壁の向こうの平和
2026年3月9日

ダランベールと共に百科全書派の中心にいた、ディドロの言葉だと言われる。「第四の壁」という演劇の用語を知った。演劇はもちろん舞台で行われるが、後方と左右との三つの壁に加えて、客席との間に、第四の壁というものがあるという認識である。
もちろん、実際にはそこには壁などない。だが、通常そこには壁がある如くに認識され、舞台と観客とは別の世界というお約束になっている。しかし、役者が観客に見られているという意識、あるいはその関係がそこに生まれたとなると、「第四の壁が破られた」という言い方をすることになるらしい。ブレヒトの演劇論で使われた言葉であるらしい。それは日本でも、映画の出演者が、映画の観客に向かって呼びかける、というような技法が、戦後すぐ行われたという。
これは、実に示唆するところの強い概念である。私もだが、説教者が常々告げ知らせる「福音」のエッセンスを、生き生きと教える考え方ではないだろうか。つまり、福音書の物語を、普通ならば、読者はただの物語として読む。そこでイエスがどんな業を見せようとも、どんな教えを語ろうとも、「お話」の中の出来事である。本という現場が、壁をつくっているわけである。しかし、その壁が破られるとする。イエスの業は、いま目の前で起きたこととなり、イエスの言葉は、正に自分に向けて語られ、自分のことを言い当てた言葉となるのである。
別の言い方をすれば、読み手としての私は、聖書に描かれた福音書という舞台の中に引き込まれ、その場面でイエスと出会う経験をする。そこでイエスの業を知り、イエスの言葉を受ける。このときに、私はイエスの物語の当事者となり、それは虚構ではなく現実となる。福音書に描かれた事柄が、確かな出来事となるのである。それが「福音」、つまり良い知らせとなる。なぜなら、聖書に記録された一つひとつのことが、私を変えるからである。
私もまた、このようなことはしばしば口にしてきた。だが今日の説教者は、それを聖書の側から働きかけるものとして指摘した。舞台の方が、観客に関わってゆく。聖書の物語に登場するイエスが、あるいはその周囲にいる人々が、私に直接触れてくるという、ダイナミックな運動がここに発生するのである。
マルコ伝の連続講解説教が続いている。マルコ8章が進むと、マルコ伝全体の中央部に迫り、ユダヤ文学でよくあるように中央が山場であるという考えにも沿うようにして、福音書のクライマックスへといま至ろうとしている、と理解することもできる。そのクライマックスについては、またそこに辿り着いたときにいろいろ申し上げようと思う。
説教者は、最近のその流れを確認した。そして、「まだ、分からないのか。悟らないのか」(8:17)、「まだ悟らないのか」(8:21)と、苛立ちさえちらつかせるようなイエスの言葉の中には、むしろ「悲しみ」が滲んでいると訴えた。
ペトロもそうだが、私たちもまた、イエスの心が見えていない。正にイエスのその手が、舞台からここに伸びてきているではないか。今日のこの場面で、私たちはそれをリアルに感じなければならない。私たちは、観客のままでいるわけにはゆかないのである。それは、別名で「傍観者」と称してもよいであろう。福音書の事件について、そして何よりもイエス・キリストについて、傍観者でいるというのが、聖書を読むに際して命を受け損ねる立ち位置である。
そのような立ち位置でイエスと出会うことがなくても、少々勉強すれば、キリスト教の説教は、実は可能である。そして現に、そのような職業「牧師」がいる。そうした中には、聖書について研究をする職にあり、膨大な知識を有する神学者もいる。だが、このような「牧師」が講壇から幾ら雄弁に語ろうとも、そこから命は注がれない。
否、それは失礼である。神に対して、失礼である。神はどういうところからも、命を注ぐことができる。だから、語る当人が全く福音を知らなくても、その礼拝から直接神を感じ、救われるという魂を生むことは、神にはできるはずである。そのとき、語る当人は、ただ蚊帳の外にいるわけで、神の手の内にはない、ということだけであり、命のない言葉を介して、神が人を救うことについて、私は決して否定することはない。ただ、私はせっかく毎週礼拝に出るからには、命豊かな説教と礼拝の場にいたい、と思うだけである。
さて、今日の場面は、5節から成るペリコーペである。一行はベトサイダに就く。人々が、盲人を一人イエスのところに連れて来る。どうか触れて戴きたいと頼むと、イエスは盲人の手を取り、村の外に連れ出す。それから両目に唾をつけ、イエスの両手をその人の上に置く。「何か見えるか」と尋ねたのは、すでにその盲人だった人の目が開いたからである。盲人は見えた。だが、まだ視界がぼやけている。盲人は、人が見えるが、それは木のようだと説明する。でも、歩いていることは分かるらしい。イエスは、再び両手を盲人の目に当てる。すると視界は次第にはっきりしてきて、遠くまではっきり見えるようになった。そこでイエスは、村に入るなと釘を刺して、その人を家に帰した。
説教者は、この短い場面の中で、二つの注目点を設置した。
まずは、イエスが盲人を、村の外に連れ出して、「一対一」になったということである。これは案外珍しい。イエスは、村人が群衆的に周りにいることを好まなかった。いろいろ解釈の仕方はあるだろうが、このことは、この場面の最後に「村に入ってはいけない」と言ったイエスの不可解な言葉のヒントにもなり得るだろう。「村に入ってはいけない」のに、その人を村に帰したように見えるから、私たちは困惑するのだが、盲人が見えるようになったことを殊更に村人に宣伝するようなふうであってはまずい、というような背景のための言い方ではないか、とも思えるのだ。そうでなくても、イエスはその奇蹟がすぐに評判となって、宣教しにくい情況に追われている。
確かに、教会の中で多くの証人を前にして、救いを言い表すこともあるだろう。祝福だと思う。だが、人々にやんやと言われたくないままに、救いを告白し、信仰生活を始めたい、という人がいてもいいと思う。日本のプロテスタント教会では、多くの場合、新参者がいると、名前と住所を書かせ、礼拝の最後にようこそと拍手をし、ときには立って一言どうぞ、とまで言う。礼拝後は、それがもてなしであるかのように、教会員が集まって来て、根掘り葉掘り尋ねようとすることも普通かもしれない。珍しい客だから、この機会を逃すものか、という態度にも見える。
その点、カトリックはそういうことがない。誰が参加し、誰とも話さずに帰ろうとも自由である。ただ、聖体拝領ができないだけである。この点、多くの教会を訪ねたリポーターが証言している。
注目点の二つ目は、この癒やしが二段階でなされていることである。盲人の両目にイエスの唾をつけ、イエスの両手をその人の上に置き、「何が見えるか」と問うた。この段階では、まだくっきりと見えてはいなかった。このとき、人が木のように見えるが歩いていることで人だと分かる、というように盲人は答えた。このとき、よく疑問に付されるのが、この「人」というのが誰か、ということである。一対一で村の外に来たわけだから、目の前にいるイエスしかいないはずだ、という理解がある。するとこのときイエスは辺りを歩き回っていたのだ、と苦しい説明がなされることになる。それに対して、村の外とはいっても、遠くに歩く人がいてもよいではないか、と考えることもできる。これは自然な理解だと言えるだろう。
だがこのとき、これをいわば霊的に捉えることも可能であろう。いままで見えなかった人が、見えるようになる。ただ、最初はぼやけている。見えると言い張るところに罪がある、としたヨハネ9章の物語を思い起こすが、あのときも盲人の開眼の奇蹟があった。説教者は、教会のあり方について、ひとつ省みることが必要だ、と見たようである。果たして教会にいるから、私たちは見えているのだろうか。私たちもまた、ぼやけた風景しか知らないのではないだろうか。それを、我々は知っているぞ、と自信満々に主張することに精を出す場合がないだろうか。
政治的な主張もそうだし、これこれは主にあって正しいことだ、と、教会の考えの正当性を激しく言い立てることもあるかもしれない。しかし、歴史を振り返れば、教会の言うことは正しい、なぜなら神にそれが保証されているからだ、というような態度が、どれほど歪んだ結果を生み、また教会と世界を蝕んできたことか、私たちは容易に反省する必要があることに気がつく。
それから、これは説教者が強調したことだが、かけがえのない人というものを、私たちは木のようにしか見ていないのではないか、ということも熟考しなければならなかった。そこから、この数年、そしてつい先日からも、不条理とも言いたくなる「戦争」についてのひとつの眼差しを提供していた。つまり、人を木のようにしか見ないという姿勢そのものが、戦争ではないか、というのである。
これをもう少し私の側でアレンジすると、カントの道徳論がひとつのまとめになっていようかと思う。人間は目的そのものであって、手段(道具)としてのみ扱ってはならない、ということである。考えてもみるとよい。人を道具として扱うということが、どんなに酷いことか。しかしまた、世の中で普通になされていることか。会社は労働者を道具として扱うことがないか。夫が妻を道具として扱うことがないか。親が子を自分の道具として利用していないか。電車の中で他人を野菜であるかのように、人格を無視した形で大声で話して当然だとしていないか。もちろん、戦争をする側は、敵国の人間は道具以下であろうし、自国の兵士すら、「国を守る」ための道具にしか考えないのではないか。特に自分では戦地に行かないお偉い老人が。
もう一段階、イエスは再び両手を盲人の目に当てることによって、遠くまではっきり見えるようになったという。私たちもまた、信仰を一度与えられたら何でも分かる、というように豪語することはできない。また新たな段階での開眼というものがあって然るべきであろう。たとえば「きよめ派」と称する福音の立場でいうと、信仰を与えられたのは出エジプトの出来事に匹敵するが、またその次に、ヨルダン川を渡る信仰の経験がくる、と説明する。また、水でのバプテスマを受けたのは恵みだが、その後に聖霊のバプテスマを受ける恵みがまたあるのだ、と説くのである。説教者はそのような断定を避けながらも、何か次の段階をこの説教で伝えようと考えていたように思われる。
ともかくまずは、第四の壁が破られることを、説教者は演出したかったのであろう。しかし、もうその壁の喩えを繰り返すことはなかった。ほうらごらん、というように繰り返し述べるのは、無粋というものである。一旦最初に指摘した後は、神に委ねて、一人ひとりが気づくことを願いつつ、語ればよいのである。
でもこれだけで終わったら、寒気が残るだけの説教となったかもしれない。次の段階というものを、説教の最後に提示する。それは、エレミヤ書29:11の引用からであった。バビロン捕囚から戻った後の約束の言葉をエレミヤが告げるのである。それは回復の預言であった。
あなたがたのために立てた計画は、私がよく知っている――主の仰せ。それはあなたがたに将来と希望を与える平和の計画であって、災いの計画ではない。
加藤常昭先生も、このマルコ伝の箇所からの説教に於いて、このエレミヤ書を――但し強調は12-14節であったが――同時に示した。ここには希望がある。いまの悲惨さを認めるにしても、時が満ちたらすぐに、「将来と希望を与える平和の計画」を実現させよう、というのである。イエスが両目に唾をつけ、両手を置いて癒やしたが、それは一度では終わらなかった。イエスは私たちにも、一度ですべてを終わらせようとはしないだろう。何度でも何度でも、私たちに手を伸ばしてくださる。福音書という舞台の上から、壁を破って、私たちのところに癒やしの手を、救いの手を伸ばしてくださる。もし私たちに、その実感がなかったとしてら、もう一度触れてください、と願おうではないか。
どうか、その「平和の計画」が、ただ私の心の平安であるだけでなく、戦火にある人々の上に青空が広がる平和でありますように。そして歪んだ政治家の過ちから、この国が戦場となることがありませんように。私たちが、その平和を実現する人となり得ますように。それはまず、私たちの身の回りの人々との間につくる平和でありますように。
隔ての壁を壊した先にあるべきは、平安であり、平和である。私たちが「見えている」と言い張るのは「罪」だが、壁を破れば、「恵み」が「見えてくる」のである。