(黙示録1:1-20, エレミヤ12:14-17)
恐れてはならない。私は最初の者であり最後の者、また、生きている者である。ひとたび死んだが、見よ、世々限りなく生きており、死と陰府の鍵を持っている。(黙示録1:17-18)
◆ヘブライズムとヘレニズム
先週は、いわゆる「受難週」の始まりでした。イエスがエルサレムに迎えられ、十字架への数日を歩みます。弟子たちと最後の食事と祈りを経て、当局に逮捕され、裁判にかけられます。そして、即時判決――というよりも、群衆の怒号にピラトが殆ど職務放棄をしたかのようにして、イエスに対する十字架刑が言い渡され、刑が即座に遂行されます。
私たちは、そのイエスの十字架を見上げていました。そのような一週間を過ごしてきました。イエスの十字架への道を、魂は幾度も辿りました。金曜日は、特に「聖金曜日」として、十字架にむせび泣く祈りを献げた人もいることでしょう。
私たちにとって、イエスの十字架の事件について知ることができるのは、福音書があるからです。イエスの伝記ではないが、イエスの出来事をこうまで記録しようとした人が、あるいは教会があったからこそ、私たちはそれを知ることができるのです。
福音書によると、イエスはまるで陰謀のような仕方で逮捕され、裁判にかけられました。ローマ帝国の名の下に、法によって裁かれる場に置かれました。ローマ法というのは、現代の法制の基礎になるほど、整備されたものでした。法として非常に完成された秩序があったと見てよいと思われます。イエスの裁判は、ユダヤの神的な律法に基づくものではなかったのです。
イエスは、旧約に定められた神の律法によって死刑判決を受けたわけではありませんでした。これはよく気をつけておきたいことです。さらに、ローマ法に照らし合わせても、死刑には当たらない、という判断がなされていた裁判でした。しかし、狂犬の集団と化した群衆の勢いが、裁くピラトに圧力をかけたようになり、ついにローマの法からしても、理に合わない死刑判決となってしまったのでした。
「悪法もまた法なり」――古代ギリシアのソクラテスの考えを示す言葉として知られています。ソクラテスが、青年を堕落させた、国家の神々と違う神々を信じた、といった訴えのために公開裁判にかけられます。最初は民衆はソクラテスに同情的で、ちょっと謝っておけばよしとする方向でいましたが、ソクラテスが自らの正義感を以て弁明したことが気に食わず、二度目の裁判員の評決で、圧倒的に死刑が支持されました。
こうした裁判を受けても、どうやら幾らかの金を使えば、安全に脱獄することは可能だった、裏の約束が当時ありました。そこで弟子たちは面会をしに行き、ソクラテスを連れ出そうとしました。しかし、法により正当に判決がなされて以上、「善く生きる」ためには、その法に従うべきだと、ソクラテスは弟子たちの勧めを拒みます。そして死刑の方法であった、毒人参を堂々と呷り、死に至るのでした。
西洋文化は、このギリシア文化(ヘレニズム)と、ユダヤ文化(ヘブライズム)の二つの源流をもつ、とよく言われます。哲学者の梅原猛は、そのどちらも、不条理な死を遂げた者に始まっている、と指摘しました。ソクラテスもキリストも、不当に殺されたのであり、それに対する怒りが基になっている、というのです。
しかし東洋の聖者は、そんな死には至らず、釈迦も穏やかに生を終えた。梅原猛は、そういうところからどんどんと日本主義に突き進むようになり、それは知識人たちの中に、日本の宗教が如何に平和で優しいものであるか、という偏見を植え付けることにもなったように思います。
◆日本が寛容とは言えない
怒りを基調とした西洋文明の攻撃性に対して、東洋の思想は和を重んじた平和な性格をもっている。いつしか、そんな考え方が尤もらしくはびこってきました。
もちろん、事はそんなふうに単純ではありません。一神教は残酷で、多神教は寛容だ、といった思い込みも、ただ自分を正当化しようとする自己愛的な偏見に過ぎないことは、もはや明らかです。そこで、日本思想が穏やかだということも、いまや恥ずかしくて、知識のある人は誰も言わないことてしょう。
確かに十字架は残虐な死刑だと思います。痛めつけて長く苦しませることにかけては、最高度の死刑です。死刑囚は、誰かに殺されるのではなく、ただ自分の体重で自分の内臓が冒されてゆきます。しかも、じわじわと、苦痛が長く続くことにかけても最悪です。イエスが早々に絶命したということに、周りが驚いているくらいです。
しかし日本でのいたぶる死刑も、決して劣るものではありません。キリシタン迫害のときの殺し方が史料として遺っていますが、石を膝の上に載せるとか、雲仙地獄を浴びせるとか、逆さ吊りのままにするとか、通りかかる者に少しずつ刃をかけるとか、考えただけでもおぞましいものがあります。外国でもあったそうですが、日本でも「鋸引き」という、口にするのも怖いような死刑がありました。そしてそれは、豊臣秀吉もやったらしいと言われています。
テレビで今年、大河ドラマで秀吉と秀長とが描かれており、面白いと評判になっていますが、その秀吉が実に残虐な死刑を幾度も幾度も行っていたことは、歴史の中でよく知られていることです。もちろんそれだけなら、ほかの武将にもあったことでしょうが、私は個人的に、キリシタンに対する激しい迫害について、考えるだけで苦しさを覚えます。信長が宣教師を受け容れていたのに対して、秀吉は、理由がないわけではないにしろ、キリスト教を弾圧しました。あの二十六聖人の殉教も、秀吉によるものでした。それで、秀吉に対してはどうにもよい感情を私はもてないでいます。高山右近というキリシタン大名に棄教を迫り、領地を没収した上で海外追放としたのも、この秀吉でした。
もっと個人的なことで言うと、私の妻の出身地が京都の福知山市ですが、そこの城主だった明智光秀を討ったことについても、私にとっての秀吉のマイナス要因となっています。
◆埋葬と復活
さて、イエスの記事に戻ります。福音書は、イエスが十字架上で絶命したことを告げると、その埋葬に向けてばたばたと人が動き始めます。ユダヤの絶対的な決まりである、安息日がいまにも始まろうとしていたからでした。安息日は、ユダヤの暦でいまの金曜日の日没に始まり、そこから一日間、いわゆる「仕事」ができません。遺体の埋葬は、それまでに完遂していなければならないのです。
イエスの復活の舞台がつくられるために、ここでの事情は絶妙でした。本来、刑死した者の遺体は、共同墓地のようなところに棄てられるようにされていたと思われます。あるいは、野獣に食わせるということがあったかもしれません。しかしそれでは、復活劇が判明しません。イエスの遺体は、きちんとした墓に入れられます。ヨセフという身分のある人が、自分のための墓にイエスの遺体を引き取ったのです。
その様子を目撃していた女たち。そうです、弟子たちはイエスの逮捕と共に、散り散りに逃げ去っていました。ペトロはヨハネの導きからか、イエスの裁判を追っていたと記録されていますが、周囲の者たちにイエスの仲間だろうと指摘されて、外に逃げ出ます。イエスの後を見守る役割は、さしあたり安全な女たちに任されました。
安息日には、決められた動きの他は、労働が一切できません。安息日が明けるのは、土曜日の夜。夜の間は動けないので、夜が明けるのを待って、女たちが動き始めます。これが日曜日の早朝ということになります。
墓というのは、岩場に掘られた横穴だったと考えられます。大きな石を転がして蓋がされています。女たちは、石を動かせないことをも考慮せずして、遺体の手入れをするための準備だけして、とにかく墓まで来ました。福音書により多少経緯が異なりますが、そこで墓の蓋の岩が転がされ、墓の中が分かるようになっていました。すると、遺体の置かれていたはずのところには、イエスの姿はありませんでした。しかも、体を包んでいた布が畳んで置いてあります。
マルコは、ただ恐ろしくて何も言えなかった、という異様な終わり方をしていましたが、それぞれの福音書で、この後の出来事は全く違うようなエピソードが、幾つも描かれています。もちろん十字架刑の様子についても、福音書間で相違はありました。けれども、この復活の出来事については、福音書によってあまりに違うことが証しされています。もしかすると、意図的に他の福音書の内容を避けて、別の証言をそこに記録しようとしたのかもしれません。
本来、こうした場面を、この復活節の朝には取り上げるべきだったのかもしれません。しかし、復活の物語は、どうかこの後からでも結構ですから、それぞれの方が聖書に触れて見て戴きたいと願います。
◆復活の章
いま触れたのは、福音書に於ける、復活の出来事の記録でした。しかしそこにあるのは、正に復活の出来事の描写であって、復活の意義やその説明というものではありませんでした。そこへいくと、復活の意義を詳しく語るものとして、やはりパウロの手紙が最も頼りになるかと思います。「復活の章」とも呼ばれるコリント書第一の15章に、それは論じられています。
最も大切なこととして私があなたがたに伝えたのは、私も受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおり私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、それから十二人に現れたことです。(コリント一15:3-5)
復活のキリストはその後も出現し、ついにパウロにも現れて出会ったことが書かれています。しかし、
キリストが死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。(15:12)
死者の復活がない、などと言うのは、キリストが復活しなかった、と言っているに等しいものです。もしそうなら、パウロが宣教していることも全部無駄、ということになるでしょう。無駄どころか、それは偽証にあたってしまいます。そしてコリントの教会の人々の信仰も空しくなります。その罪が赦されず、罪から解放されることができないからです。
キリストを信じて、すでに亡くなった人もいます。でもそこに救いがないことになると、私たちにとり死は滅びでしかありません。いま生きてキリストを信じて救われると思っている私たちもまた、いいピエロです。なんと哀れな姿でしょうか。
でも、事実はそうではありません。キリストは死者の中から復活したのです。かつてアダムの罪により、人間には死がもたらされました。いまやキリストによって、人間に復活の希望が与えられたのです。
ただ、復活には順番があります。キリストがすでに復活しました。この後、キリストが再び地上に来られます。まず、キリスト者が復活します。それから、世の終わりが来ます。悪魔の力を無きものにしたキリストは、神の国の完成へと役割を果たします。ついに無力となるのは、死です。神がすべてのものをキリストに従わせてくださいます。こうして、神がすべてのすべてとなります。
もしこうならないのなら、死者のために洗礼を受けるということなど、ナンセンスです。私たちが危険を冒してこうして宣教しているのも、意味がなくなるでしょう。パウロは、自分が如何に危険を乗り越えて来たかを告げます。死者の復活がないなどということになると、人間は自暴自棄の享楽的な生活に身を委ねてしまうのではありませんか。
あなたがたの生活を律しなさい。神は報いをお与えになります。死者が復活するからです。ただ、こんなふうに訊かれるかもしれません。「死者はどのように復活するのか、どのような体で来るのか」(15:35)と。
私たちという存在は、蒔かれる種のようなものです。種から芽が出て生長し、実を結ぶまでに育つように、神はそこから体をつくりあげてくださいます。いまは地上の体に過ぎませんが、天上の体というものもあります。死者の復活も、価値のないように見える体から、「霊の体に復活します。」(15:44)
パウロはアダムとキリストを対比させながら話を続けます。そうして、「秘義」(15:51)と称して、終末のその日、生きていた者はどのようになるのか、その幻を語ります。もはや死に打ち勝った世界がそこに現れます。
私たちの主イエス・キリストによって私たちに勝利を与えてくださる神に、感謝しましょう。(15:57)
そうして、「自分たちの労苦が、主にあって無駄でないこと」(15:58)を確認して、この章を結びます。
◆復活信仰
復活がある、ということを証明するかのような口調でしたが、お感じの通り、これはちっとも「論証」にはなっていません。論理的に、復活を証明したようなことにはなっていません。ただパウロの信念を演説したようなものです。
『宣告』という小説を、大学の法学の教授の薦めから読むことで、私は加賀乙彦文学と出会いました。うろ覚えなので無責任な言及をしますが、作家の加賀乙彦は、キリスト教に触れながらも、どうしても信仰の世界には踏み入ることができなかったと言っています。『宣告』は、実在した死刑囚に信仰が与えられる過程をモデルとした小説です。命と死を見つめる眼差しから、作家の心の中に、カトリック信仰がひしひしと迫ってくるのでした。
神父との出会いから、観念して信仰に入ろうと決めたものの、キリスト教に対する疑問がまだどこか引っかかっていました。そこで、神父と膝を交えて長時間にわたり質問をし続け、ついに憑き物が落ちたように、晴れ晴れとした気持ちになって、洗礼を受けたということです。そしてそこからは、信仰の道を一筋に全うしたのでした。
キリスト教に対しては、少なからぬ人々が、好意的に見てくれています。かつてのようなキリシタン迫害をしようという人はいないし、信仰をあからさまに「非国民」となじることもまずありません。窓ガラスに石を投げて割られるようなこともないでしょう。でもそれは、つい80年前までは、日常的にあったことでした。
いまはむしろ「敬虔な」という決まり言葉が付せられる「クリスチャン」の呼び方があるくらいで、ともすればクリスチャンの中にも、その呼び方が当たり前のように思えてきて、自分が何ものかであるかのように思いなしている、ということがあるかもしれません。教会もそうです。教会はよいことをする場所、神の教えを発する善良な機関だ、との前提で世に対しているのだ、と暗に思い込んでいるのではないか、と省みる必要があるのではないか、と私は強く感じています。
ともあれ、キリスト教に対して、比較的好意的に見なしている人がいるという中でも、なかなか教会の中に足を踏み入れてはくれないのが現状です。たとえ偶々入ったにしても、信仰をもつというところへは至りません。教会は、かつて信仰をもった人がただ年老いてゆくばかりの場所となり、なかなか若者が振り向くような場ではなくなっています。
そのときしばしば聞かれる言葉、それは、「復活など信じられない」という声です。ええ。どだい、それは無理な話なのです。復活は、科学的には不可能。何も科学がすべて正しいのではないにしても、死人が生き返るということ事態が、神秘的で怪しいものです。増して、復活して永遠の命に至るなどというのは、お伽噺以外の何ものでもないと思われて然るべきでしょう。
無理もありません。新約聖書の中でさえ、「復活など信じられない」と人が言うのは当たり前だ、というふうに書いてある。先のパウロも、そうした超えに抗うようにして、賢明にコリント教会の人々に、復活があるはずではないか、と訴えていたのです。
ついにいまでは、キリスト教神学者という名を冠していても、復活を信じていない、と公言する人がいるほどです。公言までしていなくても、実のところ信じてなどいなくて、ただ表向きには信仰は大切ですよ、などと口を濁しているような事態が、あるかもしれません。牧師という立場上、信じていません、などとは決して口に出して言えないだけで、さて、魂の信仰に於いてはどうであるのか、それは誰にも分かりません。
聖書に書いてあることは、象徴的な意味に過ぎないのだよ。聖書はもっと合理的に理解するべき書物なのだ。そんな声が、教会の内部からも聞こえてくる時代。キリスト教はこうして、ただの仲良しクラブへと化してゆきます。
◆復活のキリストに出会う
けれども、パウロは違いました。命懸けで、復活を説きました。数学のように、科学的実験のように、証明することはできません。無理です。しかし、そのような証明ができる必要はありません。証明してしまったら、もはや信仰ではなくなります。それが当然のこと、必然的なものでしかなくなり、神も無用であり、この世界に自由もなくなってしまうことでしょう。
万人が納得できる論証ができる性質のものではないのです。理知的に認めるという性質のものではないのです。ですから、お人好しが他人の言うことを安易に信じるように、これが神の教えだよと言われると、素直にすぐ信じるというタイプの人がいました。今もいます。これほど注意喚起がなされていても、詐欺が止まないのは、人がやはりどうしても、信じるべきだというふうに思うケースが、世の中に必ずあるからなのです。
今日働けばやがて給料が貰える、と信じているから、辛い仕事にも耐えられます。この人が自分を殺すことはない、と信じているから、安心して横に眠ることができます。このドアを開けたら向こうで谷底が口を開けて待っていることはない、と信じているから、ドアを開けて足を踏み出すことができます。私たちの日常は、実のところ無数の信頼の上に成り立っています。
では、キリストの赦しや復活を信じるというのも、そのように単純に信頼している、ということと同じように見なすべきなのでしょうか。私はそうは思いません。素朴に信じる人がもちろん悪いわけではありませんが、それだと、「信じるのを止めた」と言うこともいつでもできることになります。しかし、ただ信じます、というよりも、さらに強いつながりが与えられる場合は、「やっぱり信じない」というようなことは起こらないだろうと思うのです。
信じることを否定できない場合があるのです。あなたが実際に経験したことについては、否定しようがないことでしょう。あなたが実際に、復活のキリストに出会った、という経験があるとき、あなたはその経験を断じて否定はできないはずです。復活のキリストに出会ったという事実をあなたがもっているとします。それは、他の人に話して聞かせても、信じてもらえないかもしれません。けれども、あなた自身は、そのことを本当のことだと信じています。あなたがコンサートでそのアーチストを実際に見たことは、信じるもなにも、とにかく事実以外の何ものでもないわけです。
これを他人に説明できないから、無意味なのだ。そのように思う人がいるかもしれませんが、あなたにとっては間違いのない事実です。事実だった、と信じています。信仰者は、復活のキリストに出会ったとき、その信仰が揺らぐことはありません。その人の中では、それは確かに事実なのです。その人の経験なのです。
万人に説明して証明したとすれば、信じる人が増えるだろう、と考える必要はありません。そのような効果を考えた時点で、実はそれはすでに「信仰」を外れています。少なくともそれは、イエスに出会った人の考えることではありません。確かに復活のイエスと出会ったならば、その事実を噛みしめて、心の根柢に据え置きつつ、喜びが与えられて、他の人々にそのことを語り告げるのです。
◆世々限りなく生きている方
世の終わりの幻を描いたという、ヨハネの黙示録の最初の1章に、筆者ヨハネがこの黙示録を記すきっかけになった事情が説明されています。このとき、神はご自身を示してヨハネに文書を書くように促します。
17:この方を見たとき、私は死人のようにその足元に倒れた。すると、その方は右手を私の上に置いて言われた。「恐れてはならない。私は最初の者であり最後の者、
18:また、生きている者である。ひとたび死んだが、見よ、世々限りなく生きており、死と陰府の鍵を持っている。
19:それゆえ、あなたが見たこと、今あること、また後に起こることを書き記せ。
「ひとたび死んだが、見よ、世々限りなく生きて」いる方がここにいます。キリストは、一度確かに死にました。しかし、復活して、「世々限りなく生きて」います。それは、ただ未来の話だけのことではありません。旧約聖書でも、人はよく「主は生きておられる」と口にしました。それは、主に誓う気持ちからか、主が定めたほどに真実であるということを言いたいからか、真実を語るときの決まり文句でした。
主に背反し、バビロンに捕囚民となって連れ去られる人々について、預言者エレミヤがこう言ったことがあります。その捕囚の民についてのものです。
16:もし彼らが、かつてバアルによって誓うことを私の民に教えたように、私の民の道をしっかりと学び、わが名によって、「主は生きておられる」と誓うようになるならば、彼らは私の民の内に建てられる。
私たちもまた、「主は生きておられる」と誓うように促されています。自分にとっては当たり前の事実であっても、改めて公言するよう、促されているのです。そうすれば、私たちも神の国の内に住まわされるのです。主は、世々限りなく生きておられます。私たちの罪の赦しのために死ぬという「筋」を通しながら、復活の姿を現すことによって、世々限りなく生きている主を明らかにしました。私たちはその復活のキリストと出会うのです。一歩近づけば、神はもっと私たちに近づいてくださいます。復活のキリストが、釘の痕も生々しい掌を見せ、両手を広げて、私たちが飛び込むのを待っていてくださっています。