呼びかけられて委ねるに至る
2026年11月2日

マルコ伝の連続講解説教であることを確認すると、説教者は今日の聖書箇所の出来事が、イエスの地上生涯最後の週の、火曜日の出来事であることを告げる。ここまでどんなことがあったかをおさらいすると、どうやらイエスの周囲で様々な問答があったようだった。イエスに対して、好意的であれ好戦的であれ、質問が相次いだのだ。
ところが今日の短い記述の場面では、イエスが問う。但し、誰かに問うたというよりも、群衆に対して問いかけるようにして、言っておくべき真理を知らせようとしたように見える。マルコ伝12章である。
35:イエスは神殿の境内で教えていたとき、こう言われた。「どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか。
これは、修辞疑問とか提言的疑問とか言われる方法であり、何も相手に答えを求めているわけではない。イエスは直ちにこれに続けて、自ら解答を示す。
36:ダビデ自身が聖霊を受けて、こう言っている。/『主は、私の主に言われた。/「私の右に座れ/私があなたの敵を/あなたの足台とするときまで。」』
37:このように、ダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか。」大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた。
今日読み上げられた新約聖書の箇所は、これだけである。これは詩編110:1を引用したものであり、ちょっと聞くと首を傾げたくなるような表現をとっている。「主は、私の主に言われた」と、同じ「主」という語が二度登場しているが、明らかにそれは全く同一の存在を指しているわけではない。ギリシア語でも同じ語である。一つはただの「主」、もう一つは詩人ダビデにとっての「私の主」である。
聖書では伝統的に、「主」は唯一神を指す。神には名前があるとも言われているが、神の名をみだりに唱えるな、という十戒があるために、おいそれとその名を口にすることはできなくなってしまった。そこであれやこれやと工夫が盛り込まれ、神のことを「主人」というような呼び方をするようになったらしい。
すると私たち人間は、対照的に「奴隷」である。訳語の上では、日本語の聖書はこれを「僕(しもべ)」としている。主人と奴隷の関係に擬えて、神と人とはつながっている。それが基本のスタンスである。
しかし、実際には主人という相対的な意味で「主」という呼び方をしている場合と、かの名前をもつ神という絶対的な意味で「主」という呼び方をしている場合とがあるため、原語の加減を知りたい場合、日本語では困ることがある。そのため、新改訳聖書ではこれらを区別して表記するという、なかなか親切なルールを実行している。後者の、神の名を示す場合には、「主」の字を太字にして印刷したのである。これはとてもありがたい。
さて、ダビデでの「私の主」については、説教者が丁寧に説明を施した。実のところ、それが誰を指しているか、を問題にしているのではなかったのである。律法学者たちが、「メシアはダビデの子だ」と言っている件についての批判がそれだ。次節で説明がなされているように、「私の主」とダビデで呼んでいるのはメシアであるはずなのに、メシアがダビデの子孫だ、という説明でよいはずがないではないか。ダビデの子孫というものは、ただの子孫である。メシアはダビデの主であったのである。
この「メシア」は、ギリシア語では「キリスト」である。かつては邦訳でも「キリスト」と表現されていたが、新共同訳からは、ユダヤ人が救い主として待望していた方を指す場合には、ユダヤ人が呼んでいたヘブライ語の「メシア」の語に遡ってそれをカタカナ表記して表すという、不思議なルールを用いている。メシアとは、聖別された存在であり、意味としては「油注がれた者」を表す語を用いて示すことになっている。
もし聖書解釈だけで説教が終わるのであれば、これで終わりであってもよかっただろう。だが、説教は、聖書の言葉を用いて、神がいまここで、この私に向けて伝えるべきもの、この私が出会って聞き入れ、受け容れなければならないことを、運び示すものである。説教者が、その神の言葉を運ぶ。今日聞かなければならない神の言葉は何か。神の言葉は、ただ風の中を漂い消える音ではない。神の言葉は存在と同一であり、実現するはずのものである。私を通じて、それは現実へと変わらなくてはならない。ヘブライ語で「言葉」がそのまま「出来事」を示すことがあるというのは、そのためである。神の言葉は、即座に現実なのである。説教者は、祈りの内でその神の言葉を披く物語を教えられ、礼拝の場で語るのだが、その言葉は聴く者たちの中で現実化されてゆくという意味で、出来事となるものである。
たとえば人が聖書を読むとき、いろいろな読み方が可能であろう。文献として調査する人がいてもいい。心地よい物語として楽しむこともできるかもしれない。道徳的教訓として理解する人がいることも予想できる。中には、そこで知識を得て、その知識を人々に売って金儲けをする者もいるように思われる。
同じ人でも、時と場合によっては、いろいろ違う読み方をしていることもあるだろう。私も、なんとかして意味を知りたい、と調査することもあるし、人生訓を得たと思えるときもある。ただ、キリスト者は、どこかで決定的な「出会い」を経験していることは間違いないだろう。
「人々は、私のことを何者だと言っているか」(8:27)と弟子たちに問うてすぐ、イエスは次に「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか」(8:29)と問うた。こうした問いが、読者たる自分へ向けての問いであることに気づく、そのエポックについて、説教者は説教の初めの方で語った。
あまり強調した様子ではなかったが、これは実のところ決定的に重要なことである。説教者もまた「大切なこと」だ、とは言っている。そして、エンデの『はてしない物語』についてしばし話をした。本の中から問いかけられた少年バスティアンが、物語の中に引き込まれてゆくのである。映画にもなったが、映画と原作小説とでは、特に終わり方がかなり違う。そのために、エンデはかなり映画に対して憤ったという。まるく収まった映画とは全く異なる、哲学的な問題が消され、再生の物語も描かれなかったからである。
ともあれ、聖書もそのように、聖書の中から問いかけてくるものがある、それが要点だ。私たちはイエスから、あるいは神から、聖書を通じて問いかけられる経験をする。それが、イエスとの、あるいは神との出会いをもたらす。
説教者は、アダムに対する「どこにいるのか」(創世記3:9)と、同じ創世記のカインへの似た問いかけとを例に出した。エリヤにも類似の問いを出したことがあったが、ともかく人類最初の罪の場面に於ける、最初の「どこにいるのか」は強烈である。
口語訳では、「あなたはどこにいるのか」だった。確かに元のヘブライ語では一語でそれを表しており、わざわざ「あなたは」と訳し出す必然性はないかもしれない。だが、私にとっては、この「あなたは」は決定的だった。別で証しを記しているので詳述はしないが、第一コリントの愛の章で自分の偽りに打ち砕かれ、聖書を旧約の初めから読み始めた私の目の前に、この「あなたはどこにいるのか」が現れたとき、私はズタボロの姿で、神の前に引きずり出されたのだった。「あなたは」は強烈だった。正に私がただ独りで、神の前に呼び出されたのだ。私の救いへの道の、決定的な出来事だった。
さて、説教では、どこから道が逸れたのか、もうひとつ説明できないのであるが、ここから、人が神に従うのか、人が神を従わせるのか、という形の問題点を大きく取り扱うようになった。
たぶん、ダビデがメシアを主と呼んでいるのに、メシアがダビデの子だと得意気に自説を強調する律法学者の態度の中に、それを見いだしたのだろうと思う。一種の倒錯である。つまり、現にダビデがメシアを主と呼ぶのに、メシアはダビデの子孫から現れるに違いないという、自分の発見した真理を重く見る姿勢を非難したのだろうと思う。
恰も、神を拝しているような振りをする。否、自分でも自分は神を拝しているのだ、と信じ込んでいる。自分では気づかないところに闇がある。本当のところはどうなのか。自分の目的が先にあって、そのために神を利用しているのだ。神さま、何々してください。そのためにこれだけがんばりました。え、してくださらなかった? なんだ、そんな神さまなんか要らないや。神頼みをする心理はしばしば、そのような角度で神を自分の願いを叶えるために利用しようとするものである。神に従うのではなく、神を自分に従わせようとする。
説教者の言葉を借りれば、「お気に入りの神を求めている」のだ。一体これでは、どちらが主人でどちらが奴隷なのだろう。
しかし、それは決して他人事ではない。いつでも自分がそれをやらかしていないかしらふでいなければならないのだ。キリスト教の歴史を振り返れば、人間がずっとそのようにしてきたことがよく分かる。敵を殺すことを神に祈る。自分が儲かることを神に願う。自分を祝福するのが神の神たる所以だ、とでも思っている。
中には、聖書にこのように書いてあるから、これが正しい、と主張する場合もある。これが厄介である。聖書をこのように読んだ、自分が正しい、と言っているだけだからである。魔女を仕立て上げて殺し、身体障害者を社会の果てに捨て去った。同性愛者を逮捕していたのはつい最近まで普通だったし、いまでもそうする地がある。異教だから滅亡させるのが当然だ、としてきた歴史は確実にキリスト教独自のものだ。
その論理が、イエスを十字架に架けたのだ。そしてそれは、いまでもやらかしているかもしれないことなのだ。否、きっとやっている。
私だったら、こうした指摘で満足していたかもしれない。自分もそうだということを踏まえていれば、それほど傲慢には聞こえないのではないか、とも思うだろう。だが説教者というものは、そういう隙すら与えない。このように、思い通りにならないと神の子さえ殺す人の醜さを明らかにしておきながらも、イエスは、イエスが復活した、ということへと目を向ける。十字架に人が追い込んだにも拘わらず、イエスは復活した。これを説教者は、「誰をも殺さない勝利」だと宣言した。これがあるから、説教は説教たり得るのである。
説教者は続いて、ナチス・ドイツの例に触れながら、今の世界が同様に崩壊しようとしている時代を迎えていることに警鐘を鳴らす。そして、それは世界の名だたる指導者個人の問題ではなく、人々が、つまり私たちが、それを支えており、創り出している、という点にも言及する。
いま戦前の昭和史について書かれてある本を少しずつ読んでいるが、戦争が当たり前だった時代であることを考慮に入れたとしても、民衆があるとき、雪崩のようにひとつの方向に靡いて動いていったことが、鋭く指摘されている。そうなると、戦争に賛成しない意見をもつ者を、民衆が一斉に叩き、排除し、正義の名の下に暴力すら振るうのだ。それが歴史の中に確かに刻まれているというのである。
説教者は、いつの間にか話題を「王」という存在に移す。私たちは自己義認の癖を有しており、「王」になりたがっている。少なくとも潜在的にそういう願望と性向を有っている。たとえば私たちもまた、奇妙な指導者に対して同調することで、自分を「王」とする。自分が「主体」となることが美徳であるかのように考えられる中で、その実自分は邪悪なものの「奴隷」となっているわけだが、それにすら気づかないである。非常に危険なことである。
イエスがメシア、つまりキリストであると告白することが、キリスト者の信仰告白である。だがこのメシア、あるいは救い主は、世界の一部の指導者のように、自分を「王」として思い通りにすることが正義だと権力を恣にすることを望まない。私個人に対しても、私が幾ら周囲を変えてくれと頼んでも易々と引き受けない。むしろこの私の方を変えようとなさる。
この自分で設営し権威づけるような王位は、罠のように私たちにつきまとう。この傾向性は、簡単には消え失せないし、逃れられない。だが、イエスが私たちの前にいるとき、私たちは自らのその王座から、降りることしか考えられなくなるに違いない。むしろ神こそが王に相応しいことを、痛切に知ることを経験しなければならない。
説教者はこのように自称のみの「王」から降りることを、キリスト教でよく用いる「委ねる」という言葉と結びつけた。私たちは神に委ねる、と簡単に口にするが、事はそう簡単ではない。京都の牧師が、委ねるということは、しがみつくことから手放しをしてしまえるかどうか、というような角度で語ることがあった。私は子どもを与えられたとき、「たかいたかい」と放り上げてキャッチすることもしたが、子どもはキャッキャッと喜んで、「もういっかい」と迫るのを不思議に思っていた。私がそれをもしされたら、落とされないかと恐ろしくて仕方がないだろう、とゾッとしたのだ。幼子の信仰というものは、こういうところにもあるものか、と驚いたものであった。
王は神である。人間ではない。もちろん自分でもない。説教者はしかし、それだけでは済ませない。「キリストに声に耳を澄ませる」のだ、と言う。そうでないと、自分の考えに、狭い了見に、閉じ込められたままになってしまう。恐るべき死の道ですら、この方は先頭に立って歩んでくださったのだ。
私たちには個人的な、あるいは人類的な願いや求めがあるだろう。それは捨て去る必要はない。胸に抱えたままで、神の前に歩み出るのだ。神は神の望むことをなさるだろう。私たちはそれを信頼するばかりだ。自分の思いつきの「正しさ」を押し通すのではない。説教者は、「共に生きる道」を進もう、と希望の光を当てる。もしかすると少しばかり論旨を外れて飛躍したところがあるかもしれないが、メッセージとしては十分だ。こうして、ダビデのように、「私の主」と神を呼ぶことができるようになるであろう。
説教者は最後に、「病者の祈り」を読み上げた。ニューヨークのリハビリテーション研究所の壁に書かれていたという詩であり、多くの人に感動と力を与え続けている。第二次大戦後にアメリカの新聞が紹介して広まったということらしい。願った通りに神はしてくださらなかったが、やがて自分は気がついた。実は自分が本当に願っていたことは全部叶えられていたのであり、自分は神に祝福されているのだ、と。説教者はそこに、大きな神の国が現れている、と告げた。それは、神の国の宴会の予備的な営みとも言える、聖餐式への誘うためであった。
聖書から呼びかけられることの大切さ。神を自分に従わせるという錯綜を私たちは犯しやすいと知ること。人間は自分を王にするのを辞め、神を信頼すること。そうした幾つかの柱を経て、「病者の祈り」へと説教は流れ着いた。この「病者の祈り」は、私見では、フジテレビのアナウンサー山川千秋さんの闘病記『死は「終り」ではない――山川千秋・ガンとの闘い一八〇日』(1989年)の中で、この詩に慰められたという話から、広く知られるようになったのではないかと思う。山川千秋さんは、ガン告知後、クリスチャンであった妻を通して、信仰を持ったという。
私もそれでこの祈りを知ったように思う。京都の教会のためにオリジナルで組み上げた賛美集の中に、私を通して生まれた、この祈りを歌い上げた賛美の歌をも収めている。長い詩を簡潔にして、演奏も歌も難しくないようにしている。今回、画像にその楽譜と、闘病の末虹の橋を渡った愛する猫とを載せている。