私vs私

2017年10月19日


電車の中は多くの人が、しかし接触するほどの混みようではなく、私は車輌の前方の壁に寄りかかって、本を読んでいました。もし急ブレーキがかかっても、壁がありますから、さしあたり大丈夫と考えていました。
 
乗り込んできた、就活をしているかのような若い女性が二人、私の横に立ちました。例によってスマホをいじっていますが、吊革につかまる様子はありません。電車ががたんと揺れる中で、幾度かよろめきましたが、なんとか踏ん張って持ち堪えます。吊革ではなくスマホしか手には触れたくないかのようでした。
 
私は嫌だなと思いました。そのままよろめくと、特にブレーキ圧がかかると、私にぶつかってくることになるからです。そのときには、ひじ鉄でも食らわして防御しようか、それくらい構わないよな、などと心で呟いて、本を読みつつも、そちらの動きは視野に入るようにしておりました。
 
突然、揺れました。前後ではなく、横手に揺れたので、進行方向からすると横を向いている私は、体に対して前後に振られ、思わず一歩右脚を引きました。と、「きゃっ」とも「いたっ」とも言い難い声が後ろから聞こえました。そうです。私は、女子高校生の足を踏んでしまったのです。
 
すぐに足を引き、ごめんなさい、と謝りました。その子は肯いていましたが、足の隅のほうを踏まれたのは、確かに痛かったことでしょう。私は背中でさらに謝り続けました。
 
なんのことはない。私は先ほどまで、実のところ私自身を批判し、迷惑がっていたのでした。「それはあなたです」とナタンに指さされるまでもなく、私は私を小馬鹿にしていたのでした。日ごろから、人間とはそんなものなのだと、それなりに弁えていたつもりでしたが、私が悪人呼ばわりをしていたのは、自分自身のことだったのです。


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