【メッセージ】くるぶしは揺らぐことがなかった

2026年6月28日

(サムエル下22:29-37, 使徒3:1-10)

あなたは私の歩幅を広げ
私のくるぶしは揺らぐことがなかった。(サムエル下22:37)
 
◆足の不自由な男
 
ペンテコステの出来事から、弟子たちは一変しました。ペンテコステが、「教会の誕生日」といわれる所以です。しかし、ユダヤ教から独立した、という考えではなかったようです。ユダヤ教の完成ではあっても、ユダヤ教の外に出たという意識は恐らくなかったでしょうから、エルサレム神殿に詣でる、ということはしていたことでしょう。規定の祈りも捧げていたことでしょう。
 
ペトロとヨハネが、祈りのために神殿に来ました。そこへ、「生まれつき足の不自由な男が運ばれて来」ました。男は神殿の境内で物乞いをしますが、そこへ行くのにも、人の助けを必要としました。男を世話する人たちがいたのです。少しほっとします。
 
戦後だいぶ経っていたものの、子どもの頃、福岡の秋の風物詩「放生会(ほうじょうや)」に連れて行ってもらったことがあります。そのとき、白い軍服を着た傷痍兵が座って、いわば物乞いをしていたのを覚えています。終戦直後しばらくはもっと多かったと聞いていますが、実際脚を失っているなどの障害が見て取れました。戦争が、まだ息づかいを残しているのを感じました。
 
イスラム教では、施しを「喜捨(ザカート)」と呼び、「五行」という五つの信仰の義務の一つとされています。中東での文化のひとつではないかと思います。ユダヤ教社会の中でも、施しを受けた方が、与えた人を祝福するという形で、神が介在するようにして、社会が動いていたそうです。
 
ペトロとヨハネが通ったとき、男は二人を見ました。興味深いのは、3節から5節までに、「見る」という意味の動詞が四度出てきますが、そのいずれもが、別々のギリシア語で表されていることです。その感じをお伝えしようと努めてみます。
 
男が二人を「見」たのは、二人が何らかの人物であると見るような眼差しでした。それで、施しを願います。二人は、その男を「じっと見て」いました。目を凝らして見ていた様子が窺えます。視線をずっとその男の方に伸ばしているイメージです。そして、「私たちを見なさい」と言いました。これは、見て考えてごらんなさい、というふうに聞こえます。
男は、脈があると思いました。ただ通り過ぎる人とは違います。男は二人に「注目し」ましたが、それは、しがみつくように視線を注ぐことでした。
 
ペトロとヨハネは、自分たちが「銀や金はない」(この順番が原文です)を与えようとしているのではなく、施すのは、「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩」くようになることだ、と明確に口にしました。
 
7:そして、右手を取って立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、
8:躍り上がって立ち、歩きだした。
 
男は躍りながら神を賛美し、二人と共に境内に入って行ったと記されています。人々はその男のことをよく知っていましたから、語感からすると「エクスタシー」を覚えるほどに驚いたといいます。
 
◆身体
 
いまのところで、からだの部分について何かひっかかりをもちましたか。ベテランの方は何もお感じにならなかったと思います。若い方は、抵抗を感じた人がいたかもしれません。「足やくるぶしがしっかりして」とありましたが、「くるぶし」、分かりますか。
 
中学一年生の数学の時間に、「項」が登場するのですが、これを訓読みで何と読むか、必ず尋ねることにしています。まず、誰も知りません。もちろん、「うなじ」ですね。と言っても、うなじとはどこか、かろうじてクラスでほんの僅か知っている程度です。「こめかみ」はもう少し認知度が上がりますが、「みぞおち」は怪しそうですね。
 
身体の言葉が、益々怪しくなってきています。かくいう私も自信がありませんが、医療従事者である妻は、さすがに身体の名は詳しすぎます。しかも「脊柱起立筋」などというように、医学用語で発言されると、私も分かりませんし、多くの人に通じにくいのではないか、と思います。
 
一時、思想的に「身体論」が流行ったことがあります。もちろんいまも考察は続けられていますが、非常に「身体」に目が向いたときがあったのです。近代哲学が、デカルト以来特に、殆どこの世に位置をもたないような、一つの視点から認識された対象で記述されるようになったことへの反省なのでしょう。いや、その主体は身体をもっているはずでしょう、という当たり前とも思えるような議論がもちかけられるようになったわけです。
 
こうした反省は、その後看護や介護の現場で、病の中にある人々の身体が、たんに物体的なものではないものとしてケアされるべきだ、という方向で生かされているように見えます。魂と肉体とに分けて考える時代では、もはやなくなっているわけです。尤も、近年はさらに、精神的な分野も、脳と物質に還元できるかのような議論が声高に叫ばれているので、それも極端かしら、と思わないわけではありません。
 
さて、「くるぶし(踝)」という訳語が旧約聖書に出てくるのは、体の部位として機能する意味で用いるのは、新約聖書では、いま読んだ使徒言行録3章だけです。旧約聖書では、今日同時にお開きしたサムエル記下22章、それと同じ詩である詩編18編くらいしかありません。ここでは、サムエル記下22:37として引用します。
 
37:あなたは私の歩幅を広げ/私のくるぶしは揺らぐことがなかった。
 
「くるぶし」と訳されている原語は、「足首」という意味の言葉のようです。くるぶし(踝)は、足首の関節の動きをよくするものと理解されまてすので、ただの足首というよりは、それを用いての「歩み」を比喩的に示すことがあります。「くるぶしは揺らぐことがなかった」という言い回しは、その「歩み」がふらふらしなかった、ということを意味しているのではないかと思います。しっかり歩けた、ということなのでしょう。
 
これはダビデの辞世の句、もとい辞世の詩の終盤に出てくる箇所です。自分の人生を振り返って、神が自分の人生をしっかりと支えてくれていた、ということを感謝するような気持ちからでしょうか。これまでの信仰生活が神により揺るぎなきものとして振り返られる、というのは、なんと羨ましいことでしょうか。
 
◆身体のない罪
 
テレビを見るというのは、もう若者の世界では滅亡しつつある文化であるのかもしれません。いまや平日にテレビを見ない若者が7割いる、という調査が先日発表されていました。配信とか、オンデマンドとか、とにかく自分で選んだメディアのコンテンツを楽しむことが、当たり前になってきているのでしょうか。自分の選んだものにしか関心がなく、新たな偶然の出会いというものに期待しないように思えて、寂しい気がするのですが。
 
テレビだと、情報を送られてくるのを受けるのが自然でした。録画が普通になってからは、欲しいものを録画することで、自分の都合に合わせて番組を楽しむことができるようになりました。それがネットでは限りなく選択肢が増え、さらに生成AIによって、自分が考えることさえも、秘密の相手たるAIに委ねるようにすらなっています。
 
その恐ろしさについては、またいずれお話しできようかと思います。いまは、大人の方々にも納得のいくような形で、「テレビ」について申し上げます。テレビから、自分では行けない場所の風景を見ることができます。海外の観光地も、そこに行かず、店に並ばずに見物することができます。ドローンのカメラからは、凡そ人間が見ることが不可能であったはずの景色も目の前に拡がります。
 
その画面は、たとえライブ放送でも、一方向的な情報の流れです。こちらから向こうには何も伝わりません。テレビの前で選手に怒りの声をぶつけても、芸能人にアホか、と罵声を浴びせようと、向こうには聞こえません。誹謗中傷で訴えられることもなく、安心して人権侵害の声を吐くことができます。ストレス解消にもなりそうです。
 
SNSでも、他人をせせら笑い、誹謗中傷を日常とするような人もいます。キリスト教徒と自称していながらも、そういうところに鬱憤を晴らしている人を実際見ると、とても悲しくなります。
 
箱の中に身を隠し、小さな穴から世間を眺める。安倍公房の『箱男』は、そうした奇妙な行動を描いたもので、半世紀前の作品でありながら、その後人間は、益々「箱人間」になっているように見えます。しかし、世界が本当にそのようなものとして認識される、と考えるのは、錯覚です。いったい自分は、どこにいるのでしょう。自分の身体が、忘れ去られているのではないでしょうか。
 
私はそれを、自分を神にするようなことと重ねて考えます。つまりは、最大の罪です。そして、聖書をどう読むか、ということについても、その姿勢を自ら問うべきだと考えます。ギリシア語の活用や時制から、真実の読み方はこうだ、と謎解きをするかのように語る偉い学者さんもいます。聖書に記述からして、イエスの誕生や復活は事実ではない、と学問的に結論を下しますが、結局は自分の信仰の問題です。信仰している人を、聖書の原文に無知なのだ、と冷ややかに眺めているような偉い方もおいででしょう。
 
まるで箱の中から世界を眺めているかのようです。自分と神との出会いなど思いもよらず、神との関係を、せいぜい自分の気持ちで作り出しているようなのですが、私はそこに、自分の身体感覚というものを問うてみたい気がします。
 
聖書を読むとき、自分は箱の中から眺めるばかりで、自分の身体が、聖書の中にあることに、気づかないでいるわけです。
 
しかし私は、聖書の中に現れる不信仰な人の物語に、ぞくりとします。自分がその場にいたら死んでいるわ、と恐ろしくなります。マカバイ記の残酷な場面を読むとき、実に苦しくなります。敵を惨殺する場面にも、悲鳴を上げたくなります。預言者の殺され方に、泣き崩れたくなります。架空ではないかと言われるヨブ記についても、とても冷静に見ていられるものではありません。
 
悪い場面ばかり取り上げましたが、逆に、励まされる場合もあります。癒やされた人に、本当によかったと肩を叩きたくなります。生き返った人の家族と、抱き合いたいと思うことがあります。イエスの言葉を受けて、勇気が与えられただろう、と拍手したくなることもあります。もちろん、私自身がその言葉を受けたように感じて、とても励まされる場合もあります。
 
言葉は口先だけのものではありません。口先だけで愛するなどと言葉を吐いても、空しいものです。言葉は、少なくとも神の言葉は、力あるものなのです。
 
◆歩くこと
 
37:あなたは私の歩幅を広げ/私のくるぶしは揺らぐことがなかった。
 
歩くことは、体にいい、と言われます。「万歩計」もいまやスマホのアプリでできるようにもなりました。いえ、スマートウォッチでさらに手軽になり、高度な分析がなされる時代です。健康管理も、ウェブ空間が面倒をみてくれます。
 
たとえば、入院したときに留意しなければならないことの一つに、歩くことがあります。足に気をつける。歩かないと、足の筋肉が落ちるのが早いそうです。本当に歩けなくなるという警告がなされます。また、内蔵などの機能にも影響が出てきます。歩かないから食欲が湧かない、食べないから体全体が弱ってゆく。これもまた必然のことのようです。
 
京都の東に、「哲学の道」と呼ばれる観光地があります。日本で随一の「哲学者」だとも言われた西田幾多郎が散策した道だといいます。西田哲学は、この道を散歩する中で生まれた、というのは伝説かもしれませんが、少なからぬアイディアが散歩中に浮かんだことであることを、私は疑いません。
 
西田にとって、歩きながら自然と触れあい、風を受けて花の香こそ漂う「散歩」こそが、思索のプロセスであったことでしょう。散歩が思索する時間、思索が散歩する時間であったとも言われています。
 
歩く。部屋の中であっても、何か考えに行き詰まったら、歩いてみるとよい、とさえ言われます。気分転換としても悪くありません。リラックスしたり、解放感を覚えたりして、脳神経がよい結びつきをするのかもしれません。
 
すっかり観光地になり、人が賑やかに押し寄せる「哲学の道」は、いま西田幾多郎が歩こうとしても、もう思索などできる場所ではなくなっているようにも思えます。人それぞれの、「哲学の道」が近くにあるといいですね。
 
山歩きが好きな方もいます。登山とまでいかなくても、トレッキングといって、山の中を自由に歩き回るというのも楽しいものです。私は小学生の頃、時々山を歩いていました。考えてみれば、独りでふらふらと小学生が山を歩くというのは、危なっかしいものです。今だったらアウトですね。少し高いところの尾根から福岡市を見渡すと、実に気持ちのよいものでした。
 
大学のとき、山岳部の友だちがいましたので、毎年秋に、長野県のヒュッテに誘ってもらっていました。一週間ほど、ハンモックに揺られたり、トレッキングを楽しんだりして、豊かな時をもつことができました。10月にはもう氷が張るほどでしたから、薪ストーブが必需でした。ラジオの気象通報から天気図を描く姿も初めて見ました。
 
それが私の哲学にどのように役立ったのか、それは分かりません。のんびりとした山の空気の中で、いいアイディアが浮かんでいたかもしれません。
 
いまだと、入浴中に、ふとしたアイディアが浮かぶことがあります。血行がよくなり、リラックスすることによって、生活の中でも最も頭脳が活発に働くのかもしれません。ふだんつながらなかった神経回路がつながり、思わぬことがひらめく、ということもあります。が、すぐに書き留めないと、せっかくのアイディアも、永遠に消え去ってしまいます。確か、水に濡れても書くことのできるメモ帳があったと思いますが、こういうときに役に立つのでしょうか。使ったことはありませんが。
 
◆道
 
哲学の道ならずとも、私たちは人生を道に喩えることがあります。聖書にも「道」という言葉は、比喩的によく用いられるのですが、特に気をつけたいのは、「道」が「宗教」あるいは「キリスト教」を意味していることが多い、ということです。というより、そもそも「宗教」というような語がないのです。「道」という言葉でそれを表すしかなかったのです。
 
「道を歩む」という比喩的表現は、私たちもいま、「人生」という広い意味をもたせて普通に使います。道は、歩くもの。イエス自身、私が道である、と言いましたから、私たちはイエスを歩く、ということになります。しかしその歩みは、楽しいとは限りません。時に厳しいものであり、時に孤独を覚える歩みとなります。
 
けれども、私たちは、そんな歩みの中で、励ましてくれるものに出会うことができます。たとえばダビデの詩です。サムエル記下22章には、詩編18編に収められているのと同じ詩が掲載されています。ここは、殆どダビデの遺言です。確かに次の23章の最初に、「ダビデの最後の言葉」(23:1)があります。救いの喜びを歌い上げたものですが、短いフレーズの中に、特別に目を惹くものがあるようには感じられません。
 
そこで、22章にある、主に献げた長い歌の方が、注目に値するように思われます。自分の人生をしみじみと振り返っています。ただ、なにもいま詩篇の鑑賞をゆっくりと楽しもうとしているわけではありません。私がその一部から受けた励ましが、皆さまに届けばよい、と思うばかりです。
 
33:神は私の堅固な砦。/私の道を完全なものにした。
34:私の足を雌鹿のようにする方/私を高台に立たせる。
35:私の手に戦いを教える方。/私の腕は青銅の弓を引く。
36:あなたは私に救いの盾を授け/あなたが応じてくださることが/私を大いなる者とした。
37:あなたは私の歩幅を広げ/私のくるぶしは揺らぐことがなかった。
 
そうです。ここに、「くるぶし」を、ただ水の深さを示すような目的でなく、人間の「歩み」に関するものとして、聖書で数少ない登場箇所としてカウントすることができるのです。神殿の境内で、物乞いをしていた足の不自由な男が、ペトロとヨハネが起こした奇蹟によって癒やされたとき、「足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした」、あの「くるぶし」です。
 
ともかくここでダビデは、自分の人生を振り返って、歩いてきた道が、自分のために神が備えてくださっていたことをしみじみと感じています。あなたはどうでしょう。自分の思い描いた通りにはならなかったかもしれません。ずいぶんと辛い困難な出来事があったかもしれません。けれども、ダビデのように、ダビデと共に、主を見上げます。
 
振り返れば、キリストを信じ、歩く道がありました。確かに、神に出会うことによって、自分自身を信じることに絶望して、自分の間違いに打ちひしがれて立ち上がれないようになりました。しかし、イエスが死から復活させられたように、私もまた、そこから立ち上がり、人生を踏みしめて歩き出すことができました。
 
なおもまた、思うように進めないときもありました。壁もありました。けれども、足の関節が全身を止めるということはありませんでした。主が共にいて、進む道を指し示しました。そちらの道があったのか、と驚くような気づきを与えられました。
 
時に私がその道を見失い、迷いかけることもないわけではありませんでした。神の期待に全く応えられない自分を恥じる思いもありました。けれども、確かにくるぶしは揺らぐことがありませんでした。
 
◆絶望から希望へ
 
これでいいのかなあ。人生には迷いがつきものです。どうしても、先のことは分からないものですから。でも、聖書の言葉を目の前に置く。すると力をくれる。言葉が、勇気を起こしてくれる。これでいいと思います。
 
聖書は、残念ながら、信じるその「人が正しい」ということを保証はしません。いくら自分で「信じている」と言い張っても、その故に、「だから私が正しい」という結論は生まれません。聖書を読んでいる自分が正しい、ということへと導くことは、聖書は致しません。
 
ただ、信じれば、赦しを知る。それだけです。もちろん、赦されているから何をしてもよい、というふうにはならないことは、パウロの手紙にもある通りです。そのように詐称する輩は、いまなお次々と現れるものですが。
 
私の信じる「神は真実」、その信仰は大切です。しかし、「私が正義」という結論は、そこからは推論されません。これを勘違いする人が後を絶ちません。ええ、私もまた、その一人であったことがあります。もしかすると、いまもそうなのでしょうか。
 
私も一人の人間です。めげることがあります。私ならずとも、不安と恐れが去らないことがあるでしょう。モーセの後を継いだヨシュアに向けて、神はしきりに言いました。恐れるな、強くあれ。実にしつこく繰り返しました。それほどヨシュアは、弱気だったのです。荒れ野で40年にわたり何十万人という民を率いる責任を背負った、あのモーセの後継者になど、ただの従者に過ぎなかった自分はなれない、ということが分かっていたのです。
 
しかしその後、あれほどカナンの地での様々な戦いや策略を経て、勝利に次ぐ勝利をヨシュアは重ねました。そのヨシュアも、当初はひどく臆病だったのです。
 
詩編では、「私の魂よ、主をたたえよ」(103,104編)など、自分を鼓舞するかのごとく威勢よく口に出すにしても、もしかすると、本当は主をたたえる力がなくなっていたから、自分に鞭打っているのかもしれません。
 
自分に、社会に、世界に、絶望することがあるかもしれません。絶望とは、望みが絶えることです。クリスマスまでに解放されるぞ、という根拠のない噂が、あのアウシュビッツ強制収容所内に飛び交っていました。ヴィクトール・フランクルは、精神科医でもありましたので、それを危惧を以て見守っていました。クリスマスを過ぎても解放は起こりません。すると、人々のうちに失望が襲い、体力も気力もなくして、次々と死んでゆくということが起こりました。有名な逸話です。
 
主が再び来られる。新約聖書が書かれた時代から、パウロを初めたくさんのキリスト者が、この希望を懐いていました。しかし、希望は失望には終わりません。確かに、自分の地上生涯が終わるまでに、主はもう一度来るということはなかったわけですが、絶望には至りませんでした。それは私たちも同じです。それは実現しなかった、という事実は、私たちの誰も知ることができないのです。
 
だから、「人は皆必ず死にます」とか、「死亡率は百%です」とか平気で口に出す牧師に、本当にそれでよいのか、と問い質したくなります。確かに自分には死が訪れるかもしれません。しかし、それだと、パウロの言葉を踏みにじってしまうことにならないでしょうか。
 
続いて生き残っている私たちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に出会います。こうして、私たちはいつまでも主と共にいることになります。(テサロニケ一4:17)
 
私たちは、希望を胸に歩みます。決して失望に終わることのない希望を、聖書は与えてくれます。私たちの踝、つまり足関節は自由に回ります。しっかりとした歩みを、強く踏み出すことができるのです。
 
◆過去が希望になる
 
29:主よ、あなたは私の灯。/主は私の闇を照らす。
 
このくるぶしが揺るがないという振り返りは、主が灯であるという告白からつながるものでした。詩編119編を思い起こす人もいることでしょう。但し、ダビデは、「私の闇を照らす」という視点を欠かしません。
 
ダビデの信仰の強さは、自分の闇を知るところにあった、と私は思います。自分の闇をはっきりと知っているからこそ、光なる主が照らすことが分かるのです。そのとき私の闇は、もはや闇ではなくなりました。
 
31:神、その道は完全であり/主の仰せは練り清められている。/主は御もとに逃れる者すべての盾。
32:主をおいて誰が神であろうか。/我らの神のほかに誰が大岩であろうか。
 
神の道は完全。神の言葉は清められている。主の許に逃れてくる者にとり、主は鉄壁をなします。神と呼べるお方は、この主の他にあるはずがないではありませんか。
 
ダビデはこうして、過去に自分が主から助けられたことを歌いました。ダビデが一生を振り返るとき、主の助けが確かに自分を支えていました。でも、ふと思います。過去がそうだった、ということで満足してよかったのでしょうか。
 
ダビデは勇士でした。戦う方法に擬えて、神の強さを言葉で描き続けます。すでにこれまで、神は自分に、勝利に次ぐ勝利を与え続けてくださっていました。ここまで、神が導いてくれました。
 
5月23日のEテレ「わたしの日々が、言葉になるまで」で取り上げられていたのですが、作家の高見順が、結核や神経症で苦しんでいる中で、『仮面』という小説に於いて、どんな言葉を綴っていたか、クイズが出されました。前向きな言葉がそこにあったはずです。
 
「傷ついたのは (  ) からである」
 
スタジオのメンバーは、(生きている)かな、という声を挙げました。本当は(生きた)でした。読書家で知られるタレントの杏さんは、(生きた)の3文字の方が重みが全然違う、と漏らしていました。
 
確かな人生の刻み。自分を現実に、確かに支えてきた主の言葉と、それによる救いの経験が私たちにはあります。「揺るがない」という自分の根拠のない意志ではなくて、「揺らぐことがなかった」という、現実に刻まれたものがそこにありました。
 
でもそれは、単なる過去ではありません。強いて言えば現在完了のように、いまもなお影響を強く自分に与えている、過去とのつながりです。それは、今日も確かに続いています。そして今日も明日も、続くのです。それが、私たちの希望です。



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