手話通訳者が去った教会

2025年11月24日

彼女が教会の手話通訳者となったのには、いろいろな背景があった。ほのかな関心があったものの、機会がなかったのは事実である。ところがある教会で、ろう者と手話通訳者に出会った。そこで手話講座を定期的に開いてもらうと、めきめきと上達した。
 
直接ろう者に尋ねることは、実際に「伝わる」手話を身に着けるためにとてもよかった。それは本当の日本手話とは言えなかったかもしれないが、十分通じる手話であった。さすがにネイティブの英語とまではいかなくても、通じる英語を身に付けることができるのと同様である。
 
自分の日常の激務を抱えながらも、礼拝説教で登場する聖書の言葉も、どのように伝えたらよいか、ノートを重ねた。牧師の説教の原稿をもらい、そこにメモを重ねることで、表現が豊かになっていった。
 
事情があって、他の教会に通うようになり、かのろう者もやがてそこに来るようになった。コロナ禍となったが、ビニルシートを設置するなどして、口の形も分かるように伝え続けることができた。
 
あるとき、特別講師が招かれた。教会の若い方のT牧師の恩師だった。手話通訳のために説教原稿をお願いし、事前に入手することはできた。彼女はいつものように、語彙を確認し、説教内容も、どのように表現しようか、思案していた。
 
だが、礼拝当日、T牧師は、恩師のY元牧師から、原稿は使用後破棄してくれ、と言ってきた。
 
説教原稿には、手話のメモがふんだんに書き入れられている。また、事後もまたそのメモは貴重な資料となる。その旨を、T牧師に伝えたが、恩師である手前なのか、断固として破棄してくれ、という路線を譲らなかった。
 
原稿を何か悪用するようなことはない。そう伝えると、再びY元牧師の考えとして、説教内容を残しておくようなことはしたくないから絶対に破棄してくれ、と強い命令が来た。そもそも自分の説教が福音であるならば、それが誰かの手許に残るというのはうれしいことであると私は思うし、それはまさか自分が福音を語らないから汚点になるとでも考えたのだろうか、とも思うが、それでも、福音をろう者に伝えたいという手話通訳者の使命感に対しては、全く理解されなかった。若いT牧師は、それまで手話に興味ももっており、理解を示していたような態度でいたのだが、手話通訳者を擁護する姿勢は全くなかった。つまりは、手話通訳というものの意味を理解し、寄り添おうとする気持ちはなかったのである。
 
彼女は、では破棄すればよいのか、と、説教が終わった後、原稿を泣きながら破り捨てた。多くの手話のためのメモも、消えた。そのときの悔しさは、いまなおトラウマになっているという。
 
 
統計を知るわけではないが、ろう者の中にいるクリスチャンの割合は、聴者のそれよりもだいぶ高いはずである。信じるということについて、幾人か出会った方々は、とても強いものをおもちだった。この社会で辛い体験をしたことが多い、という背景も関係しているかもしれない。イエスに求めるものも、切実なものがあるのかもしれない。
 
礼拝説教を手話通訳するということは、福音をろう者に伝えることである。原稿をろう者に渡せば読んでもらえるではないか、と思う聴者がいるかもしれない。それでよいのなら、その人も礼拝になど出席せず、説教集の本を週に一度読めばよい。説教が「語る」ものであるということについて、いまここで論ずるつもりはないが、聴者と同じ空気の中で、語られる説教を、手話という言語で共に「聴く」ことで、神の言葉は命となって伝わるということを、軽く見てもらいたくはない。
 
そのために、手話通訳者は、事前に原稿が欲しい。語る者は心の中で伝えたいものを握りしめながら語るだろう。通訳者も、それを握りしめておきながら、あらゆる語りを提示してゆかなければならないのだ。この人は何を言いたいのだろう、と不思議に思いながら、ただ言葉だけを手話に置き換えるのとは、訳が違うのである。予め、説教の伝えようとする福音を適切に理解しておくことが必要である。
 
また、手話通訳というものについての誤解もあるかもしれないが、それは、右から左へ単語を手話表現に置き換えることではない。同じ「十字架」という語でも、それを人の罪の故にもちだす場合と、復活の救いへもってゆく場合とでは、示す表情からして違うのだ。また、空間的な表現というものがあり、人の対話の場面では、落語のように、右の人、左の人、というように位置を設定して伝えることがあるが、これもただ言葉を羅列していたのでは伝わらないことがある。
 
この秋、ドジャースの山本由伸投手の通訳が咄嗟に意訳した言葉が話題に上った。また、あさイチで、通訳者が意訳の意義を語った話もあった。通訳は、話す人の伝えたいことを伝えるのが役割なのである。
 
さらに手話通訳の場合には、その点さらに意訳の頻度が増す事情がある。たとえば、手話は語彙そのものが少ない。それはまた表情や口の形などの表現も踏まえているということでもあるのだが、視覚的な表現をとるとき、語彙そのものは莫大に多くなくて済むのである。さらに、言語として異なるのであるから、日本語とは意味が異なることもある。「足が出る」と言われて、足を示しても伝わらないだろう。「予算」「オーバー」のような説明で伝えるのではないだろうか。
 
もちろん、そうした日常的な表現については、プロの手話通訳者ならば当然心得ている。しかし、専門的な場面では、初見でこなすのはよほどのプロであろうし、多分予習なしで担当することはないのではないか。NHKの手話ニュースの通訳者は、丹念に打ち合わせをしている。
 
福音を伝えたい手話通訳者は、たとえセミプロ級の腕前をもっていたとしても、事前に説教原稿を読み、それをどのように伝えたらよいのか研究するのである。説教が何を伝えようとしているのか、予め心得ておかなければ、説教の通訳は務まらない。だから、解釈をする時間が必要なのである。福音を伝えるためには、聖書について、福音について、かなりの知識と信仰が必要となるのだ。どのような手話を使って伝えたら、その福音が伝わるだろうか。相当な時間をかけて思案し、また手話表現を調べもする。そういうメモを、戴いた原稿に細かく書きこんでゆくのである。手話の語彙を使わねばならないため、どのように表現すればその福音の内容が伝わるのか、予め研究しておかないと、本番のスピードの中では動けないのである。
 
 
手話通訳者として、彼女はもちろんプロではない。素人と言えば素人である。とても日本手話だとは言えない。だが、それなりにだが伝えることができたのは、高い言語能力、コミュニケーション能力の故ではないかと思う。小説を数多く読む。そうすると、映画やドラマでも、その背後の心理や、今後の展開の予想などに長けてくる。手話通訳でも、原稿にないアドリブやエピソードが当然入ってくることがあるのだが、話の先を察知して次の展開を予想し、結びつく福音メッセージを心で準備しておくこともあった。だが、それにも増して、なんとかろう者にダイレクトに福音を届けたい、という熱意にかけては、ただならぬものを懐いていた。
 
彼女の苦労は計り知れない。ろう者に福音を伝えたい。その使命感と熱意が、研究心をも育んだ。そのため、事前に原稿をもらい、それを読み込み、内容を十分理解した上で、表現を研究し、インターネットも用いて検索し、こういうときにはこの手話を使うなどとメモをする。それでも分からなければ、礼拝前に、そのろう者に、これこれのことを伝えるのには手話をどうすればよいか、と相談しておくこともしばしばであった。そのためにも、「この表現が分からない」というふうにメモをとり、礼拝前の短い時間で効率よく質問をするように準備していた。通訳をした後にでも、独り反省し、アレはこうすればよかったとか、新たにこの手話を知ったとか、と手話研究のノートにも書き出していたほどで、後にまた、あのときの原稿にあった、と思い出せば、以前の原稿を開いて確認する、ということも度々あったわけだ。
 
 
だが、廃棄せよ。絶対命令が来た。上記のような点を告げ、学びのためにメモした原稿が必要であることを、T牧師には十分伝えた。だが、当事者に問うてみることもなく、廃棄せよと言われたから廃棄するのだ、の一点張りであった。
 
別の教会での話だが、手話通訳者が事前に原稿を求めると、原稿を何に利用するのか、と疑いの眼差しで問い詰めた牧師もいたという。今回は、自分のような者が話したことはその場で消えてほしいのだ、残しておくのは恥ずかしい、というような理由をT牧師は説明していたわけだ。そもそもそれでは、いったい何のための説教なのだろう。説教が人を救い、人生を変えるというような発想はないのだろうか。スポルジョンの説教はたちまち原稿化されて世界を駆け巡ったというが、それにより誰かの救いにつながるなら、よいことではないのか。
 
これは邪推ではあるが、そもそもどういう心がけで説教をしているのか、そのY元牧師の心というのが滲み出てくるようではある。そして実際、その説教は聖書講演会に等しかった。人を救う福音というものを語る内容は少しも感じられず、聖書の授業に過ぎなかった。コロナ禍の中で来たことを冗談の種にすらしていた。
 
その後、別の事情もあったが、もうその手話通訳者はその教会の通訳席からいなくなった。T牧師は、まだ救いの体験を語ることがあり、福音を語っていた。そのメッセージをろう者に伝えようという熱意は、まだあった。だが、教会の中の実権を握るような中枢があって、T牧師は追い出されるように教会を去ることとなり、別のSという牧師が招かれた。このSという牧師については、また詳しく説明すればきりがないくらいなのだが、福音を語ることができない人間だった。
 
この人を知る人にお考え戴きたいが、この人の救いの証しと召命の証しを、聞いたことがあるだろうか。それを聞いて、どう思われただろうか。私は偶々その「証し」を知っているが、神との出会いや恵みといったものを予想する身からすれば、とても証しと呼べるようなものではない。そして実際、語る内容は、聖書講演会以下だった。もし彼女がそこに残り、説教を手話通訳したとしても、とてもじゃないが、福音を伝えたことにはならなかっただろう。福音をろう者に伝えるために手話通訳をしたい。その願いは、もうそこでは果たせなくなったのだ。
 
その教会は、福音を失い、ろう者のために祈りエネルギーを一心に献げていた通訳者を失ったのだ。しかし、この召命と熱意を生かす道を自身が阻んだ、ということに気づいている者は、恐らく誰もいないだろう。
 
いま、手話への認知も高まってきており、デフリンピックもようやく報道されるようになった。できれば、手話通訳者というものはどういうことをしているのか、少しでも認知されればよいと願いながら、私は彼女の許可を得て、ひとつの事情を説明したのだった。



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