『100分de名著 カント 純粋理性批判』

2020年5月30日

『100分de名著 カント 純粋理性批判』(NHKテキスト, 2020年6月)
 
新型コロナウイルスの影響で、一カ月予定を遅らせてのスタートとなった、100分de名著の新しい講座は(5月は平家物語の再放送)、いよいよイマヌエル・カントの『純粋理性批判』です。この日を待っていました。カントはかつて『永遠平和のために』がこの番組で取り上げられました(2016年8月)。国際連合の設立に思想的な影響を与えたというこの著作へのリスペクトが払われました。そして今回、哲学史に燦然と輝く金字塔としての『純粋理性批判』を真っ向から取り上げようとしています。
 
担当はカント研究家というわけではない、西研氏。すでに同番組では『ツァラトゥストラ』(ニーチェ)や『エミール』(ルソー)、特別講義としての『ソクラテスの弁明』(プラトン)や『精神現象学』(ヘーゲル)とおなじみの講師であり、幅広く近代哲学の世界を解説しています。ごりごりのカント研究者ではないため、哲学史を大きく視野に収めた中でのカント紹介となっているのではないかと思います。
 
私もテキストが届いたばかりですので、まだ全部読み終えておりません。しかし「はじめに」で見る限り、むしろカント専門ではないが故の、分かりやすい言い回しが心がけられているように見えました。きっと分かりやすい解説になるのではないかと期待できます。
 
哲学書は難解ですが、「それが何のために書かれたのか」「著者の問題意識」を理解することが大切だと説き、「わからないところは読み飛ばすくらいのつもりで取り組むことをおすすめします」と、教育的な配慮も見えます。これは一般の方々にも、大いに『純粋理性批判』に近づけるチャンスではないでしょうか。
 
また、偉大な哲学が生まれた時代は、「商業が大きく発展した時代」だと語り、「異文化接触が、哲学の起点となる問いや活発な議論を生んできました」と、社会的な背景からも理解を促します。そして哲学とは、「合理的な共通理解をつくるための対話の営み」であるとのスタンスを示し、私は非常に快く受け容れる準備ができました。
 
カントはいわゆる「三批判書」をシリーズとして人間の問題を考えました。この『純粋理性批判』にて人間の認識の問題、つまり「何を知ることができるか」という点を考察し、次の『実践理性批判』は、「何をすべきか」を自由の問題から原則立て、『判断力批判』で美の問題と想像力を扱い、目的論を論じました。このときに使う「批判」という言葉は、私たちが思い込むような悪い意味はありません。「Kritik」は、その事柄を論理的に実証的に正当に検討するというようなことを表し、「非難」とは区別しなければなりません。ともすれば単に対象だけについて議論しがちな人間を、その人間の能力そのものを検討しようではないか、という試みが画期的であったことは、このテキストの最初のほうでも説明されています。
 
『純粋理性批判』はカント哲学のスタートに過ぎません。しかし、その中にその哲学の全体像を見越したプログラムはもう組まれており、テキストから察するに、その全体についても触れるようになるのではないかと思います。また、ちらりと最後のほうを見ただけでも分かりますが、カント哲学の問題点にもさらりとですが良い指摘があるように見え、さあ私たちは理性をどう扱うのだ、という問いかけに導いているような気がします。
 
理性の認識では、「答えの出ない問い」がある。カントが『純粋理性批判』で示したこのことだけでも、人類に多大な貢献をしたことは間違いありません。カントは、当時ラテン語が当たり前だった情況で、ドイツ語で殆どの著作を出しました。そのためか、関係代名詞をつなぐわつなぐわで、1頁にヒリオド(Punkt)が一つしかない、というようなこともあるほどでした。生涯独身で規則的な生活をした変わり者でしたが、社交界の人気者として、話の面白さでも評判だったといいます。その著作は貴婦人にもよく読まれ、大学での講義も面白かったと言われています。そもそも哲学者が大学教授であるというのもカントあたりが始まりであるなど、近代哲学のスタイルを作ったとも考えられます。ケーニヒスベルクの町を生涯出ることなく、しかし港町に入ってくる世界からの情報を熟知し、日本についても地理学の本で言及して知っていました。
 
学生時代、ちっともカントなんか分かっていなかったんだな、と後からいくらでも思いますし、そんな中で自分の罪を見せつけられてキリストに出会った、私の分水嶺がまざまざとよみがえります。今だったら、少しはまともな論文が書けたかもしれませんが、そんな力もすでになく、せいぜい番組を愉しむくらいしか、することはないようです。ただ、聖書を考える上で、大いにプラスになる、いえ、必要不可欠とまで言わせてほしいくらい、重要な哲学書です。タイトルのいかめしさを恐れず、伊集院光さんと、楽しく学んでみては如何でしょう。2020年6月1日から、毎週月曜日夜、また水曜日の朝と昼に再放送される予定です。



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