疾病と祈り
2026年4月18日

母は、大病をしたことがなかった。だが、一旦病院に縁ができてしまうと、晩年は病院にかかりきりのようになった。私は、入院というものをしたことがない。小さい頃のことなので記憶が正確かどうか分からないが、たぶんあれはアデノイド切除術だったと思う。ジョキッと切るやつで、今は全身麻酔らしいが、そんなことはしなかったし、日帰りだった。痛くて泣き喚いた。血の味をたんまり味わった。たぶん同じことだと思うが、次男は今風に入院してそれをした。
中学の入学式を欠席したのは、確かはしかのせいだった。もしかすると、いま恐れられているはしかては別の、三日はしかだったのかもしれない。好きな子と同じクラスだったと聞いて、うれしかったのを覚えている。
妻は出産のときに、もちろん入院した。先の次男のときにも付き添いで入院した。他にも多少抱えているものがあった。骨折のときの入院では、オペのとき、私も待合室で祈りつつ待っていた。
入院した両親のオペや治療のときにも、幾度となく病院を訪ねたが、私自身が入院する側になったことはいまのところない。もちろん、今日にもそういうことが起こらないとも限らないわけで、高を括っている訳ではない。しかし、見舞いというか、病院にひとを訪ねるというのも、心理的に辛いものがある。末期の癌の人のところに行くのは、やはり辛かった。でも、本人が一番辛いのであるから、そんな感情は、言ってみれば甘いものに過ぎない。
家族の入院や治療のために、祈ってもらうことがある。牧師や伝道師に連絡すると、すぐに返答がくる。ありがたい。義人の祈りは働くと、大きな力がある。ヤコブ書にある言葉に縋るような思いになる。執り成しを願うことができるのは幸いだ。自ら祈ることもできないようなときにも、共に祈ってほしいと思うものだ。