そこに子どもたちはいた

2025年11月10日

教会では、七五三の時期に、よく子どものための祝福式を行う。教会学校の子どもたちが、不憫に思わないように、ということでこの時期に行います、と説明してくれた牧師がいた。正直、そういうところだろうとは思う。対象は、一般的に「子ども祝福式」として、小学生までとする教会もある。そのとき「児童祝福式」と称する場合がある。しかしまた、そもそも子どもが少なくなってきたため、中学生まで祝福する、ということもあった。
 
この教会では、「幼児祝福式」と呼び、幼稚園児を対象とする。確かに「七五三」というと、そういう年齢層である。その他、いろいろな背景があるわけで、そういうことになっている、というだけのことである。
 
ただ、難しいのは「子ども」という言葉である。えらく高齢の親からすれば、その「子ども」が還暦を迎えている、ということも普通であるわけだし、年齢で区切るのかどうか、という捉え方も考慮できる。また、現代社会の「子ども」という言い方が、聖書の時代の「子ども」と同じであるようには思えない。いま「児童」と呼ばれる年齢でも、労働者としてこき使われていた時代もあるわけだし、いまでもそういう国や地域があるのも確かである。女の子だけがそういう目に遭っている、という場合もある。歴史的に見ても、物心つくころには、一端の社会人という扱いを受けていたことは、ヨーロッパの過去では常識であった。歴史学者のアリエスが『<子供>の誕生』で発表した歴史の事実は、私たちの心に強く刻まれるものとなった。
 
それはともかく、今日開かれた聖書の箇所は、イエスがエルサレム神殿に入ったときの場面である。マタイ伝の21章である。イエスは、いわゆる「宮清め」ということで、神殿の境内にいた商売人を追い出す、いわゆる暴力を振るうイエスの、ショッキングな姿を私たちは見る。
 
イエスは、「私の家は、祈りの家と呼ばれる」というイザヤ書の言葉を引用して、それを「強盗の巣」にしている、と商売人たちを断じた。しかし、そこには弱い立場の人たちもいた。「目の見えない人や足の不自由な人たち」がいたのである。これは、不要な情報であるように見えるが、この弱さの提示に、意味をもたせてこの場面を読むこともできることを、後で教えられる。
 
そこに登場するのが、「祭司長たちや律法学者たち」である。彼らは腹を立てた。イエスの癒やしの業を見たことと、子どもたちの声を聞いたからである。子どもたちは叫んで、「ダビデの子にホサナ」と言っていたのだという。
 
16:イエスに言った。「子どもたちが何と言っているか、聞こえるか。」イエスは言われた。「聞こえる。『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美の歌を整えられた』とあるのを、あなたがたはまだ読んだことがないのか。」
 
さて、説教者は、「子ども」というテーマに沿ったエピソードをまず提供した。「ベンポスタ」についてである。いわゆる「子ども共和国」とも説明されるもので、これについて詳しく説明を施した。
 
すでに1917年に、フラナガンという神父が、アメリカ合衆国に「少年の町」という、児童自立支援施設をつくっていたが、これをひとつのモデルとして、メンデス神父が1956年、スペインの故郷に同様の施設を設立した。
 
いろいろ語った中で、その収入が、サーカス学校から生まれたサーカス団によるものであった、というところが、話の目的であった。そこでの華が「人間ピラミッド」であったという。私も高校の体育祭でやった。四つん這いの姿勢で、底辺に最大人数、そこから一人ずつ減らす形でその背中に、2階のようにしてまた四つん這いで載る。3階はまた一人減らして四つん這いで並ぶ。高校では、最高「7ビラ」と称して、7段のピラミッドをつくった。さすがに一番下は7人というわけにはゆかなかったが、これが最後の太鼓のリズムに合わせて一気に潰すという華々しいショーとなるのであった。
 
このピラミッドには、当然がっちりとした強い体格の者が土台を占める。上に行くに従って、自分の背中に人を載せることが無理な、体力の弱い者が配置される。当然体重も、軽い方が上に載るのがよい。
 
説教者はそこに、一つの福音を見るのである。イエスは「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」というパラドックスをしばしば語ったが、「強い者が下になり、弱い者が上になる」という図式を、ここに示したのだ。
 
世では、強い権力をもつ者が上に立ち、弱い者たちを支配する。しかしこのピラミッドを成立させるには、弱い者が上に立たなければならない。
 
宗教的な権力者や指導者、それから富んだ商売人、そうした面々に対して、イエスは厳しい仕打ちをする。他方、障害者と、それから子どもたちに、十分心を注ぐ。この対比が鮮やかである。そのために、障害者をこの場面に連れてくる必要があったはずなのだ。
 
子どもたちは「ダビデの子にホサナ」と叫んでいた。私は迂闊にも、ここだけしか見ていなかった。だが、説教者のさりげない説明の中に、目を開かされたのであった。イエスは神殿に入る直前、城壁都市エルサレムの門を、子ろばの背に乗って入城する。このとき、大勢の群衆が上着や木の枝を、カーペットの如く道に敷く。
 
群衆は、前を行く者も後に従う者も叫んだ。/「ダビデの子にホサナ。/主の名によって来られる方に/祝福があるように。/いと高き所にホサナ。」(21:09)
 
「ダビデの子にホサナ」と叫んでいたのは誰か。もちろん「群衆」である。ではその群衆の中に、子どもは含まれていただろうか。わざわざ書かれてはいないが、私の目の前に、多くの人がそこで、イエスを歓迎している情景が現れてきた。その後彼らがどうなるか、については今は触れまい。それより、そこに子どもたちが含まれていたかどうか、を問うべきだったのだ。
 
「ダビデの子にホサナ」と群衆が叫んだ。この後、イエスは境内の出店で大立ち回りをする。その後、子どもたちが「ダビデの子にホサナ」叫んでいるのを聞いて腹を立てている。さあ、最初の群衆が叫んでいたとき、それは全員大人であった、ということを意味するものであるだろうか。否、「子どもたち」とは書かれていないが、当然「群衆」の中に子どもたちは含まれていたに違いない。
 
しかし、大騒ぎの後、祭司長たちや律法学者たちの耳に聞こえたのは、子どもたちだけの声だった。大人たちは、黙ってしまった。そうだろう。歓迎して新しい指導者だとして迎えたイエスが、神殿で暴動事件を起こしたのだ。その後癒やしの奇蹟を静かに行っていたにしても、大人ならばその情景に「引く」だろう。先ほどのように「ホサナ」と叫ぶ熱気が冷めてしまっているに違いない。
 
だが子どもたちは、そうした大人の事情が分からないかもしれない。さっきから叫んでいた。体が叫んでいる。何か騒ぎがあったことを聞きつけたかもしれないが、それでも同じように叫び続ける。それは大いにあり得ることだ。そして現に、祭司長たちや律法学者たちは、子どもたちの「ダビデの子にホサナ」との叫びを聞いてうるさがっている。鬱陶しがっている。
 
子どもたちは、目の前の些細な事情には左右されなかった。イエスを迎えた気持ちそのままに、叫び続けていた。私たちは、信仰します、と口にしても、何かしら事情に出くわすことによって、せっかく甲羅から出した首を引っ込めてしまう。伸びてきた茨に、生長を止めてしまう。それなのに、子どもたちは叫び続ける。子どものように神の国を受け入れる、というのは、一度受け入れたら様子見をしながら態度を変えることをしない、ということではあるまいか。
 
イエスは「幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美の歌を整えられた」と彼らに答えた。それは恐らく、詩編8編に根拠を置くものだろうと見られているが、イエスの耳には、熱狂の入城のときも、周囲が醒めてしまった事態の中でも、子どもたちが変わらずイエスを喜び続けているその声が、聞こえていた。彼らが「聞こえるか」と訊いたのに対して、イエスは「聞こえる」とはっきりまず答えているのだ。
 
私たちは、目の前の事情や出来事に一喜一憂して、様子を窺いながら、信仰の態度を替えてはいないだろうか。大人の計算高い振舞いが、みんなそうしているし、仕方がない、などと言い訳をしてはいないだろうか。否、「私たちは」ではない。「私は」である。
 
説教者が引用した、印象深い詩を最後に引用させて戴く。八木重吉の詩である。
 
 
    みんなも呼びな
  
  さて
  あかんぼは なぜに
  あんあん あんあん
  なくんだろうか
  
  ほんとに
  うるせいよ
  あんあん あんあん
  あんあん あんあん
  
  うるさかないよ
  うるさかないよ
  よんでるんだよ
  かみさまをよんでるんだよ
  みんなもよびな
  あんなにしつこくよびな




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