ボールペン狂想曲
2026年10月25日

やばいくらい、沢山のボールペンが家にある。新製品を試したくなる。その一方で、愛用しているタイプは各色揃える。増えるばかりだ。
その上、自分の本にはボールペンでラインを引くことにしているのだが、本の種類によっては、赤だったりオレンジだったり青だったり、はたまた黄色だったりと、いろいろな色が必要になる。まだある。同じ赤でも、紙質や本の種類によって、別のペンを用意するのである。太さ加減や、イエローマーカーとの相性など、自分なりのこだわりがあってのことだ。
昔は、やたらイエローマーカーを引きまくっていた。黒い印刷文字が、一番引き立つのだ。そうやって、マーカーのインクがどんどんなくなってゆくのであったが、さすがにそれは不経済だと思い、次第にボールペンにシフトしていったのだ。
幾度か説明しているが、ラインを施すということは、同じ文を二度か三度か読み直すということで、時折そうやってメリハリをつけながら、要点を心に刻んでゆくという読み方が、私には合っている。
そこで、いま経済的理由でボールペンを使うようになった、と言ったが、実はもう少し違う効能を知っている。マーカーで文全体を色づけると、一番大切な語や言い回しがどれか、一目では分からず、文全体を見返さなくてはならないことになる。これは非能率的だ。そして、そのデメリットは、ボールペンで傍線を引いても変わらない。しかし、ボールペンで文全体に傍線を引いて、その中で注目すべき語や表現のところだけ、短くイエローマーカーをつけるというのはどうだろう。これはとても効果的ではないだろうか。
すると、最初に読む・ボールペンを引きながら読む・マーカーを付けるために読む、という三拍子の読み方をすることにもなる。これは私には合っている。
おまけに、そのイエローマーカーにも種類がある。いちばんのお気に入りは、スタビロの太いものだ。だが大容量の液体インクのものがあって、それは経済的理由で買ってみた。但しそれは乾燥の度合いが悪く、家で吸水のよい紙のものに限られている。乾燥の点では、固形のものが優れている。持ち歩き用に準備している。
持ち歩き用、といま言った。そう。持ち歩き用のボールペンは、また家のものとは別にある。出かけるときにいちいちペーチに入れ替えるような面倒くさいことをするつもりはない。ポーチは、妻に教えられて、ナース用につくられたウェストポーチをいま使っている。ペンが10本くらいは十分に挿せるし、そのままスッと取り出して使える。ペンクリップをポーチのポケットに差して並べているのだ。もちろん仕事で必要なためだが、黒が2本、赤に青にシャープペンシル、さらに最近はゴールドやグリーンも挿している。その他ラインを引くための定規もあるほか、ペンタイプのハサミや黒いネームペン、ペンタイプの一枚切りカッター、折りたたみのブッククリップと固形のイエローマーカー、液体のイエローマーカーまで入っているのだ。
こんな具合で、ボールペンがやたらと家にある。1本が100円から200円くらいだから、ひょいと買うのにはそうそうためらうことがないのだ。
話はこれで終わらない。替え芯だ。替え芯として売られているものは、基本的に替え芯だけを買って使い続ける。それで実際、ボールペン本体の数よりも、替え芯の数の方が家には多く存在するのである。それは、予備が必ず1本あると共に、安売りをしていたり、安く買えるチャンスがあったりすると、余分に買ってしまうからだ。また、ものによっては、近くの店ですぐに手に入れられない種類のものもある。出かけた先で見かけたときに、ついでに買ってしまうこともある。そして買ったところ、家にまだ余分にあった、などということもしばしばある。
替え芯は、無造作に置いていると、いざ替えるときに、どこにあるか探すのに時間をくう。そこで、細長い小袋に、メーカー毎にまとめて差し込んでいる。店で、買ったときに入れてくれる紙の小袋だ。そこに入れて、袋にボールペンの名前を書いておく。これだけで、探し回ることがなくなるし、あと何が不足しているか分かる。
替え芯は、ものによっても違うが、60円代から150円くらいの間で買える。それにしても、これだけあったら、いったい何千円分あるか知れない。それほどに、ある。商売ができそうだ。
それから、在庫一掃の目的であるのか、偶に1本30円とか50円とかの投げ売りをしているものがあるから、いいねえ、と言いつつ買ってしまうことがある。もう製造中止になったから処分するものもある。それも特別な本のために使うことがあるし、ちょっと他と違う使い方をすることもある。もちろん、イエローマーカーの余分もあり、これらはすべて同じ大きな袋に入れている。
呆れた奴だ。