善き力に囲まれて
2026年1月3日

礼拝説教の動画の通知が届いたので、早速12月28日の礼拝説教を受けた。表現上は、それはもう去年の礼拝である。だが、そんな区切りは関係あるまい。あるのは、そこにある福音であり、命を生かす神の言葉の出来事である。
クリスマスは25日で終わるわけではない。当たり前のことを言わねばならぬほど、世のムードは品がない。クリスマスの飾り付けで満載だった店舗も、25日には一斉に正月仕様となる。しかし、教会には嬉しいことに、クリスマスのメッセージはまだ続く。教会暦による公現日もさることながら、クリスマスの光が、どの一日にもある、ということを説教者は強調した。この方がどのような方か、それはいまここで繰り返す必要はないだろう。
それだから、来るべき2026年がどのような年であろうとも、何が起こるか分からないのであるにしても、恐れる必要はないのだ。そこには光があるのだ。説教者の言葉はその一つひとつが力強く、希望に満ちている。迷いがないのがいい。私はどうしても、人間の暗いところをほじるような向きで言葉をつなぐが、説教者は人間を超越して、神の光を受けてそれを見せようとする。否、すでにその言葉が光を反射し、着実にここへまで届けている。
さて、開かれたのはルカ伝2章、その終わりのに並ぶ「シメオンの賛歌」である。ルカ伝には、このような賛歌が四つある。クリスマスには賛美が充ち溢れているのは、もしかするとこのルカ伝が盛んに賛歌を掲載しているためではないか、とすら言う。まずはマリアの賛歌。それからザカリアの預言という説明のある賛歌。さらに天使の軍勢による高らかな賛歌。そして、このシメオンの賛歌である。
このシメオンは、赤児の主イエスを確かに抱いている。その風景と実感とを、説教者は幾度か伝えようとし、確実に伝わったと思う。中には赤ちゃんを抱いた経験がない人がいるかもしれないが、私はどれほど抱いたか知れない。――この正月にもそういうことがあり、このシメオンの情景が自分の経験のようにすら感じられた。
シメオンは、老人だとも言われる。「主が遣わすメシアを見るまでは死ぬことはない、とのお告げ」があったということに基づくが、老人だという保証もさしあたりないと考えることもできる。ただ、84歳と明記されているアンナと並んで記されていることから、男女の老人を連れてきている、という理解もまたよいものである。84歳というのは当時としては長命の極みであったかもしれないし、聖書の中の特別な神ないし神と人との関係を有する7と12の積であるその年齢には、、特別な意味がこめられているような気がしてならない。
賛歌の最後に、年を重ねた人たちが登場するのは、なんだかいい。説教者は、それを「希望」だとした。教会でも、外へ出向けずにリモートを通じての礼拝を続けている年配の方がいるというが、このシメオンとアンナにしても、恐らくマッチョな羊飼いたちとは異なり、ベツレヘムまでは行けなかった。ただ、神殿は自分たちの信仰の拠点でもあり、神殿に救い主が現れるのを今か今かと待ち望んでいたという様子が窺える記述となっている。
説教者は、年配の方を訪問したときのエピソードを語った。世の殺人事件の報道に対して、「先生、お悲しみでしょう」と口にした方のこと。それから、無差別殺人事件のあったてときには、「ニヒルですね。でも、ニヒルはいけません」と告げた方のこと。「ニヒル」は昔流行った言葉だが、もちろん「ニヒリズム」に通ずる語で、「虚無」の感覚を示すものである。それはまた「虚しい」とか「生き甲斐がない」とかいう空気をも含んでいるとすべきかもしれない。
シメオンが、幼子イエスが出会ったのは、エルサレム神殿であった。
27:この人が霊に導かれて神殿の境内に入った。そして、両親が幼子イエスを連れて来て、その子のために律法の定めに従っていけにえを献げようとしたとき、
28:シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。
マリアもいたことが分かる。ということは、そこはせいぜい「婦人の庭」などと呼ばれた、女性が立ち入ることのできた境内の場所であったことになる。男性もそこにいることはできたから、両親が揃って入れるのは、そこまでである。アンナも女性であるから、そこでなら主イエスに会えることになる。
そしてこのイエスもまた、神殿の外から、そこへ来た。きらびやかな宮殿からでもないし、神殿の聖所からでもない。献げ物も安いものであったし、誰も注目することなどなかった夫婦の姿であった。だが、シメオンはそれを見つけた。これも考えてみれば凄いことである。
シメオンは、もう命が終わってもよい、という境地にあった。「主が遣わすメシアを見るまでは死ぬことはない」と聖霊が告げていたことは、私たちはそう解釈する。だが、これはシメオンが老人だから、と突き放して見るような風景ではない。私たちの誰もが、明日の命さえ知らないのだ。シメオンが母マリアについて預言したことは、イエスの十字架を暗示している、とも言われるが、私たち一人ひとりに告げられる神の言葉は、やはり誰もが人生をいつ終えるか、ということに対する私たちの無知を諭すものである。
しかしそれを不安に染める必要はない。かの預言の言葉はいまも受け継がれ、いまこうして教会でそのときのことを覚えつつ、歌い、祝い続けることができているのである。イエスを心で抱き上げて、喜び歌うことができるのは、なんという恵みであろう。私たちの喜びは、小さいかもしれない。しかし、日常の小さな喜びを見出すことのできない魂は、神の与える喜びというものを、そもそも知らないことである、とも考えられる。
そう。私たちも、主イエスを抱いたのだ。そして、その顔を覗き込んだのだ。赤ちゃんの顔を見つめれば、誰しもが笑顔になる。私たちをそのつぶらな瞳が捉え、真正面から見つめている。互いの眼に相手が映っている。見ている相手が笑えば、赤ちゃんの方も笑う。同じ行動をするように、神経が働く。だが大人の側としては、赤ちゃんの表情がどうであろうと、それを見つめれば、こちらは自然と笑顔になる。笑顔になるしかない。
主イエスをこの腕に抱えた私たちは、終始喜びの笑顔に満ちているしかない。その赤ちゃんは、見ている自分が死んだ後の世界を生きるに違いない。その子が育つ中で、自分は老いてゆき、先に死ぬことだろう。だから、未来を託すという思いも働くであろう。だが、その赤児が主イエスであったら、どうだろう。永遠の君は、私たちの計り知れない時間の尺度の中で、私たちの人生の中途半端な姿など気にする必要がないのだ、と言わんばかりに、永遠の命という基準から、私たちへの祝福をもたらそうとするのだ。
それは「救い」と呼んでもいい。たとえ私たちの誰かが、冷たく凍りついた扉によって心を閉ざしたままであったとしても、それを解かし開くというのが、イエスの祝福である。いくら力ない赤児としてそこに抱かれていても、この後すべての人の罪を背負い、すべての罪を赦すほどにまで十字架の上で、自らの体重のために自らの内臓がちぎれ、苦しみの極致の中で救いを完遂する方である。それは、命と引き換えにもたらしてくれた、私たちへの祝福である。
どんなに障害があろうとも、どんなに吠え猛る悪魔が襲ってこようとも、説教者の言葉を借りれば、「主イエスの祝福は、びくともしない」のである。
最後に説教者は、教会に掲げられた一枚の絵のエピソードを語った。東ドイツの画家に寄せられた十字架などイエスの生涯を含ませた絵であるという。『開かれた扉: 分断されたベルリンから統一ドイツへ』という本が自伝として邦訳もされている。訳者は加藤常昭先生である。また、その分断の終結のために命を懸けたボンヘッファーについても、説教者は触れた。
礼拝説教後の応答の賛美歌として、本日はこのボンヘッファーの詩によるものが選ばれていた。教会で初めて歌うと紹介されていたが、私は以前その賛美には馴染みがあった。「善き力に囲まれて」と呼ばれる賛美歌を説教者は最後にただ紹介して説教を閉じた。それは賛美歌の歌詞ではなく、ドイツ語の元の歌詞の意味を全部紹介して朗読する、というものであった。これについては、ウェブサイトにおいて、たとえばこちらの対訳と訳詞がとても分かりやすいことだろうと思う。
死の四か月前に手紙に託したその詩には、確かに信仰と希望があった。2025年はいろいろとあった、と有り体に言うのは忍びないが、新たな年への不安や懸念に押しつぶされないように、すでに始まり、進行形である救いの大河に、身を任せる勇気が、こうして与えられた。主イエスを着る私たちは、善き力に囲まれているのだ。