【メッセージ】牧師と神の業
2026年5月3日

(列王記上8:54-61, ヨハネ9:1-5)
それは地上のすべての民が、主こそ神であり、ほかに神はいないことを知るためです。(列王記上8:60)
◆献堂式
教会の「献堂式」というものがあります。教会堂を建築したときの、最初に開く集会であり、建物ができたことを祝福します。外部からも、お世話になった人や関係者を呼ぶことがありますが、教会員だけで祝うこともあります。しかしその名前が示している通りに、それは会堂を「献げる」ものです。神に献げるのです。これは神のものです、と宣言するのです。
長崎の五島には、たくさんの美しい教会が建っています。どう考えても、人口に見合いません。五島は、迫害を逃れて長崎から渡ってきた「潜伏キリシタン」の歴史を持ちますが、そこでも迫害の手は及びます。明治の世になって、政府が一応禁令を解いてもなお、その後に迫害は起こっています。
しかし信仰者たちは、次第に表向きの顔を出せるようになり、各地に教会堂を建築しました。このとき、「鉄川与助」という建築家が多大な貢献をしています。関心をお持ちになったら、ぜひ鉄川与助について、調べてみてください。いまここで詳しくご紹介できないのがもどかしいのですが。
費用の点でも、労働の点でも、信徒たちは生活のすぺてを献げるかのようにして、教会を建て上げました。本当に頭が下がります。
イスラエルでも、エルサレム神殿が初めて建ち上がったとき、大がかりな儀式が開かれました。今日は、旧約聖書の列王記上8章をお開きしました。ダビデの後を継いだ息子ソロモンが王となり、エルサレム神殿を建築します。そしてその奉献の場面がこの章です。いまでいう「献堂式」に匹敵するものと見ることができるでしょう。その祈りは実に重厚で、神への祈りの言葉は、私たちもじっと聞いて肯いていたいと思うほどです。
でも今日は、その祈りのところではなく、神に対する祈りの次に、ソロモンが、民衆に向かって言った言葉の方に注目します。神へ向けての言葉というよりは、人々に対する言葉です。
それまで神殿で神の方を向いて祈っていたソロモンが、逆方向に、人々の方に向き直って、語っているのです。ちょうどそれは、言うなればいまの礼拝説教のような恰好です。説教とはそのように、牧師が神の代弁者のような役割を果たすことだ、とも言えます。
とにかくこれらの言葉は、美しい信仰の言葉です。うっとりと聞いてしまいます。その言葉を自分のこととして受け止めて、自分の信仰生活に活かさなければ、と思えてきます。励まされたり、お手本としたり、味わうにもとてもよい聖書箇所ではないか、という気がします。
◆ソロモン王
ところで、このソロモンという王については、旧約聖書の歴史書は、ダビデに次いで詳しく語っています。ソロモンの出自などを、少しおさらいをしておきましょう。
ダビデがエルサレムを都としました。一心に主なる神を慕う王でした。しかし神は、ダビデに神殿建築を許可しませんでした。多くの血を流し続けたダビデは、神殿建築に相応しくない、と言うのです。結果的には、ソロモンが建築した神殿を、なぜダビデが建てなかったのか、ということを説明するエピソードとなりました。
ソロモンは、バト・シェバの第二子のようです。ヘト人ウリヤの妻であったバト・シェバを、王宮の屋上からダビデは見つけます。水浴をしていたといいますから、たぶん裸。その肉体だけに惚れたことになるでしょう。そのときイスラエルは戦争中でしたが、ダビデは年齢を重ね、戦陣に出るなと家臣に言われ、王宮に留まっていたのです。
ダビデはバト・シェバを王宮に引き入れ、欲望を満たします。このときバト・シェバがどういう心理であったのか、聖書は描きません。ただ、そのときのことで妊娠したと分かり、ダビデは策略を練って、夫ウリヤの子であるようにと謀ります。が、ウリヤは実直でダビデの計画通りには動きません。ダビデはついに、戦場でウリヤを戦死させよという命令書を本人に持たせて、戦陣に戻します。
かくしてウリヤは戦死し、ダビデの罪は暴かれずに済んだ――かのように思われましたが、預言者ナタンは神からの声を聞き、この事実を知ります。ダビデにその罪を寓話で知らせようとしますが、ダビデは気づきません。ついに、これはあなたのことだ、と通告することで、ダビデは項垂れます。そのときの心情は、詩編51編に描かれています。
最初の子は生まれましたが、やがて死にます。但し改心したダビデには、バト・シェバにより第二子が与えられました。それがソロモンでした。バト・シェバは、うやむやのうちに、王妃となったのです。
このバト・シェバは、なかなかのやり手でした。我が子ソロモンを王位につけるために画策し、ライバルとなる兄たちを次々と陥れ、また殺します。ダビデにも、ソロモンこそ後継者だと言わせ、ついに王位が継承されました。王室は、血に染まりながら、ソロモンに権力が受け継がれたのです。ソロモンは、たいへん知恵に富んだ王だった、と見られています。
もちろん、どのような由来の人間であるか、そのことによってその信仰を差別するつもりはありません。けれどもまた、ソロモン王は知恵があって素晴らしい、とただ称えるというのも、考えものだと考えます。
◆背反
というのは、ソロモンはこの後、信仰的には転落の道を辿るからです。詳しくは聖書をお読みくださるのが一番なのですが、「ソロモンの栄華」と呼ばれるほどに、物質的に満たされた中で、魂は主から離れていったのです。多くの外国の女を愛したことが書かれています。
ソロモン王はファラオの娘をはじめとして、モアブ人、アンモン人、エドム人、シドン人、ヘト人など多くの外国の女を愛した。(列王記上11:1)
ソロモンが年老いたとき、女たちは彼の心を、他の神々へと向けさせた。彼の心は、父ダビデの心とは異なり、自分の神、主に対して誠実ではなかった。ソロモンは、シドン人の女神アシュトレト、アンモン人の憎むべきものミルコムに付き従って行った。ソロモンは、主の目に悪とされることを行い、父ダビデと異なり、主に従い通すことはなかった。(列王記上11:4-6)
聖書は、ソロモン万歳で終わることなく、ソロモンが背教とも言えるレベルにまで堕ちていったことを鋭く指摘します。但し、歴代誌は、南ユダのサイドから記されていることが明らかであり、その点批判に甘いのは否めませんが。
ともかくついには、ソロモンの子レハブアムの時代に、ダビデの王国は二つに分裂します。北イスラエル王国と、南ユダ王国です。ダビデの系統は、南ユダ王国に引き継がれました。そこでは、主がダビデに誓った通りに、ダビデの子孫が王位を守り続けます。しかし北イスラエル王国は、クーデターに次ぐクーデターで、血統が続くということはありませんでした。
けれども、南ユダ王国の王がずっと信仰深かった、というわけではありませんでした。北イスラエル王国が先に滅んだものの、ダビデの故に保たれてきた南ユダ王国も、主なる神を離れたという理由で、神の堪忍袋の緒が切れ、ついに滅ぶに至りました。いわゆる「バビロン捕囚」という事件です。
◆説教
そのソロモン王の絶頂期の一コマがここにあります。神殿が完成したのです。その奉献式に於いて、ソロモンはまるで祭司の如く振る舞います。いえ、それこそが王の姿だったのでしょう。父ダビデは、戦いに明け暮れた武将でした。そういう本来の軍事大将としての王だったと思われます。しかし、ソロモンの時代に、そうした征服すべき戦いはなかった模様で、聖書はソロモンが戦場に出たという報告をしていません。
その奉献式で、長く祈っていたことが記録されています。神の前で、ひざまずいて祈っていました。他方、祈る姿勢としては、天に向かって両手を広げていたことにも注意しておきましょう。
ソロモンは主の祭壇の前に立ち、イスラエルの全会衆に向かい、天に向かって両手を広げ、祈った。(列王記上8:22-23)
ここから、延々と祈りの言葉が記されています。ソロモンは、「イスラエルの神、主よ」などと神に呼びかけ、神への願いを「〜ください」という形で次々と言葉を連ねます。ソロモンは、会衆に向かう姿勢をとっていますが、専ら神へと祈りの言葉を告げるのです。それはたとえば、牧師が会衆の方へ向かいながらも、ただ神に祈っているというような具合に近いかもしれません。ただ、この祈りは、エルサレム神殿の奉献式としては正に相応しかったと言えるでしょう。
このすべての祈りと願いを主に献げ終えたソロモンは、それまで、ひざまずき、天に向かって両手を広げていた主の祭壇の前から立ち上がった。そして立ったまま、大きな声でイスラエルの全会衆を祝福した。(列王記上8:54-55)
ここまで、ソロモンはひざまずいていたのでした。しかし、主への祈りが終わると、ソロモンは立ち上がります。立ち上がるということは、人間が何か決意を伴って行動に移すことをしばしば意味します。ここからソロモンは、神の前の僕という立ち位置から、王としての立場に戻ったかのようです。イスラエルの民を祝福し始めるのです。
本日は、この会衆への祝福の言葉の箇所をメインとしました。それは、神に対する祈りに比べると、ごく僅か、短いものです。しかし、それは確かに人々へ向けてのものでありました。それは恰も、民への「説教」のようにも見えました。
私たちは、礼拝説教というものを毎週受けています。それと重ねてこの場面を見ることはできないでしょうか。
礼拝説教とは、牧師の思想の発表会ではありません。牧師の意見や考えを述べる講演会でもありません。牧師が神に出会い、神に生かされて自分が受けた、その恵みを人々に語る場にはなります。
説教前の信徒の祈りでは、以前よく「良き通り管」という言葉を聞いていました。聖歌の歌詞にもありましたが、今でもそのような祈りがあるでしょうか。牧師が、神からの言葉を人々に伝えるのが礼拝説教であるのですが、牧師が神からのその恵みを通す道、管だというのです。汚れて詰まっていてはなりません。汚れが染みついていてはなりません。まして、神から発するものでなく、自分の考えや感想を披露するというのは論外です。神の良き通り管として語ることができるように、との求めは、説教を通じて神の言葉、神の声を聞く、という信仰を意味している、とも言えるでしょう。
すでにお読み戴いたので、その説教のすべてを引用はしませんが、あらましを振り返ると、こういうことになります。
・神の言葉が、すべて実現したことを告げる。
・それでいて、見捨てないでくれ、見放さないでくれ、と祈る。
・今後主の律法を守って生きてゆけるように、と祈る。
◆生来のもの
ソロモンが祝福していたのは、イスラエルの民だったはずです。主の民イスラエルの人々へ言葉を投げかけているはずです。けれども、興味深いことに、このような表現をとっています。
60:それは地上のすべての民が、主こそ神であり、ほかに神はいないことを知るためです。
「昼も夜も私たちの神、主のおそば近くに」ある言葉、そのことにより、地上のすべての民が、この神を知ることになることが、はっきりと示されています。私たちは、ソロモンが呼びかけた、イスラエルの民の信仰を受け継ぐ者としてここにいます。それならば、私たちが、この祈りの期待を背負う者であるはずです。私たちの信仰の姿勢により、主こそ神であること、ほかに神はいないことが証拠立てられ、告げ知らされるべきである、ということです。
この指摘に、私たちは襟を正されます。礼拝の中で私たちは、この期待を背中に覚えます。確かに、礼拝の中で私たちは、神と自分との関係を確認します。その絆を握りしめます。けれども、それで終始するわけではないのです。この神を証しすること、神に生かされている者の幸いを現すこと、それが求められているはずです。
先週、私たちは受け止めました。ひとは新しい人生を始めることができる、と。それは、急に有名になるとか、環境が変わるとかいう意味ではなくて、ある意味で精神的な範疇の出来事でありました。生まれつき難を負っている場合、新しい人生がそう簡単に始められるわけではありません。生まれつきの障害が消える、ということを保証することなどできません。
遺伝的な素質の問題もあるでしょう。その人のアイデンティティがそれでできているわけです。自分の嫌なところを取り去ることがよしできたとしても、そうなるともはや自分ではなくなってしまう、という捉え方もできるわけです。神とて、そのような意味で「新生」を告げていたのではないと思われます。
私たちは、そのような一つの例を、ヨハネ伝の9章に見出します。本当はゆっくり味わいたい、長い記事です。今日は、その冒頭の数節だけを拾いました。
イエスがまず、道で盲人を見出します。弟子たちも盲人に気づきます。生まれつき見えない人のようです。弟子たちは、それが何の因果に基づくのかとイエスに尋ねます。「因果」というと仏教的な用語のように聞こえますが、その言葉の卑俗な悪い意味で、弟子たちは問うたのです。旧約聖書にも、親の因果が子に報いる、というような考え方が、ないわけではありませんでした。
主は怒るに遅く、慈しみに富み、過ちと背きを赦す者。しかし、罰せずにおくことは決してなく、父の罪を子に、さらに、三代、四代までも問う者である。(民数記14:18)
さあ、主よ、教えてください。目が見えなく生まれたのは、自分の罪のせいなのか、それとも親の罪のせいなのか。
◆神の業
3:イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。
4:私たちは、私をお遣わしになった方の業を、昼の間に行わねばならない。誰も働くことのできない夜が来る。
5:私は、世にいる間、世の光である。」
この美しいイエスの言葉に、救われた人がたくさんいることと思います。私もその一人でした。自分では変えようのないこと、自分からそれを取り去ることができない運命、それは、神に否定されてしまうわけにはゆかないものです。私が私でなくなってしまいます。つまり私は、生まれながらに有たされているものがあるわけです。それは、自分の心の持ちようによって変わることができないものであり、その問題はいつまでも残り、消してしまうことができないものなのです。
そんなことがおありではないでしょうか。人の容姿や出生について、決してあげつらい、からかうようなことがあってはならない――子どもたちに教育する者が、まずは厳しく指導され、また指導しなければならない基礎です。
昔のマンガには、案外そうしたことが平気で出てきていました。敢えて言葉を表しますが、チビだのデブだのブスだのノッポだの、いまはとても公に言えないような言葉も、あたりまえのように使われていました。ただ、それはもう深い意味や悪辣な蔑視というのではなくて、ひとつの個性を伴う愛称であるように取り扱われていた場合があったのも事実です。もちろん、だから気軽にそれをぶつけてよいと、特にいまは見なしてはならないのですが。
いまは、そうした言葉への耐性がないのかもしれません。その言葉自体が「いじめ」により発されることが当然のようになっているのかもしれません。無菌室の患者は、わずかな菌が入ると命取りになることがありますが、もうわずかな蔑視語でさえ、人の命を奪いかねない情況になっているのかもしれません。だから、こうした指摘は、慎重にならざるを得ません。言われて嫌なことはいくらでもありますし、言わないに越したことはないのです。
だから、「言葉の暴力を許さない」という姿勢そのものは、保たねばならないことのはずです。
ただ、気に留めたいことがあります。自分では変えようのない、どうしようもないことも、神にはできる、ということです。神の業は、その人に現れることがあり得るのです。もちろん、その神の業というのは、私たちが安易に考えがちな、癒やしであるとか、劇的な変化であるとかいうことであるとは限りません。しかし、神の言葉が伝えられている中で、その光があるうちに、神の業を何らかの形でもたらし得るものが確かにあるのです。
◆牧師と神の業
なるほど、そのこと事態を変化させることはできない。奇蹟を起こす力は、私たちにはない。けれども、そこに神の業が現れることはできる。私たちはいま、そうした風景を見つめています。
そうなると、ソロモンの出自というのは、ソロモン自身ではどうしようもないものであったわけで、不倫の末に生まれたことなど、もし悩むとすれば幾らでも悩む要素があったのではないでしょうか。王となるべく生まれてラッキーだとか、母親の言いなりにその企てに乗っかって自分は偉いとか、そんなふうにしか思えない、王者の血筋であった可能性もあります。聖書が描く通りにソロモン自身が考えていたかどうか、も私には分かりません。
イスラエルの民も、そうしたソロモンをどのように見ていたか、分かりません。聖書の記述を見る限り、無条件で受け容れて、神殿建築のために労務に駆り出されても嫌な顔ひとつせず誇りを以て従っているようにしか読めないのですが、本当のところどうであったか、分からないのではないでしょうか。
純粋に、そのように称えられていたのか、それとも陰では悪口を噂されていたのか、分かりません。ソロモンが母親をどのように見ていたのかも、分かりません。見る限り、ものすごく尊敬しているような口の利き方を母親に対してしていますが、それは逆に社交辞令であった、というふうに意地悪く見ることだってできると思うのです。
そうなると、千人の女性を侍らせていたのも、一つの愛では満たされない、とてつもない寂しさの現れであった、というふうに考えることができるかもしれません。
もしそうだったとしても、私たちはソロモンを軽蔑するようなことはしません。ソロモンの祈りを偽りであるなどとは思いません。
ソロモンは神殿の奉献式で、美しい祈りの言葉を述べました。いま会衆に向けて、祝福の言葉を告げました。それは、礼拝説教のような形をとっているようにも見えました。ソロモンは、いま私たちの知る、牧師のような立ち居振る舞いをしていました。
教会の牧師。その牧師が、過去に何かよからぬことをしていたからとしても、それを乗り越える神の業があるかもしれない、そんなことを私たちは今日学びます。
不祥事を犯した牧師の報道は、過去に幾度かありました。私の身近なところでも例がありましたし、よく知られた人の事件も聞きました。中には現実の犯罪として処罰を受けた人もいます。もちろん牧師職を続けるわけにはゆきませんでした。
所属団体は、当然除名のような措置をとります。でも、それで済むとは思えません。除名するこで、組織の健全さを保とうとした意図は隠れていないでしょうか。そもそも牧師もまた、神の前に罪人ではなかったのでしょうか。イエスの周りに、律法を守れない罪人たちが集まって、イエスが共に食事をしていた風景を、聖書の中に私たちは見ているのではないでしょうか。
61:あなたがたは、私たちの神、主と心を一つにし、今日そうであるように、その掟に従って歩み、その戒めを守らなければならない
戒めを守れなかった人は、果たして共同体から弾き出されるのか。新約聖書の手紙の中には、そうした事例が多々あります。確かに、教会の成立から間もなく、また世の中の事情もいまとはずいぶん違います。手を焼いた者が教会に紛れていたことでしょうし、追放しなければ教会が壊される、ということもあっただろうと思います。
いまの世の中と、単純に同じように考えることはできません。ですから、聖書の叙述を金科玉条のように掲げて、これが正しい、と決めてしまうのもどうだろうか、と思います。
そこで、私たちは、このソロモンの説教の中の、今日の言葉をもう一度聞き直します。
60:それは地上のすべての民が、主こそ神であり、ほかに神はいないことを知るためです。
人間の向こうに、神が見えるかどうか。牧師が、その神と出会い、その神の言葉を取り次ぐ者である限り、そこには神の業が現れることでしょう。牧師が単に身綺麗であるかどうか、それがすべてではないと思うのです。
フィリップス・ブルックスという19世紀アメリカの医大に説教者の言葉に、このようなものがあります。説教というものについての忠告ですが、これはすべてのキリスト者へ向けてのメッセージだと受け止めたいと思います。
「キリスト教について説教する傾向に用心しなさい。キリストを説教するように務めなさい。」