信じる

2017年7月7日


「信じる」という言葉について、いつもためらいがありました。いったいそれは、何を意味するのでしょうか。
 
原語がどうであれ、日本語で知り、また告げる私たちですが、たぶん大和ことばの「信じる」というよりも、漢字のイメージが先行するのではないでしょうか。つまり「信仰」こそ、いわば宗教の根幹と見なされます。現に、「宗教」と「信仰」とを入れかえても、多くの会話は成立します。
 
「信」は、漢字について権威のある白川静氏の解説によると、次のような意味があるといいます。先日『常用字解』を開いてなかなか楽しかったので、お知らせします。
 
これは会意文字であり、「人」と「言」を組み合わせている。
「言」は神への祈りの文である祝詞を入れる器の形を表す、
「口」の部分(∀の下が平らになったような形)の上に、
刑罰として加える入れ墨用の大きな針を置いて
神に誓いをたてることばをいうのだそうだ。
だから、
神に誓いをたてた上で、人との間に約束したことを
信というのだという。
 
新約聖書はギリシア語で書かれ、ユダヤ教の聖書は基本的にヘブライ語で書かれています。もちろん、漢字で聖書を解釈するのは適切ではありません。漢字の知恵をひとつのシャレとして考えることを否みはしませんが、神からの声として聞くためには、聖書を書き留めた人々の受け取り方を最優先しなければなりません。
 
ただし、これは研究者の成果をただ引いてくるくらいしかできないのですが、引く以上はこちらの責任でするばかりです。
 
ヘブライ語でそれを表す語のニュアンスは、何かしら堅固として動じぬものをイメージさせるそうです。また、ギリシア語の場合は、そこに日本語の「信」と近いものを有しているようであるとも言われます。つまり、「信頼」と訳して然るべき語であるようなのです。
 
その「信頼」の意味について、もう少し考えを加えてみると、私たちは日常、さまざまなものを信頼して生活しています。このバスに乗れば目的の地に連れて行ってくれるという信頼。今日働けば来月には給料がもらえるという信頼。このドアノブを回せばドアが開くという信頼。このきつい冗談を言っても笑ってもらえるという信頼。作ってくれた食事を口にしても死なないという信頼。およそ「信頼」なしには、私たちは一瞬たりとも生活していけない、と考えることもできるでしょう。
 
これが教会で語られるときには、「信仰」という用語になってしまいます。「信」に「仰」を付けるのは、私には、気の回しすぎのような気がします。同じ「信」という語であるのに、人から神へ向かうそれだけ「信仰」と書きかえてしまうわけですね。つまりは、訳者の解釈を押しつけていることにもなります。もしかすると、神から人への「信」である場合があるかもしれないのに。事実、「イエス・キリストの信」という書き方をしているとき、属格の曖昧さも相俟って、その訳語の決定において、また解釈において、意見の相違が見られ、深い研究がなされています。
 
ここで漢字の「仰」についても、白川静氏の解説に耳を傾けた上で「信仰」の語を捉え直してみます。
 
にんべん以外の右側は、人が向き合う形であるという。
上下に向き合うならば、
上からは抑えつけ、下からは仰ぐ意味になるのだ。
前後に並べば、迎えることになるという。
「信仰」は、上から高貴な人の命令を仰ぐ「仰」を
「信」に付け加えた言葉なのである。
 
「信じる」というとき、必ずしも上を仰ぐ必要があるのかどうか、決められないようにも思います。神を信じるから上なんだ、と言われればそれまでなのですが、それでは実感できない部分があるのではないか、と。イエスは私たちの友となったとも言っています。もちろん、それを文字通りの対等な関係で終わりとするのも極端かもしれませんが、それでも、イエスは人となったのです。降りてきたのです。「信じる」というのは、友への「信頼」の意味を、親しみをこめて理解しても構わないのではないだろうか、と考えてみたいのです。
 
つまり、「信」を「行為」のようにだけ取るよりも、「信頼関係」のような関係の「状態」を基礎とする捉え方にも、意味があるのではないか、と考えてみたいのです。そこに意志や行為が無関係というわけではもちろんないのですが、実際聖書の中でも「信仰」と訳している語を、「信頼」と訳している場合もあるし、「真実」としているところもあります。中には「信実」という、ほかで多用されない語を使い、そのニュアンスを示そうとすることもあります。こうなると、関係を表す色が、より濃くなっているようにも見えます。翻訳というものは、同じ原語は同じ語に、というのが混乱しない原則なのですが、なかなか難しいものです。一度示した訳語が、読者の「信仰」を決めさえしますから、訳者というのはたいへんなお仕事をなさる方だと思います。

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