教会と子どもたち(3)

2023年6月18日

教会の礼拝に、子どもたちも最初から加わる。賛美歌を歌ったり祈りを聞いていたりすることは、子どもにも特別に苦痛なことではないと思いたい。ただ、説教はやはり長い時間にわたり大人の難しい話を聞かさせるとなると、辛い。そこで、説教が始まるときに、子どもたちは別室に行く。そこで教会学校の教師が、子どもたちの牧師となって、子どもたちのための話をし、礼拝を司る。
 
このようなことを複数の教会で実施したことを、前回「教会と子どもたち(2)」でお話しした。実は、このとき文脈から、触れていないことがあった。それは「子ども説教」である。
 
子どもたちが、大人たちのための礼拝に最初から加わっていても、ずっと大人のためのプログラムに付き合わせるだけのように感じさせるのもよくない。その前半のプログラムの中に、子どもたちのための時間を盛り込もう、そう考えてできたものが、短い「子ども説教」であった。
 
子どもの緊張時間は長くない。小学校上級生ならまだしも、低学年から、幼児もいる。幼児なら3分集中できたら拍手、というくらいのこともある。「子ども説教」は5分を超えることは御法度であろうか。しかし、子どもたちも慣れてくると、自分たちのための時間だということで、関心をもってくれるものだった。
 
ただ話をするもよし、紙芝居をつくって見せるのもよし、ペープサートのようなもので聖書のストーリー演じるのもよし。担当するのは、教会学校に関わる人が中心ではあったが、やってみようと思う人は比較的自由に担当することができるようにしておいた。
 
ここでその日の聖書箇所に合わせた話ができているし、その後に分かれて子どもだけの礼拝になったときにも、担当者は続けやすい。それを踏まえて質問したり、必要に応じて付け加えたりすればよい。また、何よりも教会員全体で、子どもたちのために何かをしようというムードができるし、話す方も、聖書の話をまとまった形でできるという意味で、良い訓練と捉えてくれていた。
 
特に覚えているのは、2005年3月20日の礼拝だった。翌週27日がイースターだったが、諸事情で、20日の子ども説教の話が、十字架と復活の場面を両方描くこととなった。担当者が紙芝居をこしらえた。そのとき、地震が起きて、墓を蓋していた岩がごろりと動いて……と話していた10:53、福岡は大きな揺れに見舞われた。福岡西方沖地震であった。被害は出なかったが、場面が場面だけに、なんともいえない感動を呼んだのだった。
 
さて、この「子ども説教」は、もちろん子どもたちのためのものである。子どもたちは10人もいないくらいであったが、語る者は、子どもたちをしっかり見ながら話す。当然である。君たちに向けて話をするんだよ。聞いてくれているかな。ね、イエスさまはこうなんだよ。心の中でそのように叫びながら、子どもたちの目を見て話す。当然である。だからこその「子ども説教」なのである。
 
だが、別の教会で目撃した「子ども説教」は、そうではなかった。子どもたちを前の椅子に並んで座らせてというものは悪くなかったが、その近くで話す大人の語り手の視線は、つねに背後の大人たちのほうに向いていたのだ。そして、時折ちょっとジョークを交えることもあるのだが、それが、どう考えても大人向けのジョークであり、後ろの大人たちの方でどっとウケていた。子どもたちは何がおかしいのか分からない。何か呼びかけるような口調であっても、後ろの大人たちの方を見て、大人たちに向けて言っているかのような雰囲気だった。近くで聞いている子どもたちは置いていかれていたが、話自体は冗長で、それなりに尤もなことは言っていたが、大人のための教訓のように聞こえたし、大人が喜んでいるというような具合にしか見えなかった。子どもたち一人ひとりへの呼びかけのような感じは少しもなかった。
 
別の人のときには、何かかくし芸のようなものが始まった。その日の聖書の箇所に関係がないわけではなかったが、楽しい踊りやパフォーマンスがあったにしても、会堂の大人たちが盛んに笑うような催しとなっていた。
 
これは、多分に教会の姿勢というものの違いであったと思われる。後者の場合、そういうものではいけない、ということを指摘する者もいなかったし、教会でかなり「立派」な人が、子どもたちのためにわざわざ話を考えて来たのだから、ありがたくお受けしなければならない、というような忖度めいたものもあったのだろうと思う。
 
そこは、礼拝説教についても、問題があった。牧師の立場で説教ができる人が何人もいる、羨ましい教会であったが、ただ誰かがその時間聖書について話をしていればよいだけのものであったようだ。説教の内容について後から質問したり話をもちかけたりというようなこともなく、週報の要旨に誤字脱字があっても誰も何の関心も示さないようだった。その説教で一週間を生きて行くぞ、というような気概も感じられず、聞いた先から内容を忘れていそうだった。あるいは、そもそも聞いてなどいなかったのかもしれない。
 
説教は神の言葉だというような受け取り方が、そもそも皆無だったと思う。礼拝説教についてそのような習慣が長年続いている教会であったからこそ、「子ども説教」もやはりあんなふうだったのだ、と納得した。どうやら、「子ども説教」の後は、子どもたちは別室に行って、親の礼拝終了時刻まで、何かしらただ自由に遊んでいるらしかった。

しかし、可哀想なのは、子どもだけではなかったのだ。



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