【メッセージ】私たちはまだ待っている (アドベント1)

2023年12月3日

(詩編131:1-3, ルカ23:50-56)

イスラエルよ、主を待ち望め。
今より、とこしえに。(詩編131:3)
 
◆「クリスマス」でなく
 
今から二千年ほど前のこと。中東といま西洋の人々が名づけている地域で、人々は、救い主を待っていました。どういうわけかその救い主のことを信じたのがキリスト者です。いまから「私たち」と言うとき、私を含めたキリスト者たちを意味することにします。私たちは、知っています。そのとき現れたイエスという方が、その救い主であったということを。
 
イエスは、一度絶命しました。人間たちに、最も残酷な死刑台とも言われる十字架刑で殺されました。しかし、二つの夜を超えた朝、蘇ったと私たちは信じています。その後しばらく復活したまま教えを続けましたが、一旦天にその姿が消えて行ったと証言されています。
 
ただ、いつか再び、この世に来ることを、イエスは言い遺していました。いま、私たちはその再来を待っています。「再臨」という用語で呼ぶ出来事です。私たちは、もう一度イエスが姿を見せるのを、待っています。
 
キリスト教という信仰は、凡そこうしたことを掲げています。誰かが頭だけで考えた知恵ではなく、歴史の中に起こった確かなことを基に、現実の出来事から、物語が「聖書」に描かれています。
 
冬には、最初に救い主が現れたときのことを記念するイベントがあります。教会がいつからか始めた、降誕祭です。この救い主は、新約聖書のギリシア語では「キリスト」と呼ばれています。そのキリストを礼拝するという言葉を、かつて「クリスト」と「マス」という言葉で呼びました。英語にそれが流れ入って、「クリスト・マス」つまり「クリスマス」というイベントとなりました。
 
そう、イベントです。商業の道具になってしまったその「クリスマス」は、当初の輝きを失ったように見えて仕方がありません。そこで、ここでは「クリスマス」という語を使わずに、お話を続けることにします。
 
イエスが冬に生まれたという記録はありませんし、そもそも誕生日というものをメモリアルにする習慣は、当時なかったと思われます。日本でも、かつては正月で皆年齢を増やしていました。生まれた日を祝うようになったのは、1949年の「年齢のとなえ方に関する法律」以降だという説明すらあります。12月25日という日付については、お調べになると分かると思われますが、冬至の祭りを利用したような謂われがあるようです。
 
「アドベント」は、この記念日の約1か月前の期間を、キリストの誕生を待つ時期という意味で考案したものです。「待降節」と普通訳されます。イベントとなったお祭りとは違い、まだいくらか教会でしっとりと1ヶ月間を過ごす習慣になっています。このアドベントという期間は、キリストがこの世に現れたことの意味について聖書から聞くのが普通です。それはやはり画期的なことでしたし、しみじみ考えるべきことだとは思います。
 
いわゆる「クリスマス物語」とは別の形になるかと思いますが、この信仰の要点について、聖書から聞くことと致しましょう。
 
◆待ちぼうけ
 
救い主の誕生を待つ人々がいた、というふうに申しました。ユダヤと呼ばれた地方は、大国に挟まれた地にあり、周辺の大国同士がにらみ合うときに、どちらと結びつくか、常に難しい政治的事情がありました。神殿を建築するなど、かつてダビデからソロモンへと渡された王権の下で、一度豊かな繁栄をもった時代もありましたが、しばらくすると大帝国に神殿も破壊され、優秀な人員は捕らえられて移されて行くことにもなりました。
 
なんとかまた元の土地を再興することもできましたが、実にささやかなものでした。その後は今度はギリシア文化の中にあるローマ帝国の一部として、傀儡政権に支配されるようになってゆきます。属国とも見られます。大国の支配は比較的寛容でしたから、信仰そのものを潰されることはありませんでした。宗教的な文化をもつこのユダヤの人々は、その宗教が保つ文書の中に、いつか再びその民を救う決着をつける、というメッセージを受け止めます。つまり、救い主が来ることを、いまかいまかと待っているのでした。
 
しかし、なかなか来てはくれません。
 
日本に、「待ちぼうけ」という歌があります。若い人はもはや聞いたこともないかもしれません。福岡県の詩人・北原白秋の詩に、山田耕筰が曲をつけました。来年で、その発表から百年を迎えます。
 
待ちぼうけ、待ちぼうけ
ある日せっせと、野良稼ぎ
そこに兔がとんで出て
ころりころげた 木の根っこ
 
「守株」という故事が詩になっています。中学生が漢文に出会うときに学ぶ故事成語ですから、思い当たる方が多いでしょう。
 
しかし、こんなふうに「待つ」ということが、私たちの生活から、なくなってきてはいないでしょうか。昔は、駅には「伝言板」というものがありました。駅に誰でも書いてよい黒板があって、チョークで、「11時30分 田中さんへ 先に店に行っておきます 佐藤」のように、連絡を書いておくサービスがあったのです。そういう話を聞くと、若い人たちは、案外「それも面白い」と言ってくれることがありますが、実際にそれだけが情報源となると、頼りないことでしょう。
 
いまや、スマホを一人ひとりが手にしています。相手がどこにいるかもすぐに分かるし、連絡も取り合えます。待ち合わせに困ることはありません。かつての『めぞん一刻』のような時代では、連絡が取れない故のすれ違いが物語のキーになる場面もありました。古くは「君の名は」もそうでしょう。
 
◆待つこと
 
もう少し「待つ」ことについて振り返ってみましょう。いまは待つ必要がなくなった、のような紹介の仕方をここまでしましたが、もしかすると、いまは「待つ」ことができなくなっているのかもしれません。
 
子どもたちはすぐに答えを知りたがります。次の時間は楽しいことがあります、と予告しても、「楽しいことって何?」と知りたがります。「お楽しみ」という言葉は、昔子どもたちをわくわくさせるものでしたが、いまはがっかりさせる言葉となってしまいました。
 
最近は、「アドベント・カレンダー」が一般的な商品となってきています。1日ひとつずつ窓を開けると、小さなお菓子が入っているという箱です。我が家の子どもたちの12月のおやつは、それが定番でした。お菓子を、楽しみに思っていてくれたでしょうか。今日は何かな、と。
 
哲学を教えてきつつ、巧みな文章力を活かして多くの著作を世に問うている鷲田清一氏は、現象学の手法を、ファッションや看護の場面に応用することで大きな仕事をしています。鷲田氏の著作のひとつに『「待つ」ということ』(角川選書・2006)というものがあります。
 
私たちは恐らく、結果を知り尽くしていないものだからこそ、待つのではないか。「待つ」からには、結果が確実でないこと、手に入るかどうかも分からないこと、それを前提としている、と言うのです。
 
私はその本を読みながら、だんだんと自分の中で、キリスト教でもこの「待つ」ということが大きなテーマになっているような気がしてきました。私たちの「祈り」も「希望」も、その「待つ」ことなしには考えられないことではないように思えたのです。「待つ」ことのうちに開かれた世界の中で、初めて「祈り」という姿が成立するのではないでしょうか。祈ればたちどころに……という、エリヤの奇蹟のようなことが、私たちの信仰の求めるところではないように思われます。「信仰する」というのは、やがて、いつか知れずとも、神が実現する世界を「待つ」ところにこそ、あると考えたいのですが、如何でしょうか。
 
ところで、英語だと「待つ」は「wait for」という使い方で、「〜を待つ」という意味を表します。このとき「wait」は自動詞なので、前置詞「for」が必要です。どうして「for」なのでしょうか。それは英語の研究者に説明をお願いしたいところです。私は素人の見地から触れてみるに過ぎません。あまり信用なさらないように。
 
「for」のニュアンスは、ある方向に向かっていることでしょう。「〜のために」という目的を中心にする場面もあれば、時間だとその時間を目指して「〜の間」を表すこともあります。「〜へ向けて」という行き先を表示することもありますし、この「wait for」のように、それの実現に向かって待っている、という気持ちを示すこともあるわけです。
 
何かを目的にしているからには、たた「待つ」という言葉であるよりも、「期待する」という表現のほうが似合うことも、あるような気がします。「期」を「待つ」のです。ある特別なことが起こる、その期、その特別な時を「待つ」ということです。
 
ただ、鷲田氏の説明を参考にすると、その向いている時の何かというものは、必ずしも鮮明に分かっているわけではありません。クリアに知っていることではなく、ぼんやりと望んでいることを、待っていることになります。そうすると、やはり案外聖書で私たちが「待つ」という思いを思うときの信仰と、深い関わりがあるように思えてくるのではないでしょうか。
 
◆ユダヤの人々
 
あのころ、ユダヤの人々は、救い主を待っていました。ヘブライ語では「メシア」のように言います。新約聖書の書かれたギリシア語では「キリスト」。「クリストス」のような言い方ですが、語尾は省いて「クリスト」というのが適切だと思われます。聖書に親しんでいた芥川龍之介の作品では、この「クリスト」という表記が度々見られます。
 
しかし、イエスがそのキリストであるかどうか、これはユダヤの人々にとって悩ましい問題でした。現代でも、我こそは救世主、と騙る人間が幾度も現れています。あの統一協会も、基本はそこにあったということを、マスコミは知らないので報道もしません。そんな戯言は報道する価値もない、ということなのでしょうか。しかし、キリスト者は、そのとてつもない思想を蔑ろにしてはならないと思います。キリストの再来だと自称したその教祖は、2012年に死亡しました。
 
ユダヤの人々は、どうして歴史の中でこれほどまでに迫害を受け、悲壮な仕打ちに喘いでいるのでしょうか。それでもなお聖書の神を棄てることはありませんでした。古代の大帝国は、戦争に負ければ神も消え、国も跡形もなく消えていったのですが、ユダヤの人々の神は消えませんし、民族は再び国を形成します。聖書への見事な執着だとでも言えばよいのでしょうか。
 
その再興した国家イスラエルが、どんな目に遭っても復興してきた国の精神を軸にしてか、いまパレスチナ地域へ容赦ない攻撃を続けています。もちろん複雑な経緯と背景とがありますから、事の是非を簡単に述べることはできません。休戦の運びは少しほっとさせましたが、このまま戦闘が終わることを切に祈っています。いくらかつて虐げられていたのだとしても、今度自分が相手を虐げてよい、という理屈から解放されることを、願って止みません。
 
かつて、イエスの時代は、ローマ帝国がユダヤの地域を支配していました。ユダヤ人は、民族としての誇りをもっていたことだろうと思います。他方、その誇りをもつ指導層が、同胞の庶民を圧迫していた現実もあったように見受けられます。イエスは、この圧迫されていた庶民の側に立ち、その人々のために、各地を巡り歩いていたように、福音書には書かれてあります。
 
時に溜息をつきながら、病の体に手を置き、天を見上げて、癒やしたまえ、と祈っていたのでしょう。父なる神は、その力をイエスに与えました。目先のことばかりしか見えず、イエスの告げる神の国のことなど興味のないような群衆に向けては、諦めの境地だったかもしれません。それでも、教えを宣べることをやめません。やめるわけにはゆきません。
 
イエスは時を待ちます。自分に与えられた時を待ちます。ヨハネ伝では、その時をさかんに示唆しながら「栄光を受ける時」と度々イエスに口にさせます。イエスは、「待つ」ことができたのだろうと思います。だからまた、幼子のようにならなければ神に国には入れない、と、子どもを祝福した理由もあろうというものです。
 
子どもは、「待つ」ことができるからです。自分では何をすることもできないから、子どもは待ちます。ここで待っていなさい、と親に言われたら、うろうろすることはしません。親がまた迎えに来てくれるのを、いまかいまか、とじっと待っています。待つことができます。不安は覚えますが、親がきっとくる、と信じています。待つことには、信じることが重なっています。
 
子どもは自分の無力さが分かっています。自分の責任でなんとかしなければならない、などとも思いません。自分の悪を自分で責任をとる、そんなカッコいいこともできません。果たして世は、大人は、どうでしょうか。私たちは、あなたは、どうでしょうか。
 
◆待ち望んでいた人々
 
ルカ伝の23章を開きました。イエスの誕生を待つという時であるのに、これは実はイエスが十字架で刑死した後の話です。なんでいまそこから、とお怒りにならずに、もう少しお付き合いください。
 
50:さて、ヨセフと言う議員がいたが、善良な正しい人で、
51:同僚たちの決議や行動には同意しなかった。ユダヤ人の町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいたのである。
52:この人がピラトのところに行き、イエスの遺体の引き取りを願い出て、
53:イエスの遺体を降ろして亜麻布で包み、まだ誰も葬られたことのない、岩を掘った墓の中にイエスを納めた。
54:その日は準備の日であり、安息日が始まろうとしていた。
55:イエスと一緒にガリラヤから来た女たちは、ヨセフの後に付いて行き、墓と、イエスの遺体が納められる様子とを見届け、
56:家に帰って、香料と香油を準備した。
 
ヨセフという名は聖書に幾度も出て来ます。エジプトの宰相にまで上り詰めたヨセフはえらく古いのですが、イエスの父とされた人もヨセフでした。一言も言葉を発した記録がありませんが、重要な役割を果たしていました。そしてこの、アリマタヤのヨセフと呼ばれる人物。金持ちであるとも身分の高い議員であるとも書かれています。「善良な正しい人」だという評価です。四つの福音書全部に、この人とそのしたことがちゃんと書かれています。そこから、初期の教会の活動に協力した人物ではないか、という推測もあります。
 
このヨセフ、「神の国を待ち望んでいた」とはっきり書かれています。待ち望むのです。ただ待っているだけではありません。希望をもっています。信仰と呼んでもよいでしょう。「神の国」は、国土のことを指すというよりも、「支配」や「政治権力の及ぶ範囲」のようなものを想定することもできるかと思います。実質、神が支配するというのは、全能の神の許にあることなので、それは正義と愛に貫かれた理想の世界でありましょうし、黙示録によると、悪魔を滅ぼした永遠の喜びのあるところだというようにも思えます。
 
ヨセフが待ち望んでいた「神の国」がどのようなものであるかは断定できませんが、恐らくその後パウロの手紙や福音書が描くのと同じことなのでしょう。
 
ヨセフは確かに待っていました。ユダヤの大衆で素朴な信仰をもつ人々も、神の国を待ち望んでいたことでしょう。だからこそ、イエスの言葉に耳を傾けたのです。だからこそ、イエスのところに集まり、従う者もいたのです。癒やしを求めるということは、病人であるというのももちろんですが、丈夫な者には医者はいらない、というのがイエスの立場でしたから、自分の中に弱さや病に関わるものを自覚していたものと思われます。
 
他方、イエスを理解せず十字架へと追いやったユダヤの人々もまた、神の国を待っていました。このヨセフも、一歩間違えればそうした者の一人となり得ました。しかしイエスを弁護するような発言をしたり、なにより復活の舞台となる洞穴のような墓を提供したりしたのですから、復活信仰のための決定的な仕事をした、とも言えるでしょう。
 
みんな、待ち望んでいました。
 
◆待ちつつ急ぎつつ
 
ブルームハルト父子と呼ばれる二人の人物がドイツにいました。どちらもキリストの言葉を語る牧師でした。まず父のほうが、女性から悪霊を追い出した奇蹟を行ったことで、癒やしの能力を発揮します。息子は、特に社会的な方面にその賜物を活かしたとの殊です。どちらも神の国を求め、終末を強く意識した宣教をしました。言葉には力があり、19世紀のドイツに「リバイバル」、即ち信仰復興を起こしました。
 
父子のメッセージを象徴するような言葉が伝えられています。「待ちつつ急ぎつつ」というのです。その思想を代弁できるような能力は私にはありません。ただ、そこで「待つ」というのは、終末における真の神の国の実現のことだということは分かります。主が再び来られる日を、いま私たちは待っているのです。しかし、ただじっとしているだけの待ち方ではありません。子どもが、親が再び迎えに来るのをじっと待つ、というのとはまた違うのです。私たちは大人だからです。幼子のようにならなければ神の国には入れないとイエスは言いましたが、考え方においては大人になることが求められています。いつまでも乳だけを飲むような信仰生活であってはならないのです。
 
私たちは、終わりの日の出来事が成し遂げられることを、待ち望んでいます。望んでいるのです。望むということは、じっと待つこととは少し違います。神の国の実現へ向けて、聖霊の導きを受けつつ、共に働く者、共働者でありたいと願います。かといって、それは私たちが焦ってもがくこと、何かをしなければ、と焦ることとも違います。実現することを固く信じ、歩むのです。それが「急ぎつつ」ということではないか、と私は感じます。決して、慌てることではないのです。本当に急がなくてもよいのです。ただ、急ぐことを求めて、恰も急ぐかのように、歩むのです。「主よ、来たりませ」と祈りつつ、許された時間の中で、生きてゆくのです。
 
さあ、初めて救い主が生まれることを待ち望んでいたユダヤの人々とは、また違う待ち方を持ち出してしまいました。ここからは、私たちのあり方を考えます。しかしまた、それはかつてユダヤの人々が待っていたそのときの思いに重ねながら、考えることにします。
 
いまもなお、神の言葉を信じる私たち。しかし、神などいない、と絶望する人々がいます。神がいるなら何故この世に悪があるのか。善良な人が不幸に見舞われ、悪辣な者が薄ら笑いをして得をしている。それを神が望んでもたらしたというのか。さらに言えば、そうした悪を神は創造したのか。なぜ造ったのか。しかも、それを放置しているのか……。
 
こうしたことを、聞き覚えあるままに繰り返す者もあれば、せせら笑うように信仰そのものを見下すように吐き捨てる者もあります。けれども、これを叫ぶ人の中には、真摯に神を求める人もいます。神に希望をもっているからこそ、「神よ、どうして」と叫ぶのです。人間は、表向きの態度だけでは、その魂の内実は分かりません。
 
神は、イエスという形で、人間の歴史の中に飛び込んできました。その後は、聖霊という形で、人間の心の中に及び、影響を与えます。神は時折、ちゃんと人間世界に介入してくるのです。だからまた、必ず決着をつけるという希望を、一部の人間に与えます。そのことを、イスラエルの昔の詩人も、知っていました。というか、それを生きていました。
 
イスラエルよ、主を待ち望め。/今より、とこしえに。(詩編131:3)
 
主を待ち望め。詩編を探せば、同じような言葉があちこちに出て来そうな言葉です(実際には五度)。待ち望む希望は、誰がもつのでしょうか。誰か楽しそうな人に任せる、などとは言わないでください。世の中を明るくしている人に頼む、などと言わないでください。まず私です。自分が待ち望むのです。そして、教会です。教会が希望をもち、世にその光を照らすのでなければ、いったい誰が輝くのでしょうか。聖書を信じているならば、そのことが告げられていることを知るはずです。いったい聖書を、教会は、本当に信じているのでしょうか。
 
だから、まず教会が悔い改めなければならないのです。そうでなければ、いったい誰が悔い改めるのでしょう。
 
◆神が待っているから
 
神は、それを待っています。それは、テモテ一に、よく注目される言葉として感じ取ることができます。
 
神は、すべての人が救われて、真理を認識するようになることを望んでおられます。(2:4)
 
しかしまた、ペテロ一には、もっと直接的に、神が「待っていた」ことが表現されています。
 
これらの霊は、ノアの時代に箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者たちのことです。僅か八名だけが、この箱舟に乗り込み、水を通って救われました。(3:20)
 
神は忍耐して、待っていたのです。いま、私たちはノアの箱舟を造っているのではありませんか。ここにくれば死ぬことはない、神の裁きにより永遠の滅びに落ちずに済む、そうした箱舟を、私たちは知らされたのです。イエス・キリストを信じることにより与えられる救いが、いままだ生成途上です。その間、神は忍耐して待っているのです。
 
私たちが神を待つというよりも、むしろ神こそ待っているのではないでしょうか。待っているのは神の方ではないのでしょうか。それでもなお、人は己れを神としてふんぞり返っています。神としては、今日明日にでも、この世を終わらせることができるのに、神は待ってくださっているように思われてなりません。
 
人間の目には、もう二千年も経ったと見えるかもしれません。けれども神には、千年も一日のようなものでしょう。いま私がここに生かされていることを、神は待っていてくださった。私のために、などというと厚かましいものですが、いまお聴きのあなたのことをも、神は待っていてくださった。
 
同時に、私たちも待ちます。一途に待っていた子どもの心のように、信頼して待っています。但し、何もしないで空を見上げているだけではありません。私たちも、急ぎます。神が待っていることを知るからです。かつてイスラエルの民が、主を待っていたように待ち、そしてイエスの弟子たち、またパウロが、この世界へ福音を伝えようと命を張っていたように歩みます。
 
救い主の誕生を待っていたあの古の人々の気持ちに、少しでも重ねてみたいものです。いま私たちは、再び主が来るのを待っています。2000年を超えてなお、私たちは、まだ待っているのです。



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