ウクライナ侵攻一年

2023年2月24日

政治的にどうだという議論をする意図はない。そのように聞こえることがあるかもしれないが、政治の話をする訳ではない、という前提でお読みくだされば幸いである。
 
ウクライナ侵攻から一年ということで、報道も熱い。しばらく静観しているようなふうでもあったが、このアニバーサリーがマスコミは好きだ。震災などでもそうだ。それは仕方がない面もあると思う。
 
今年の元日、ウクライナ民話の『てぶくろ』に触れる拙文を公表した。誰でも迎え入れるような民族性を含み持つのかどうか分からないが、温かなものが伝わってくる。すでに2022年、侵攻直後にこの絵本のことを取り上げた方も、少なからずいた。
 
戦地にいる方々の恐ろしさや怒りなど、やはり想像を絶するものだろう、としか言いようがない。イエスの十字架の痛みや苦しみについて、しばしばクリスチャンは麻痺してしまう。あまりにもいつも口にすることで、口先だけの言葉になる可能性を憂う。それは自分自身のための警告である。だから改めてそれを肌近くで感じたときの戦慄というものは、嗚咽を全身に感じるようなものとなるのだった。
 
母国を逃れ、たとえば日本にも身を寄せた人々がいる。福岡にも避難民支援がなされている。先日も、交流会の様子が報道されていた。
 
ロシア側に限らず犠牲者は、えてして「数」で伝わってくる。そして日本での風向きとくれば、ロシアの非が指摘されるばかりとなっている。かつての、ソ連時代のアフガニスタン侵攻もそうだった。私も怒りを覚えたものだった。
 
だが、ピンポイントでイラクに爆弾を落とすアメリカ軍の報道に対して、私たちは、そこまで怒っていただろうか。私も怒りはあった。が、あのソ連に対してとはだいぶ質が違ったような気がする。
 
北朝鮮がこの時期にまた、ミサイルを発射し続けるようになった。2月から4月にかけて、指導者たちの誕生日だとか、軍の創建日だとかで、国威のアピールをするといっそう盛り上がるのかもしれない。
 
「強く抗議する」という言葉は、政治世界ではそうとうな怒りであるわけだが、政治家たちの内心はどうなのだろう。いや、国民一般もどういう感覚なのか、あまり偏見に満ちたような邪推はよくないのでひとつの可能性としてしか言えないが、まるで狂気のようなものを覚えることがあるかもしれない。
 
だが、80年前の日本の姿も、他国から見れば、同様の、あるいはそれ以上の狂気であるように見えていたかもしれない、と推測する。「自分は正常だ」という自己義認が果たして何を意味しているのか、人間は自身の問題としては、知りようがないのではないか。
 
月に一度の村上RADIOで、村上春樹は、番組終了前に毎回「今日の言葉」を贈る。この1月のそれは、プーチン大統領の言葉だった。息子がこのウクライナ戦で死んだという母親に向けて言った言葉だそうである。アルコール濫用や交通事故で何万人という人が死ぬのに比べ、それより意味のある死に方だ、と。
 
村上春樹は、落ち着いた口調でコメントする。そこに「巧妙なロジックのすり替え」がある、と。その根拠を説明した後に、「ものごとをねじ曲げて正当化」するのは「戦争に携わる国の指導者がしばしばおこなうごまかし」である、と明言した。ただ、その重さのままに番組を終えるのを避けたのか、「そういう連中に言いくるめられないよう、じゅうぶん気をつけてくださいね」と柔らかな口調でまとめていたのも、彼らしかった。しかし、憤りと警告の思いは十分に伝わってきた。
 
「ものごとをねじ曲げて正当化」することへの、強烈な批判があった。キリスト者がそれを免れていると、思えるだろうか。キリスト教世界がそれに陥っていない、と断言できるだろうか。実際、教会の歴史は、そういうことを飽きもせず繰り返してきたことを証拠立てているのではなかったのだろうか。
 
自分を例外にすることが、罪の根本に近い部分にあるように思う。その事実に、私たちはもっと戦慄を覚えなければならない。戦災の中にある人々に対しても、私たちは自らの責任を感じなければならない。赤十字は、敵味方なしに命を救おうとする営みである。ロシア兵の母親のためにも、何かできることはないだろうか。小さな祈りからでも。
 
その際、実は私自身が「迫害する者」なのではないか、そのように問わねばならない。そうして、先週知らされた、松本零士さんの訃報がつながってくる。大刀洗の飛行場から飛び立った父親の姿(兄は大刀洗飛行場のマークをつくったともいう)を、終生その漫画のモチーフとし、殺し合うことと生きることとを問い続けた人であったと言えようか。撃墜した敵機の中の人と目があって、「悪魔になって撃った」と父親は繰り返し語っていたのだという。
 
自分を知る、などという美しく聞こえる言葉があるが、私たちは、自分が何をしているか、ちっとも分かっていないのではないか。



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