いまもうすでに神の子であるということ

2025年9月29日

私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどれほどの愛を私たちにお与えくださったか、考えてみなさい。事実、私たちは神の子どもなのです。世が私たちを知らないのは、神を知らなかったからです。(ヨハネ一3:1)
 
ヨハネと名の付く新約聖書の文書は、独特の雰囲気でつながっている。特にヨハネ伝とヨハネの手紙一との間には、「神の子」という概念に於いて重なるところが多いようにも思われる。
 
この「神の子」という表現は、聖書の世界では、幾つかの意味で用いられているように見える。一つは、明らかにイエス・キリストのことを指している場合である。ところが、イエスを指すのとは明らかに違うことがある。
 
さて、地上に人が増え始めたとき、彼らに娘たちが生まれた。神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、それぞれ自分が選んだ者を妻とした。(創世記6:1-2)
 
かなり神話的な要素が混じっているが、ここの「神の子ら」は、御使いたちを想定しているように思われる。堕落天使などと称される部類なのかどうか、私にはよく分からない。
 
かと思えば、次のように、人間を、特にイスラエルの民を指しているように見えることもある。
 
彼らは主に対して悪を行い/その汚れのゆえに、もはや神の子らではない。/よこしまで曲がった世代だ。(申命記32:5)
 
イスラエルの子らは数を増し/海の砂のように/量ることも数えることもできなくなる。/彼らは「あなたがたはロ・アンミ」/と言われる代わりに/「生ける神の子ら」と言われる。(ホセア2:1)
 
そしてこのヨハネの手紙に於いては、イエスを信じる者たち、キリスト者が「神の子」と呼ばれるようになることを示している。さらに、これに続く節では、次のようにまで言われる。
 
愛する人たち、私たちは今すでに神の子どもですが、私たちがどのようになるかは、まだ現されていません。しかし、そのことが現されるとき、私たちが神に似たものとなることは知っています。神をありのままに見るからです。(ヨハネ一3:2)
 
言葉は、数学の定義のように、きちんと定められた論理の中でしか動かないものではない。「神の子」も、多くの研究がなされ、定説というものがあるのかもしれないが、たとえ定説があったとしても、それが唯一正しい、という保証はどこにもない。私たちは「神の子」の多様な用いられ方を背景にして、ここでは、キリスト者が「神の子」である、という一つの説明を受け止めてゆくことになる。
 
説教者が開いたのは、ヨハネ一2:28-3:10である。変則的なように見えるかもしれないが、聖書協会共同訳が見出しをつけてまとまりを示したときは、ちょうどそのように区切られている。
 
説教者は、今この時代を生きていることを、大きな河に呑み込まれているようだ、と形容した。だがその中で、「恐れるな。私があなたを贖った。/私はあなたの名を呼んだ。/あなたは私のもの」(イザヤ43:1)の言葉を信じ、それにすがる道があることを宣した。この預言はもちろんかつてのイスラエルの民へ、神がイザヤを通じて届けたメッセージである。だが、それが自分とは関係のない、過去のもの、歴史の中の出来事だと突き放して見ることを、説教者は好まなかった。
 
いまもなお、イエスは「贖った」と宣言しており、「あなたの名を呼んだ」と勇気をくれる。名を呼ぶことの大切さを、説教者は例を挙げて話してくれたが、ともかく名を呼ばれる立場になってみれば、励まされるものだ、と話した。思えば、旧約聖書にも、アブラハムやヤコブ、モーセや少年サムエルなど、神から直々に名を呼ばれた人が少なくない。そして、名を呼ばれた人は、イスラエルと神の歴史の中に、貴重な足跡を刻んでゆく。もちろん、新約聖書でもそうであるが、よほど重要な呼びかけに於いては、神はその人の名前を二度繰り返し呼び、対話を始めることが多い。
 
ヨハネ書はここで、先ず「子たちよ」と呼びかけた。これはヨハネ書でのひとつの作法のようなものであり、幾度か見られるフレーズなのであるが、私見では、そこには「神の子たちよ」の気持ちがこめられているのではないか、と感じている。ともかくそう呼びかけてすぐ、「御子の内にとどまりなさい」と言った。「そうすれば、御子が現れるとき、私たちは確信を持ち、御子が来られるとき、御前で恥じることがありません」と。説教者は、これを確信するところに、力が与えられる、と宣言した。
 
しかし、私には何の善いところもない。冷静に見つめれば見つめるほど、自分が惨めに見えてくる。神の前に何の善きところをもつなどとは言えず、神をたとえ慕っていても、言われたことができず、罪人のまま這い上がれないでいる、という負い目に潰されそうになる。たとえ表向きはそれを隠していても、自分では分かっている。神の前に何の値するものも持ち合わせていない、ということが。
 
だが、筆者は呼びかける。「愛する人たち、私たちは今すでに神の子どもです」と。そして「御子は罪を取り除くために現れました」と良いニュースを届けると、「御子の内にとどまる人は皆、罪を犯しません」とまで言う。
 
これはどういうことなのだろうか。こんなに罪を犯してばかりの私に、なんという大胆で能天気な言葉をぶつけるのだろう。
 
説教者は、そういう思いを吹き飛ばすように、自分が愛されていまここにいる、というところに留まろうとし、会衆に呼びかける。十字架の上のイエスを見つめたとき、私は気づかされる。この惨めな自分どころではない、もっと究極まで惨めな姿に晒されたお方がここにいる。そのお方から赦しを受けたことに、何の躊躇いが必要だろうか。
 
イエスが、「勇気を出しなさい」とか「元気を出しなさい」とか言っている場面が、目の前に現れたようだった。否、それよりも私もその場面の中にいて、私こそがそのイエスから言葉を向けられた張本人であるという立場で、呆れるほど突っ立ったままで、その言葉を聞き、目を見開いてイエスの顔を見ていた。
 
説教者は問う。「今すでに神の子どもです」と告げたのだ。その「神の子」として生きることが、おまえにはできるか。どんなにいまが絶望的に崩れていても、どんなに明日が不安でたまらなかく思えるにしても、すでに「神の子」の資格が与えられているのだ。「私たちがどのようになるかは、まだ現されていません。しかし、そのことが現されるとき、私たちが神に似たものとなることは知っています」というニュースが、ここに確かに届けられているのだ。
 
説教者は、織物の裏側をイメージさせたり、曇った鏡が磨かれてゆく話の意味を考えさせたりしながら、イエス・キリストはそれらを完成してくださるのだ、という福音を宣言する。
 
だから、この世の基準で自分のことをすべて量ってしまってはならない。キリスト者には、「神の子」としてアイデンティティが与えられている。いまがどのようであっても、将来にそれは完成が待たれている。私たちは、「神の子」としての日々を歩み、生きることができるのだ、というような形で説教を結んだ。
 
慰めに満ちたメッセージであり、私たち同胞は、ただこれだけを胸に入れて、家路に就けばそれで十分なのだ。どんな問題をその人が抱えていようと、この慰めの言葉を握り絞めて歩き出せば、これからの1週間を、生きてゆくことができる。そうした勇気を与えられるに相応しい福音であった。
 
さて、この場合、ひとつの称号の如き「神の子」が私たちに与えられたわけであるが、聖書の中では基本的に、イエスのことを「神の子」と呼ぶことが多い。時に悪魔でさえ、イエスを神の子と呼んでいる。十字架の下での百人隊長も、イエスを神の子だったと呼んだというが、これは肯定的なのか否定的あるいは疑問的であるのか、解釈が分かれるという。
 
では、そもそもイエスが「神の子」である、というのは、どこから来たのだろう。マルコ伝の冒頭の「神の子」の言葉は後から被せたという理解もあるようだが、だとしても、初期の教会が、イエスを「神の子」と見なし、あるいは呼んでいたことは確実なのである。イエスはキリストであり、「神の子」なのだ、ということを言わんとするために、福音書が整備されていった、とも考えられる。
 
もちろんパウロもそのように呼んでいることがあるのだが、パウロの手紙を見ると、イエスのことを指すために使われているよりも、キリスト者のことを「神の子」などと呼んでいる場合の方が、遥かに多い。時代的にはパウロ書簡の方が福音書より先であるから、「神の子」は、どちらかというと信徒の方に向けて用いられていた傾向がまずあって、後に福音書が整備されるときに、イエス・キリストが「神の子」である、ということを強調するように定められていったように見えるのである。
 
「神の子」という呼び方は、初代ローマ皇帝アウグストゥス(オクタウィウス)に関係する、と紹介されることがある。ルカ伝のクリスマスの物語に、「皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た」(ルカ2:1)として登場する皇帝である。この「アウグストゥス」は人名ではなく称号であり、イエスに「キリスト」という称号が付いているのと少しにている。それは「尊厳者」というような意味合いであるが、これはオクタウィアヌスに固有のものとして与えられた称号である。
 
そしてその長い正式な称号としては、「インペラトル、カエサル、神の子アウグストゥス」というものがある。このアウグストゥスは、イエスがまだ成人する前の時期に亡くなり、盛大に火葬されたと伝えられている。こうしてローマ皇帝は、死後も神として崇拝されることを求めていたと思われ、「神の子」という肩書きが、皇帝に相応しく与えられたり、あるいはそのように呼ばれたり見なされたりしたのではないかと推測される。
 
その呼び方は、キリストの弟子たちから成る「教会」としては、当然気に入らなかったであろう。あるいは義憤のようにして、「神の子」という呼び方はイエスにこそ相応しい、と主張したくなったのかもしれない。パウロもそのような形で、イエスについて「神の子」と呼ぶことがあったのではないかとも思うが、より教会組織的に、福音書の編集にあたり、イエスこそ「神の子」なのだ、ということを前面に出そうとした、そういう順番ではないか、と私は想像している。
 
ともかく、説教者は、特に後半でしきりに「愛されていること」を強調した。愛されていることこそ、私たちが「神の子」の立場であることの証拠のようなものであろう。そこを足場にしたまま、説教の言葉をずっと綴っていたように聞こえた。説教の中に、揺らぎがなく、拠って立つところが頑としていることは、聞く者を安心させる。今の時代がたとえ嵐のように吹き荒れて、教会という舟を波が襲ってきても、舟の艫にいるイエスが、風も波も鎮めてくださることを、信仰により知らされている。それは、海の上であったとしても、キリストという確かな岩である。この岩の上に立て、との言葉を受けて、私たちは自分の姿にめげずに、神を見上げ、イエスの救いを指し示しながら、いましばらくこの世界での旅を進みたいと願う。



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