限りある資源

2026年9月9日

携帯用の消毒スプレーが空になり、新しいのを百円均一の店で探した。以前それを買った店ではなかったので、なかなか見当たらない。店員に訊くと、どうやら置いてないらしい。あったら売れそうなのだが、そういう方針なのだろう。仕方がない。
 
すると妻が、家にアルコールはあるから、詰め替えたらどうか、と言った。私はハッとしたそういう発想が全くなかったのだ。またボトルごと買って当たり前だ、と思っていたから、家で大きなアルコール容器から移したら、難なく安くまたスプレーできるようになった。
 
確かに、シャンプーやコンディショナーは、詰め替え用を買って新しいのを使う。浴槽の洗剤もそうだ。そういうのが当たり前になっていたが、携帯用消毒液については、完全にその考え方が抜けていた。
 
同じ思考構造、同じ生活行動にしても、具体的に場面が違えば、それが同じだということに気がつかず、思いつかない場合があるものだ。
 
中学生の数学を教えることが多いが、計算能力さえ身に付けていれば、その他の発想は幾らでも伝える。困ったら「二等辺三角形」と唱えよ。言われれば当たり前で手が動かせても、最初にそこに二等辺三角形があることを「意識」しなければ、解けないのである。解説のときに、これこれの理由でここにあるのは二等辺三角形だから……と説明を始めると、教室がどよめくことが、いままで何度あったことだろうか。
 
同様に、「円は半径が等しい」というフレーズもそうだ。こことここが半径のため等しいから……と説明を始めると、これまたどよめくことが度々ある。因みに、この半径によって、二等辺三角形が生じることもあるから、これら二つの点の意識は、もう図形の問題に対するときの心構えとさえ言えるものである。板書では赤い文字で書き、これを意識せよ、と教える。
 
その意味では、一つひとつ具体的に、これはこう解く、この問題はこれを使う、などと教えていても埒があかない。抽象的に、原理的な発想をするのがよい。数学は、こうした訓練を重ねて、これから人生で出会う諸問題に対して、どういう角度から見て、どんな原則を大切にすることで乗り越えてゆこうか、というよい学習になる。もちろん人生の問題には、数学的な唯一の解答があるわけではない。しかし、何を原理とするか、という発想から、試みるべき案を選択するというのは、やはり立ち向かう際に心しておくべき姿勢なのだ。
 
「詰め替え」という発想は、外側の容器は継続して使い、使う資源だけを足す。この原理に基づくものである。なんでも使い捨てすればいい、という発想が、もはや未来をつくらないということが、常識となってきた。昔はもっと早くに石油を採掘し尽くすだろう、と言われていたが、石油鉱床の発見や技術的な改良もあり、いつまでも無限に石油があるかのような生活を、現代人は平気で行っている。
 
いや、それは「経済」という大義名分のために、石油をふんだんに消費することが正義だという顔をする大国が、率先してやっていることだ。もちろん私もまたその内の一人ではある。だが石油は、あと半世紀採掘できるかどうかも怪しいと言われる。石油ができるまでには、数百万年とも数億年とも言われる時間が必要だった。この「時間」は、技術的に短縮できそうにはない。
 
SDGs(持続可能な開発目標)という、教科書にも載り、さかんに子どもたちにも掲げている国際目標も、いったい本気で解決しようという空気が、一向に感じられない。その目標期限は、2030年だったが、まるで夏休みの宿題を8月後半まで何も手をつけていないかのようではないだろうか。政府が何か口にするときにも、なんだか建前でしかないようにしか聞こえないし、企業に努力せよと言っているのも、真剣味が感じられない。
 
先の戦争のときのことを、いろいろな角度から関心をもって見ている。国家総動員法など、どんなに切迫した雰囲気の中で資源が集められていたか、もうあんなことの再来は御免だと言わせるに値するほどの厳しさがあり、それに国民は血眼で取り組んでいた。協力しない者は非国民と罵るような世の中は来てほしくないけれども、危機感からすれば、いまは「世界総動員法」を求めるような有様ではないか、とも考えられる。
 
もちろん、それは貧しい人々から服を剥ぎ取るようなことをすることとは対極にある。「贅沢は敵だ」が「贅沢は素敵だ」に置き換えられた時代は、もはや続かないだろう。若年層は、景気が良かった時代をいまだ経験したこがない、ともいう。ならば、なおさらそれを活かして、「経済」という意味を、いまの大人が知らない理解の仕方をして、資源と生活、あるいは経済制度や目標といったものを、新たにつくりなおす世界に導いてほしい。すると、戦争のための兵器をつくるということが、どんなに愚かなことか、身に染みて分かるかもしれない。そうした世界を、まだ夢見ていたいと思う。
 
そうでなければ、黙示録より酷い事態が現実になるかもしれないではないか。



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