加藤一二三さん
2026年1月24日

加藤一二三さんが「亡くなった」。SNSの声がしばらく届かないことには気づいていたが、まさかこうなってしまうとは、思ってもみなかった。
私が子どものとき、父が将棋を教えてくれた。ルールを覚えると、興味をもち、いろいろ調べてみた。棋力はなかったが、知識は増えた。大山康晴名人の本をよく読んだ。「桂馬の高飛び歩の餌食」という当たり前の格言もあれば、「金の底歩は岩より堅し」とか「両取り逃げるべからず」とかいう格言は、なるほどと思った。居飛車に矢倉囲いというスタイルから、四間飛車に美濃囲いという形に、名人が移っていったものだから、私もそれが気に入った。
詰め将棋は楽しいパズルだった。本を買って挑んでいた。時間はかかったが、十数手詰めくらいなら、なんとか解けるようになっていった。後に、『将棋世界』をしばらく買っていたこともある。林葉直子さんが登場したことも大きかった。彼女の本を読んで、早朝に起きて水浴びをする、といった苦行(?)を真似たこともある。彼女が福岡市出身だったことも、私にはなんだか誇らしいものだった。
中原・谷川・羽生と時代は移っていったが、その背後にいつも加藤一二三という名前があったことは知っていた。もちろんその若いころのことは私は知る由もない。しかし、どんな記事でも棋譜でも、加藤一二三さんについては、一目置くような形で敬意が示されていたので、大した人なのだ、という思いをも抱くこととなった。
私が聖書を信じるようになって後、加藤一二三さんがカトリック信仰をもっているということを知った。そして、福岡県出身だということも分かり、ますます親しみをもつことができた。ローマ教皇に会うほどの人であることはニュースにも取り上げられたが、対局中にも心の中で聖歌を歌っていたとか祈っていたとかいう話も、どこからか伝わってきた。晩年、その信仰を中心とした著書も出版している。
その信仰から、負け続けてもめげない心をもっていたと言われる。年齢を重ねてなおプロ棋士を続けていたのも記録だが、負け数の記録もまた勲章なのであろう。プロ野球で、秋山幸二さんが三振数の多いことも強打者の証しだと言われるが、加藤さんも立派なものに違いない。
堂々と、その信仰について語っている姿が知られていた。というより、信仰を口にすることは、加藤さんにとって自然なことだったのだろう。カトリック信仰をもつ人の中でも、最も広く知られた人ではなかっただろうか。棋士として引退した後、ますます人気が高まった。将棋の内外で「ひふみん」と呼ばれ、タレントとしても魅力的だったからだ。
引退の直前に、藤井聡太さんをいち早く評価したのも加藤一二三さんだった。欠点がない、と絶賛し、藤井さんも加藤さんとの対戦に教えられるなど、濃厚な接触があった。そして陰からも藤井さんをずっと支え続けていたように見えた。
1月22日に、その訃報が流れた。藤井聡太竜王・名人からの言葉も報道された。日テレでは一部を省略していたので、大切なところが分からなかったのだろう。TBSは全文紹介した。「安らかに天に召されられたことと思います」「心より平安をお祈りしております」という言葉を略さなかった。
「天に召される」とか「平安」とかいう言葉は、信仰の言葉と見られる。他の人々からの言葉も報じられた。その多くが「ご冥福」のような言葉を使っていない。つまり誰もが、加藤一二三さんのカトリック信仰をリスペクトして言葉を選んだのだ。中には「帰天」という言葉を使う人もいた。このように見られることが、加藤さんの証しの真実を伝えるように思えてならない。
SNSでは、何か災害がある度に、安否を問うたり、お見舞いの言葉をかけたり、人々を気遣う声をいち早く伝えていた。最後のSNSも、地震が多発していることに関して、人々の安全を祈るような言葉であった。
どうして1月22日だったのか、と悔しい思いも私はしていたのだが、1月23日の新聞にこそ、大きく報じられたのだということに気づいたら、神の計らいが胸に拡がってきた。