私立高校入試

2023年2月2日

私立高校の入試の時期である。それが第一志望という人もいるが、福岡県では概ね、公立高校を目指すということが多い。これは地域差もあることだから、「福岡県では」と言っておく。もちろん、学費の面でも親としてはありがたいが、公立高校の伝統と評判、実績というものが確かにあることが大きい。
 
九州には、かつての「藩校」由来の高校もあり、それに公立高校が追随したような教育文化があったのだろうか。
 
私立高校の吸収合併も近年多い。失礼ながら、大阪境の初芝高校が立命館となっていたことを、最近スポーツ中継で初めて知った。かつての京都宇治の場合と同じように、いわゆる偏差値が急上昇したに違いない。関西を離れていると、こうしたニュースに疎いことを思い知らされた。教育という理念を掲げながらも、経営という基盤を蔑ろにすることができないとあっては、国の制度や指示に翻弄もされるし、経済状況に左右されるということも仕方がないはずである。そのため、信頼される学校としてのあり方がやはり大きな意味をもつものと思われる。
 
受験生の側としては、やはり名前や伝統、評判といったことくらいしか判断基準がないのかもしれない。それは、大学でもそういう面があるのだ、とも言えるのだろう。その大学にどういう教授やスタッフがいるのか、何の研究ができるのか、そうしたものを第一として受験する生徒は、どれほどいるのだろうか。なんとしても、合格できるところ、その中で一番格が上と見られているところ、そうした観点だけしかもたない受験生はいないとは思うが、それが切実な点であることは否めないであろう。
 
私立高校受験の視野に戻ろう。中学受験を経験する子は、福岡では決して主流ではない。そうなると、この私立高校受験が、生まれて初めての受験体験となる場合が多いと言える。緊張するだろう。そしてこれはまた別問題ではあるが、この極寒の時季、そして常に感染症が懸念される中で、その初めての受験に挑む生徒たちは、当日の交通事情を含めて、心配事が数多いと思われる。ただのメンタルな問題だけではない。
 
第一志望ではない場合、経験値を得るための受験という場合もある。その時には高望みはしないというのが基本であろうか。「そこに通うことになってもいい」という思いがもしもなかったら、そうなった場合の心理的ダメージが大きいかもしれない。ただ、それが結局その人に合っていた、というふうに振り返ることができる場合もある。自分だけの願いや思いだけではなく、与えられた道の恵みということは、信仰をもつ人にはおなじみのものであるかもしれない。
 
笑顔で受験し、笑顔でその後を進んでほしい。それは、信仰生活をする人が、笑顔でいられるということと、重なるものがあるのかもしれない。
 
受験生諸君、ひとつの試練だが、ふだんの君であればそれでいい。適度な緊張感を伴いつつ、胸を張ってその日を迎えたまえ。



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