悔改め

2018年6月10日

ニネベという、イスラエルから見れば敵国であり大帝国であった都に、神に従わぬおまえたちは滅びると神の言葉を伝えに行くことになったヨナ。そもそもこの設定自体が奇妙です。どうしてイスラエル民族でない、しかも敵国にそんなことを述べに行かなければならないのか。ヨナが拒否して逃げたのも、無理からぬことだと思いませんか。
 
何を小国の分際で、神のお告げだと? ヨナは殺されてもおかしくない状況でした。が、ここで異変が起こります。ニネベの人々は、この滅亡の預言に震え上がり、神を信じたのです。信じたばかりではありません。互いに断食をし、粗布をまといました。さらに王もこの情報に、王の衣を脱ぎ捨てて、粗布をかぶり、灰の上に座ったというのです。ニネベ全土に断食例を出すほどでした。それも、家畜まで断食しろ、というのは酷すぎます。
 
こうして神の前に悪を棄てて神に願えば、滅亡を神が思い直してくれるかもしれない、と国民全員に伝えた王の命令。舞台を現代に置き換えると、いかに不思議なことが起こったかがお分かりでしょう。
 
この断食や粗布というのは、いかにもイスラエル式ではありますが、「悔改め」の仕方だったと理解することができます。灰の上に座るのもそうです。
 
粗布はおそらく、丈夫だが安価な生地の布で、動物の毛からできていたと思われます。わざわざこれを身につけるというのは、嘆きや悲しみの時であったことでしょう。たんに自分の運命を呪うというわけではありません。自分たちに罪があると思い知らされたとき、それをどうにも償うこともできなくて、厳しい反省の態度を示すようなものだとも言えます。
 
断食は、宗教的な誓願もありますが、罪を嘆くときによくそうしたように、旧約聖書には描かれています。自らの罪を自覚し、それをどうにも神の前で弁明することもできないものですから、おそれをもって神の前に出るというのが、断食をする意味でした。従って、これもやはり悔改めの表現となりえました。
 
灰をかぶるというのもありました。ここにあるように灰の上に座るのも同様のことだと思われます。まさにこれは悔改めの態度です。「祈る」ときには自然と手を合わせる(組む)人が多いのですが、同じように、「悔改める」ときにはこうした態度をとったのではないでしょうか。
 
受難日の前に、「灰の水曜日」(レント)と称される教会暦の日があります。復活祭の前の7週間ほど前の時で水曜日にあたります。この日から40日間を、受難までの日数の40という数字(出エジプトの荒野の40年やイエスの40日間の断食と誘惑、さらに鞭打ちは40より少ない数だけ打たれるという律法などを思い起こしましょう)を用いて、罪を嘆き十字架を思い、質素に暮らすのです。カトリックの儀式においては、人はちりに帰るのだから、という点で灰を捉えているように聞こえます。因みに、このレントの前日までは、この後質素になるのだから、と賑やかにできる間に騒いでおくというような、カーニバルが行われることがあります。これは謝肉祭という意味で、断食の前夜という感覚がつきまとうのでした。
 
ところで、グリムなどによりまとめられた物語の「シンデレラ」という女性の名(ラテン系なのでフランス語やイタリア語がこれに近い)は、「灰かぶり」という意味がありました。ある人が調べたところ、さらに古い時期の物語に、継母となる人と共謀の殺人に加担するが裏切られて不遇な目に遭う女性(シンデレラという名ではない)が、木靴を落としたことをきっかけに王妃に迎え入れられる、と似た部分があります。竈の灰にまみれて働かされていた様子から「灰かぶり」の物語とされたのでしょうか。へりくだり、いわば悔い改めたという事情がそこにあったと思われます。
 
このような構成の物語は、継母というものへの偏見をつくった観はありますが、不思議と中国や日本にも見出されると言われています。
 
悔改めは、福音書の中でも、たとえば次のような箇所があります。ここは、ニネベの町の悔改めと構図的に似ているようにも見えます。
 
「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。」(マタイ11:21)
 
しかし、改めて新約聖書を考えると、「悔改め」について強烈なのは、たとえばマルコによる福音書の1章ではないでしょうか。
 
1:4 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
 
まず、バプテスマのヨハネが庶民の人気を集めていたのは、律法を守ろうにも守れないような、また律法を守らなかったが故に病気や貧困に苛まれていると思い込んでいた人々に、救いの道を拓いたからであったと思われますが、そのヨハネは、「悔い改めの洗礼」を授けていたのでした。
 
1:14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、
1:15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
 
次に、いよいよイエスの宣教が始まったとき、その第一声として、4つのことを告げたことです。「時が満ちた」「神の国が近づいた」「悔改めよ」「福音を信じよ」。先の2つは、いわば状況説明です。後の2つは、行動の指針です。信じる前に、悔改めることがなくてはならないのです。
 
それでは、新約聖書でよいのですが、そもそも「悔改め」とは何でしょうか。日本語だと、まるで「後悔」したり過去のことをあれこれと思い出したりする反省のようなイメージがつきまとうかもしれません。しかしこれは訳語の問題で、本来この「悔改め」には、「向きを変えること」の意味が含まれていると言われています。
 
ギリシア語では「メタノイア」。前置詞が接頭辞となり「メタ」(いまでもメタなんとか、と使うことの多い語です)が恐らく変化や交換を示し、後半は「ノエオー」(理解する)で動詞となります。これが名詞となったときに、「メタノイア」となりました。この後半の語は、「理性」を意味する「ヌース」に由来しています。「理性」と言っても、私たちが「心」や「理解力」「判断」のように使う感覚と似ていると思われます。
 
要するに「悔改め」は「心を変化させること」ですが、より分かりやすく伝えると、「心の向きを変える」ということになるでしょう。心や人格など精神的な面で大きな変化すること。「心を180度転換すること」と考えるとよいと思われます。
 
どういう方向からどういう方向に、向きが変わるのでしょうか。それは、神に背を向けて神から遠ざかっていた自分が、向き直り、神のほうを見ることに始まります。そして、神に近づくのか神のほうが近づくのかは知れませんが、歩き始めるようになることです。神に背を向けていた時には、神からの光が後方から照らすとはいえ、はっきりとそれを知ることはありませんでした。しかしいまや、向きを変えて神を見ています。すると神の光がこういうことなのかと分かるようになります。
 
私は神の顔を見上げ、神と出会います。そして、神との関係が結ばれるのです。悔改めが第一段階で起こり、次に神に救われる、という順序に分解して考えるべきではない、とカルヴァンは言いますが、確かに、人間がどのような行動をとったが故に救われたなどというふうに考えるのはよろしくないでしょう。向きを変えて神と会ったとき、すでに神との関係が成立したとも言えるとすれば、悔改めそのものが、救いの業であったと理解するのもよいことです。
 
ついでに言うと、ルターの言っていることからすれば、悔改めは悔やむことで一段落ついて終わりであるように聞こえたと思ったカルヴァンは、悔改めを「再生」の中に位置づけ、さらに積極的に評価していきます。そこで、むしろ信仰が成立していたからこそ、悔い改めることとなった、ということを強調します。ますますもって、行いによって救われるような気配を消し去ったかのようです。
 
ともかく、「悔改め」は、一人ひとりにとって、決定的に大切な瞬間であった、と言えるのではないでしょうか。たとえ強い自覚や劇的な体験がなかったとしても。



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