不安なき未来のために

2026年7月13日

珍しいことだが、先週の聖書箇所と同じ、マルコ10:17-31が開かれた。イエスの許に走り寄った男が、永遠の命を求めて尋ねたところ、イエスが、財をすべて処分し施しに使えと言われて、去って行ったという場面である。このとき、「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた」というところに焦点を当てて、先週の説教がなされた。「慈しむ」という語が、実は「愛した」という最高の言葉であることが指摘され、このようにイエスが愛の眼差しを送ったことは基本的にないのだ、という驚きの指摘であった。
 
この場面は、男が去ったところで終わりはしない。「神の国に入るのは、なんと難しいことか」とイエスが弟子たちに諭し、「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい」というレトリックでそれを示す。弟子たちは不安になる。「それでは、誰が救われることができるのだろうか」と思わず語り合うと、イエスが応える。「人にはできないが、神にはできる。神には何でもできるからだ。」
 
このとき、ペトロがしゃしゃり出る。「このとおり、私たちは何もかも捨てて、あなたに従って参りました」と、自分たちはそれに値するかどうかをイエスに問うのだったが、イエスはペトロや弟子たちがどうかという判定をしたわけではなく、「誰でも」それはあり得るのだということについて話した。これで場面は終わった。
 
そもそも「ある人が走り寄り、ひざまずいて尋ねた」のは、「イエスが道に出て行かれ」たときだった。説教者は、先ずこの「道」を再確認した。エルサレムへ向かう道であり、十字架へ至る道であった。しかも「イエスが先頭に立って行かれる」(10:32)のであった。
 
先週注目したこの男の顛末はひとつ理解したことにして、イエスの視線が次に弟子たちに向かったところ、それが今回の主軸である。
 
男が悩みつつ立ち去った後、まずイエスは「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか」と言った。これには弟子たちは驚いた。そこでイエスは畳みかけるように、「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい」ととどめを刺した。ラクダどころか、蟻ですら針の穴を通るのは難しそうだ。これをイエスのユーモアととるべきなのか、極めて真摯に、「ありえない」ことを述べたととるべきなのか、意見が分かれることだろう。私は前者にとりたい。金持ちが神の国に入れない、とするのには抵抗があるからである。
 
説教者はその点をどちらに与するというのでなく、これはこの事件の直前で、「子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」(10:15)という、ひとつの答えを出していることの流れで読むのがよい、というようなサジェスチョンをした。そして、悩みつつ立ち去るのではなくて、礼拝から家に戻るときに、新しい心で喜びを胸に帰るのがよい、という励ましを送った。
 
弟子たちの驚きの度はさらに増す。「それでは、誰が救われることができるのだろうか」と、これはイエスに問うたのではなくて、仲間でざわついた、というようであった。しかしイエスにはそれが聞こえている。否、イエスは弟子たちをじっと観察していたふうである。「人にはできないが、神にはできる。神には何でもできるからだ」とイエスは大きく出る。目先の問題をどうのこうのしようというのではない。神に不可能はない。とすれば、神にかかれば、金持ちも神の国に入ることができるのだ。人間の視座からは、ラクダは針の穴を通ることができない。「できない」に明け暮れている。だが、神の視座からは、あるいは神の能力というレベルでは、「できる」のだ。「子どものように神の国を受け入れる」ことが、私たちに問われている本質的なことではないだろうか。
 
神学者の仕事も結構。信仰を増すために役立つ知識を増やしてくれる。聖書の言葉の意味が、いっそう確かなものとなって響いてくる研究は幾らでもある。だが、ひとは知識で救われるのではない。戦国時代から江戸時代初期の、いわゆる「キリシタン」と呼ばれた人々は、なにも聖書を縦横に読めたわけではない。ただバテレン(神父)やイルマン(修道士)の話を聞いて、聞いただけで信じたのではなかっただろうか。それは知識に基づくものとは言えない。ギリシア語も知らない。神学も知らない。ただ信じた。その信じ方が半端じゃなかった。インフェルノ(地獄)への恐怖もあっただろうが、それも聞いた話である。だのに、筆舌に尽くしがたい拷問にも耐え、歌いつつ磔に上った者が多数いた。「神の国を受け入れる」ことの重みを、少しでも感じたい。
 
さて、説教者は、何かしら最近の政治状況を鑑みてのことなのか、「歴史」についての見解に触れ、時間概念について語り始めた。歴史から学ばないことの恐ろしさ。それを私も切に感じている。中学高校の歴史学習でも、現代を端折るということはよくあることである。教える側からすれば、石油危機も自分が経験しているとき、生徒に言わなくても分かるだろう、という気持ちになるかもしれない。だがいまの中学生は、東日本大震災のときですら、まだ生まれていないのである。
 
「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」という、西ドイツのヴァイツゼッカー大統領の「荒野の40年」の演説を知っているはずの、大国の指導者すら、すっかり過去に目を閉ざしているかのように見える現在の危機に、キリスト者は目を閉ざしてはならないであろう。
 
ユダヤ文化に於ける時間感覚は、背中に未来、過去を正面に見つめるものだとよく言われる。ともすれば、私たちは未来を見つめながら歩んでいる、という感覚をもつのが当たり前だというふうに思わされているものである。だが、未来は見えない。ただ、過去が目の前に広がる。ボートを漕ぐような時間感覚には、確かに一つの意味がある。
 
では、見えないその未来には、不安を覚えるのが当然であるのか。聖書は、その未来を知っており、未来をも創り出す神の存在を前提としている。神を信頼するならば、神に委ねたときに、未来について案ずる必要がない、ということになる。神が新しい出来事を起こすのだ。神が、新しい宝を与えてくださる、ということを信じるならば、そこに希望があるのだ、と言える。
 
悲しみながら立ち去った男は、自分の中に宝をすべてもっていた。財産も確かにそうである。だが、捨てられなかった財産の故に、というのではずいぶんと狭い了見となる。自分は戒めをみな小さな頃から守ってきた。そう言えるように、自分のしてきたこと、自分の生き方こそ尊いものとして握りしめていた。自分の行いを誇りたいのだったし、自分の経歴が宝となっていた。
 
イエスは、それを蔑ろにはしなかった。だから、先週確認したように、イエスは彼を「愛した」のだった。だから、そういう「自分」を捨てることができるかどうか、ちょっとテストをした。自分を宝としていることに気づけば、テストには合格である。誇らしげにしたい自分の努力や過去から、神に委ねる希望ある未来へチェンジできるかどうか、テストしたのである。「行って持っている物を売り払い、貧しい人々に与えなさい」というテスト問題で、そういう自分に気づくかどうか――。
 
ペトロは、この様子を見ていた。ペトロが、イエスの真意を感じ取っていたかどうかは分からない。たぶんそこまでは分かっていなかったのではないかと思う。ただ、何事も性急に思ったまま感じたままを露わにする性格のペトロである。イエスの「神にはできる」に一筋の明るさを見たのかどうか知らないが、「このとおり、私たちは何もかも捨てて、あなたに従って参りました」と言い出した。自分だけではない、「私たち」皆がそうである、というのがちょっといい。
 
イエスはペトロを満面の笑みで褒めたのではなかった。まだ分かっていないところがある、と見抜いていたのだ。ペトロはそう遠くない未来に、イエスを捨てて逃げてしまい、あまつさえイエスを知らないなどと三度も言ってのけることになるのである。ただ、そのときに悔恨にむせび泣くであろうことをも、イエスは見抜いていた。そして、ペトロが生涯いついつまでもそのことを胸から一時も離さず、イエスを証しし続けることであろう、というような姿を、すでに見ていたのではないだろうか。説教者は、そのことを、少し違った角度から語ったが、私はそう感じる。だから、イエスはこのペトロの言葉に対して、ペトロの言葉の三倍以上もの長さで、「アーメン、あなたがたに言う」という厳粛な響きのフレーズの後に、こう説いたのだ。
 
「よく言っておく。私のため、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑を捨てた者は誰でも、今この世で、迫害を受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を百倍受け、来るべき世では永遠の命を受ける。しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」(10:29-31)
 
ここで説教者は、自身にとっても新鮮に胸に受け止めた言葉がここにある、と告げた。それは、「福音のために」という句である。「私のため、また福音のために」は、原文では一文の最後に置かれている。つまりこのイエスの告げた言葉は、「アーメン」に始まり、「福音のために」で終わっているのである。これはどちらも強調されていると理解してよいだろう。
 
私たちは、イエスのために、福音のために、迫害を受けているだろうか。誰の目にも明らかな迫害ではないかもしれない。また、言われても、それを迫害と認識しないクリスチャンもいるかもしれない。
 
澤知恵(ともえ)というシンガーソングライターがいる。小学校6年生のとき、「日曜日授業欠席処分取消等請求事件」の裁判の原告の筆頭者となった。1982年のことである。日曜参観授業を信仰の理由で欠席したことを、公的に「欠席」扱いしたことを取り消すように求めた裁判である。このことを私が知ったのは、事件からずいぶん後のことであったが、最近、その父親である牧師の澤正彦牧師の闘病記を読んだときに、事件のことを思い起こした。
 
日曜日の公教育を、一種の迫害と見たのではなかっただろうか。裁判は、案の定というか、請求はすべて棄却された。いまではなかなかそのように強硬な態度に出るクリスチャンはいないかもしれない。ただ、澤牧師は、その妻纓(ヨン)さんが韓国人であったことからも、韓国と日本の架け橋となるべく心身を尽くした方であった。日韓国交正常化が表向き始まっていたとはいえ、韓国の政権も国内もとてもいまのような安定感のない時代であったし、日本国内での差別もままならない情況であった。
 
イエスは「福音のために」身の回りの宝とすべきようなことを捨てたならば、永遠の命を受けるのだ、と宣言した。去って行った男は、「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」とイエスに尋ねていた。自分のような真面目な行いをしていれば、褒められるのではないか、という期待もあったことだろうと思う。だがイエスは、神を必要とせず自分の中で完成させようとする目論見だと見抜いていた。惜しいのだ。その「自分」を捨てれば、神の国に入ることが許されたのだ。永遠の命を与えられたのだ。イエスが愛したことは、自分を捨てたときに、結実するはずだったのだ。
 
説教者は、捨てた者は「百倍受け」る、とも言っていた。説教者はそこにも目を留めた。そこには、死後に、という条件は書かれていなかった。神の約束は、死んだら天国に行く、というだけの単純なものではなかったのだ。
 
さて、話は少し或るエピソードに飛び、高倉徳太郎牧師などの例に及んだ。詳述は控えるが、その「我等の志を宣ぶ」と言う文章に触れられたことは少しだけお伝えしておきたい。説教者の引用範囲に留めるが、「現代の唯物的、無神論的思想と生活に対して、感傷的、主観的なキリスト教は無力である」というメッセージがそこにあった。「現代の荒廃し、不安と焦燥にかき乱された状況に、教会はひきまわされ勝ちである」と高倉は言い、今必要なのは、客観的に、現実的な福音的真理とその信仰である、とする。しかし、高倉の仲間たる「福音同志会」は、教会より排除されてしまった、というようなことを言っている。
 
1931年当時の政治的・思想的情況が反映されているために、いまはピンとこないかもしれないが、あれから一世紀を経ようとするいま、決してこの気づきが、ただの過去のものであるとは思えないようになってきた。過去に目を閉ざすことの危険を覚えるというのは、こうした過去の指摘を学ぶことが必要だ、というふうには思えないだろうか。
 
もちろん、それは過去に囚われるべきだ、という意味ではない。過去に縛られる必要はない。十字架は、あらゆる罪から解き放つ力をもっている。さらに復活は、完全な自由の存在を知らせてくれる。私たちは、自分が立派だから神の国に入るテストに合格するというわけではない。自分に信仰があるから、永遠の命が与えられるのでもない。確かに背中にある未来は、私たちには見えない。私たちは感覚することがない。だが、そこは私たちの信頼する神の支配しておられる場であり、時である。不安な心があることを、たちどころに不信仰などと言い合うのはよそう。ただ、礼拝から自分の馳せ場に戻るときに、歌いながら帰り、賛美しながら、救いを喜ぼうではないか。
 
過去は、もう未来にならないであろう。また、過去を未来にしようとする営みに、しっかりと目を見張っていようではないか。目を覚ましているべきなのである。
 
教会の、過去の文書がウェブサイトに公開されていたが、そこで、説教者は今日のメッセージに関連することに触れ、やはり世界の政治的情況をたいへん警戒している様子を記していた。先ほどそれを見出したとき、私の受け止め方は、大幅に的を外していたのではないように感じ、励まされた思いがした。確かに、今日の説教者は、それに触れているときに、いつになく声が大きく、力がこもっていたのである。



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