イエスのまなざしを少し逸れて

2018年9月30日


ルカによる福音書
22:61 主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。
22:62 そして外に出て、激しく泣いた。


1 鶏
旧約聖書では「鶏」と訳されている語は、契約や儀式のためにいけにえとなる「鳥」であるようですが、ネヘミヤ記の中に、料理の中の一品としても出てきますから、食用であったと思われます。
 
新約聖書ではやはりこのペトロの逸話が印象的ですが、マタイ23:37とルカ13:34にあるように、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、神が手を伸ばしたことをエルサレムに呼びかける場面をひとつ心得ておきましょう。慈しむ神の愛のひとつのイメージを形作ります。
 
2 泣く
旧約聖書の人物は実によく泣きます。サラにより追い出されたハガルが泣くのは当然として、エサウもヤコブもヨセフも、泣きに泣きます。出エジプトの民は生活の不満に盛んに「泣き言」を言っており、士師記でも民族の運命に民はすぐ泣きます。ダビデもまたよく泣きました。概して旧約聖書では、男がよく泣いています。預言者エリシャも泣く場面があり心に残ります。捕囚から戻り神殿再建の際には遠方まで響きわたるくらいの泣き声を民は挙げました。預言書では、厳しい仕打ちに遭うことを嘆くようになることを言うのに、しばしば「泣け」と民に預言者が突きつけます。
 
これが新約聖書になると、それほどには泣きません。新約聖書で泣く場面は、その殆どが、ひとが死ぬ場面や、ひとが死ぬことに関してです。そうでないのが、イエスの足を髪で拭った女や悔恨のペトロですが、これもやはり、ひとが死ぬことに関してであると言ってよいでしょう。エフェソの人々がパウロとの別れのときに激しく泣きますが、これもパウロと今生の別れの意味ですから、関連していると言えます。
 
書簡の中で「泣く」語は片手で数えられるほどでしかないのですが、そのうちパウロの「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマ12:15)を思い起こすひともいるでしょう。こうして新約聖書の「泣く」の語について見てくると、この「泣く」も、死者のために泣く場面がイメージされているのではないか、と私は考えます。ここに関して岩波訳が、旧約聖書続編のシラ書7章を参照するように指摘していますが、そこでもやはり死者に関する悲しみであると読むことができると思います。
 
3 外
「そして外に出て、激しく泣いた」(ルカ22:62)については、この節をまるまる欠いた写本が一部あることから、田川建三氏は、これは早い時期であろうが、元々ルカにはなかったのを、マタイを見た人がルカに書き加えたのであろうと推測しています。
 
ぶどう園と農夫のたとえの中で「ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった」(マタイ21:39)のように「外に」とある語と同じ、至って普通の「外」なのですが、ルカと異なりマタイはユダヤの律法についてはうるさいですから、この「外」には思い入れが強かっただろうと思われます。
 
というのは、ユダヤ人は死者に触ると汚れるという律法規定のある環境で生活していましたから、それを避けたがる傾向にありました。良きサマリア人の譬えでも、ユダヤ教のお偉方が瀕死の旅人を遠目に見ながら通りすぎたのも、その影響があるはずです。ぶどう園の中で殺すと、ぶどうが汚れる、すなわち売り物にならなくなる、のような計算を農夫たちはするだろうから、殺してから外へ捨てるのではなく、外へ出してから殺す順番が大変重要になるというわけです。恐らく資料に元々そのようにあったためか、ルカのこの並行箇所も表現は同じ(マタイとルカが同じ資料を用いていたことを前提とする理解)ですが、ルカがマタイほどこだわっていたかどうかは分かりません。
 
さて、ペトロが外に出て激しく泣いたのは、大祭司の家に連行されるイエスを遠く離れて従い、見物する人々と共に、屋敷の中庭の中央で腰を下ろしていたことが記されています。女中に顔を覚えられ、人々に疑われ、またガリラヤ訛りでイエスの一味だと見抜かれても、ペトロはしらを切っていた、そういう場面でした。そして、この三度目の否認のときにイエスが宣告していたように鶏が鳴き、主イエスが振り向くとそこにペトロがいるという情景です。
 
マルコとマタイは、イエスの予告を思い起こすペトロのことは書いていますが、このイエスの眼差しを記していません。ルカだけが描いた情景です。ヨハネは思い出したという記述すらも端折っています。文学的にはこれが案外よいかもしれません。ともかく、ルカは、田川建三氏の仮説を用いると、ルカは、ペトロが号泣したことは書かなかったが、イエスの眼差しを脚色したということになります。そして別人が、マタイに合わせてペトロが外に出て号泣したことを書き足した、というわけです。つまり、外へ出たことは、マタイだけが書いていたのです。
 
自分が主イエスを見捨てて師匠を単独で死へ追い込んだという悔恨の思いが、鶏の鳴き声でペトロを一瞬にして支配するようになりました。マタイはイエスから見つめられていたわけではなかったのですが、涙は外で流しました。もちろん、人目を憚ってのことでしょうけれども、こうまで隠れて泣くというシーンは、聖書の中には他に類を見ません。イエスの死への悲しみを、公の場面の外で、自分の問題として捉える様子が窺えます。公的な裁判が進行し翻弄されるイエスの姿から「外へ、外れて、」ペトロは泣いたのです。悔いたのです。私たちの涙は、悲しみは、体裁も理由も必要としません。世間の考え方から「外」であってよいのです。
 
ルカはイエスの眼差しを描きました。そこでペトロが思い出すという流れをつくりました。当初ルカは、あの仮説に従えば、外に出て号泣したとは描いていませんでしたが、もちろんここでは普通に呼んで然るべきでしょう。ルカによると、主に見つめられて思い出すというつながりが顕著です。これによると、ペトロは単に自分の問題として、自省して感じとったというふうではありません。イエスの眼差しと出会って、そこで自分が問われ、自分を意識し、自分が変えられていくのです。
 
泣くのはひとの死に関してのようだ、と新約聖書の捉え方を指摘しました。ペトロが激しく泣いたのは、誰の死でしょう。もちろんイエスが追い込まれる死です。けれども、ペトロは、過去の自分の死を、無意識の内にも感じていたのではないでしょうか。罪の自分に死ぬ。ペトロのこの時の経験は、後になって理解できたことなのかもしれませんが、イエスと出会ったことが、罪の自分の死を迎えることによって、新しい命に生きていくきっかけとなったのだと捉えたいものです。復活のイエスがそれを後押しし、聖霊を受けたという確信が、留まらない勢いを作っていくというシナリオが、さらに用意されていたわけですが……。



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