ABURAYAMA BACK TO NATURE FUKUOKA
2025年10月15日

今度は油山である。先日は天拝山を歩いた。島巡りの休日が、最近は山を目指すようになっている。とはいえ、登山とかキャンプとかいう力のこもったものではない。あくまでもハイキングレベルである。だから軽装であるし、それで危険性を伴うような性格のものでもない。
元々、油山の麓近くに住んでいた。小学生の頃、土曜日辺りだったかと思うが、暇だったら山を歩くことが幾度かあった。大抵は遠足コース程度であったが、気が向くと、尾根を縦走することもあった。小学生が独りで歩くなど、危険なことではあったが、当時は呑気なものだった。
その油山だが、近年は市民の森がいっそう整備され、油山牧場は、人気のスポットになっていった。さらにそれが数年前、大きく生まれ変わった。「ABYBNF」といった暗号めいた表示で、レジャー施設としてのコンセプトでまとめ上げられていた。そのことに、今回足を踏み入れて初めて私は実感した。
妻が目ざとく、行きたいスポットを調べて、それに従って私は行動するだけなのだが、今回はグルメ的な目的というよりも、純粋に「展望台」に行きたかったらしい。天拝山でも、その頂上からの眺めを楽しんだわけだが油山からだと、もう少し高い位置からの眺めになるだろうか。調べると展望台の標高は347mであるらしい。天拝山より100m高い。だとすると、小学生の私は、もっと高いところから福岡市を見下ろしていたことになるだろうと思う。おお、よく事故に遭わずに済んだものだ。とてもいまの子どもたちにお薦めはできない。
まずは、駐車場を目指す。無料駐車場があるといい、一度留めたが、そこからしばらく歩かねばならない。結局、有料駐車場まで行くことにした。結果的に、この距離と勾配がバカにならず、上まで来るまで行って正解だった。その後の急勾配の山歩きは、天拝山と比較にならないくらいハードだったのだ。
腹ごしらえに、人気のおにぎりを妻が買う。すぐに売り切れるというものだったが、二つ手に入れた。米が美味しいと感激していた。私はキーマカレーうどんにする。うどんのコシもなかなかあったが、辛くないにしろ、キーマカレーにはボリュームがあった。
さて、歩き始める。丸太で区切られた階段だが、要所要所に番号が振ってあり、案内地図を見れば、いま自分がどこにいるかはよく分かる。ただ、この地図では、上りか下りかが全く見えない。ここは改善点ではないかと思う。
展望台からの見晴らしはなかなかのものだった。
降りるとき、鳥の観察ができるコースを歩いたが、後で知るに、いま鳥は子育て中なので、観察ができないようにしているのだった。ただ沢沿いに、激しく上下する道を歩くだけとなった。ここの勾配が、地図の中に示されていなかったのだ。それで元の場所に戻るのに案外苦労した。かなり足も疲れたし、体は尚更だったため、アイスクリームを許してもらい、食べた。
あれほど夏がまだ続くのかと思われた季節。私も半袖Tシャツという軽装で山歩きをしたわけだが、落葉樹の葉は幾らか色づいてきているし、そこかしこにキンモクセイの香りが漂う。確かに山道の脇にも、あちこちにキンモクセイの山吹色の花が咲きほこり、そしてもちろん、花の色よりも先に、その香りに包まれている自分を先に見出す。
「森のひろば」の端に、丸太をダイナミックに刻んだ像があった。クマであるらしい。山道を歩くとき、さすがの私も、クマのニュースが頭を過った。基本的に、九州にはクマはいない。古くは「クマソ」、今でも「熊本」という地名があるのだが、動物のクマとは関係がないという話である。しかし、それでも、こうして山近くを歩いているときを、クマに出遭い襲われたのかと思うと、少し背筋が寒くなるのを覚えた。
自然との共存だとか、人間も自然の一部だとか、口ではなんとでも言える。だが、自然に対しては「話せば分かる」というようなことはない。ヨブ記で最後に神がヨブに、自然を創造した自分の技を容赦なく言い聞かせるが、人間の理性で語ることで支配したつもりになることの愚かさを、とことん突きつけていたのかもしれない。