真理と愛の教会へ
2026年10月26日

10月31日は宗教改革記念日とされている。プロテスタント教会の原点とも言うべき事件であった。殊更に取り上げないプロテスタント教会もあるし、正面から掲げるところもある。今回は、さりげなくそれを意識する、と言えばよいであろうか。テーマは「教会」であった。
そのためには、ヨハネの手紙というものは確かに恰好の聖書である。それは一から三まで三つあるが、一はまだしも、二や三は礼拝説教でも殆ど光の当たらないところである。いずれも章に分かれていない。日本聖書協会の検索サイトでは、「章」のところに「0」を入力するように、と指示が為されている。
共観福音書が、何らかの共通な信仰の基盤の上につながっているのとは対照的に、ヨハネ伝とヨハネの名を冠する文書は、どこか異なる風の中に構えているように見える。「愛し合う」という言葉が、これほど集中して現れる文書は、ヨハネ関係の他ではむしろ例外的で、しかも単発的である。ヨハネ関係だと、畳みかけるようにそれが現れることがある。
今朝開かれたヨハネの手紙二には、「愛し合う」という訳語は一箇所しかないが、「愛」は陰で重要な位置を占めている。そしてその「愛」は、「真理」という背景の中で迫ってくるようになっている。立て続けに、その「真理」についての言及を並べてみよう。
・あなたがたを真理の内に愛しています。
・真理を知る人は皆、あなたがたを愛しています。
・真理は永遠に私たちと共にあります。
・真理の内に歩んでいる人がいるのを見て、私はとても喜んでいます。
・愛とは、……戒めに従って歩むこと……戒めとは、……真理の内に歩むことです。
新約聖書がギリシア語で書かれてあることは、イエスの口から出たその言葉の通りに遺されている、というわけではなさそうである。恰も新渡戸稲造や内村鑑三が英語で著作したように、広く通ずるギリシア語で新約聖書は綴られた。この「真理」は、数百年前のギリシア哲学に於いては、非常に関心が強く、検討された概念であった。それは「隠されていないこと」あるいは「隠れていたものが露わになること」というようなニュアンスをもつ。だが、果たしてユダヤ文化の中にある者たちが、そのような意味を意識しながら綴っていたかどうか、それは分からない。他方「愛」は、上よりの、神からの愛を表す「アガペー」という語が使われている。こちらも、ギリシア側の捉え方を論じても仕方がないだろう。以前しばらくもてはやされたように、「エロス」との比較も、必ずしも絶対的なものではないと思われる。聖書では、この「エロス」という語が使われていないからであり、またこれらとも違う語が「愛」の意味を伝えている場面もあるわけで、必ずしも数学的な定義が成立しているわけではない、とすべきであろう。
さて、前置きめいたものが長くなったが、今日の説教者は、教会の中で愛し合うという生き方の価値へ、私たちの目を釘付けにするような意図があったのかもしれない。あるいは当人が意図していなかったとしても、そのためのふだんの厚い祈りが、そういう声を伝えていたのかもしれない。
この「真理」については、やはり押さえておくべき重要な点がある。これを言ってしまえばもう結論になってしまうかもしれないのではあるが、「私は道であり、真理であり、命である」(ヨハネ14:6)というイエスの言葉である。しかしまた、この直後のイエスの言葉の中に、「真理の霊」(14:17,16:3)というものがある。聖霊のことを指していると見てよいはずだ。そうしてヨハネ伝で最後に「真理」という語が登場するのは、煮えきれないピラトが、質問形式だが言い捨てるように放った次の言葉である。「真理とは何か。」(18:38)
説教者は「真理」について、ひとつの見解を示した。イエスにより明らかにされた神の真実のことだそうである。そして、キリストの真理の内に愛し合うこと、それがここで私たちに告げられているモデルである。こうあってほしい、これが私たちの仲間だ。そんなふうにも聞こえる手紙の中から、そう響いてくる。
説教者は幾度も、「傷つけてくる人」の存在について触れた。そうした人を愛することは難しいとか、私たちはそうした相手に対して、「変わってほしい」と願うのだが、それは違うとかいうふうに話すときの例に挙げるのである。やはりそうした経験が、どこかに刻まれているのではないか、と推測してしまうのは、邪推というものだろうか。
この場合、相手に「変われ」と願うのは、やはりキリスト者の知恵ではないと思われる。自分が変わること、そこへと目を向けるのが福音のもたらす恵みというものである。それは、卑近な例ではあるが、なんで親の気持ちが分からないのか、正しいのはこちらだ、と子どもに威圧的に臨む親であり続けていると、子どもは益々親の言う通りにはならないであろう。何故なら、子ども側からしても、理屈は全く同じように成り立つわけであって、互いにただ張り合っているだけとなるからである。親自身が変わろうとするとき、子どももまた、それを感じ取り、和解へと至るというのが、ひとつの型であると思われる。
今日説教者が何度もそこに留まった言葉がある。
私は、あなたがたを真理の内に愛しています。私だけでなく、真理を知る人は皆、あなたがたを愛しています。それは、私たちの内にとどまる真理によることで、真理は永遠に私たちと共にあります。(1-2)
ここにある「とどまる」という語がそれである。それは「住み続ける」意味を含む、と説教者は説明した。場合によっては「耐える」ことや「待つ」ことを表すこともあるだろう。あるいはここでは「残る」という日本語も少しいい感じがするかもしれない。
それは、人間の側の状態に左右されない、というふうにも捉えられる。こちらが何か強い信仰をもったから、善いことをしたから、だから神はご褒美を下さるのだ、そうした発想はここにはない。それは、次の節ではっきりする。
父なる神と、父の御子イエス・キリストから、恵みと憐れみと平和が、真理と愛の内に、私たちと共にありますように。(3)
神とキリストから来るのだ。それは分かる。ただ、説教者はそれをある場面に適用した。「教会は、人の地からだけでは建て上げられない」と言ったのだ。それで、この説教は専ら教会の中の情景を背景に、語りが続くことになる。
教会生活は、あるいはまた教会という場で織りなす風景は、知識をもっていることでよしとはしないものであることが分かる。「戒めのとおりに、真理の内に歩んでいる」ことが肝要である。またそれは、「互いに愛し合うということ」がここに掲げられていなくてはならない、という意味でもある。
それで、教会員に挨拶の声をかけること、教会に来なくなった人のために祈る、悩みをもつひとの話をただ傾聴する、こうしたことが、教会を建て上げることだ、という。説教者の示す実例は、ある意味でとても小さな、単純なことである。だが、それはこの教会の中でのひとつの風景であるだろうし、自身の牧会の中での経験が言わせていることなのかもしれない。相手が話したくなるまで待つことの必要性、逆に波風を立てることになろうとも相手を正さなければならない場面、それは人の知恵としては実に頼りなく、ためらいがちなものである。だが説教者は言う。「ひとを生かすのが何であるか、それを思うことに愛がある」と。それはまた、生かすものが「真理」である、という事情もそこにこめられていると言えるものであろう。
ヨハネの手紙二を説教者は辿りながら、私たちが直接的に参考になることを取り上げてゆく。たとえ教会に於いて、という説明を付け加えなくても、そのどれもが、教会の中で起こり得ること、あるいはまた実際に起こったことがあること、そうしたトラブルや懸念といったものを暗に示しているように思われる。
それいう中で、説教者はふと漏らしたことがある。「教会の将来への不安についても、まずイエス・キリストの教えを確認することが必要だ」と。それは「キリストの教えにとどまらない者は皆、神を持っていません」と手紙にあったからだ。そしてそこには続いて、「その教えにとどまっている人は、御父と御子とを持っています」というように、先ほどの「とどまる」という語が再び用いられている。キリストの言葉を待ち、また耐えるほどに受け容れよう。キリストの言葉にとどまろう。住み続けよう。するとキリストの言葉が、私たちの中に残るのだ。
教会には、温かな交わりが似合う。キリストにある仲間として結びついている平和が相応しい。共に喜び共に泣く、霊に基づく心の通い合いがきっとある。無関心ではいられない。気にかけてくれる人がいる。祈ってくれる人がいる。そばにいて、話を聞いてくれる人がいる。教会へのある種の理想であるかもしれないが、理想へは、私たちが足並みを揃えて踏み出すところからしか近付けないものであろう。また、そのようにすれば、実のところ、こうして掲げた教会の姿が、まずひとつ実現したことになる、とも考えられるだろう。
教会に来れば、弱さを抱えたままであっても、ここが自分の居場所だ、と安心していられる。それは、知識や理屈だけで成立するものではない。だが、知識や理屈を抜きにしていてよいわけでもない。ここでは、知識や理屈は、冷たい意味での「真理」という言葉で示すことができるかと思う。だがその「真理」は、同時にイエス・キリストその方自身をも指す言葉であった。
カントは、「経験なき認識は空虚であり、認識なき経験は盲目である」という有名な言葉を認識論のコペルニクス的転回を語るときに漏らしており、それがやけに有名になってしまったのだが、説教者が説教を閉じるときに語ったことも、それに似た構造があるものだと言えるだろう。愛のない真理は空しいものであり、真理なき愛は歯止めが利かない。いや、これは少し違うようだ。
説教者が言ったのは、そんなことではない。自分は真理を知っている、そのように自負していたとしても、愛を無視するようなことをキリスト者はできるはずがない。私たちは、キリストの真理の内にあって、キリストの愛を生きるようにしようではないか。この世では叶わないことかもしれないが、せめてこの教会という場に於いては、共に信ずる神の許、その成立を、希望をもって願うことができることだろう。それも、まず自分が変わるということの必要を痛み知ることによって、またそこからさらに、キリストの言葉をよく聴くことに魂の力を集めることによって、というふうに気持ちを整理してみることにしよう。
説教の後の一連のプログラムの後に、礼拝の中で、ハンドベルの演奏が始まった。 「神はわがやぐら」の力強いメロディが、優雅で繊細な響きの中に聞こえてきた。ああ、そうだ。ルターのつくった賛美の歌の中でも最も有名なものだ。31日の宗教改革記念日という件について、説教者も誰も何も触れなかったが、説明を必要とせず、ハンドベル・チームが、宗教改革の歴史を想うように、と告げているのだろう、と気づかされた。
プロテスタント教会は、教会の理想を掲げて運動を始めたのに違いない。だが、その後の歴史は、そうした理想の通りには進まなかった。分断と分裂を繰り返して、収拾のつかない情況に陥っている。挙げ句は他と手を結べず互いに離れ離れになった、成立能力を欠いたような小さな小さな集まりに散らばってしまったように見える。しかも、「聖書のみ」というスローガンが、いつの間にか「聖書は文献資料でしかない」の意味で理解するべきだ、とする声によって、命のないただの道徳命題と政治信条を語るためにのみ使われるようになってしまったケースがある。そうした主義を主張する組織にさえなっていった枝が、実際にあることは否定できない。
キリストの真理の内に歩む、即ち互いに愛し合うということが、教会の何よりもの指針とならなければならない。それを小馬鹿にするような人々もいる。聖書が文献資料または自分の主張の道具となったような組織に、それは顕著である。これでは、さらなる宗教改革が必要ではないか、と思う。プロテスタント教会は、宗教改革を思い起こすにあたり、現在の自分たちが、構造的に、かつてルターが闘った敵のような存在になっていないか、省みる必要があるのではないだろうか。ちょうど、「クリスチャン」の中に、かつてイエスが闘った、律法学者やファリサイ派の人々の位置を占めている人がいるような懸念があるのと同様である。
その中にあって、ある意味で純朴に、教会のあるべき姿を最初から最後まで語り続けた本日の説教は、福音そのものであった、と言ってもよいのではないだろうか。