エベン・エゼル

2026年6月1日

詳述は避けるが、事情で明日から3か月、説教担当を外れることになった説教者が、休暇前の最後に語った礼拝説教であった。韓国出身の方で、日本語の語りも基本的に問題ない。その代わり、あれやこれやと話題をもちかけず、告げるべきことをシンプルに語る。多様性は感じられないが、一筋に、何が大切であるかをストレートに伝えるので、誤解を生じさせるようなことはない。
 
ここにひとつの石を記念に置く。それは、過去のための刻みであり、けじめである。だが、それが墓石でないならば、これは次の未来への始まりとなる。
 
時代はダビデ以前。イスラエルの民は、ペリシテ人の支配を受けていた。旧約聖書は、それを主に従わなかったから、などと表しているが、決定的な文明の力の差があったのは確かである。
 
サムエルの師である祭司エリは、息子たちの教育に失敗し、二人の息子は殺され、神の箱がペリシテ人に奪われた。その知らせを聞いて、98歳のエリは後ろ向きに倒れ落ち、死んだ。イスラエルは、モーセの十戒の板を収めた神の箱と、指導者を失った。
 
ペリシテ人は、意気揚々と神の箱を自分たちの土地に運び入れた。だが、そこで呪われたような出来事が続き、ペリシテ人はたまらず、神の箱をイスラエル人に返却することにした。どんな背景があるのかは私は知らないが、ユダとベニヤミンの境界辺りに位置する、キルヤト・エアリム(森の町)という地に、神の箱は留められた。20年ほどの間、大きな動きはなかったが、サムエル記は、イスラエルの人々が主を慕い求めるようになったことを記録する。
 
すでに、サムエルはイスラエルの預言者として認められる存在となっていたが、ここで何故か立ち上がり、いまこそ神に仕える時だという宣言をする。異教の神々や偶像を取り除け、と命ずる。イスラエルの人々はそれに従い、ただ主にのみ仕えることを始めた。
 
逆に言えば、偶像ははびこっていたのだ。キルヤト・エアリム自体、ずっと偶像にまみれた場所であった、とも聞く。しかしサムエルがミツパ(見張り所)にイスラエルの民を集めて、民の悔い改めを遂行すると、事態は変わる。
 
ペリシテ人がイスラエルに攻め上って来たのだが、イスラエルは勝利する。これまで奪われていた町々も、イスラエルに戻ることとなった。サムエルはこうして、イスラエルの裁き人としてトップに立つこととなった。そして、このペリシテ人に対する勝利を機に、祈念碑を建てる。
 
サムエルは石を一つ取り、ミツパとシェンの間に置き、「主は今に至るまで我々を助けてくださった」と言って、それをエベン・エゼルと名付けた。(サムエル記上7:12)
 
石は、かの地に豊富であると思われる。思い起こすのは、ヤコブの石の柱である。母リベカの指金から兄エサウを騙すようにして長子の権利を得、父イサクの祝福を奪い取ったことから、ヤコブは兄に殺されると恐れ、母の兄ラバンの許に逃れようとする。
 
恐れ心を懐きながら、ヤコブは孤独な野宿を強いられる。石を枕に眠ったところ、天使の階段の夢を見る。夢は、神からのお告げを意味した。神に、保護と祝福を約束されて、目覚めたヤコブはその石を柱として立てる。そしてここぞ「神の家」と呼ぶ。
 
この「神の家」と、サムエル記の舞台装置となった「神の箱」とが呼応しているようで、気持ちよい。
 
サムエルが民を集めて、民の悔い改めを促し、イスラエルの新たな出発点となったミツパの意味は、凡そ「見張り」や「物見櫓」というものである。戦略的に重要な拠点だったと思われる。
 
福岡市の南に「大野城」という地がある。標高400mほどの山の上に、物見櫓の役割を果たす城があった。かつて福岡市の一部は海底であったため、そこから海がよく見えた。もしも朝鮮方面から敵が近づいたら、大いに役割を果たしたことだろう。
 
説教者は、このミツパの土地の名について、霊的な考察をする。「見張り」の意味から、それは神を見るところとして機能した点が指摘される。人が神に立ち帰るところとなった。人が神を見上げるというのは、神と結びつくということへと帰着する。また、イエス・キリストの救いによって、神との関係の中にキリスト者は置かれ、祈りによって神と結ばれる関係をつくる。
 
サムエルは石を一つ取り、ミツパとシェンの間に置き、「主は今に至るまで我々を助けてくださった」と言って、それをエベン・エゼルと名付けた。(サムエル記上7:12)
 
エベン・エゼルというのは、「助けの石」という意味であるという。石は動かない。立派な祈念碑である。だが、これですべてが終わったことにはならない。
 
説教者は、この1年を振り返る。教会総会で、そうした記録を辿り直す。その教会の歩みに擬えて、この祈念碑というモチーフを、具体的に活用するのだった。いまここでそれを一つひとつ説き明かすわけにはゆかない。
 
それよりも、新約聖書から開かれた、フィリピ書3章に話題を移すことにしよう。
 
私は、キリストとその復活の力を知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです。私は、すでにそれを得たというわけではなく、すでに完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスによって捕らえられているからです。(フィリピ3:10-12)
 
私たちは、いま完成しているわけではない。「途上」あるいは「途中」という言葉が時折聞かれた。また、アウグスティヌスの冒頭の箇所にある有名な言葉を引用したが、もう少しだけ長く、山田晶訳でここに掲げておこう。
 
よろこんで、讃えずにはいられない気持にかきたてる者、それはあなたです。あなたは私たちを、ご自身にむけてお造りになりました。ですから私たちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです。(1-1)
 
私たちは、不安で一杯にもなるだろう。だが、礼拝に集う。ともかくも、神の前に出る。神と結びつく関係があるからだ。主は、いまもいつも、共にいる。これは喜びである。十字架に死ぬことを経験した。
 
いま、ここに祈念碑がある。私は主に救われた。確かな証しが、ここにある。さあ、だからここからは、与えられた復活の人生が始まる。否、すでにもう始まっている。
 
説教者は言う。――この石は、過去を懐かしむ石ではない。ここから将来へと送り出す石である。
 
ここまで、主は助けてくれたではないか。助けの石が確かにあるのだ。その主は、これからも助けてくださらないはずがないではないか。
 
ですから、私が愛し、慕っているきょうだいたち、私の喜びであり、冠である愛する人たち、このように、主にあってしっかりと立ちなさい。(フィリピ4:1)
 
主にあってしっかりと立つ。エベン・エゼル、すなわち「助けの石」によって立つ。岩なるキリストに、私たちは支えられてきた。そして、これからも、そうだ。



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