女性総理の人気

2026年1月12日

中高一貫校の入試のための指導をする。面接試験がある。そのための授業枠がある。
 
ただひとの話を聞くだけとは違うので、話しながらでも何かと問いかける。「何のために面接というものをすると思う?」という辺りに始まり、とにかく応答して発言するのだ、という場をつくる。間際の時期になっても、自分から発言しようとしない子もいる。その子の個性は否定しないが、殻を破ることも大切なことだ。
 
小学六年生。それなりに真面目な生徒がクラスに集まっている。5人グループをつくり、椅子を並べて入場から練習をする。数か月前には戸惑い縮こまっていた子たちが、さすがに受験期になると、みんなと共に気持ちが前に出てくるようになる。
 
さて、練習で試験官を演じる方も、頭を使う。どんな質問をしようか。ありきたりの定番だけでは、変化球に対応できない。その都度何か考えさせる質問を、こちらもぶつけなければならない。と、案外そうした中で、「最近気になったニュースは?」と問うていなかったことに気づいて、あるとき尋ねてみた。
 
ニュースに関心をもっていなかった、という子もいたようだが、その中で複数の口から出て来たニュースがある。それは、高市早苗総理の就任だった。なるほど、女子の目から見れば、この画期的な出来事は、憧れのように思えても当然であろう。政治のトップが女性になることについては、世界的に見ればむしろ遅れている方だろうが、アメリカはいまだにそれが実現していない。
 
もしかすると、世間の大人たちのあの異常な支持率の数字も、同様な次元であるのだろうか。庶民は、経済の力さえ示してくれれば、それが一番であるのかもしれない。
 
私も、地方議会議員などでも、なるべく女性の視点というものを大切にしてきた。当選するだろうから投票する、のではなく、この人の声を政治の場に届けてほしい、という気持ちをそのまま票にするのだ。もちろん、女性だから、という理由ではないが、男性が牛耳っていて見えないもの、気づかないものがある、という考えをそこに交えていた、ということだ。
 
女性が議員活動をしてゆくことは、実際大変であることだろう。まだそういう生活構造がある。だが、生活の中からこそ見える景色、気がつくこともあるに違いない。子どもたちが、これから知識を得、またこの社会とそれを築く人間とその思考を掘り下げることで、次の世の中をつくるのだ。それにささやかながら寄与することが、いまできるだろうか。
 
「みんな」という幻想が、それに合わせればよいという生き方を正当化することに作用すると、どんなことになったか。私たちが歴史をどう学ぶか、実はこよなく大切なのである。中学生に歴史を教える機会がこの冬にあったが、武力を有する国が、エネルギー資源を得るために他国を自分の支配下に置こうとすることを人間が繰り返してきた、それを学んでほしい、と訴えた。
 
その同じ轍を、世界の警察を自称する国までもが、また踏んでいる。さらに、自分だけは特別だ、自分は神だ、と動き始めている。それは、ウェブサイトの中で犇めく一人ひとりの姿と並行しているように見える。高市総理は、まさかその流れに棹さすようなことをするのではないだろうか。私たちは、それを見張っているだろうか。
 
その点、誰もがもう忘れているが、石破前総理が最後に平和への考えを自分の言葉で語っていたことを、私たちは顧みてもよいのではないだろうか。



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