感染症はぼくらの社会をいかに変えてきたのか

2020年11月30日

新型コロナウイルスが世界に影響を与えた、というより世界を変えた、そんな2020年となりそうです。いったいウイルスとは何か、疫病とは何か、どうすれば感染しないのか、そんなことを知りたい人々の求めに応じて、メディアは動きました。一人ひとりもSNSという情報の発信手段をもつ故に、時に翻弄され、躍起になって信念と情報とをはき違えたり、デマを流したりしていましたが、あいにく流した本人はその自覚がないようにも見受けられました。私は修正や謝罪も盛り込もうと努めましたが、ほかにそうした悔改め的な記事を見ることは、まずありませんでした。
 
本も多く出ました。家に籠もることで、時間がとれた人もいるし、インターネットという手段で情報は得られるという環境で、まとまった原稿をつくることができた、そうした人もいたのではないかと推測します。
 
早くも「コロナ後」のことに思いを馳せる声もありますが、果たして単純に「後」が考えられるのかどうか、先行きは予断を許しません。
 
さて、ここに『感染症はぼくらの社会をいかに変えてきたのか』という一冊があります。経済学を専門とする著者によるものです。歴史を顧み、疫病が社会をどう変えたか、を冷静に見つめます。
 
私などがそうでしたが、どうも疫病というものを、過去のものであるとか、他人事であるとか、自分と関わりのないもののように決め込んでいたふしがあります。人類史上、いつでもどこででもそれに見舞われるということについて、無防備だったのではないかと、いまさらながらに反省させられます。
 
サブタイトルが「世界史のなかの病原体」。疫病の恐ろしさについての話題から始まり、感染症が世界をどのように変えてきたかを振り返ります。感染症がどのようにして始まったのか、それが爆発的に拡大していくのは何故か。そこに、「社会制度」という原因を提示するところが、本書のモットーであるように見受けられます。
 
人口密度の増大や、過酷な労働条件が原因として挙げられると、まさにこれは人間がそのお膳立てをしてきたということがよく分かります。それを具体的に、ペスト・天然痘・コレラといった例を示し、人為的な原因を指摘していくことで、私たちのこれからの対処について考えさせてくれるように思います。
 
忘れてはならないのが、インフルエンザ。毎年、多数の死者を出しているこの感染症が、この冬は衛生観念の発達により抑えられる可能性が指摘されていますが、やや皮肉なことと言えるかもしれません。
 
本書のユニークさは、参考図書が各章毎に丁寧に挙げられていることです。書名だけではなく、その内容とお薦め具合も詳しく書かれてあるので、感染症についての本をお探しの場合には、本書をまず開いてみると、適切なものが探せるのではないかと思います。もちろん、邦訳の入手しやすいものばかりですので、私も参考になりました。
 
20世紀後半も、MRSAやエボラウイルスなど、感染症の困難はありました。エイズもまた、その一つです。改めて、こうした疫病について認識することと、これまでもこうしたものが世界を変えてきたことの認知と懸念とを覚えたいものだと思います。百年前のインフルエンザが、ヒトラーを生んだ、と言っても過言ではないことを、本書は指摘しています。
 
本書の「おわりに」で紹介されている詩人ポール・ヴァレリーの言葉が印象的でした。「我々は後ずさりしながら未来に入っていく」――さすが詩人です。過去の歴史をよく見つめなければならない。それが未来を形づくることであるはずなのだ。そのための本でありたい、という本書の結び方に、この本の望む世界こそ、拡大してほしいものだと願うばかりです。



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