権威と自由
2026年8月31日

マルコ伝の連続講解説教は、すでにエルサレム入城から、イエスの地上生涯の最後の数日に差しかかっている。説教者はここで「祭司長、律法学者、長老たち」に注目させた。ここでのイエスは、様々な相手と論争を繰り返しているのである。それは、イエスの思想を読者に曖昧にすることなく伝えたかった、編集者の意図にも拠るのだろうと思われる。
場所は、神殿の境内。ユダヤ教を刷新するイエスの考え方は、どこに現れるのか。ユダヤ教でありながらそれを超えてゆくイエスの福音のエッセンスはどこにあるのか。もちろんそれはここから向かう十字架と復活を鍵とするものではあるだろう。だが、なんとしてもそれを一定の教義の中へと落とし込めなければなるまい。
「祭司長、律法学者、長老たち」がやって来る。イエスに対して「何の権威でこのようなことをするのか。誰が、そうする権威を与えたのか」と問うたのは、本当にそれを質問したかったのだろうか。私はどうも怪しいのではないかと思う。
学校の教室辺りを想像してみる。そこは一定のカーストというか、メンバーの立ち位置というものがすでに決まっていた。ボスがいて、取り巻きがいる。彼らには誰も逆らえない。積極的に従う者もいれば、そう深い関わりをもたない者もいる。それでも、ボスたちに抵抗するようなことはないし、意見するような者は誰もいない。それで一定の秩序ができあがっていて、日常はその路線で営まれていた。
そこへ、新参者が現れる。こんなクラスはよくない。間違っている。正しいクラスをつくろうではないか。正論を唱えるのだが、それはこれまでの普通のクラスの動きに対しては邪魔である。波風を立ててもらうのは「困る」のである。しかしいきなり殴りつけるようなことはしない。自分の側に非をなす事態をもたらすことになるからである。
「なんでお前にそんな偉そうなことが言えるんだ?」という程度の挑発から、まず入るのが筋ではないだろうか。その問いは、「それはこんな理由からですよ」という返答を期待する問いではない。問われたその新参者が、「そうか、自分が出しゃばって正義の味方のような振る舞いをするのはおかしいんだ。すみません。もう何も言いません」という気持ちになることを、当然のこととして予測しているが故の問いではないだろうか。
「何の権威でこのようなことをするのか。誰が、そうする権威を与えたのか」という問いは、正義ぶる相手をすごすごと引き下がらせるための、反語的な問いだったのではないか、と私は感じるのだ。そしてもちろんそう問われたイエスは、引き下がることをするわけがない。イエスは言うなれば、空気を読まないのである。
相手からの問いに対してすぐに回答せず、逆質問をする、というのは当時その地ではさほど珍しくない問答方法だった、と聞いたことがある。そうしてこそ、問われた問題の本質を深く知るための営みとして、これから始まる問答に意味を与えるに違いない。ただ質問をして相手に答えさせる、というのは浅い追究に終わりがちであり、さらに言えば、問答の勝ち負けを出したいだけのこと、つまり一時流行った「論破」の方法である。本当にその問題を共に究めたいのならば、質問に対して質問で返し、「対話」というものを成立させるべきである。ユダヤの習慣は、理に適っている。
皇帝に税金を納めるべきかどうか、とイエスが問われたときもそうだし、イエスも度々、あなたはどう思うか、聖書には何と書いてあるか、と相手に問うことをしていた。それからすると、ここでヨハネの洗礼が何の権威によるものか、と問うたことは、むしろ自然である。
「祭司長、律法学者、長老たち」が、イエスの言動は何の権威に基づいているのか問うたのが、イエスを引き下がらせるためのいわばダミーの問いであって、真摯にイエスの権威について尋ねたのではなかった、とする私の理解からすれば、イエスはむしろ、何の権威に基づいているものなのか、相手と共に真摯に探究したかったのだ、と見ることも可能になるであろう。
しかし彼らは、それを目的とはしていなかった。だからイエスが「ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか」と問うた後、「この後の問答は消滅した。マルコ伝が面白いのは、彼らの心の中でのひそひそ話を、さも聞き耳を立てて聞いたかの如く、ここに全部曝け出しているところである。果たして本当に彼らがそう論じたのかどうか、その辺りは問わないことにしよう。イエスの質問に対して、彼らはYesともNOとも答えられないと判断したのである。
ところでこの「権威」という語について、説教者は珍しく語源的な話をしてくれた。それは「外+存在」のような語からなるという説明だった。語の前半は、「ex」という英語にもなった語である。「Exit」や「Export」、「Exodus」のような語を出すと、伝わりやすいかと思うが、「から外へ」という意味を加える。英語ならば「out of」、時に「from」も可能かもしれない。
語の後半は、ギリシア哲学で重要な概念、「ウーシア」である。「本質」や「実体」のことである。元々は「ある」という語から派生したものであり、「存在」そのものを指す働きがあった。プラトンではイデアの説明に用いられたし、アリストテレスは個物の中にそれを見た。後々、ラテン訳を通じて「substance」または「essence」といった概念へと展開してゆく。が、元来ギリシア語としては、「財産」や「富」を表すために用いられていた、ともいう。いまの日本でも、人間の本質が金や財産にあるのだとしか思えない人がいるとしたら、単純にそれが金の亡者ということになってしまいそうである。
そこで「権威」だが、存在の本質から外へ現れ出たニュアンスを有するものであり、ただ単に内に有つパワーを出したというだけでなく、理に適い、法的な意味に基づいて外へ現れた力を意味する感覚が伴うように思われる。それは正当な権利に基づいて発揮されるものである、というようにして「権威」と称されるのである。
だから、説教者が指摘したように、「権力」の中には「権威」があって然るべきである。しかしイエスにとり、どこから権威がくるかという問題は、本質的なところからくるに違いなかった。存在そのものからくるのであり、実体からのものである。だとすれば、後の神学からしてもそうなのだが、神をおいて他に、本質や存在自体、実体と呼べるものはあるまい。実にイエスにとり、権威は父なる神からくるよりほかなかったのである。
説教者は注意を促した。私たちは、自分自身を勝手に権威者にしてしまっていないか、と。自己吟味が必要である。これが真実だと思い込んだが最後、自分の考えだけが正しいのであって、それと違うことを発言する者は皆バカである。そのように吠えている声が、ネットにどれほどあるか知れたことではない。本質は自分の中にだけあり、自分が言えば何でも正しいのである。――そう。それは私たちの中にきっとあるものであり、いま私がぶつぶつ言っているのも、まさにその現場であるに違いない。
だとすれば、「分からない」と答えた「祭司長、律法学者、長老たち」には、見習うところがあるのかもしれない。もちろん彼らは、自己保全のために沈黙を決めたのであったのだろうが、彼らを非難してばかりいるわけにはゆかない。私たちが何かを判断し、特にそれが誰か他人を貶めるような発言であるとすれば、その人を非難してよいのかどうか、「分からない」と言うことの方が、神の基準からすれば適切である場合が多々あろうかと思われるのである。
ただ、これには難しい面がある。他人の悪や、見習うべきでないところについても、すべてそのままに認めて沈黙することは、その悪を他の人が、「非難されざるもの」として肯定的に受け止めてしまうという事態を生むことが大いにありうる。指摘すべきことは、指摘しなければならない。ただ、そのことで「私自身が正しい」を主張することになるとすると、何か誤った方向に暴走する可能性も確かにある。微妙なバランスの中にある事情であるから、やはりキリスト者は、「上よりの権威」を絶えず問い求めなければならないように思うのだ。
洗礼者ヨハネの権威は天(神)からだったか、それとも地(人)からであったか。イエスから、問題を深める問いかけがなされたとき、それはただ「祭司長、律法学者、長老たち」にのみ向けられた、とする理由はない。私たちが問われたら、どうすればよいだろうか。説教者も問うた。あなたがたも、「分からない」と言って逃げるつもりなのか、と。
彼らはどうして「分からない」と答えたのか。確かにイエスの問いに対しては、どちらかを答えれば、彼らが論じ合った通り、自分たちの立場を悪くするであろう。だが、その回答は、この問題そのものに自分が関わっていないことを示すものではなかろうか。洗礼者ヨハネについて、第三者として、客観的に評価する眼差しで考えている限りは、確かにそれらどちらかの回答しかなかったかもしれない。だが、私たちには、別の答えがあって然るべきではないだろうか。
それは、イエスの権威が父なる神からのものである、と言い切ることである。そして、そのイエスを信じることである。このとき、イエスに存在そのものを見出していることになり、世界の本質を認めていることになるだろう。さらに言えば、神の権威を預かっているイエスの物語に、私は参与しているのであり、そのイエスに従わせてください、と願う行動に出る道があると思うのである。
新参者がクラスに波風を立ててもらっては「困る」という心理を、初めのところで提示した。キリスト者は、イエスが活動を始めてもらうのを「困る」ようであってはなるまい。イエスは新参者として来る。そこに、説教者は説教の最後で、「自由」という言葉を持ちだして問うた。少々突然で戸惑ったが、もっと説教の初めのところから、ベース音のように響かせていてよかったのではないだろうか。
否、実は触れていることがあった。イエスが自分の人生に入ってきてもらったら「困る」私たちの姿を明らかにしていた。何故「困る」のか。自分の「自由」が損なわれる思いがするからだ。そして、「自由な神の子は、自由に現れ、自由に語り、自由に働く」という宣言をしていた。ただ、余りにそれはさりげなく言われていたので、会衆の心にどこまで残っていたかどうか、そこには自信がない。
イエスは確かに、この杯を取り除いてください、と祈ったり、なぜ私を見捨てたか、と父に叫んだりした。だが、決然と十字架に向かったイエスには、迷いはなかった。しかもそれを自ら選択した。イエスは究極の自由の中にいた。自由の中を歩いていた。そのイエスが、私の中をも自由に歩こうとしている。私はそれを「困る」としか言わないのだろうか。それとも、私はそこに創造主の「権威」を見て、その「権威」の下に「自由」に歩むイエスをここに招くだろうか。主イエスにこの自分を委ね、イエスに支配された生き方をここから始めることができるだろうか。
本当は、この「自由」には、「責任」という概念を関わらせなければならなかった。だが、今回説教者はそこまで絡めて語ってはいなかったように思う。それで、私もその範疇でレスポンスすることに留めることにしよう。但し、その「レスポンス(response)」とはもちろん「応答」という意味ではあるが、その能力のことを「責任(responsibility)」というからには、決して「無責任」に呟いているのではないつもりである。