皆川達夫さんを悼んで

2020年5月7日

皆川達夫さんが、2020年4月19日に亡くなりました。92歳でした。NHKFM「バロック音楽のたのしみ」を聴いていたことがありました。NHKラジオ第1放送「音楽の泉」もこの三月末まで担当されていました。
 
2005年に放送された「こころの時代」という番組で皆川達夫さんが紹介された「宇宙の音楽(ムジカ)が聴こえる」が、先日5月3日に再放送されました。実にいい番組でした。
 
バロック以前のグレゴリオ聖歌との出会い、こうした音楽との出会いにより、「戦争で人を殺したくない・殺されたくない」という少年が、非国民のようにいじめられていたところから救われたという証し。洗礼を受けたのはまだずっと後のことですが、神は皆川さんをずっと導いておられたのだということが、視聴者には伝わってくるようでした。
 
私も改めて驚いたのですが、隠れキリシタンの間で伝わっていた「オラショ」なる祈り、御詠歌のような祈りが実は讃美歌であったこと、そしてそれがどこの国の言葉でどんな歌なのか、楽譜も録音のない口伝で今に伝えられてきたその祈り、実は歌が、確かに500年ほど前の聖歌であることをつきとめたのが、皆川さんだったのですね。大変な苦労があったという話もありました。
 
音楽的に強調されたのが、ポリフォニー。グレゴリオ聖歌などを指導してきた様子が幾度となく映され、また取材の川野アナウンサーに、聖歌のCDを聴かせて確かにそうだと実感させるような様子も流れたのですが、かつての聖歌は、主旋律があって脇役としてハーモニーが添えられる、というのではなく、どのパートもが主旋律であって、それらの掛け合いや響き合いでもって調和が保たれた音楽となっていく、それがポリフォニーだということです。これは現実の私たちの世界にも合致しているようにも思われます。一人ひとりが主人公でもあり、一人ひとりが神の前に価値をもつ。しかし全体として神の指揮のもとで響き合い、調和して心がひとつになる。
 
また、当時の合唱のその声は、「倍音」を如何に響かせるかという歌唱法に基づき、ひとつの声の中に、他の響きが含まれている中で、調和していくという説明も感動しました。
 
ドストエフスキーのたとえば『カラマーゾフの兄弟』では、三人の兄弟と父親、さらに周囲の女性たちなど、多くの人格が、それぞれに主役級の働きをしながら大河のような物語が形成されています。文学理論として「ポリフォニー(多声)」と呼ばれ、文芸学者のバフチンがこう論じたと言われています。その一人ひとりの登場の中に、作者も一人として参加し、また読者もその場に引きいれられた一人となる、そんな見事な構成ができる作家はほかにいなかったのだそうです。
 
教会もまた、ポリフォニー。キリストのからだの一つひとつの枝として、教会が、また一人ひとりが、それぞれの声があって、しかもひとつに調和する。なんとも夢のような世界ではないでしょうか。皆川達夫さんは後半生で洗礼を受け、カトリックの信徒となりましたが、プロテスタントの私もその響きの中に入れさせて戴きたいと強く願う者です。番組をありがとうございました。



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