神の音楽
2026年5月25日

説教者が最初に赴任した教会では、説教のためにずいぶんと悩むことが多かったという。土曜の夜が眠れないというのは説教者共通の苦しみかもしれないが、日曜の夜は後悔のようなものでまた眠れなかったのだという。語る者の苦しみは、むしろ誠実の証しだと私は思うし、そこからむしろ神の恵みはふんだんに湧き、流れていたのではないかと私は想像する。
が、ともかく説教者はそこで教会に、毎年一人はゲストの説教者を呼んでくれるようにと願ったのだという。お呼びしたのは、加藤常昭先生。語られたのは、ヨハネ伝3章のニコデモの件であったという。
「誰でも水と霊とから生まれなければ、神の国に入ることはできない」(5)とイエスは言い、「新たに生まれなければならない」(7)とニコデモに突きつけた。このとき同時に、「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである」(8)と言った。
風の特徴として、「音」が挙げられている。確かに風は見えない。だが普通、触覚として感じるのではないか、とも思う。しかしイエスが示したのは、風の音であった。
さて、加藤先生は、何が言いたかったのだろう。この風の音を、皆さんは聞いている、と気づかせたのだ。風――それは聖書の言葉では、霊でもあり、息をも表すものである――とは、説教者の声である。毎週の、牧師の説教がそれである。
これを聞いたとき、語る説教者は、鳥肌が立ったという。説教を生むのに苦しみ、語った後でさらに苦しむ主日を繰り返していた自分の声が、風の音として神の霊となり、命を与える息の役割を果たしているのだとは! 自分の声が、聖霊の奏でる楽器のようなものとして用いられる。畏れ多いことであるとともに、この経験が、説教を語るということについて、変化を与えたことは間違いなかった。但し、「楽器」だとそれは「歌(声)」とは別ものであって、語る声が楽器だという喩えは、少し分かりにくかったかもしれない。私はここでは、いっそ「音楽」としてそれを捉えてみたい。
しかし、最近また別の見方もするようになった、と説教者は語った。それは、いま教会に備えられている、特別席のことである。それは欧州の教会に実際にあったそうだが、「眠りの椅子」と呼ばれている座席である。教会の通常の椅子は木製で、硬いものである。だがその特別席は、ソフトである。身体的な事情を配慮して用意されている、というのだが、どうもそれは居心地が良すぎて、説教中に眠りを催すものらしい。
京都の牧師が言っていた。そこは、民家を改造した礼拝堂で、二間をつないだだけの広さだった。パイプ椅子を四、五列ならべたら一杯になるような幅だったが、そこで時に、礼拝説教中に「舟を漕ぐ」人がいた。一週間の中での学びだか勤務だか、身体的に厳しい中にある人だった。もちろん語る牧師から、寝ていることははっきり分かる。明治の牧師だったら、怒鳴り散らして起こしたかもしれない。だが、平成の牧師は、起こすようなことはなかった。そのことについて、その後説教で語ることがあった。眠っていても、ここにいる限り、聖霊の恵みの中にいるのです、と。
こちらの説教者は、眠ってもよいかどうかの判断を下しはしなかったと思うが、神の風は、説教者の声だけではないのだ、という捉え方をしている、と言った。賛美の中に、祈りの中に、また礼拝中でなかったとしても、人々の声の中に、確かに風の音がある。説教者の声のみならず、教会にいるすべての人の声が、霊の音を表している。一人ひとりが、聖霊の道具(楽器)となっているというのである。それらは皆、神の音楽、福音の音楽を奏でている。
このことをまとめると、一人ひとりが説教をしている、ということになるのだ。
さて、ペンテコステ礼拝である。定番とも言うべき、使徒言行録の2章が開かれているが、背景となっている1章も少し見た上で、イエスの昇天から10日後のことだと言い、その不思議な現象の場面を辿った。
五旬祭の日が来て、皆が同じ場所に集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から起こり、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他国の言葉で話しだした。(使徒2:1-4)
そう。ここでもまた、音がしている。「激しい風が吹いて来るような音」である。音を出した風が感じられたのではない。感じられたのは音である。同時に、炎が現れたのではく、「炎のような舌」が現れている。説教者は、以前勘違いをして「舌のような炎」かと思い込んでいた、と謙遜に話したが、私として同じだった。私は、エル・グレコの有名な聖霊降臨の絵のインパクトが強くて、あれは炎だと勝手に思っていたのである。
英語の「tongue」は「舌」と「言語」の両方を意味する。日本語でも、「二枚舌」などと、舌を比喩的に使うことがあるから、理解はできる。ここで使徒を中心とした仲間たち一人ひとりに、「舌」が及んだのだ。それは、新しい言葉が与えられたことを意味する。
物音に驚いて駆けつけた部外者たちがこれを目撃する。五旬祭であるから、各地からエルサレムに詣でていたわけで、あちらこちらの出身の人が、語られた言葉に仰天する。いったい幾つの言語があったか知れないくらいに、別々の地域の言葉を、この部屋に集まっていた者たちが語り始めたのだ。目撃者たちは、故郷の言葉だから、それらをスッと受け取ることができた。その言葉は、聞いた者の心に、届きやすかったのだ。
この出来事を、比喩的に捉えることも可能だろう。否、霊的に、と表した方がよいかもしれない。聖霊が降りた。それは先ず「音」として「訪れた」(この二つの日本語には関係があると言われる)が、次に「舌」となって「言葉」(この二つの語もそうだ)を語った。それは、他国の人々にも伝わる言葉だった。
説教者はこれを、皆が説教を始めた、と称した。
かくして、説教は聖霊が語らせるものだ、という素地ができた。
但し、説教者はこの「説教」という翻訳を、少し不満に思っている。「教会」という訳語もそうだと言ったし、もちろん「神」も日本語の意味とかけ離れていたから、「天主」「天帝」など、候補は幾つかあったらしい。大日如来の「大日」と、キリスト教伝来当時は表したともいう。「愛」という訳語も、元来キリスト教のそれとは似つかわしくない意味をもつ語であったのだが、これはむしろ、いまは聖書の「愛」の意味の方が優位に立っていると言えるかもしれない。
説教者は「説教」という言葉に「お」を付けるとその欠点が明らかになることを示した。そう。私も最初そうだった。「説教」という語が、教会に来てしばらくピンとこなかったのだ。そういえば、「祈祷会」がありますと言われたとき、頭に浮かんだのは、神道の「加持祈祷」だった。何をするのだろう、と腰が引けたのを覚えている。
説教者は「説教」という言葉には、近寄りがたい雰囲気、特に上から下へ教えを垂れるイメージがつきまとうことから、聖書から言えばむしろ「預言」と呼んだ方が相応しいのではないか、という案を呈した。神の言葉を預かることだ。それはかの事件の目撃者が「神の偉大な業を語っている」と言ったことからもはっきりしている。
公的な立場から、職として「預言」をする説教者は、その点まだよいかもしれない。私のような者が偉そうに語ると、「預言者気取り」と冷たい非難を浴びるしかないのである。その意味では、教会にいる誰もが、神の霊を受け神の言葉を語る「説教」をしている、という指摘には留保が必要だ。
世間は、牧師というステイタスがあれば、それなりの権威を認めて話すことを許すのであるが、そういう地位をもたない者が、聖書の話を教会の外にするとなると、立場の違いが影響する。教会の内には聖霊の風が吹いていて、あらゆる声が預言となるにしても、外にはそのような声には聞こえないのである。
さて、ここでペトロが、突然語る舌を用いて、見事な説教をした。使徒言行録には、ステファノやパウロにも、同様の見事な説教が掲載されている。これらは、初期の教会での、一定のカテキズムのような役割を果たすものだったかもしれない。このペトロの場合は、先ず「終わりの日に/私は、すべての肉なる者にわが霊を注ぐ」という、ヨエル書の引用から始めていた。ここで「終わりの日」は、旧約の預言者が想定した終末の審判というよりは、この五旬祭の出来事、つまり聖霊が注がれて救いの時代が始まった希望の到来を意味していると思われる。
説教者が先般、女子学院で語る機会があったという。女子学院については、いま私は少々詳しい。先日『われ弱ければ――矢嶋楫子伝』を読み終わったところだからだ。この本と矢嶋楫子については、明日取り上げる予定であるから、いまは予告だけにしておこう。それでその際学校側から、「希望」を語ってほしいという依頼があったのだそうだ。経済的にも政治的にも、環境問題に於いても、いま生まれて育つ世代は、希望のない世界しか知らないことがしばしば指摘される。相応しい配慮であったことだろう。
それは、教会に於いても同様である。キリスト教会は、すでに欧州での零落が著しく、歴史の中の産物であるかのようになっている。日本の教会も縮小が顕著であり、将来性が見込めない悲観的な様相を帯びている。元々ごく少数の信徒の中で活動していたとはいえ、福祉や教育の方面には、非常に大きな影響力をキリスト教は有していた。社会的になんとか声を発そうとしているグループもあるが、逆に権力側が潰しにかかっている現状さえある。
だが、初期の教会は、ある意味でもっと悲惨だった。基本的人権という考えも、信教の自由などという声も、存在しなかった。いつ殺されるか知れない中で、どうして信じる者が増えていったのか、人間的な知恵ではどうにも説明できない。すると、このペトロの説教などの使徒言行録の記事に、私たちはもっと注目してよいのではないだろうか。
つまり、聖霊の働きがいまも変わらずあるという信仰の下に、神は私たちにも何かを語るように舌を与えるという希望を得ることはできるのではないか。神はまだここからも、神の業を続けて現してくださるのではないか。それが教会たるものの使命であり、果たすべき役割なのではないか。
神はいまもなお、神の言葉を語る舌を与える。その息を吹き入れてくださると信じる。息は命をもたらす。それはまた風でもある。風は音を立てる。ただ、説教者は強く告げた。「その風を自分の内に閉じ込めるな」と。
だが、緊張する必要はない。風は思いのままに吹くのだ。自由な聖霊の動きに委ねるとよい。そのためには、私たちは自分の知恵や自分の思いを、頑固に構築しないのがよい。激しい言い方だと「自我の磔殺」とも言うが、聖霊来たりませ、主よ来たりませ、との祈りを核心に祈ろうではないか。
説教者はその後、「報告」が終わり礼拝のプログラムを結ぶとき、こう言って講壇を降りた。「ここで受けた風を、次の方へお伝えください」と。どうやら神の音楽は、教会の外へ響きたくて仕方がないらしい。防音効果抜群の外の家にも、この音楽だけは、苦情が来ようとも、聞かせたいものである。