ギデオン◆13

2025年8月11日

 ギデオンは、スコトの町の手前で、スコトの町に住む一人の若い男を捕まえた。
「よいか。かつて私がこの町を、ミディアン人を追って三百人で訪れた当時、この町で指導者の地位にあったスコトの長と、それから長老たちの名前を知らせよ。かつて主なる神の僕に対してなした仕打ちについて、長と長老たちは、裁かれなければならないからだ。知らせれば、おまえの命は助ける。また、一般市民には害を加えない。もし知らせないなら、この町全体が、このミディアン人たちのようになる」
 縄で縛られたミディアン人の王を見て、男は震え上がった。彼は迷わず、当時の長の名と、長老たちの名簿を渡した。
 ギデオンはそれを手に、また見せしめのためのゼバとツァルムナを引き連れて、スコトの町に入った。
「スコトの長老たちに告ぐ。おまえたちは、かつてこのように私たちに言った。『なるほど、パンを恵んでもいいだろう。だが、パンを求めるからには、あなたたちはもうすでにゼバとツァルムナの手首をすでに捕らえているのだろうな』と。もはや忘れてはおるまい。おまえたちは、私を嘲笑ったのだ。たしかに私はこの耳でそれを聞いた。今、その返事を聞かせてやろう。見るがいい。これが、そのゼバとツァルムナだ」
 ギデオンは、誓って言っていた。『それならば、主がやがてこの私の手に、ゼバとツァルムナをお渡しになるとき、そのときに私は、おまえたちのその身を、荒れ野の茨と棘で打ちのめすことにする』と。今こそ、その約束を果たすべきときがきた。
 若い男が教えてくれたとおりの長と、長老七十七人を召し出すように命じた。逆らえば町全体がどのような目に遭うか承知していた新しい長老たちは、必要以上に抵抗はせず、要求されるままに差し出す手続きを始めた。
 死に至らせることはなかったが、死に至ると思われる数よりわずか一つ少ないだけの鞭を、ギデオンは彼らに施した。言葉のとおりに、荒れ野の茨と棘のついた鞭だった。痛みと恥辱のため、それはまさに死に等しい、あるいは死より以上の刑罰に見えた。
 ペヌエルの町へ行っても、同じようなことをした。ただ、この町には誇らしげにそびえる塔がそのころあったものだから、ギデオンはそれが町の人々の慢心の一つの象徴であると考えた。
「塔を破壊する。私はそのように約束した」
 かつてバベルの塔が東の国にあったという。エデンという神の楽園からほど遠くないところらしいが、地上に置かれた人間が集まって、天にも届く自らの力を示そうと、高い高い塔を造ったらしい。しかし神は、そんな人間の増長に怒りをぶつけた。塔を破壊し、二度と全人間が力を結集して神のごとくなろうと思うことのないように、言葉が互いに通じないようにして人々を全地に散らしたという。まことに、人類がすべての知恵を集めてすることといったら、結局は人間の欲望を叶えるようなことでしかないのだろう。
 ギデオンは心に、そこまで考えていたかどうか、定かでない。ただ単に、高慢に振る舞った同胞の、その鼻をへし折ってやろうと考えたのではないか。とにかくギデオンは、ただちにその自慢の塔を破壊した。最後まで塔の破壊に抵抗を示した過激なグループに対しては、やむをえず死をもって報いなければならなかった。
「流したくはない血だったが、仕方がない」
 そう言ってギデオンは振り向き、ミディアン人の二人の王の顔を見た。
「おまえたちを捕らえたことを見せて、これでスコトとペヌエルの町に対する処罰は終わった。ときに尋ねるが、おまえたちは、タボルの山で、多くのイスラエル人を殺したことがあったな。そのときに、どんな人間を殺したか。私のような顔をした者はいなかっただろうか」
 二人の王は、もはやどんな作り話も無意味なことを知っていた。何もかも正直に話すしかないと殺される前にも悟っていた点、まだ人間らしい振る舞いをすることができた。
「いました。あなたにそっくりでした。時代を鑑みませんと、まるで、あなたのお子さまのようにさえ思われます」
 二人は、ギデオンの長子イエテルの顔を横目で見ながら言った。
「それは私の兄たちだ。私の母の息子であるから、顔がそうなのだ」と言ってからギデオンは、天を仰いで叫んだ。「主は生きておられる。もしおまえたちが私の兄たちを生かしておいてくれたなら、おまえたちを殺すことはなかったのに……」
 長子のイエテルが呼ばれ、振り向いて父親と敵の王の前にやってきた。
「これらの敵は、おまえの伯父さんたちを殺した。わが血肉を殺した相手だ。おまえは先日、ただちに血祭りに上げようと言ったな。今こそその時だ。まさに処刑されるべき時がきた。さあ、その手で殺してみよ」
 剣の柄に手をかけたイエテルは、まだその手で人を斬ったことがなかった。成人の扱いはされていたが、まだ幼さの残る顔つきをしていた。それは主によって強くされる以前のギデオンの姿そのものであった。戦いの最前線に出たことももちろんない。ギデオンは、早いとこ勇士として立ち上がることができるように、イエテルを鍛えたかったのだ。
「どうした。血祭りに上げようと言ったのは、おまえではなかったか」
 父親は息子自身の言葉を思い出させたが、それでもイエテルは柄から手を動かすことができない。明らかに緊張した表情で、硬直したように全身が止まっている。いや、震えが止まらない状態なのだということが明らかに見て取れる。そしてやっと動く気配が、と思われたときは、腕がぶるぶると震えているだけだった。
「どうした。度胸がないのか」と口を開いたのは、ゼバとツァルムナのほうだった。「おまえがもしも勇気のある男であったなら、その手でわしらを討つがよい」
 ギデオンは、その声を聞いて怒りを覚えた。
 ギデオンは立ち上がり、自分の剣を腰から勢いよく抜くと、ゼバとツァルムナをたちどころに切り裂いた。
 息子は無言でそこに立っていた。動くことができない様子だった。
 ともかくこうしてミディアンは、ついにイスラエルに対して手も足も出ないようにされた。多くの敵が捕らえられ、復讐の殺戮が施された。また、多くの戦利品も得た。もとは掠奪された物を取り返したのだという触れ込みで、遠慮なく金品が強奪された。それがこの地域の掟でもある。強い者が勝つ。この世の物は、強い者のためにある。強い者が支配する。それが正義である。ならば、強ければよいのか。歴史の上で勝者がつねに正しかったのか。そうだ。勝者の神こそが、正しい神とされる。すべて戦いは神の名のもとに行われ、その戦いで勝った神が真の神として残っていくことになる。そこに正義の名が冠され、それが道徳となっていく。敗れた神はもう顧みられず、その定める道徳は捨て去られる。むしろ、それは悪とさえされていく。
 これがいつの世でも誰も疑われることのないルールであり、真実である。
 ギデオンは、しかし戦利品をたんなる強奪の結果として各自がほしいままに持ち去ることをよしとしなかった。
「なぜですか」とイエテルが尋ねると、父は答えた。
「欲望のままにしていけば、必ずや国が乱れる。人間の望むものは、それほどに自分のことばかりしか考えていないものなのだ。共に生きていくこということは、自分は自分だから何をしてもよいだろう、という甘えとは正反対のことなのだ」
 ギデオンは、金や装飾品は、イスラエル全体のために役立つことに使うから、と宣言して、敵から得た品々を集め始めた。人々は、それを是とした。
 なにしろ、長年の宿敵ミディアンを完全に打ちのめしたのである。今度こそ、ギデオンを王として祭りあげようとする運動が盛んにわき起こったくらいである。しかしギデオンは、王は主なる神お一人でしかない、と断固として言い張り、自分が王位に即くことだけはどうしても了承しなかった。その代わりに、ということでこうした公共の利益を前面に押し出して、戦利品を国庫保有のものとした。
「ミディアン部隊の中には、イシュマエル人も多く混じっていました」
「とすると、さまざまな貿易品がやはり多いと言ってよいのだな」
「そうです。三日月形の装飾品は、それはそれは見事で……」
「しょせん、異教の神々に捧げられていたようなものだ。それらはすべて潰してしまうこともできよう」
「一人一人、ほぼ同じような耳輪をつけておりました」
「それがミディアンの仲間であることの証しなのだ。たしか、すべて金でできていたと思うが?」
「そうです。ほとんど純金です。これはまた、鋳造すればほかにさまざまな形で活かすことができると思います」   (続く)



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