりこれを「信仰」と結びつけて理解しています。「信仰」とは何か。あなたはどんな信仰をもっているのか。「自分の持っている信仰を、神の前で持ち続けなさい」とは確かな励ましです。
しかし気をつけなければなりません。それは、自分の考えというものではありません。私たちは士師記に、強い戒めの言葉がさりげなく隠れていたのを思い出します。
その頃、イスラエルには王がいなかった。そして、おのおのが自分の目に正しいと思うことを行っていた。(士師記17:6,21:25)
これは褒め言葉ではありません。主に聞き従うということがなされていなかったときに、人間の判断ですべてを行っていたわけで、イスラエルは統率がとれず、褒められない状態にあったことを伝えているのだと思います。ある意味でそれは「モラルハザード」です。神の言葉とは別のものに原理を貫いていたことを、後の信仰の視座から批評しているのです。
パウロは「自ら良いと認めたことについて、自分を責めない人は幸い」だと述べています。これは、神の言葉に原理を置いています。でも、士師記の場合とどのように違うのでしょうか。紙一重ではないのでしょうか。
パウロは、疑いながら食べるところに、よくないものを見ています。人には、神に背いているときに、心に呵責が伴うものなのでしょう。あのユダでさえ、「イエスを裏切ったユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、「私は罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った」(マタイ27:3-4)のです。パウロは、そういうところを根柢で信じているのではないか、と私は感じています。
ですから、「信仰に基づいていないことはすべて、罪なのです」と、強い口調で主張することができるのです。私たちはどうでしょうか。自分の信仰。それを推してくれるパウロの言葉がここにある。自分の信念が、いつの間にか神から離れて自分本位になってしまう例がいくらでもあるようにも思います。私たちは容易にその罠を避けることはできないと思うのです。
◆強い者
普通は章を跨がっては取り上げにくいのですが、今回は15章にもそのまま入ることにしました。聖書の章立てというのも、恣意的なもので、後に人間がとりあえず区切ったものですから。「おのおの、互いを築き上げるために善を行い、隣人を喜ばせるべきです」という言葉が目につきます。この「互いを築き上げるために」と訳されているところは、別の訳では「建設のために」という表現も可能なのだと付せられています。直訳としては、その「建設のために」の意味の方が語そのものの意味に近いのだそうです。
つまり、「互いを」という目的語が、そこにはないのです。何を築き上げるのかは、実は書かれていないのです。パウロのここでの考え方からすれば、教会を建て上げることを頭に置いているものと思われます。コリント教会についても、パウロは教会をぐらつかせないことが最重要課題だったはずです。でも、いまは、何かしら裁き合っているような空気をなんとかしたいというところなのでしょう。
このお話の中では取り上げませんでしたが、食べ物のことでのトラブルが、やけに具体的だとは申し上げました。「神の国は飲み食いではな」い、ということは、何かしら食べ物に対して「汚れ」のようなものを意識している人がいて、トラブルになっているという噂が、ローマ教会から伝わってきていたものと仮定します。ただ、事の真実について議論するつもりはいまはありませんから、そこはある意味でどうでもよいものと見なします。
ローマ教会に実際にあったかどうかは別として、とにかく裁き合うような環境が教会にあるべきではない、そう読んでみましょう。パウロがここで「私たち強い者」という言い方で自分たちを呼んでいることが面白いと思います。逆に「弱い人」(14:2)というのは、迷信めいた形で食べ物の禁忌に左右されている人たちのことです。パウロは「強い」側です。そういうものに左右されないからです。
むしろ、眼差しは別のところにあります。目先の事の是非ではなく、互いの建設に役立つことを追い求めよう(14:9)という直訳からして、人間たちの集まりを神の視点からも見ているのだと思うのです。「私たち」、それはパウロにとり、教会の人間はこのようでありたい、というスタンスを表しているものと理解して、もう少し読み進めてみたいと思います。
◆教会の教育
ダビデが自分のこととして詠った詩は沢山「詩編」にありますが、「あなたの家を思う熱情が私を食い尽くし/あなたをそしる者のそしりが/私の上に降りかかっています」(詩編69:10)というところが、キリストにもぴたりと当てはまる、ということで、パウロが引用を施しています。パウロ個人の感想ではなく、初期の教会で、そのように旧約聖書を理解していたのだと思われます。
4:これまでに書かれたことはすべて、私たちを教え導くためのものです。それで私たちは、聖書が与える忍耐と慰めによって、希望を持つことができるのです。
もちろん旧約聖書のことですが、聖書の言葉をキリストの証拠として、また私たちの指針や希望として、初期から教会が受け止めていたことが伝わってきます。だからパウロは、ローマ教会の人々に、聖書をよく読んでもらいたいと思っていることが分かります。
聖書を読もうではないか。忍耐と慰めを学ぼうではないか。そこから、希望が与えられるでしょう。キリスト・イエスに倣おうではないか。そうすれば互いに同じ思いを抱くようになれるはずです。心を合わせよう。声を揃えよう。主イエス・キリストの父なる神を、共に崇めようではないか。
いまの私たちから見ても、パウロは尤もなことばかり言っています。美しいことを並べています。けれども、ローマ文化は果たしてこれを、どのように見ていたでしょうか。ローマ文化といえば、実用的な知を重んじ、役に立つかどうかが関心事であると言われています。法律や建築など実用知に長けたローマの風の中で、パウロの言葉はどう響いたか、気になります。役に立つだろうか、そこに関心が向いた可能性があるものとしましょう。
他方ギリシア文化は、実用よりも知的な真理を探求したいという傾向がありました。大切なのは原理的なことです。根本的なこと、本質的なことが肝要です。「自分を喜ばせるべきではありません」と告げるパウロの言葉は、どう聞こえたでしょうか。パウロはその点に気づいていたのでしょうか。
キリスト者が、この日本社会でキリスト教を伝えるときに、この点が意識されているかどうか、私たちは省みる必要があろうかと思います。日本社会はもちろん、ローマ的で、実用本位です。経済の切り回しにのみ関心があり、倫理や原理的な姿勢は二の次であるという有様が、いまの社会を席巻しているとは思えませんでしょうか。
私たちは何を学んできたのでしょう。この日本で福音を伝えようとした先輩方は、何とどのように闘ってきたのか。女性の地位のために、女性の教育のために、キリスト者が何を始め、何と闘ってきたのか。
私たちはいまここで、何を学ばなければならないのでしょうか。いつまで、私たちが子どもたちや社会に対して何かを教える、そんな「教会」でいるつもりなのでしょうか。「教会教育」というのは、教会が教育されることではないのでしょうか。教会こそが、教育されなければならないのです。キリストの弟子として、生きることを。