眼鏡のはなし

2026年5月28日

眼鏡を新調した。いや、追加した、と言った方がよいだろう。
 
私の場合、乱視が強い。中学生の頃まではとてもよい視力だったのだが、その後視力が落ちた。コンタクトレンズの経験もあるが、基本的にずっと眼鏡である。
 
大学で一度紛失したことがあるのは痛かったが、その他は眼鏡に関するトラブルはない。近年つくったものは、アンダーリム(リムは縁のこと)のものだが、これは、どうしても眼鏡の上部から近くの文字を見る傾向があるからだ。そこにリムがあるのが嫌なのである。かといって、ノンリムは強度の点で少し心許ないので、自然とアンダーリムとなる。種類が選べないが、スクエア型のちょうどよいものがあった。
 
すでに、色違いで二つもっていた。ひとつは標準的によく見えるタイプ。もうひとつは、遠方に視野を合わせたもの。ドライビングのときにおもに用いる。
 
それで十分ではないか、と思われるかもしれないが、遠方用はもちろんのこと、標準的な方では、近くの本の文字が殆ど読めないのだ。私は、近くの本の文字は、裸眼が一番よく見える。老眼鏡というものも合わない。従って、遠近両用というタイプも、近くの本に関しては役立たないのである。
 
ところが、仕事上、これが問題だった。手許のテキストを見るとき、眼鏡の上部から裸眼で覗くようにしているのだが、どうにも見苦しいことだろう。年寄り臭いとも言える。
 
では、本が読める程度の眼鏡は作れないか。これが今回の動機である。職場では、遠方が見えなければならない事態は殆どない。そこで、乱視だけを矯正して、視力0.8くらいで落ち着くようにつくってもらった。これは、職場でもそうだが、自宅ではパソコンに向き合っている時間が長いので、ブルーライトカットのレンズにした。
 
標準タイプの眼鏡も、少しブルーライトカットを入れてもらっていたが、今回はもう少し強く入れた。外から見て、レンズの色が強いと職務上よろしくないのだが、店員さんはその心配はないと言ってくれた。実際、そうだった。
 
こうなると、この新しいものばかりかけることになりそうだが、日常生活は、ずいぶん昔につくった、普通のハーフリムのレンズ傷傷のもので賄っている。余りにも昔につくっていたので視力が変わり、これももはや遠くを見る能力はないのだが、部屋の中で遠方を見る必要はないから、実は快適である。
 
こうして、生活の中で四つの眼鏡を使い分けている。いまとなっては、眼鏡なしで生活ができる人が羨ましい。――と言いつつ、通勤時は裸眼である。電車の中ではひたすら本を読んでいるからである。但し、紫外線を考慮して、百均のサングラスをひとつ購入した。帰りは夜遅いので、意味がないような気がするが、目を大切にすることは、少しばかりだが心がけていたい。まだ見えていて欲しいから。



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