平家物語にハマっている

2022年3月15日

アニメーションが、2022年1月から放映されている。幸い福岡の地上波テレビでも放送され、欠かさず見ている。もちろん、日本の古典文学と言えるあの『平家物語』であるが、語り手たる架空のキャラクターを入れて、巧妙なアレンジを呈している。
 
語り手は「びわ」と呼ばれるようになった、琵琶弾きの少女。平家の武士に父を殺されるが、清盛の長男の平重盛に拾われて平氏と共に暮らすようになる。母を探す目的もあったが、平家の一部始終を見届ける役割を果たす。時折、平家物語の名シーンを、古語のままに大人の「びわ」が語り聞かせることがある。弾く琵琶も普通のものではない。
 
平家物語というと、清盛の娘で安徳天皇の母親であった徳子が生き残り、その後京都の寂光院で建礼門院として、壇ノ浦に沈んだ我が子安徳天皇の菩提を弔い続けた故に、まるで語り手のようにすべてを知るような存在にも見えるが、それを「びわ」という少女を琵琶法師の如くに備えた点が斬新である。
 
と、特徴を挙げたが、このアニメの素晴らしさは、言葉では尽くせないものがある。監督の山田尚子さんは、決して歴史好きだったという訳ではなく、作品に出会ってむしろ学ぼうという姿勢で取り組んだのだという。京都アニメーションで、私の好きな作品の数々を監督している方で、まだ若いのだが、どの作品も瑞々しい感覚で心に響くものをつくりあげている。今回の『平家物語』がこの人の監督だと知ったのは、見ていてしばらくしてからのことだったので、なるほどと合点した所以である。
 
うるさい音楽は流れない。心の表現が巧みである。画面の色合いが、和の色とでもいうのか、時代性も感じさせつつ、美を究めようとしている気持ちが伝わってくるように感じる。もちろん、ストーリー展開も、時間をかけて描けない部分も流れを理解させるのに必要十分であり、抜かりない。
 
機会があったら多くの人に見て戴きたいとお薦めする次第である。どうしてこんなにせつないんだろう。どうしてこんなに心がきゅうっとするのだろう。それはご覧にならなければ感じることができない。
 
時を同じくして、NHKの大河ドラマでも、この時代が描かれている。こちらは少々コミカルであるが、歴史物語は、その人物がこの先どうなるかということが一応決まっているだけに、見ていて辛いことがある。高校の古典で学んだだけでも、俊寛が出てきただけで、能にもなったあの場面が先取りされるし、若くてしっかりした敦盛が登場してきた時には、それだけで泣いてしまった。物語では重盛が極めて優れた人物として描かれているが、そこに「びわ」が身を寄せ、二人して未来予知ができるなど、しびれるような設定であった。
 
次は、いよいよ壇ノ浦。追い詰められた平氏のことは、京都から福岡に高速道路で戻るときに必ず立ち寄る「壇之浦PA」から海峡を見ながら、いつも考えていた。狭い海峡である。そこにいまなお、草薙剣は眠っているのだろうか。イスラエルであれば、バビロン捕囚の騒ぎの中で十戒の箱がどうなったかが分からないように、日本神話を基に形を伴っていた神器のひとつは、海に消えたのである。
 
そして、キリスト者としておなじみの二つのことが、この作品の隠れたテーマになっていると私は捉えたことをお伝えする。すでに放映された中での重要なポイントで、それらの言葉が出て来ている。これについては、いまここでは明らかにしないでおく。平家物語の展開の中で、私がしみじみ教えられたそのことは、またメッセージという形で触れることになるだろうと思う。よろしかったら、お楽しみに。
 
 
・アニメーション『平家物語』公式サイト



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