ウェブサイトの「窓」広告

2025年11月12日

ウェブサイトの利用で多いのは、私は、ニュース集めだ。事項や解説もよく探して見るが、ルーチンワークとして、大手の新聞を中心とした報道機関の出すニュースを見て回る。
 
その「広告」の出し方について、少々苛々を覚えることがある。最近、お気づきの方もいることと思うが、こういう広告が増えてきた。画面がぼやけ、中央に窓が現れる。普通、右上に窓を消す「×」が在るのだが、それがない。どこにあるのか、広告毎に異なるのだ。窓の外の、下の方に、気づきにくい形であるものがある。また、窓とはかなり離れたところに、非常に見えにくいデザインで「×close」のような形で出すものもある。いずれも、何も考えずに窓を消すことができないようにしているのだと思う。
 
もう少し質の悪いものがある。その「×」がどこにもないのだ。そして、10秒とか20秒とか経つと、窓から離れた見つかりにくいところに、こっそり「×」が出現するのだ。その間、見たい記事は窓で塞がれ、全体もぼかされて、ほぼ全く見ることができない。こちらは、時間を奪われるのだ。
 
広告を出す側からすれば、ニュース画面の右端などに高い金を払って宣伝バナーを置いても、殆ど見てもらえないのが普通なので、このような方法は、見てもらえる確率が相当に上がるであろう。私が広告主ならば、確かにこうでもして広告を見せたいと思うだろう。恐らくサイト運営者も、その分従来よりも高い料金で、そのような窓広告を出すことをもちかけるに違いない。一定の時間、その窓に目をやらねばならないような強制力をもつからである。
 
Amazon Prime Videoは、以前は見たい番組や映画が、クリックするとすぐに観られたが、ある時期から、観る前に必ず一定時間、広告動画が流れるようになった。YouTubeでも、人気のあるコンテンツは特に、そうした広告動画の後に初めて本編を見ることができるようになっている。それが運営側の収入でもあるし、動画作成者に回すための資金にもなるのである。分からないでもない。上映される映画館でも、映画が始まる迄に、ずいぶん長い間、他の映画予告やコマーシャルを見ることを強要される。14:00上映と言われてその時刻に入館しても、10分や15分は、そうした前座ばかりなのが当たり前である。そうしたための広告料金があるからこそ、映画館も持ち堪えているという現実は理解するから、そういうことに文句を言うつもりはさらさらない。民放テレビのコマーシャルも、いわばそういうことである。
 
それらは、動画のような、一定時間の視聴を目的としているから、その事前に、ある程度の時間を奪われるということには、幾らか抵抗が少ないのかもしれない。だが、本を読もうとするときに、頁をめくろうとすると10秒待て、といちいち止まるとすればどうだろう。要するに「ウザい」のではないだろうか。
 
広告の経済の仕組みを理解しないわけではない。だが、そのような「窓」の広告は、私はもう全く見ないことに決めているし、もし見たら、その広告主に反感をもつために見ることだろう。本をめくる頁にいちいち足枷を嵌めないでほしいのだが、これは持ちつ持たれつの経済社会の中で、無理解な不満であろうか。



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