ギデオン◆14
2025年8月13日

集まった中には、ほかにもさまざまな美しい装飾品があった。王たちの紫の衣はまた、とくに見事なもので、カナンの地にも、外の半島地方にも名産地はあるものの、その紫色は貝の中でも上等のものから抽出され染め上げられた色を呈していた。らくだの首にも見事な装飾品が巻き付けてあり、それらを集めるとそこはあたかも宝の山ができたかのようであった。
ギデオンは熟考した。何をどのように使えばよいだろうか。これだけの品々。
もとより、自分の享楽のために用いるつもりはなかった。できれば民のため、あるいは神のために使いたい。そうだ、神を讃えよう。そして神を崇めることを人々が誰でも簡単にできるようにすればよい。
カナンの地には、腕の立つ職人が多かった。イスラエル人は、金属の精錬が苦手のようだったが、カナンでは昔から金属加工は、染め物とともに重要な産業だったから、ギデオンにしても、カナンの人間の手を借りるほうが手っ取り早かったのだろう。
「われわれの神を崇める祭壇を築きたいのだが」とギデオン自らカナン人に相談して言った。「あいにく、祭壇の周囲をどのようにすれば立派な、人心を曳くような礼拝所となるか、よく分からないのだ」
ギデオンは、かつてバアルの祭壇を破壊して、主のための祭壇を築いたことがあった。しかしそれは、石を、しかも金具さえ当てることなく築いたものであって、あまりにも素朴な個人的な礼拝所でしかなかった。今やイスラエル全体の祭壇としてうち立てるべきだと自覚している。それは、威厳をもつものでなければならず、また人が好んで礼拝を捧げるような雰囲気をもっていなければならない。
「難しい問題ですが、やってみましょう」
カナンの職人は引き受けた。悪い報酬ではなかったからである。そのうえ、ギデオン自身、礼拝所のイメージを完全なものとしてもってはいなかったので、カナンの職人は比較的自由にそれを設計することができた。
職人は、カナンで普通にあるタイプの祭壇と礼拝所を造るよう、作業人たちに指示をした。それは、祭壇の前には必ず神の像を置き、また祭司の着る祭司服を、金や銀を織り交ぜた布地で仕立て上げることであった。また、牛や壺などを供え物のように周辺に並べ、美しい彩色で飾り立てる。それは、カナン人にとってはごく当たり前の姿だが、イスラエル人たちがどう思うかなど、その職人はそう重大なこととは考えていなかった。イスラエル人は、神の像を拝むことを本来よしとしていない。ギデオンはまさにそのために、若い頃にバアルの祭壇を壊してしまったのだ。
イスラエル人もまた人間、こうした分かりやすい神の像を拝むことはすぐに気に入られた。工事を見ていたイスラエル人は、早速作りかけた祠に向かって手を合わせ始めた。当然といえば当然である。ギデオンが士師となる以前は、おおっぴらに誰でもこのようにしていた。
だがさすがにそれは、ギデオンの目に触れた。すぐに職人が呼ばれ、話が違うという抗議をした。
「神の像?」とギデオンはさすがに怒った。「いかなる像をも彫り造ってはならないという戒めがイスラエルにあるのを知らないのか」
「はあ……知りません」と職人は平然と答えた。
「そうか。それなら仕方がない。おまえを罰するのは理不尽というものだ。だが、なぜそのような像を造ろうとしたのか」
「やはりそこに神様がいなくては、拝みたくても拝むことはできないのではないですかねえ」
「そんなことはない。イスラエルの神は、目には見えないお方なのだ」
「目に見えない神様を、どうやって拝むんです?」
「神は全能だ。心を開いて祈り、語れば、いつでもどこでもその声をお聞きになる。また、神の声が聞こえない鈍い魂のためには、預言者といって、神の言葉を聞いて伝える役割の者もいる。私はかつて、その預言者を見たことがある。イスラエルがカナンの神を拝んでばかりいて、イスラエルの神のことを忘れていたがゆえに、神はミディアン人を使ってイスラエルにそれがいけないことを教えようとしたのだ、と言っていた」
「そんなものですかねえ」
職人は、目に見えないでいつでも祈りを聞くような神ならば、祭壇など必要でないのではないか、と言いかけて口をつぐんだ。
「まあ、おまえのような外国人にはそれは分からないかもしれない。それならそれでよいが、とにかく木造でも金属でも、神の人形はやめてもらいたい」
「じゃあ、礼拝所なんて、どのようにしたらいいんですか。私はどうにも分からなくなりました」
「何もなくても……」
「ですが、それでは何を拝めばよいか分からない、とイスラエルの方も先日言っていましたけど……」
「なるほど……」
ギデオンは腕を組んだ。職人の言うことにも一理ある。たしかに、神の像を彫ってそれを祀って拝むことは明らかにおかしい。しかし、像でなければ、むしろそこに神がいますという象徴を置くことによって、イスラエルの神をはっきりと意識することができるかもしれない。
「よし。それでは、ひとつすばらしい衣服を掲げてもらおう」
「衣服?」
「祭司が着るような、衣服だ。エフォドというのだが、金銀の糸を織り交ぜ、金銀の装飾品を付けた、きらびやかなものを中心に据えるなら、立派な祠も築くことができるだろう。なにもそれなら、神の像を祀ることにはならない。神を崇める祭司の着る服を掲げることによって、神に仕えることを象徴しているのだから」
ギデオンはそう命じて、職人に指示をした。職人も、それなら何を造ればよいかが明確になったので、仕事が再開し、急ピッチで進んでいった。
ギデオンにしてみれば、魔が差したのだろうか。しかし、魔が差すというのは、本人はそのとき気づいていないことである。さらに、それはまさに悪魔が入ってきたということであり、ここにギデオンはイスラエルの神、主が否むことを起こしてしまったということになる。
イスラエルの民、ことにこの北部の部族は、ギデオン以来バアルを祀ることから表向き遠ざかっていた。ミディアン人を追い払ったギデオンの慕うイスラエルの主に敬意を払わないではいられなかったからだ。しかし、土地豊穣を司り、天候を支配するバアル、よってまた戦いに勝利する神バアルの魅力は、イスラエルの民といえども人間であるかぎり、無視することはできなかった。いや、取り憑かれるように、いつの間にかそれはイスラエルの魂の中に深く染みつくようなっしまっていた。
オフラの町は、このエフォドの前にひれ伏した。アビエゼル一族は、ギデオンの登場に鼻高々となり、それがどういう意味をもっているのか、気づく者は誰一人いなかった。
ギデオンは、全部で四十年の長きに渡りイスラエルの士師であり続けたが、ついに主からの語りかけはこの後一度もなくして一生を終えた。父と同じ墓に葬られた。
有力者が死んだ後には、必ず問題は起こる。金と権力とである。
ギデオンの場合、特別に裕福な生活をしていたとはいえない。むしろ、イスラエルの民、なかんずくマナセの、そのまたアビエゼル一族が強く望んだのは、ギデオンの子が士師の跡継ぎをすることであった。
それはまるで王である。王と何ら変わりない。世襲で士師が務まるのかどうか、そんなことは問題にならない。当該の部族は、自分の一族が指導者に立てばそれでよいのである。自分たちもまた、権力の一端を担うことができる。甘い汁を一度吸ってしまえば、もうけっして手放すことはしたくない。 (続く)