福岡のプロ野球

2025年10月3日

西鉄ライオンズが福岡を去ってから、福岡の街には寂しい風が吹いていた。そこへ、南海ホークスが球団を売却する話が起こり、ダイエーがそれを買取ると、福岡に本拠地を置くことを発表した。福岡の野球ファンも、大阪の野球ファンも、複雑な心境だった。西鉄も南海もどちらも、地元愛に満ちた球団だった。愛着ある球団を失う辛さは、福岡の人間にも分かっていた。同時に、かつてのライバル球団を今度は自分が応援することになるのか、という複雑な心境が、どうして受け容れられない背景をなしていたとも言えた。しかも、ライオンズの名は埼玉で、ホークスの名が福岡で、新たな地元になるという事情は、互いに違和感を抱くには十分であった。
 
しかし、それ以上に野球というものが好きであったのかもしれない。臓器移植の際には、拒否反応が怖いともいうが、ホークスが福岡わが街の球団としてしっくりくるのだが、それにはしばらく時間がかかった。
 
西鉄ライオンズは、福岡にいる間に、実は太平洋クラブライオンズ、クラウンライターライオンズという変遷を辿っていたが、かつての黄金時代は、黒い霧事件以降正に闇の中に陥ったかのように、万年最下位のようなチームになっていた。それを引き継いだダイエーホークスも、10年以上Bクラスから上がれず、世界の王貞治監督が就任しても3年間はそうだった。ついにファンから卵を投げつけられるほどとなったが、監督4年目の1998年に初のAクラス3位となった。そしてその翌年、ダイエーホークスとしてパ・リーグ初優勝を果たし、その勢いで日本シリーズで中日を破り、日本一に輝いた。
 
スーパーダイエーは、このとき優勝セールに沸いた。優勝決定翌日からのセールには行列ができ、さすがに行列に並びはしなかったが、私も缶バッジがもらえた。そして、そのときに、ダイエー関係のクレジットカードをつくった。
 
そのときには、ハリーホークのイラストが入っていたが、その後何度目かの更新のときに、それは消えた。しかしいまもなお使っている。けっこうなポイントが付くので、年に一度か二度それを商品券にするのを愉しみにしている。
 
ホークスはその後、ダイエーからソフトバンクにオーナーが変わった。ダイエーが実質独立性をなくし、イオングループの子会社となったのは2015年であった。いらゆるスーパーマーケット形式の魁のような働きをなして、一時はこのまま永久に続くかと思われた企業だったが、経営というのは難しいもの。いま栄えている企業も、その後どうなるかは誰にも分からない。
 
子どもたちは、口を揃えてユーチューバーになりたい、などと言うが、さあ、今後どうなるか。野球チームの強さや人気も、さて今後はどうなるか。読売がかつて日本中を席巻していたことも、知らない人が多くなってきたのではないか。
 
ホークスはここのところ安定した強さを見せているが、金をばらまいてつくっている、という陰口もある。但し地元福岡の人々は、案外無邪気に応援しているばかりのようにも見える。野球人気は、サッカーに負けた、などと言われた時代もあったが、いまのサッカーがそこまでメジャーになれているかどうかは疑問である。ここへきて、大谷選手が、「野球しようぜ」をモットーにしてからは、報道関係は野球の方が大きくなっているように見える。あるいはまた、他のスポーツも、多様性さながらに人気を得ていると言えるのだろうか。スポーツのマンガやアニメも、バスケやらボウリングやら、フィギュアスケートまで多様になってきた。むしろ野球、サッカー、テニスといった王道のものがさほど目立たないようにも感じられる。高校野球だけがたっぷり放送されるのも、少々時代の産物のように見えないこともない。
 
そもそもスポーツなるものについても、その熱狂という観点から、今月号の『福音と世界』誌には、ずいぶん辛辣な批評がなされていた。戦闘の平和バージョンとしてのスポーツについては、少しばかり私も思うところがあるのは事実だ。『福音と世界』を見る機会があったら、一読は如何だろうか。



沈黙の声にもどります       トップページにもどります