【メッセージ】そうすれば生きるでしょう

2026年2月15日

(マルコ5:21-43, イザヤ38:18-19)

■聖句
 
◆子どもの病気
 
親として人生の半分を過ごしてきました。幸い、子どもたちも大きく育ちました。しかし三人それぞれに、健康上の問題を抱えていました。プライバシーにも関わりますので、詳しくは申し上げにくいのですが、それぞれに医者にかかる時代が長くあったことは事実です。
 
子どもの病気というものは、親にとって辛いものです。苦しそうにしている我が子を前にすると、必ずこんな気持ちになります。「できることなら代わってやりたい」と。この思いは、きっと普遍的なものではないかと思います。
 
我が子の一人は、ひどい喘息を患っていました。しかもそれは、親が悪かったのです。親が無知であったために、アレルギーやら喘息やらを発症させてしまいました。京都の街中にある、アパートめいた「マンション」は、知識がないために、カビの温床にしてしまっていたのです。
 
喘息発作が酷いと、横になって寝ることができません。壁にもたれかかって座る姿勢で眠るしかありませんでした。それを横目に、何もできない親は、横になって倒れていました。大学病院では、親身に治療を試みてくださいましたが、かなり重症扱いの診療となりました。そのため、費用の点では助かる面がありました。
 
遅かりしことでしたが、喘息について、猛勉強をしました。発作の対策から、そのメカニズムも学びました。知識だけでは対処できないにしても、地域はより悪化することから守ることができます。もちろん、症状を和らげるにはどうすればよいか、それを考えて実行するのが第一です。
 
私の実家のある福岡に、いつしか引っ越す。そういう覚悟が、妻にはありました。が、もう少し先のことだと考えていたかもしれません。福岡の郊外であれば、京都市の中央よりは、空気も澄んでいると期待できました。賭けるしかありませんでした。京都の教会には迷惑をかけることになりましたし、福岡での教会には全く宛がなかったのですが、それよりも、喘息の癒やしのために、できることはしなければならないと考えました。
 
福岡で幼稚園に通い始め、風通しのよい比較的高層部での生活が始まると、喘息の発作は起こらなくなりました。そしてついに、喘息は完治したと言えるほどになりました。まこに、祈り続ける生活でした。親として、自分の力でないことを、痛いほどに感じました。
 
◆会堂長
 
しかし、私の場合、子どもが瀕死状態になるというような経験はありません。ですから、それほどまでのことがあった方の気持ちを理解できるなどとは申しませんし、少し想像しただけでも、いたたまれない気持ちになります。
 
昔、九州のある牧師が、教会に来ていた人に、自分の子どもを殺害されるというショッキングな事件が報じられたことがありました。いまウェブサイトから情報がないかと検索していますが、引っかかってきません。そのため、記憶の中だけを頼りに当時の印象をお話しします。その牧師は、やがて「赦し」ということを口にするのでしたが、なんとも言えない気持ちがしました。もしかすると、立場上、本心が言えなかったのではないか、とも思いました。もちろん、それは本当には分かりません。たんなる邪推ですから、私の感想など、気になさらないようにしてください。
 
今日お開きした聖書は、マルコ伝5章の途中です。登場するのは、会堂長のヤイロです。先週、バルティマイという人の名前が福音書に出ている点に注目した際に、ヤイロの名前も一瞬ですが登場させました。
 
子どもが瀕死の状態だったようです。小さな命が尽きてゆくのを見守るべきだったのかもしれませんが、勇気を振り絞って、イエスのところに馳せ参じました。イエスが近くに来ているという情報が伝わったのかもしれません。
 
いったい、ヤイロはどんな思いだったのでしょう。職務は、会堂長。ユダヤ教の会堂管理者です。礼拝の運営全般を支える大切な役割を果たしていたと思われます。従って、社会的地位も高かったと思われますが、説教をしたのかしなかったのか、それは私には分かりません。ただ、アンティオキアに着いたパウロに、会堂で安息日に説教をしてくれと頼んだ記事が使徒言行録13:15に見られます。結果は好評でしたが、翌週再び説教をすると、妬んだユダヤ人たちのために、パウロたちは以後、異邦人伝道に向かうというきっかけになりました。
 
さて、そのヤイロの深刻な場面ですが、ユダヤ教の信仰に反するようなことはできなかったことでしょう。イエスを前にして、取り乱した様子は見られません。が、内心はもうたまらない気持ちになっていたのではないかと思うのです。立場上、激しい感情を表に出すわけにはゆきません。でも、それもまた辛いものではなかったでしょうか。
 
◆ヤイロの頼み
 
ヤイロは、娘の重病のために、とことん打ちのめされていたと思われます。ガリラヤで活動していたイエスのところに、どのようにして来たか、またどこから来たのか、そうした背景は書かれていません。イエスについてどう考えていたのか、それも、イエスに向けて言った言葉でしか推測できません。
 
現代でも、奇蹟の霊能者などという噂が聞こえてくると、そこへ出向いて頼むという人がいるかもしません。医学では治らないとなると、最後の頼みというわけでしょうか。
 
ヤイロは、会堂長。社会的地位があります。それが、イエスの足元にひれ伏して頼みます。しきりに願います。マルコ伝には、そのように記されています。どうか、来てください。手を置いてやってください。「そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」と最後に言いました。確かにこれは信仰です。イエスのほかにはもう頼るべきものがない、という切羽詰まった情況だったのでしょう。
 
これに対するイエスの反応は、そこには書かれていません。ただ、同意して出かけたというのは事実です。群衆も、その行方を見守りたいのか、付いて行った、と記されています。
 
と、そこへいわゆる長血の女が登場します。12年間出血が止まらない女にとっても、イエスとの出会いはチャンスそのものでした。ここぞという信仰がありました。説教では、この長血の女に焦点を当てることが多いような気がします。が、今日はそうはしません。
 
この女の一件で、イエスは足止めを食わされます。横にいるヤイロは、気が気でなかったのではないでしょうか。場面の描写からすれば、たいそう長い時間が経過したようには見えないのですが、せっかくイエスが来てくださるということになったのに、焦る気持ちは親ならば当然です。
 
そこへ、ヤイロの家から使者が来ます。そして、娘は亡くなった、とヤイロは知らされます。なんとも残酷な仕打ちです。
 
ということは、ヤイロがイエスに話して頼んで居たときには、すでにもう娘は息を引き取っていたと考えるのが自然です。そこからヤイロの家までどのくらいの距離があったのかは分かりませんが、たとえ近くであっても、使者が報告に来たタイミングを思うと、ヤイロがイエスに対して信仰を以てすがっていたきには、もう娘の命は消えていたということになるのでしょう。
 
◆不幸を知って
 
航空機が連絡を絶った。ニュース速報が流れることがあります。その飛行機には、家族が乗っている。たいへんです。どうか無事でありますように。信仰の有無に拘らず、ひとは祈ることでしょう。
 
残酷な設定にしますが、実はその飛行機は墜落していたものとします。そのニュースが流れた時点で、すでに大事故が起きていたことになります。もう乗客の命はありませんでした。後から、そのことが分かります。そこで思い返します。いったいあのときの祈りは何だったのか。すでに墜落していたそのときに、無事でいますように、と祈っていたというのは、どういうことになるのでしょうか。
 
ヤイロの家から来た使者は、「もう、先生を煩わすには及ばないでしょう」と告げました。ちょっと聞くと、冷たい言葉に聞こえます。それとも、頼まれたイエスに対する気遣いか労りのような、リスペクトに基づく言葉であったのでしょうか。私には、その意図は十分には分かりません。家から来たこの「人々」がどういう立場の人であるのか、それもよく分かりません。召使いのような立場だったかもしれません。しかしまた、ヤイロの家族であったのでしょうか。
 
そのときのヤイロの心は、表情は、どのようであったのか、聖書記者はそれを描きません。ただ、その報告を耳にして、イエスがどう反応したのか、は書いています。イエスは、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言いました。ということは、このときヤイロは、やはり言葉もなく、呆然としていたのではないか、と推測したくなります。泣き崩れていなかったとも限りませんが、男たるもの、人前で涙を見せることはなかったのではないか、とも思います。泣き女という文化があったことは聞いていますが、男はどうなのか、よく分かりません。
 
イエスは、ペトロとヤコブとヨハネだけを伴って、歩き始めます。何か重大な場面で、しばしばこの三人が選ばれ、伴って行くことがありますが、このヤイロの娘の件も、重要な事件だというふうに捉えてよいのでしょう。また、興味本位の群衆は必要ありません。
 
ヤイロを慰めながらなのか、イエスはなおも進みます。ヤイロは、イエスから与えられた「信じなさい」という言葉を、どのように受け止めていたのでしょうか。まだ娘の最期をその目で見たわけではありませんでしたが、家から来た人々の言うことを疑うということもなかったと思われます。
 
それが事実だとして、イエスがいまから行っても、もはや癒やされるというものではないではないか。命が潰えた後で、イエスは何をしようとしているのだろう。目は涙に溢れ、目先の道がよく見えなかったかもしれません。脚ががくがくとして、歩いている気持ちがしなかったような気もします。動悸が激しく、娘の顔が思い出されては、また目が熱くなってくる、そんな苦しい絶望の中で、歩いていたのではないかと思うのです。
 
◆嘲笑
 
少女は死んだ。「人々が大声で泣きわめいて騒いでいる」。葬儀を盛り立てる泣き女もいたのかどうか、分かりません。それは葬儀のときに雇われるものと聞いています。純粋な悲しみの声かもしれませんが、そこへイエスが介入すると、とてもいままで悲しんでいた者たちではないような反応をします。
 
イエスは「なぜ、泣き騒ぐのか。子どもは死んだのではない。眠っているのだ」と言いましたが、これを聞いて「人々はイエスを嘲笑った」のでした。「嘲笑」。凡そ、いま目の前で人が死に、周囲に悲しみの涙や嘆きが渦巻いている中で、たとえ何が起ころうとも、嘲笑というものが、どうして巻き起こるのでしょうか。だから、もしかするとこれら泣き叫ぶ人々は、ただの演技ではなかったか、と疑ってしまうことにも理由がある、とは思うのです。
 
そうでないにしても、そこに、人々の本音が露わになった、と見るのには如何でしょう。表向き、いわば建前で、私たちは社会生活をしています。しかし、いざ何か軽蔑するようなものを感じることによって、心の内に隠していた醜いものが、つい出てきてしまうのです。正に「外から人に入って、人を汚すことのできるものは何もなく、人から出て来るものが人を汚すのである」(マルコ7:15)という通りです。
 
しかしまた、このようなイエスの言葉を、没入するかのようにして信じてゆく人もいます。疑ってはいけない、との宗教的理性が働いて、自分の心の警戒心を麻痺させて、偽物であっても、それを奇蹟として受け止めてしまう怖さというものを覚えるのです。
 
祈る手を当てたら死人が生き返った。それが教祖の奇蹟だとする伝説が掲げられていた教団があります。そのグループは、聖書学的には無理がある解釈を強調し、かなり変わった「救い」を主張していました。いまもなおそこでは、口語訳聖書しか用いません。なぜなら、口語訳だけにある訳語を以て、「救い」の教義としていたからです。もはや新共同訳聖書以降は、そういう誤解のないように訳語を修正していますし、実際原語の意味もそうなのですが、原語を読まずして日本語の表面上の言葉から、極端に歪めて「救い」の教義をつくってしまったので、いまさら訂正することもできないでいるのです。
 
キリスト教の黙示的な表現だけを利用した教団は、空中浮遊したという静止画によって、修行すれば超能力が身につく、とでもいうようにして、宗教免疫のない頭脳明晰な若者たちを操った宗教団体もありました。特別な自分たちは何をしても正義であるとして、人殺しや虚偽を正当化しようとしたのでした。
 
政治的目的のために、愚かな人間たちから金を巻き上げるのは神の前に正しいことだとして集めさせ、それを利用して日本の政治を乗っ取ろうと計画した宗教団体もありました。それに同調した日本の巨大な政治グループは、逆にその団体を利用して権力を保持してきましたが、その点で責任を意識することは、どうやら全くなさそうです。
 
奇妙な言い方ですが、こうした宗教の歪みについて、私たちの社会は、嘲笑うようなことすらしません。自由とか人権とか多様性とかいう言葉を隠れ蓑にして、自分を優位にし、他者を支配しようとする自己義認を、のさばらせてしまうのです。イエスをすら、当時は嘲笑うことができました。但し、それを受けて、イエスは神の業をほんとうに行った、というのが聖書の伝えることです。
 
◆生きている者だけが
 
死人が生き返る。永遠の命。確かに、新約聖書ではそれがメインのように掲げられています。しかし、旧約聖書の中には、基本的にそうしたの教義はありません。エリヤやエリシャの奇蹟の中で見られるくらいです。しかし教義的に復活が現れることがあるとすれば、旧約聖書続篇の時代を待たなければなりません。
 
マカバイ記に描かれたユダヤの英雄ユダが、シリア軍のゴルギアスとの対戦で、命を落とした兵士を弔うシーンがあります。しかしその兵士が、偶像の守り札を身に着けていたことから、その罪が拭い去られることを願い、仲間たちに、もう罪を犯すなと呼びかけます。
 
そして、各人から募金を集め、総額銀二千ドラクメ、一千万円は降らないであろう額を清めのいけにえとしてエルサレムに運ばせた。こうすることで、彼は復活のために心を配り、実に見事にまた優美に振る舞ったのである。もし彼が、戦死者が復活することに期待を寄せていなければ、死者のために祈ることは的外れで、愚かしい行為に違いない。(マカバイ二12:43-44)
 
このように、復活についての理解は、時代をずっと後にしなければ出てこないのですが、それ以前には、むしろ「私は命のあるかぎり、主に向かって歌い/長らえるかぎり、わが神をほめ歌う」(詩編104:33)のように、生きている限り主を褒め称える、という思いの方が、すんなり受け容れられています。預言書の中でもイザヤ書38章に、これが強調されているところがあります。
 
18:陰府はあなたに感謝せず/死はあなたを賛美せず/穴に下る者たちは/あなたの真実を待ち望むことができない。
19:生きている者、生きている者だけが/今日の私のように、あなたに感謝し/父は子にあなたの真実を知らせる。
 
だとすれば、イエスの復活というものは、旧約聖書にはそぐわないもの、へたをすると、旧約聖書が伝えていることに反するものであるのでしょうか。イエス自身もまた、自分はメシアとして、旧約の約束が実現することを以てその使命を果たそうとしていたのではないでしょうか。それを受けて新約の徒も、旧約聖書を踏まえてあれがメシアなのだ、というような信じ方をしました。そうでなければ、新約聖書という形でイエスを証しすることはできなかったはずです。
 
説明をすることもできましょう。でも、説明をして済むようなことでもないように思います。というのは、これをいろいろ説明して説得する、ということがそもそも適切でないのです。これは「信仰」に属することなのです。だからこそ「信じる」ということが成立します。
 
自らの罪に死に、復活の命に生かされている者は、確かに神の愛と救いに感謝し、神の真実を身に受けて喜んで生きることができます。永遠の命に生きていることになります。その意味で、生きている限り、主を褒め歌うのです。
 
◆確かに生きている
 
娘の生きることを一心にイエスを訪ねた、会堂長ヤイロ。いまでいうと、牧師というよりも、会堂管理者に過ぎませんが、実のところ教会を支え、守っていた人だと言えるでしょう。
 
或る教会は、長い間無牧、つまり牧師がいない状態でした。そのとき、教会を守っていた夫妻がいました。主日には少ない信徒と共に祈りを重ねてきました。その会堂の保持のために尽力していたのはその夫妻です。何十年か経って、機会があり牧師を迎えることができました。教会として安定した日々を送ることができるようになりました。
 
しかし、その牧師が、何か神に示されて、関西に移ることになりました。教会は新たな牧師を求めます。すでに牧師不足の世の中で、なかなか引き受ける人が現れません。各方面に打診する中で、ひとり、可能性のある人が見つかりました。一度の説教の録音テープを聞いたくらいでしたが、その牧師を迎えることにしました。ところが、やがて何かおかしいということに、信徒たちは気がつきます。
 
私もそこにいました。最初は見抜けませんでした。が、違和感はもっていました。そのうち、この人は聖書を本当の意味では知らない、という気配を覚えました。そういう目で見て、説教を聞いていると、それはだんだん間違いないと確信するようになりました。この人は「救い」というものを知らない、と。
 
そのことは、他の信徒も薄々感じていたかもしれません。私がそこを去ってからは、益々おかしくなってゆきました。教会を支えていた夫妻の一人がホスピスに入るようになりましたが、ついにその牧師の司式で葬儀をすることは求めませんでした。また、全財産を教会のために献げてきたような近くに住んでいた方も、もうとても聞いていられない、と嘆き、目が不自由であるにも関わらず、電車通いをして他の教会に行くようになりました。
 
どうやらその「牧師」は、殆ど異端めいた、独特の政治的主張を、聖書を利用して話したかったようなのです。またそれは、自身の精神的な問題を含むもので、教会を心の病をもつ人の居場所にしようとする目論見を、しきりに主張していました。
 
いまなお、聖書の救いというものは少しも話すことなく――つまり話すことができないのですが――、すっかり人の少なくなった教会で、「牧師」を続けています。とても信徒の献金では生活してゆけないようで、他の仕事を探していましたが、近所でも変な人だという目で見られているのが実情です。
 
いったい「救い」とは何でしょう。一概に規定はできませんが、たとえば聖書の様々な場面に触れて、そこから命を受けることができるならば、それは「救い」を受けていることになりはしないでしょうか。「生きている」中で、神を称えるわけですが、イエスが与える「永遠の命」が、単に無時間的な命だというばかりでなく、いまここで「生きている」ことも、確かにその「永遠の命」の一部になることが腑に落ちるのではないかと思います。
 
イエスが生き返らせた人の一人に、ラザロという人がいました。しかし生き返らせたところで、いずれまた死ぬことになることを、虚しいように感じる人もいます。私はそうは思い済ません。イエスの十字架を見届けて、復活を信じたとき、あのラザロも、そして私も、永遠の命を受けるからです。そう信じたとき、イザヤが言った「生きている者」と鳴るのであり、そうあり続けることができるのです。たとえ肉体の死を迎えたとても、「生きている者」として、神を称え続けることができるのです。
 
ヤイロは願いました。「どうか、お出でになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」私たちは、果たして、生きていると言えるでしょうか。イエスの手が、いま伸ばされています。あなたにも伸ばされています。十字架の上から伸ばされた手ならば、そこに釘打たれた掌があるのが見えるでしょう。傷あるままに、イエスの手があなたに伸ばされています。
 
あるいはまた、あなたの方から十字架にイエスに近づいて、血に染まったその手に、あなたの手を重ねるとよいでしょう。いえ、十字架にイエスに、あなたの全身を重ねるとよいのです。そうすれば、あなたは生きるのです。「生きている者」となるのです。



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