奇蹟に参加させる

2025年11月24日

3週間ぶりの、マルコ伝の連続講解説教。本日の福音書の場面は、いわゆる「五千人の給食」というところである。五千人もの人に、五つのパンと二匹の魚だけで、その食を満たした、という奇蹟を綴っている。(マルコ6:30-44)
 
説教者は、まずこのエピソードの特異性について告げた。四福音書に共通して取り上げられた記事として唯一のものである、と。それだけ、初期の教会に愛された物語だったのだろう、と推測できる。それはまた、その頃の教会が、教会や信徒のシンボルとして、「五つのパンと二匹の魚」を採用していたであろうことからも分かるという。十字架をシンボルとするのは、4世紀のコンスタンティヌス帝の逸話に由来する、という説が一般的だが、プロ野球チームのマークの多くが英字2文字をも組み合わせているのと似て、「キリスト」をギリシア語で綴ったときの最初の2文字である「Χ」と「Ρ」とを組み合わせたものを、コンスタンティヌス帝が使っていたという話もあるようだ。ただ、これらはローマ帝国にキリスト教が公的に認められた背景からくるものかもしれず、しょせん権力者目線の説明であるかもしれない。そもそもの教会がどのように用いていたかは、それに先立つ歴史があるのではないか、とも考えられる。
 
共観福音書に採用され、ヨハネ伝だけが違う、という記事は多々ある。だが、この五千人の給食の話は、ヨハネ伝にも取り入れられている。しかも興味深いことに、この記事の直後に、四つの福音書のうち三つまでが、イエスが湖の上を歩いた奇蹟の話を置いているのである。これを欠いているのはルカ伝だけであり、ヨハネ伝も、踏襲しているというのが面白い。
 
このつながりについては、以前考えてひとつのメッセージを組み立てたことがあるが、いまはそれに走っているわけにはゆかない。説教の流れのままに、この五千人を目の前にした奇蹟に注目しよう。
 
とはいえ説教者は、五千人とは決めなかった。どうやら五千と数えられた人間は「男」であり、もし共に女や子どもが混じっていたとしたら、倍の一万人がいたのではないか、という言い方をして、この後、一万の人を想定して話を続けるのであった。果たして女たちがこのようにイエスの話を聞きに来たり、イエスを追いかけてきたりするものかどうかは疑問であるが、それにしても五千人という数は多い。今日これだけの人数を前に礼拝説教をする牧師は、いったい日本にいるのだろうか。
 
説教者は、この奇蹟がただ不思議なことが起こったという観点ではなく、そこには信仰に関する大切なテーマが盛り込まれていることを指摘した。それは「食べること」である。いったい、神の国をイエスが語るのに、どれほどしばしば「祝宴」をイメージさせたことだろう。神の国は神に招かれた者たちを伴う祝宴の場である、という喩え方を幾度も繰り返している。天国を私たちがどのように想像しようと、聖書はそこを祝宴のように想像させており、神を賛美する声に包まれているところである。
 
いつものように、説教者の説教の美しいところは、その語る言葉により、聴く者が一定の幻を見せてもらえる点である。その説教を聴くと、私たちは目の前に景色が見えてくる。風景が見えるように想像せざるを得なくなるのだ。そこでいま、祝宴が目の前に見えるのであるが、それはそれとして、極めて重要な、気づきのポイントがあった。
 
この出来事の前に、弟子たちはイエスに、2人組で伝道の旅に派遣されていた。それがいま、戻って来て活動報告をしていたというのである。その間、洗礼者ヨハネの訃報が飛び込んできたかのようにマルコは描き、イエスは「寂しい所」へと弟子たちを促す。言葉の意味からすると、それは「孤独になれる場所」のようにも受け取ることができる。2人で行動し、絶えず人と関わる働きをしてきた弟子たちに、孤独になるように命ずるのである。
 
イエスはイエスで、ひっきりなしに群衆に囲まれ、慕われていたので、イエスの許に戻ってくると、喧噪と混乱の中に巻き込まれるであろう、という配慮であったのかもしれない。この騒ぎの中では、「食事をする暇もなかった」と記されているが、それはこれから迎える場の伏線のようにもなっている。弟子もだが、群衆もまた、まともに食事をしていなかった、ということである。そして、食事をしていないということは、先ほどの祝宴のメタファーからすると、そこは神の国とは言えないものだった、ということになるのではないか。
 
イエスと弟子たちは、舟で湖を渡ろうとする。群衆の許を去ったのだ。だが人々は、その多くがイエスを諦めなかった。目的地を知っていたのかどうか知らないが、歩いて先回りし、到着地で待っていたという。
 
イエスは、待ち受けていた大勢の群衆を見る。しつこい、などと思ったのではない。イエスはこれを満て、「飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた」のであった。これはどの牧師も触れるためにすっかり有名になったことだが、と前置きして、説教者は、「深く憐れみ」が、内臓を表す語を用いており、日本語でいう「断腸の思い」とつながるものがあることを指摘する。もちろんその由来は、中国にあ。子を奪われた母猿は、子猿が人間に捕まえられ舟にいるのを百里追いかけて力尽き、死ぬ。その腹を裂くと腸がずたずたにちぎれていた、という故事に基づく。「母猿断腸」ともいう。
 
それはそれとして、問題はむしろ、ユダヤの人々が「飼い主のいない羊のような有様」であることの方だろう。祭儀のサドカイ派、精神的指導のファリサイ派、そうしたリーダーが羊飼いとして機能していない、という現実を突きつけているのだ。もし、神の意に適うリーダーがユダヤにいるのであれば、それは神という飼い主の下にいることになる。羊は自分の意志で独り行動することが難しく、皆に付いていこうとする性質があるという。まるでそれは私たち日本人の普通の姿であるようにも見えてくる。となると、その指導者が問題である。良い羊飼いであるのかどうか。その問いに対する回答は、キリスト者であるならば決まっているに違いない。この国に、良い羊飼いに従うように導く、ファーストペンギンのような役割を、すべてのキリスト者が果たすようにはならないものだろうか。まずキリスト者一人ひとりが、神に従い、神を映し出す者として光の中に立つ姿を示すようでなければならないのではないだろうか。
 
時が経つ。弟子たちはイエスに、「ここは寂しい所で、もう時も遅くなりました」と自体を案ずる。また「寂しい所」と出てきた。さすがにここは「孤独な場所」ではない。説教者が教えたように、「荒れ野」のニュアンスである。いったい、人々は日の傾いてきたかもしれない情況で、ここから家に帰ることができるのだろうか。だが、恐らくこの奇蹟を一つの象徴を含む物語だとして受け止めるならば、キリストに出会い、キリストの食べ物を与えられた者たちは、きっと闇の中を歩くことはあるまい。帰る道は闇とならず、光が照らすであろう、という、というように考えたい。
 
弟子たちは、もうこの集まりを解散し、「周りの里や村へ行ってめいめいで何か食べる物を買うように」すべきではないか、と進言する。すると、イエスは答える。「あなたがたの手で食べ物をあげなさい」と。
 
さて、ようやくここで、注目すべきポイントが登場する。弟子たちの手で、この奇蹟を実現させるのだ。説教者のトーンが上がる。これまでの奇蹟は、専らイエスが独りで行っていた。そのとき弟子たちは、ただその奇蹟を見るだけだった。奇蹟というのは、自然界に、自然現象ならぬ力が入ることである。手話で「奇蹟」は、「普通・違う」と表す。弟子たちは、イエスが不思議な神の業を表すのを、傍観者として眺めているばかりだった。
 
だが、ここでは違う。説教者はこのような言い方をした。「イエスが弟子たちを、奇蹟に参加させた」と。それは、「あなたがたの手で食べ物をあげなさい」というイエスの言葉に導かれるようにして、「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで祝福し、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆にお分けになった」という出来事が起こったことを意味する。弟子たちが配った。イエスから取り受けたものを、群衆へ手渡してゆく。弟子たちは、奇蹟の現場をもう眺めるだけではない。その現場に登場するのだ。奇蹟行為に参加して、神の出来事の当事者になるのである。
 
五つのパンと二匹の魚は、五千人に行き渡ったばかりか、十二の籠いっぱいに余りが出た。もちろん常識では考えられないことが起こっている。それを、なんとか合理的に説明しようとすることが、昔から多く試みられてきた。まるで科学で手品の種明かしを試みるかのように、いろいろと案を練るのである。すると、キリスト教会の側からは、これはただ奇蹟だ、ということで決着をつけようとすることになるだろうが、これでは懐疑派との対話は噛合わないだろう。
 
だが、問題は、この記録が歴史的事実であるかどうか、というような次元にはない。私は、そもそもその辺りのことが、「福音書」という、文学形式からしても異様であり、特にこのマルコ伝はその世界最初の成立である、というあり方の本質に関わっているのだと思う。ここに書かれたのは、歴史的「事実」云々という次元には、もうすでにないのである。それは歴史的「真実」なのであって、その場合の「歴史」とは、過去の話だけを言うのではなくて、いまここにいる私たちも、その「歴史」の一部である、ということである。
 
平易に言うならば、聖書の中の出来事は、いまここにいる私たちの上にも起こる、ということだ。「真理」というものが、時空を問わず普遍的であるように、聖書の「真実」も、かつての時代にも、現在にも、通底しているのである。
 
それは私の見解ではあるが、この説教にもきっとつながっていると思う。というのは、説教者は、このイエスの業を、歴史の中で継承されてきた伝統の教会に於いても、そしていまの私たちの教会に於いても、実現している、あるいは実現すべきこととして描くからである。
 
弟子たちは、「あなたがたの手で食べ物をあげなさい」と命じてきたイエスに対して、五千人もの人々に配る食糧など、手に入るはずがない、と抵抗した。こんなに多くの人になど、提供できない、養えるはずがない、と極めて常識的な反応をした弟子たちが、ここから実際に人々に食糧を配る仕事を行うのである。
 
こんな世の中に、何ができるというのだろう。悲惨で、悪にまみれ、絶望的としか言えないような世界に、教会ができることなどあるのだろうか。いや、そうではない。「あなたがたの手で」しなさい、とイエスが声をかける。その声を聴く教会が、キリスト者が、これまでも確かにいた。教会と信徒は、この幻のに生き続けてきたのである。
 
そんなことはできません。そう理性的に振舞うことは、自分がその使命を拒むことを正当化するための言葉である。実現するのは、人ではない。神がなすのである。イエスがパンと魚とを裂き、それを弟子たちはただ人々に運んでいった。表面上は、弟子たちによって、人々は食べ物を与えられた。神が世界に事をなすときにも、教会がその手で現実に、世界にそれを届けた。キリスト者の手によって、届けられる奇蹟があった。そしてそれは、いまも、これからも、あるだろう。この私たちが、教会が、当事者となって、「私たちの手で」何かを渡してゆくことが、できるはずなのである。
 
説教者の美しい表現をとれば、「私の手からイエスのパンがこぼれてゆく」のだそうだ。これにより、人が生かされてゆく。世界が、命を取り戻す。教会は、いまもなお奇蹟を実現することができるに違いない。
 
プライベートなことは語るのを慎むが、礼拝説教の中で、この1週間に召された二人の方のエピソードが語られた。そのどちらについても、私たちに、その様子が目に浮かぶような、具体的な「もの」を言葉で説教者は見せた。どちらの方も、神から与えられていたものがあり、それを後に、多くの人々に配り分け続けた方だった、というのである。
 
さらに、もう少し上乗せした理解の仕方を説教者は加えた。あの奇蹟で配られたパンと魚は、どこから来たのだっただろうか。イエスが懐から出したわけではない。弟子たちが見てきたところにあったのであり、思えばその素材そのものは、弟子たちがイエスに渡したものであった。
 
私は、自分が手にしているささやかなものを、イエスに渡す。イエスはそれを裂いて、私に渡す。私はそれを、人々に配ってゆく。それは隈なく行き渡るばかりか、まだまだほかにも配れるほどの余りをもたらす。これはただの奇蹟ではない。私がいまなし得ることであるし、すでになしていることでもあり、また、これからなすことでもある。業そのものは神のものである。私はただ、それを右から左へと流すだけのようなものである。それでも、この神の奇蹟に関与している。神の出来事の当事者となっている。聖書に記された奇蹟は、いまも起こり続けているのである。それが、「福音書」というものである。
 
説教者は最後に、ひとつの勇気についての宿題を出した。いまこのときにも、戦争は続いている。各地で争いは絶えず、地震はあるし、大火事も起こっている。悲惨な被害をもたらす災いが常にあるこの世界である。いったい神は、この残酷な世の中に対して、何もしないのか、と言いたくなる人もいるはずだ。そればかりか、だから神など存在しない、と主張する人もいるし、神を信じようとした人も、こうして神に背を向けることすらある。しかし、説教者はその思いを否定したり批判したりすることなく、ただ「真実」だけを提示する。「神は、ここにいる」のだと。ほら、いまこうして、パンを差し出しているではないか。おまえが神に献げたものがあるとするならば、そのパンをおまえにこうして差し出しているではないか。それを受け取り、ここから配れ。そこに、奇蹟というものは生じることになっているのだから。



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