【メッセージ】生ける水

2026年6月14日

(ヨハネ7:37-39, ネヘミヤ8:13-18)

渇いている人は誰でも、私のもとに来て飲みなさい。私を信じる者は、聖書が語ったとおり、その人の内から生ける水が川となって流れ出るようになる。(ヨハネ7:37-38)
 
◆祭りと水
 
3月の第一日曜日、福岡の太宰府天満宮では、「曲水の宴」という行事がもたれます。平安時代の宮中行事を再現するもので、参加者は当時の装束を纏っています。曲水の庭に、衣冠束帯、十二単の貴族が居並ぶ姿は、壮観です。NHKの大河ドラマ「光る君へ」でもそういうシーンがありました。
 
小さな流れが庭にあり、上流から杯が流れてきます。それが自分のところに来るまでに、お題に適う短歌を詠まねばなりません。そしてその杯を口にするのです。
 
曲水の宴は日本各地にあると聞いていますが、福岡に住む私には、やはり太宰府のニュースしか入ってこないので、報道でですが、それを見慣れています。流れる水に風流な和歌、そしてお酒が入るとなると、古式ゆかしきというのみならず、なかなか魅力的なものです。
 
菅原道真が亡くなって半世紀ほど後に始められたといいます。梅の花の咲く頃に、道真公を偲んで――あるいはそれ以上の理由もあってか――でしょう。菅原道真は、京の都で出世街道を進んでいたものの、藤原氏に嵌められた様子で、天皇への問題が挙げられ、太宰府に左遷されます。901年のことで、「昌泰の変」と言われます。
 
道真は、大宰員外帥(大宰権帥)という肩書きが与えられますが、 それは名目だけのもので、実際には政務が与えられず、俸給も従者もありません。二年後に息絶えたのも、どんな具合であったのか、気の毒に思われます。
 
道真亡き後、京には異変が起こり、左遷に関わった藤原氏の有力者たちが、病死や事故死などで次々と命を失います。20年後、道真は再び右大臣の地位を送られますが、その後清涼殿に落雷があり、藤原氏は大打撃を受け、時の天皇も間もなく崩御します。
 
これは道真の音量の仕業に違いない。子どもたちに道真からの託宣があったことから、947年、北野天満宮が建てられます。怨霊を鎮めるための神社でした。そして数年後、この曲水の宴が始まるのです。
 
道真が絶命した太宰府では、死後間もなく墓所が設けられており、その後社殿が建立されます。これはそれなりに納得がいくのですが、道真を追い出して、緩慢な形ではありながら「殺した」と言ってもよい京の側で道真を祀るというのは、よほど怨霊が恐ろしかったのでしょう。
 
武将明智光秀は、城のあった京都福知山では、英雄であり、名領主といまなお慕われていますが、全国的には逆賊扱いがなされています。これとはだいぶ違う待遇を、菅原道真は受けていると言えるでしょう。
 
曲水の宴には水が重要な役割を果たします。日本は雨が多く、水が豊かです。日本の神事や祭りには、水がつきものです。少々威勢のいい祭りには、「力水」をかけます。夏の博多祇園山笠では、それを「勢い水」と呼びます。「きおいみず」と読みます。「手拭い」は「てのごい」と呼び、そもそも「山笠」は「やまかさ」であって、決して「やまがさ」ではありません。他所の人が、知ったかぶりをして「やまがさ」などと口にした瞬間、恥をかきますので、お気をつけください。
 
◆多くの疑問
 
さて、ユダヤにも祭りがいろいろありました。旧約聖書の律法の中では、主なる神がしきりに「祭りをせよ」と命じてきます。イエスが十字架に架けられたのは、過越の祭の時期でした。しかし、他の祭りのときにも、イエスは目立つ行動をとっていることがあります。そして、それは水にまつわる祭りでのエピソードでした。
 
イエスは、この「祭り」にけっこう執着しています。祭りにエルサレムに行く弟子たちに、自分は行かない、と言っておきながら、こっそりエルサレムに出向きます。イエスについての噂に包まれながら、祭りはやがて半ばを迎えます。イエスは境内に上って、教えを語り始めます。そしてユダヤ人たちを挑発するかのように、問答を交わします。当然、捕らえられそうにもなるのですが、結局手出しはされませんでした。
 
しかし、派手に振る舞うので、祭司長たちとファリサイ派の人々が、イエスを捕らえようと役人を遣わします。イエスはまたも挑発的な態度をとりました。そして、この祭りの終わりの日を迎えます。短い箇所なので、すべてお読みしましょう。ヨハネ伝7章の一部です。
 
37:祭りの終わりの大事な日に、イエスは立ったまま、大声で言われた。「渇いている人は誰でも、私のもとに来て飲みなさい。
38:私を信じる者は、聖書が語ったとおり、その人の内から生ける水が川となって流れ出るようになる。」
39:イエスは、ご自分を信じた人々が受けようとしている霊について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、霊がまだ与えられていなかったからである。
 
これまで、私は杜撰な読み方をしていました。なんとなく、この箇所を分かったような気がしていたのです。「生ける水」とは聖霊のことなのだ、という程度の浅はかな理解です。けれども今回、改めて一つひとつの言葉にブレーキを掛けながら見ていくと、実のところ、分からないことだらけなのです。
 
「祭り」とは何の祭りなのでしょう。その終わりが大事な日というのは何のことを謂っているのでしょうか。イエスが「立ったまま」だとわざわざ書かれているのは何の意味があるのでしょう。大声で言う、というのも、想像してみると普通ではありません。
 
さらに、この脈絡で、「生ける水」が何故出てくる必然性があるのでしょう。祭りに、何か関係しているからこそ、そんなことが言えたのではないのでしょうか。
 
何の祭りかということは、この章の最初のところに説明されています。「時に、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた」(7:2)とあるので、この問題は解決しました。出エジプトを果たしたイスラエルの民が、荒れ野で仮の住まい、つまり天幕暮らしをしていたことを記念する祭りです。
 
◆大切な水
 
律法の中で、「仮庵祭」は、レビ記23:34-43に記されています。「七日間、仮小屋で過ごさなければならない」(42)のですが、「それは、私がイスラエルの人々をエジプトの地から導き出したとき、仮小屋に住まわせたことを、あなたがたの子孫が知るためである」(43)と説明されています。
 
律法ではそこだけです。もうひとつ、実はこちらにもなかなか具体的な描写があるのですが、ネヘミヤ記8:13-18に、仮庵祭のことが書かれています。ネヘミヤ記というのは、バビロンから、知識人を中心とする捕囚の民がイスラエルの地に戻ってきたときのことを記録する文書です。
 
もしかすると、この祭りは、本当は出エジプトの事件だけに基づくのではなく、バビロン捕囚からの帰還の意味もこめて開かれるのではないか、という気がします。思い描く趣旨は、どちらにも共通するものがありそうです。
 
どちらにしても、イスラエル民族のアイデンティティに関する重要な祝祭です。過越祭が春先に行われ、エジプト脱出を成し遂げたときのことを記念するのに対して、仮庵祭は、その半年後に行われます。一種の、秋の収穫感謝のような意味をそこにこめた可能性はないでしょうか。
 
小屋を実際に建てて7日間住まうわけですが、そうやって祖先の生活を偲ぶことが、いまでもユダヤ教では行われているのだとか。そして、いろいろ調べて下さった学者がいて、イエスの時代にこの祭りには、水が関わっていた、というのです。シロアムの池から水を汲み、エルサレム神殿へそれを運びます。その水を、祭壇に注ぐ儀式があったというのです。
 
シロアムの池とくれば、生まれながらに目の見えない人について、長い逸話がありましたが、そこに登場する池でした。シロアムの池について聖書が触れるのは、そこだけです。
 
イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、見えるようになって、帰って来た。(ヨハネ9:6-7)
 
この男は、どうして目が見えるようになったのか、と人々に問われたときに、こう応えています。「イエスという方が、土をこねて私の目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです」(9:11)と。
 
イエスがこの池を指定したのは、「シロアム」というその名前が、「遣わされた者」という意味をもっていたからだ、と考えられています。つまり、イエス自身がキリストであることを証しするものだからです。
 
そこは、かつてヒゼキヤ王が泉から水を引いて造らせた池であり、そこから水を汲んで神殿へ運ぶ、という祭りの儀式が行われていたのだといいます。
 
ヒゼキヤ王の水路は、アッシリア軍の包囲に備え、ギホンの泉の水を、エルサレムの城壁都市にあるシロアムの池に引き込むために、岩盤をくり抜いて造られたものとされています。水は、生きるためにはどうしても必要です。ライフラインの中でも最たるものだと言えるでしょう。
 
福岡の人は、1978年から1979年にかけて、「大渇水」として思い出される経験をもっています。断水が続くのはもちろんのこと、給水車が来るのを待ち、一人ひとり水を容器に入れてもらうということが、十ヶ月ほど続きました。私の家には、幸い井戸が掘られており、困り果てることはありませんでしたが、人々の生活はずいぶんと苦しいものでした。
 
福岡では、その時以来、公共施設の水道の蛇口には、「節水コマ」と呼ばれる装置が付けられています。水が大量に出ないようにするのです。渇水は時折ありましたが、人々の意識は少し高まっているのだと思います。いまもまた実は水不足の状態です。節水が日々呼びかけられています。
 
◆異様なイエス
 
37:祭りの終わりの大事な日に、イエスは立ったまま、大声で言われた。
 
祭りは八日にわたり繰り広げられるのですが、最初と最後の日が安息日にあたります。「八日目にもまた聖なる集会を開き、主への火による献げ物を献げて、終わりの集いとする。その日には、どのような仕事もしてはならない」(レビ23:36)と律法にありますから、家かが言う「終わりの大事な日」というのが、この「終わりの集い」のことを言っているのかもしれません。このことは、ネヘミヤ記にも「八日目には規定に従って終わりの集いが行われた」(ネヘミヤ8:18)と記されていますから、締め括りは大切だったのでしょう。
 
ただ、その日は安息日です。水を運ぶ労働はできません。「八日目にも完全な安息がなければならない」(レビ23:39)とされ、一日目の安息の違犯についてですが、「この日、身を慎まない者は誰であれ、その一族から絶たれる」(レビ23:29)とまで言われています。
 
この日、イエスは「立ったまま」大声を発します。ラビが「教え」を語るときには、座って語るのが通例でした。イエスもしばしば、座って語っています。もちろん、大声を出すなど、はしたないことです。男が走るのもみっともない、とされていたようですから、大人というものは、穏やかな態度でいるべきだったのでしょう。
 
こうして見ると、イエスの行動は異様です。
 
祭りに大切な水は前以て届けられていたのかもしれません。また、このときに言ったのは「渇いている者」に対してであり、イエスの許に来て飲むように、という指示でした。まるで、出エジプトの旅で、イスラエルの民が度々「喉が渇いた」と不平をモーセに訴え、モーセが岩を打って水を出したときの再現を見せるかのようです。
 
かと思えば、「その人の内から生ける水が川となって流れ出る」とも言います。イエスが水を与えるのではなく、イエスのところに来れば、その人の内から水が溢れ出て、川となるほどだ、というのです。なんと不思議な脈絡なのでしょう。渇いた者の中から溢れる水。しかも川にまでなってゆく。シロアムから運ばれ、祭壇に注がれる水が、人々の頭に浮かぶことを狙ったのかもしれません。
 
同じヨハネ伝には、サマリアの女の場面で、水について触れることがありました。人目につかぬように、誰も外に出ない暑さの中で水を汲みにくる女と、イエスが出会います。イエスは「水を飲ませてください」(ヨハネ4:7)と誘いを掛け、女の心を開かせます。そして、自分は「生ける水」(4:10)を与えることを知らせるのでした。ついにイエスは女に、「私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る」(4:14)と告げます。
 
同じヨハネ伝にある表現です。イエスの、仮庵祭での水の件が、これとつなげて捉えることが必要であるように思われてなりません。なお、三浦綾子さんの随筆集『泉への招待』は、この「泉となり」というところから名付けられたといいます。日常の中に福音と信仰が如何に働くものかということを教えてくれる随筆です。とても読みやすいし、祈らせてくれること必定です。これは三浦文学ではありませんが、信仰のためには絶品だと思います。
 
◆イエスから流れた水
 
ところで、ヨハネ伝に関する「水」といえば、イエスから流れ出る水というものが印象的な場面がありました。それは、イエスがメシアであり救い主であることを示す、神の栄光が現れる場面でした。――そうです。イエスが十字架上で死ぬ情景です。
 
しかし、兵士の一人が槍でイエスの脇腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。(ヨハネ19:34)
 
イエスはやけに早く絶命したように見えました。そのため、他の囚人たちのように、脚を折られずに済んだことを、ヨハネ伝は知らせています。ただ、念のためなのか、とどめを刺すべく、兵士が槍でイエスの脇腹を刺したのでした。すると、血はもちろんですが、水も流れ出たことを、ヨハネ伝は記します。
 
このことは、同じクループによる書だと思われる、ヨハネの手紙でも記されています。
 
世に勝つ者とは誰か。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。この方は、水と血を通って来られた方、イエス・キリストです。水だけでなく、水と血とによって来られたのです。そして、霊はこのことを証しする方です。霊は真理だからです。証しするのは三者で、霊と水と血です。この三者の証しは一致しています。(ヨハネの手紙一5:5-8)
 
このような「水」へのこだわりは、他の福音書には見られません。そもそも最初の奇蹟が、水をぶどう酒に変える奇蹟でした。人の渇きを癒やす水、それは命に直結するものでした。
 
◆命の水
 
ヨハネ独自の見方でもあったのでしょうが、旧約聖書と無関係に「水」の大切さをあみだすようなことは、きっとしないだろうと思います。思い起こすのは、イザヤ書です。  
さあ、渇いている者は皆、水のもとに来るがよい。/金のない者も来るがよい。/買って、食べよ。/来て、金を払わず、代価も払わずに/ぶどう酒と乳を買え。/なぜ、あなたがたは/糧にもならないもののために金を支払い/腹を満たさないもののために労するのか。/私によく聞き従い/良いものを食べよ。/そうすれば、あなたがたの魂は/豊かさを楽しむだろう。/耳を傾け、私のところに来るがよい。/聞け。そうすればあなたがたの魂は生きる。/私はあなたがたと永遠の契約を結ぶ。/ダビデに約束した、確かな慈しみだ。(イザヤ55:1-3)
 
まるで、今日見ているイエスの姿を予告しているような表現であるように見えます。イエスが叫んだのは、神の救いの業を強く知らしめるためであったことでしょう。ただ、イエスの告げている救いは、いまそのときに完了するものではありません。やがて十字架に架かり復活を遂げたイエスが、その後終末に至って再び世に現れて、すべてが完成するのを俟つことになります。
 
そのように、もしもイエスがさらに大きなスケールで救いについて伝えているのだとすると、同じ旧約聖書でも、終末の預言にいっそう特化した場面でも、この「水」について言及されたことがあるはずです。それが、ゼカリヤ書に於ける、幻想的な預言でした。
 
その日になると、エルサレムから命の水が流れ出て/その半分は東の海に、他の半分は西の海に流れ/夏も冬も流れ続ける。(ゼカリヤ14:8)
 
「命の水」、正にその表現が、このイエスの告げる福音に相応しい。「命の水の井戸」(雅歌4:15)という表現も垣間見られるのですが、神そのものが「命の水」であることを厳しく証しした預言が、エレミヤ書にあります。いずれも、「命の水」である主を捨てる横暴が非難されています。
 
わが民は二つの悪をなした。/命の水の泉である私を捨て/自分たちのために水溜めを掘ったのだ。/水を溜めることもできない/すぐに壊れる水溜めを。(エレミヤ2:13)
 
イスラエルの望みである主よ/あなたを捨てる者は皆、恥じ入り/あなたから離れる者は地の中にその名が記される。/命の水の泉である主を捨てたからだ。(エレミヤ17:13)
 
水が命です。まるで、古代ギリシアで哲学の祖とされるタレスが、万物の根源を「水」に見たかのように、聖書は「命」を「水」として見ています。でも、タレスとて、「水」そのものがすべてであるというのではなく、水が世界の源であるとして、万物の原理が何かしらある、というものの見方をしたに違いありません。その証拠に、イオニアのミレトス学派と呼ばれるタレスに始まり、アナクシマンドロスやアナクシメネスといった哲学者が、次々と万物の根源を別のものとして唱え始めました。ヨハネが着眼した「水」も、ただの「水」で終わることはないと思われます。
 
◆水は霊
 
ヨハネ伝の記者は、しばしば「解説」を入れます。叙述を一時止め、読者に対してその言葉や事態の解説を入れるようにしています。ここでも、イエスが叫んだ言葉について、はっきりと解説する一節がありました。
 
39:イエスは、ご自分を信じた人々が受けようとしている霊について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、霊がまだ与えられていなかったからである。
 
これは「霊」のことだというのです。イエスを「信じた人々が受けようとしている霊」のことです。これは、「水」が「霊」のことだ、と言っていることになります。従って、イエスが「私を信じる者は、聖書が語ったとおり、その人の内から生ける水が川となって流れ出るようになる」と言ったのは、内から霊が流れ出る、と言っていることになります。
 
その霊は、聖霊でしょうか。そうです。ただ、いまこの場面では、それがまだ働くわけではないことになります。イエスはこのときまだ十字架に架かっていません。ヨハネ伝はそれをしきりに「栄光」と呼びますが、神の救いの決定的な瞬間は、この場面ではまだ未来のことなのです。当然、復活もその後ということになります。まだ、聖霊は弟子たちに注がれていません。信じる人々にも聖霊はまだ注がれていません。ヨハネは、そのことをきちんと説明しているのです。いまこの場で霊が流れ出ると言いませんでした。
 
38:私を信じる者は、聖書が語ったとおり、その人の内から生ける水が川となって流れ出るようになる。
 
この「内」は、直訳では「腹」という語が使われているといいます。口語訳では、そうなっていました。さらに言えば、それが指すものは「腹」に限らず、「胃」でもあるのですが、元々「空洞」を表す言葉なので、「子宮」である場合もあった、とされています。また、時に「心臓」を意味する場合もあったようですから、私たちにとり「最も内側の何か」であったことは確かです。
 
「唇では取り繕っていても憎悪を抱く者。/その腹には欺きがある」(箴言26:24)というように、日本語の、奥底の考えという意味での「腹」という使い方もあった語であることが分かります。次のフィリピ書の「腹」も、このイエスの言葉の中にある語と同じものです。
 
彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、地上のことしか考えていません。(フィリピ3:19)
 
正に自分自身を神とすることへの戒めです。これこそが、罪の中でも最大のものです。忌まわしい罪です。けれども、私たちはいつしか、しばしばそれと気付かずにそれをやってしまっているのですから、人間とは恐ろしいものです。
 
イエスの言葉のままに、聖霊が私たちの内に来てくださってこそ、その難を逃れることがてきるというものでしょう。聖霊の働きを信じ、求めようではありませんか。



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