【メッセージ】飢饉の毒――エリシャ(7)――

2026年9月27日

(列王記下4:38-44, マタイ13:24-30,36-43)

エリシャが「麦粉を持って来なさい」と命じ、それを鍋に入れ、「よそって皆に食べさせなさい」と言うと、鍋の中に毒はなくなっていた。(列王記下4:41)
 
◆日本宣教のこれから
 
10年前に出た本があります。『データブック 日本宣教のこれからが見えてくる――キリスト教の30年後を読む』、当時も今も1900円。とはいえ、いまは新刊は入手できず、古書市場でも4600円より安い値を私はまだ知りません。
 
タイトルの通り、データに徹しています。抽象的な理想論を、聖書の言葉を引用しながら掲げるような本ではありません。数字がメインであり、そこから言えることや現場の姿などを交えつつ、コメントや背景の説明がなされています。170年に及ぶプロテスタントの宣教と過去と現状を踏まえて、分析は施されています。類書が他にないので、貴重な資料だと思います。
 
でも、2026年となったいまとなっては、この本も発行からすでに10年が過ぎました。あの頃の悲愴なデータは、もはや現実へと変わり、悲しみは益々加速しているのではないかと思います。とはいえ、この本にも、希望的観測はもちろんあります。
 
「今後すべてのキリスト教会が、毎年受洗者を産み出す教会へと大きく変革すること、そのようなパラダイムシフトが求められている。」(p59)
 
しかし、現実は現実。押さえておかなければならないことは多々あります。2014年のデータですでに、70歳代以上の会員が40%以上というのがキリスト教会の現実でした。それを基に、今後トータルで信徒数は大幅に減少するだろう、という見解が記されていました。いまそれから10年余りが経ちました。もしも全員がそのままご存命なら、80歳代以上が40%いることになります。もちろんそのままというわけではないでしょうが、若年層が増えなければ、強ち見当違いではないかもしれません。教会学校の生徒が近年どういうふうになっているか、そこにも光を当てて見るとよいかもしれません。
 
教会で「敬老の祝福」を設けるところがあるだろうと思います。かつては何歳以上としていましたか。値上げとは違いますが、だんだん高くなっていませんか。いまや70歳代以上となると、祝福する側が殆どいなくなるため、もっと基準が高くなっていないでしょうか。
 
この本のデータでは、教職者、つまり牧師や伝道師という立場にいる人の年齢について、それが70歳以上である割合が48%ほどだということになっていました。もちろんこれも単純計算はできませんが、現在では、半数ほどが80歳以上であってもおかしくないことになりはしないでしょうか。
 
◆エリシャとイエス
 
さて、いまは預言者エリシャの活動を辿っています。預言者エリシャは、登場する度に奇蹟を起こしています。その頻度は、他の預言者を寄せ付けません。エレミヤは、口は達者ですが、特に何かをしたというふうではありません。イザヤもそうです。エゼキエルは、不思議な幻は見ているが、自ら何かをしたというふうでもありまん。
 
エリヤの師匠エリヤは、確かに死者を生き返らせたり、天から主の火を呼んだりしました。そのとき預言者を殺戮したのは必ずしも奇蹟とは言えないでしょう。アハブの息子のアハズヤから差し向けられた百人の兵士を焼き尽くしたのは奇蹟だったかもしれませんし、ヨルダン川の流れを、外套を叩いて止めたのも、たいそうな奇蹟でしょう。第一、死者を最初に蘇生させたのは、正にこのエリヤでした。奇蹟と言えばエリヤ、というイメージは、確かにあろうかと思います。
 
けれども、ここまで読んできただけでも、すでに川の水を止め、熊を操り、水を探し当て、死人を生き返らせています。今日もまた、ここからたいそう不思議な奇蹟を二つも起こしていますし、ここから先もいろいろやります。まだ序盤です。
 
エリヤの奇蹟とエリシャの奇蹟を比較してみると、エリシャの方が、イエスの奇蹟に、より似ているように見えてきます。イエスのキャラとしてのモデルが旧約聖書の中にいるとすれば、私はこのエリシャを挙げたいと思います。きっと賛同してくださる方もいるでしょう。まるでイエスが、エリシャの真似をしているかのように見えてきます。
 
今日取り上げた列王記の場面は、聖書箇所とは短いのですが、エリシャは別々の二つの出来事を起こしています。しかし、これら二つの出来事は関連があるように私には見えます。ひとつにまとめて取り上げて然るべきだと考えました。
 
◆飢饉と鍋
 
現代の技術とは違います。天候に対する知識や対策の点でも、現代と比較の仕様がありません。昔は、偶然の中で、飢饉が起こりました。創世記でヨセフが飢饉を夢で察知したことが特別なこととして描かれているのも、そういうことです。また、占いが世界各地で行われていたのも、これに関係しているのではないかと思われます。
 
飢饉がよく起こります。食べものがありません。いまでも地震や水害などの被災地では、水と食べものに困ることがあります。もちろん現代では救援物資が運ばれてもくるでしょう。しかしそれが江戸時代だったらどうでしょう。明治や昭和に入っても、どうだか知れません。太平洋戦争末期の二つの大きな地震は、軍部が報道管制を敷き、被害状況が隠蔽されていました。
 
阪神淡路大震災でも、栄養までは十分考慮できない場合がありましたし、冬の最中にも温かい食べ物がそうあったわけではなかったかと思います。
 
38:エリシャがギルガルに帰ってみると、その地は飢饉に見舞われていた。預言者の仲間がエリシャの前に座っていたとき、彼は従者に言った。「大きな鍋を火にかけ、預言者の仲間のために煮物を作りなさい。」
 
飢饉の中、エリシャは先ず鍋を用意させます。食材がないのに、どうやって煮物を作るというのでしょう。
 
39:彼らの一人が野に草を摘みに出て行き、野生のつる草を見つけ、そこから野生のうりを上着いっぱいに集めた。彼らは帰って来て、煮物の鍋に刻んで入れたが、それが何であるか知らなかった。
 
野生の瓜とはいえ、通常は野菜のようには見なされていなかったのでしょう。日本人が、そこらのカラスウリを食べるようなものでしょうか。カラスウリは、熟れる前の青いものは食べることも可能だと言われますが、赤く熟したものには毒があると言われます。この宗教者のグループには、そうした知識に長けた人がいなかったのかもしれません。その実がなんであるのかについて、十分な知識がないままに、言われるままに鍋に突っ込んだようです。
 
40:皆に食べてもらおうとよそったところ、煮物を口にした人々が、「神の人、鍋に死の毒が」と叫んだので、彼らは食べることができなかった。
 
皆の箸が止まります。カラスウリもそうですが、口にしたとたん直ちに死ぬというような、毒キノコのようなものではなかったと思われます。毒の症状が直ちに出たのか、それともその苦み故に毒だと判断したのか、複数の人間が、それを毒だと口にしました。
 
41:エリシャが「麦粉を持って来なさい」と命じ、それを鍋に入れ、「よそって皆に食べさせなさい」と言うと、鍋の中に毒はなくなっていた。
 
飢饉の中でも、幾らか麦粉はあったようです。いまの小麦粉のように精錬されたものではなかったことでしょう。大麦を、挽きつぶしたものであれば、なんとか手に入っていたかもしれません。
 
エリシャはそれを鍋に入れさせます。このエリシャの機転は、果たして奇蹟と呼んでよいのかどうか微妙ですが、毒素が麦粉ひとつで消えるということは、通常考えられませんから、やはりこれは理屈で説明できない現象である、つまりひとつの奇蹟である、と理解しておくことにしましょう。
 
◆パンを配る
 
続いて、非常に興味深い記事が見られます。ここからが今日の後半の、第二の話にあたります。
 
42:ある男がバアル・シャリシャからやって来て、初穂のパン、大麦パン二十個、そして、新しい穀物を袋に入れ、神の人に持って来た。
 
バアルという、イスラエルからすれば偶像の神の名をつけた土地から男がやってきます。男は主なる神に仕えようとしていたのでしょう。だからこそ主の預言者エリシャたちの許を訪ねて来たはずです。エリシャはこのときギルガルにいたといいます。エリコ近くにあったギルガルとは別の地域ではないか、とされており、このときも、ひどく遠くから来たのではない、と考えられています。
 
男は、エリシャを慕っていたのでしょう。つまり、主を信じていたということが推測されます。バアルという名のつく町に住むものの、バアルでなく主なる神を信じていたと思われます。たとえば「仏町」に住むクリスチャンが、飢饉に困った教会に、パンを持って来た、と創造してみましょう。
 
男が持って来たパンは、まず「初穂のパン」でした。最初の収穫で得られた小麦でこしらえたパンで、恐らく宗教的儀式で使われたり、献げ物に選ばれたりしたものではないかと思います。「大麦パン」は、より庶民的なパンで、大麦の方がより育てやすかったと思われます。飢饉の中でも、なんとか育っていたのです。そしてそうした食糧を、エリシャの許に差し入れに来たのでしょうか。
 
42:エリシャが、「皆に配って食べさせなさい」と言うと、
43:従者は、「どのようにして、これを百人の人たちに配るのですか」と尋ねた。エリシャは答えた。「皆に配って食べさせなさい。主はこう言われる。『彼らは食べても、なお残すだろう。』」
 
エリシャは自ら手を伸ばしたというのではなかったようです。しばしば、ただ言葉で命じます。神の言葉は実現する力をもつ、ということを証しするかのようです。エリシャはただ言います。「皆に配って食べさせなさい」と。しかし言われた方は驚きます。「どのようにして、これを百人の人たちに配るのですか」と答えるのも当然のことです。
 
エリヤの昇天のときには、そのそばにいた預言者仲間は50人だとされていますが、ここでは百人と書かれています。本当に百人いたのかどうかはともかく、大麦のパン20個と、儀式のパンとを多くの人に配るのは荒唐無稽に見えたことがよく伝わってきます。
 
しかし、驚くにはあたりません。エリシャはとりたてて説明をしようとは考えていません。「皆に配って食べさせなさい」と、同じことを繰り返すだけです。なぜなら、それは主の言葉であるからだ、ということだけ付け加えます。「主はこう言われる。『彼らは食べても、なお残すだろう』」と、少量のパンとたくさんの人間とのバランスとでは理解できない言葉です。足りるかどうかを心配しているのに、「なお残す」だと?
 
44:そこで配ってみると、主の言葉どおり、彼らは食べて、なお残した。
 
神の言葉は、声や文字だけの言葉として消えることはありません。現実のものとなります。神の言葉は実現します。エリシャの放った言葉は、確かに神の言葉でした。百人と言われる人々は漏らさず食べ、さらに余すこととなりました。
 
私たちはこういう話を、新約聖書のどこかで聞きました。イエスが同じように、パンを大勢の人に分け与えた話を知っています。それも、四つの福音書のすべてに、そうした話が掲載されていましたから、しばらく教会に来て礼拝説教を聞いているならば、聞いたことがあるでしょう。
 
その中でもヨハネ伝6章の記事には、他の福音書にはない一言が紛れています。ヨハネ伝は、後から書かれたと言われるだけあって、共観福音書の記事を修正する作業をしたことがあると言われています。
 
「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、それが何になりましょう」(ヨハネ6:9)とアンデレが心配したのに対して、イエスは見事に全員に十分食べられるだけパンと魚を増やして分け与えます。さらに、余ったパン切れを集めよとイエスが言うので、弟子たちが「集めると、人々が大麦のパン五つを食べて、なお余ったパン切れで、十二の籠がいっぱいになった」(6:13)と書かれていました。ヨハネ伝だけが、このパンが「大麦」であると記していたのです。
 
イエスの奇蹟は、エリシャの物語を知らずに書かれたとは、どうしても思えないのです。
 
◆毒麦
 
こうして二つの逸話を辿ってきました。特に二つ目の奇蹟は、全くイエスそのものだというふうにも見えました。四千人、五千人という人数にパンを与えたイエスとはスケールが違いますが、逆にイエスの場合は、エリシャのときの数字にインフレーションが起こったのではないか、と意地悪く見ることも可能ではないかと思います。
 
ただ、イエスの場合は、腹を空かした群衆にイエスがパンを与えたという話でしたが、エリシャの場合は深刻です。そうです。問題は、この鍋の毒の話も、パンを分けた話も、イスラエルが飢饉の中にあったこと、食べもの自体が猛烈に足りないという情況の中で起きたことであった、ということです。私たちは聖書を読むとき、人々の置かれた社会的な空気を、なかなか気にせずに読み進んでしまっていることがあります。ですがこのときには、明らかに飢饉という非常事態の中で、こうしたことが起こった、という点には、十分注意する必要があろうかと思うのです。
 
特にここから後は、前半の毒鍋に的を絞って、この場面に私たちも飛び込んでみることにしましょう。とにかくまず野草を探す。食べられそうであれば、なんでもかんでも鍋に入れるしかないのです。
 
それほど飢えていたのてす。ただ、確かに後から振り返れば、そうするとうっかり毒気のあるものを鍋に入れてしまう危険性がありました。それでも、入れました。入れなければ、飢えて死ぬと思ったからなのでしょう。
 
聖書の中には、動物の「毒」が、比喩的な意味で登場する場面が多いのですが、大抵は旧約聖書です。新約聖書の中で、実際に「毒」という言葉が現れるのは、マタイ伝13章の、いわゆる「毒麦のたとえ」だけです。
 
イエスは、天の国について教えていました。そのとき「人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った」(13:25)と言い、特に「敵の仕業」(13:28)であることを強調しました。僕たちは訝しく思いました。「畑には良い種」(12:27)だけを蒔いたはずなのに、おかしい、と。しかしそれは「敵の仕業」だと主人は言います。そこで僕たちが、いま毒麦を引き抜きましょう、と急ぎますと、主人は、まともな麦まで抜いてしまうかもしれないから、「刈り入れまで両方とも育つままにしておきなさい」(13:30)と止めました。いずれ刈り入れの時に、まず毒麦を集めて焼けばよいのだ、と教えました。
 
これにはイエス自身が解説を加えています。種蒔きのたとえのときに、弟子たちが意味を問うたのと同様です。イエスは詳しく答えましたが、その中で「毒麦は悪い者の子らである」(13:38)とし、その「敵」とは悪魔のことだと明かします。世の終わりに、天使がその悪い者らの子を裁くのだというのです。
 
ここだけを詳しく取り上げて語る価値があろうかと思いますが、いまはそこに走らないことにします。そもそも「毒麦」と訳している語は、「毒」であるのかどうかさえ、よく分からないのです。「雑草」を意味することもあり、そのように読むのがよいのではないかと考える人もいます。
 
また、実際それに「毒」があるとしても、その毒はその麦そのものにあるのではなくて、付随する菌に毒があるのではないか、という説明もあるようです。些か気を回し過ぎのような気もしますが。
 
◆危険性
 
毒を鍋に入れてしまう。それは飢餓のなせる業だった。そのように読んできました。エリシャがどう事態を見ていたか、それは多分に、そこに書いてある通りなのでしょう。列王記記者も、預言者の奇蹟の業のひとつとして、何らかのエピソードを遺してくれたのだろうと思います。
 
私たちは、エリシャの時代から2800年は下らないくらい時を経ています。それをそのまま今の時代に読むというのは、ある意味で無理のあることでしょう。でも、今の私たちがこの言葉を命のあるものとして受け取るためには、今の時代を生きる私たちが問われていることとして読むことも必要だろうと思います。それを普遍的な意味だとは申しません。ただ、今私にはこんな光が当てられた、それを語ることは許されざることではないと思うのです。
 
聖書で「鍋」が登場するとき、それはエゼキエル書では、神がエルサレムを裁く姿を表すものと考えられています(11,24章)。裁くことはひとまず置いておき、エルサレムとは、神を拝する町、そして私たちにとりそれは「教会」であるとして見つめてみようかと思います。
 
初めに、『データブック 日本宣教のこれからが見えてくる――キリスト教の30年後を読む』の話を致しました。それは正に「教会」への危機的な眼差しでした。悲観的であるのが良いのか悪いのか、そういう声もありましょう。しかしデータは冷たい事実を突きつけます。
 
キリスト教会は、いま正に飢饉の中にあるのではないでしょうか。
 
その日が来る――主なる神の仰せ。/私は地に飢えを送る。/それはパンへの飢えでも/水への渇きでもなく/主の言葉を聞くことへの飢え渇きなのだ。(アモス8:11)
 
新約聖書の話ではありません。旧約聖書の預言書がすでに、飢餓の現実を知らせていました。教会から人が減っています。高齢者だらけになり、若い人たちが教会に寄ってくることが少なくなりました。若い人たちにとり、教会で道を求めるということは、何の魅力も関心も覚えることがない場所と化しつつあります。
 
誰でもいいから連れて来い。マタイ伝22章やルカ伝14章のたとえで、招いた者が婚宴に来ないからと、王が誰それ構わず呼び寄せる場面がありました。いまやキリスト教会は、誰でもいいから若い人が、新しい人が来てほしい、と祈っています。実際に伝道しているかどうかはともかくとして、そう祈っていない教会はないだろうと思います。
 
新約聖書が書かれたような時代だったら、誰でも彼でも教会に招くということには、危険があったかもしれません。なにしろ周囲が皆、敵であるような時代です。迫害者が偽って教会に入ってくることに対しては、常に警戒していたのではないか、と想像します。
 
しかしいまの時代も、それは警戒しなければならないこととなっています。教会に、物わかりのいい人物が突然来ます。真面目で従順な教会生活を送ります。よく奉仕もします。教会は色めき立ちます。祈っていたことが叶えられた。素晴らしい人物が教会に与えられた。こんな人が来るのを待っていた――。
 
教会は、この人をすっかり信用してしまいます。しかしこれが、送り込まれた刺客である、ということが現実に起こっています。そうする宗教団体があるのです。信用を得て、教会の役員になって、やがて元いた牧師や役員を追い出すようなことをして、その教会を宗教法人のまま、乗っ取ってしまう目的があったのです。
 
◆毒と麦
 
私も、そうやって信用された口です。洗礼を受けて間もなく、京都の教会の役員に選ばれました。教会の会計も任されました。牧師の信仰からの提言でしたが、献金を無記名方式に替えました。記名時代よりも、献金学が増えるのを目の前で見ました。
 
実家のある福岡に来たときには、教会籍を移さなかったので、役員にはなれませんでしたが、教会学校を全面的に任されるなど、与えられた仕事には意欲的に取り組みました。他の教会に移り、教会籍を替えると、やはり役員に選ばれました。これも真摯に向かいました。
 
危なかったですね。私がもしも刺客だったら、いいように教会を操ることも不可能ではなかったかもしれません。尤も、無邪気に教会を破壊する者は別にいました。私がその人に投票して役員にしたことは、慟哭するほどの後悔となっています。
 
その教会を捨てて出て行った後、また他の教会に行くようになりました。そこでも役員にさせられようとしましたが、それはもう断りました。私はそんな人間ではないのです。しかし、分かりました。ちょっと意見を言うことのできる人の良さそうな者を、教会はすぐに責任あるポストに就かせようとするものなのだ、と。
 
教会の宣伝文句には、殆ど決まって、「どなたもお気軽にお越し下さい」と書かれています。私が最初に教会に行くとき、とても「気軽」なものではありませんでした。これで人生が変わる、という予感の中で、一大決心をして扉を開いたのです。それなのに、教会は、人が遠慮しないように、「お気軽に」と声をかけています。中には言葉の使い方を間違って、「教会は敷居が高いかもしれませんが、お気軽に」などと失礼な言い方をする人もいます。
 
エリシャと共にいた誰かが、「鍋に死の毒が」と気づいたのは幸いでした。もし気づかなければ、皆死んでいたかもしれません。教会について、取り返しのつかないことが起こる前に、誰かが気づかねばなりません。もちろんそれは、偏見を以て、人物を見かけで審査せよ、と言うのではありません。身なりのよい者を中へ通し、見窄らしい格好の者をその辺に座っておけと差別することを糾弾した、ヤコブ書をしかと心得るべきです。しかし、かと言って、何かこの人はおかしい、ということを「霊的に」感じる人が、誰かいるとよい、と言っているのです。
 
教会が何かおかしくなっていないか。吠え猛る悪魔は、時に光の天使を装うのだ、とパウロが第二コリント書で言っている通りです。偉い神学者の歪んだ信仰を、当たり前のことのようにして和やかな同好会を過ごすために、罪も救いも知らないような「牧師」を立てることまで皆で肯定するというように、教会全体が腐ってゆくようなことも、現実に起こっています。
 
エリシャはどうしたでしょう。麦粉で清めました。麦粉は小麦だか大麦だか知りませんが、私にはその「麦」が、イエスの姿と重なって見えます。自らを「命のパン」と称し、「一粒の麦」として十字架に死ぬことを宣言したのは、ほかならぬイエスでした。「毒」を清めるには、イエスが、イエスの救いが必要なのです。そういう正しい福音が、「毒」を一掃することができると言っているのです。
 
私たちは目を覚まして、イエスの福音を常に携えていたいものです。すると、皆はその鍋を分かち合うことができます。飢えを凌ぐことができます。「毒」を消した鍋、つまり教会は、イエスの救いによって、命に生きることができるのです。
 
その「毒」は、誰かよその者が持ち込むものでしょうか。それもあるでしょう。しかし、私は思います。私の中にその「毒」がある、と。私には毒がある。この自覚があってこそ、イエスの福音を必要とし、イエスの福音を実現する場をつくるのではないでしょうか。
 
小学生には、漢字の「毒」は時折間違われます。「麦」と似ているのです。どちらも、小学生が日常的に触れることがなく、生活の中であまり意識しない語彙かもしれません。けれども、キリスト者にとっては、つながりの強い二つの言葉です。「毒麦」としてではありません。「毒」を清める「麦」ということです。「罪」という「毒」、そして「救い」という「麦」。
 
一粒の麦となったイエス・キリスト。罪を清めるのは、このイエス・キリストにほかなりません。教会、それはキリストの花嫁であり、キリストの体です。ここは、イエス・キリストの教会なのです。



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