礼拝説教の語り方

2026年8月26日

礼拝説教は、原稿を用意するか、否か。語る文章をきっちり原稿にして用意するタイプの人がいる。単語やフレーズのメモを用意するだけで、説教をする人もいる。中には、原稿を書くには書くが、説教のときにはそれを一切見ずに、原稿を覚えて語る人もいる。
 
どれが良いとか悪いとかは私は決めないが、中には、他のやり方を批判する人もいる。
 
原稿を書いて壇上に持ち上がる人は、語るべきことを前以てすべてそこに置いているために、語り忘れるようなことはないし、資料的なものも誤りなく伝えることができるだろう。しかし、中にはただ棒読みで話す人もいる。会衆の方を見ずに、ただ下を向いて読んでいる人もいるほどだ。一応時折会衆を見ているポーズをとるけれども、その場の雰囲気を読み取ることができず、自分で決めた原稿をひたすら読むことで終わってしまうことが多い。
 
私はこれに近い。但し、文や段落をなるべく踏まえて、何も見ないで語る時間をできる限り多くとる。そのため、当初用意していた原稿通りに読むということはない。また、会衆の顔を見て、一部内容を削ったり、加えたりと臨機応変に対応するように心がけている。説教の場には、霊的な風が吹いている。霊の流れを無視してまで、自分の書いたものにしがみつく気持ちはない。
 
原稿を書かない人がいる。とにかくライブ感を大切にするのだろう。また、必要なことはそのときに聖霊が教える、という信仰の中で、自分に与えられた霊の語りかけを、人々に福音として伝える使命に燃えている場合もあると思う。聖書講演会ではないのだから、与えられた御言葉を、命あるものとして吹きかけるものでなくてはならない、と考えているのかもしれない。また、普段からそのようなつもりで聖書を読み、黙想を重ねているから、語るべきことは淀みなく伝えることができる、という立場でもあるのだろうか。
 
羨ましい才能である。できるならそうありたいと思う。しかし私のような凡人は、ここで語らねばならない大切なことを、言い忘れてしまうことがきっとあるだろう。私のような者では、話の道筋が右往左往して、聞く側にとっては、さっきの話はどこへ行ったのだ、と落ち着いて聞いていられないかもしれない。優れた語り手はこれでよいのだが、私には無理である。授業ではそのようにしているが、それは予めテキストや問題があって、語ることが決まっているからである。私に説教はとてもそうは語れない。
 
原稿を丸暗記する。これだと、語る内容を十分練って調べ、その上ライブ感覚で、生きた言葉として語ることができる。暗記力の優れた人は、最高の方法であるのではないかと思う。私だと、だめだ。途中で、なんだったっけ、と詰まってしまうと、もうどうしようもない。俳優や役者という仕事に向いている人と、私のように向いていない人間とでは、こうした方法を使おうにも、最初から大きな違いがあると言わざるをえない。
 
こうした違いは、単なる方法論であるとは思えない。そもそも、書いたものと話すものとは、同じ言葉とは呼べないほどに別のものであるのだ。文字をもたない言語の方が、文字をもつ言語よりも遥かに多い、という推定もある。語り伝える文化と、書記で残す文化とでは、その性格もずいぶん違ってくるだろう。その差異をいまここで論じたり紹介したりすることは控える。『声の文化と文字の文化』という古典的名著があるので、いずれその点だけを論じたい。
 
説教と一口に言っても、語る側からすれば、いろいろなスタイルがあることが分かった。これらの方法の違いの上に、その内容や組み立てなど、様々なケースがあるだろうから、同じ聖書箇所を選んだとしても、実に多様な説教が世にあり得ることとなる。授業も概してそうだが、話す側がすべてを決めるわけではない。相手の反応や雰囲気が授業を変えてゆくし、そもそも生徒がどういう理解を示すかによって、話す方も変化してゆく。さらに言えば、教える方が、教えられる側から教えられるという感覚をもつのが通例なのである。
 
福音の場合はどうだろう。説教者は、会衆に教えられるのだろうか。はっきり言うと、その通りである。だが説教者が成長するというのが、説教の目的ではない。神を礼拝することである。だから、説教者が語る説教によって神を礼拝するのではなくて、説教者と会衆とが共に礼拝をつくり、礼拝を営んでゆく、というのが正解に近い。簡潔に言えば、その場にいる皆が共に神を礼拝するのである。
 
イエスは、どのような説教をしたのだろうか。判断は難しいかもしれないが、イエスの一連の話を説教と呼ぶことにすると、イエスはひたすら語ったということになるだろう。書いたものを読んだとは思えない。ただ、イエスの言葉を遺すために、弟子たちは聞き覚えたことを書き留めた、ということは言えるであろう。イエスはそれどころか、自身何をも書き残さなかった。このことは、古代の賢人にとってむしろ当然のことであったようにも見える。ソクラテスも自身は書かなかった。対話を書き残したのは弟子のプラトンである。さらにそのプラトン自身、書いたものに価値を置かなかったというから、あれだけのものを書き残したプラトンは、自分の仕事という点では皮肉なものであったかもしれない。
 
釈迦も孔子も、自分で書いたというのではなく、ただ声で語り、教えることをモットーとしたように見える。親鸞ですら、自身で書いたものよりも、弟子が書いた方がむしろ有名となり、浄土真宗の教えの基盤となった。
 
そもそも、書かれた文字を読むということ自体が、高いハードルであった。話し、聞くということは当たり前に殆どの人にできたであろうが、文字を読み書きするのは特別な教育に基づき、才能を必要とすることだった。エジプトでは書記という役割が、立派な社会的ステイタスを意味したのだが、多くの文明でねそういうことだっただろうと思う。
 
そこへゆくと、福音は、文字を扱えるエリートだけのもの、というわけにはゆかなかった。律法学者やファリサイ派の人々は、そういう教育を受けたエリートであったし、そのエリートである故に、ともすれば庶民に対して優位に立ち、特権的なあり方を自慢するばかりか、律法を守れない人々を罪人だと精神的に虐げたのという事情もあるであろう。イエスは、福音はそうではない、という立場だった。だから、書いたもので救いを伝えようとは考えなかったはずである。
 
他方、パウロは自らエリートでもあったし、また遠方に福音を届けるという目的のためには、どうしても書いたものにこだわる必要があった、とも言える。だが、いまそれが「手紙」と呼ばれるように、論文を書き送ったわけではなかった。手紙は基本的に、口述筆記であったとされる。偶に自ら筆を執り……というところがあるほどに、基本は口述筆記であったと思われる。話す言葉が文字にされたらしく、口癖のような語が度々本文に交じっており、訳者泣かせであるという評判も聞く。書いたものが聖書として伝えられているわけだが、そこには幾らか、あるいは大きく、声の文化に基づくものが築き上げている部分があるかもしれない。



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