【メッセージ】平和が流れるように

2025年8月10日

(イザヤ48:16-22, ヨハネ14:22-31)

私の戒めに耳を傾けさえすれば
あなたの平和は川のようになり
あなたの正義は海の波のようになるであろうに。(イザヤ48:18)
 
◆イスラエルの平和
 
「シャローム」と挨拶する教会がありました。ヘブライ語で「平和」を意味する言葉です。でもたぶん、「平安」というニュアンスで使っていたのだと思います。とはいえ、それは完全に挨拶の言葉です。
 
日本語の「こんにちは」という挨拶に匹敵するのでしょう。でも「こんにちは」とはどういう意味なのでしょう。大人なら誰でも説明できるのでしょうが、中学生あたりに訊いても、知らない、と答えることが殆どです。挨拶の言葉というのは、そういうふうに使われているわけです。
 
「エルサレム」という名自体、「平和」という意味を有っています。現地の発音だと「イェルシャライム」というような響きで、「シャローム」を含んでいることが感じられます。しかし、「エルサレム」が「平和」であるというのは、嫌な言い方ですが、皮肉なようにも聞こえます。現実のイスラエル、そしてエルサレムが、どれほど争いの中心にいることか。三つの宗教の中心地として、エルサレムが分割統治されていることも、決して穏やかなことではありません。
 
ダビデがエルサレムを都としましたが、後を継いだソロモンが主に背反した後、イスラエルは悲惨な歴史を辿るようになります。旧約聖書はその後流れを止め、新約聖書へと受け継がれていきます。少なくともキリスト教は、そのように理解しています。聖書そのものはもう綴られませんが、現実の歴史の中で、イスラエルは平和を宿しつつも、戦いと争いの渦中でそこにあり続けています。
 
そのイスラエルが、いま世界から非難を浴びています。歴史物語の中に、傍から呑気にこんなことを言い放つことは、控えるべきなのかもしれません。とても無責任なことだと思います。でも、触れないわけにはゆきません。イスラエルは、ときに「自衛」という看板を掲げてさえも、攻撃を重ねています。
 
かつて、キリスト教が、ユダヤ人迫害を神の名のもとに正当化し、ついには何百万人をも殺害しました。そのことがどこか負い目になって、今度はイスラエルの味方をしなければならない、という空気が流れているのかもしれません。
 
エルサレムは、神の都エルサレムとして、新しい姿を示すのだ、と新約聖書は期待しています。少なくとも、そうなるもの、と信じています。
 v ◆イザヤ書の解放
 
今日はイザヤ書を中心に置きました。イザヤ書は、書き手や書いた時期により、そしてその思想内容からしても、大きく三つ、少なくとも二つに分かれると研究されています。40章から始まる「第二イザヤ」という部分は、非常に福音的だとも言われます。イエス自身も、そして福音書がまた、こうしたイザヤ書からずいぶんと沢山の言葉を引用しています。引用の多さでこれに匹敵するのは、詩編くらいしかありません。
 
「第二イザヤ」は、いわゆるバビロン捕囚から帰還した人々の中から生まれた、と考えられています。捕囚からの帰還より以前に、神から言葉が出て、イスラエル民族が解放されることになる、というストーリー設定を呈しています。
 
48章の一部を開きました。「私は初めから、ひそかには語らなかった」というように、神は決して神の計画を秘密にしていたわけではない、と告げています。神はずっと、イスラエルの人々と共にいたのです。国が滅亡し、精神的な支柱であったエルサレム神殿が破壊された現実がそこにあっても、神はイスラエルの民を離れることがなかった、ちゃんと見守っていた、と言っているように聞こえます。
 
預言者が、いまこうして遣わされています。イザヤが、高らかに主の言葉を告げています。イザヤは、溢れんばかりに「平和」を見せつけています。
 
18:私の戒めに耳を傾けさえすれば/あなたの平和は川のようになり/あなたの正義は海の波のようになるであろうに。
 
「私の戒めに耳を傾けさえすれば」という表現が気になります。これは反実仮想なのでしょうか。実際にはそうしなかったのでこれは実現しなかった、ということが言いたいような響きに聞こえます。私は決めかねます。
 
確かにこの後も、「あなたの子孫は砂のように/身から出る子らは砂粒のようになるであろうに。/その名は私の前から絶たれることも/滅ぼされることもないであろうに」と仮想の言葉が続きます。けれども、「バビロンから出よ、カルデアから逃れよ」と促され、「喜びの声」を響かせよ、と主は命じます。「主はその僕ヤコブを贖われた」と叫べ、と。
 
そして結果的に、イスラエルの民は、バビロンからイスラエルの地に還ることができました。この歴史をイザヤは知っているし、神がそれを導いたことを理解しています。イスラエルは、神の言葉に、とりあえず立ち帰ったのです。それで「平和は川のように」なったし、「正義は海の波のように」なったのだ、と見て取りたいと思うのです。
 
◆平和が川のように
 
「あなたの平和は川のようになり」という言葉がありました。日本で見る「川」とは、たぶん違うものがイメージされているのだろうと思います。私はイスラエルの土地について知っているわけではないし、そこへ行ったこともありません。話に聞くところから思うだけですが、降水量は日本の感覚からすると3分の1ほどであろうと考えられます。もちろん、地域により多少の差異はあるでしょうが、雨季と乾季があるとされる中で、乾季には、降水量ゼロという月もあるということです。
 
川があるとはいっても大河があるわけではありません。それで、「川のように流れる」という平和のイメージが、当地の人々にとりどういうものであったか、私には把握できません。ちょろちょろと流れる水に過ぎないものでしょうか。他方、乾いた地に、いくらかでもまとまった雨が降ったとき、それは大変怖いものだ、とも言われています。詩編などによく「大水」という言葉があり、えらく恐れられていますが、乾いた斜面を降った雨が流れるとき、「洪水」の急流が起こるという様子を想像することもできます。
 
ずっと昔、モーセというリーダーが、数十万人とも言われるイスラエル人を率いてエジプトを脱出したとき、40年間というその旅の中で、しばしば渇水に悩まされました。モーセが主に願うと、主は岩から水をほとばしらせるという奇蹟を起こしたと言われています。川にまでなったとは思えませんが、人間にとり死活問題と言える水の確保は、生きるために必須なことであったのです。イザヤは、そのときのことを思い出させています。
 
21:主が彼らに乾いた地を行かせたときも/彼らは渇かなかった。/主は彼らのために岩から水を流れ出させた。/主が岩を裂かれると、水がほとばしり出た。
 
主なる神は、民を干からびさせはしなかったではないか。神は水を与えたではないか。イスラエルの民は、もう滅びることはないのだ、と励ましたときに、出エジプトの出来事を想起させました。
 
あなたがたには「平和」が与えられる。この私が与えるのだ。神は力強く語りかけ、それを比した。イザヤが宣言します。そしてここでは、「悪しき者には平和はない」と主は言われるという内容で締め括っています。
 
先に「私の戒めに耳を傾けさえすれば」平和が川のようになる、と言っていたのですから、耳を傾けないというのは「悪しき者」のことを指しています。イスラエルは、耳を傾けるはずだ、というふうに受け取るべきであることが分かります。改めてイザヤの慰めを聞きましょう。
 
18:私の戒めに耳を傾けさえすれば/あなたの平和は川のようになり/あなたの正義は海の波のようになるであろうに。
 
この箇所から生まれた賛美の歌があります。いまではあまり歌われないかもしれませんが、比較的近年の歌だろうと思われます。簡単な言葉の繰り返しのため、多くの人が集まって声を揃えやすい歌です。「平和、川のように」という題名を聞いて、思い出される方もいるでしょう。曲の由来については知るところがないのですが、手拍子を交えて、明るくいつまでも歌える歌です。邦訳では、次のようなものが普通歌われています。
 
  平和 川のように 平和 
  川のように 平和 
  川のように 心に (ハレルヤ)
  
  平和 川のように 平和 
  川のように平和 
  川のように 心に
 
英語でも最後は「in my soul」と、心の問題であることが歌われており、イザヤの幻とは少し違うように聞こえます。新約聖書の救いの考えがここに重ねられているのでしょう。が、イザヤが見せる幻は、ただの心だけではないのでしょう。今日は、この川の流れのイメージを、私たちはずっと忘れずに、「平和」についてもう少しいろいろな角度から思いを馳せてみたいと願っています。
 
◆戦死者を祀るということ
 
第二次世界大戦までは、日本人の軍人が戦死した場合には、靖国神社に合祀されていました。戦後は、自衛隊員にその対象が向くと考えられましたが、自衛隊員が公務で殉職した場合、さすがに靖国神社に合祀するということはできなくなりました。ただ、従来の考え方から、隊員の出身地にある護国神社に合祀され続けていたそうです。
 
それは交通事故でした。労災にあたるかもしれません。亡くなった自衛官の家族が、クリスチャンだったもので、勝手に護国神社に祀らないでほしい、と願い、訴えた裁判がありました。亡くなったのは1968年。1972年に合資され、一審が1979年、二審が1982年といずれも原告勝訴でしたが、国がもちこんだ1988年の最高裁判決では、それが覆され、原告が逆転敗訴となりました。いわゆる「自衛官護国神社合祀事件」です。
 
戦争でお国のために死んだ兵士を、靖国神社や護国神社に祀ることは当たり前である。尊い戦死を無駄にするような訴えは国賊である。そういう声が、背後に蠢いていたような気がします。
 
ご自身がどう思われるかについては問いませんが、この強制を拒む人を非難してよいのかどうか、私は疑問を呈します。それどころか、お国のために死んだ、という点については、もう少し考えてみる必要があると思っています。
 
朝の連続テレビ小説「あんぱん」が放映されています。一時、その戦争のシーンばかりが描かれる週があり、話題になりました。見ていて実に苦しかったのです。そこで描かれたのは、戦闘シーンではなく、「飢餓」の様子でした。そうです。兵士の「戦死」と称される事態の多くは、「餓死」だったのです。あるいは「病死」も多かったと言われています。南方では伝染病が多々あったことでしょう。北方では凍死もあったことでしょう。統計が取られているわけではないので、推定に拠るものですが、知者の調査によると、「戦死」のうちの半分以上が「餓死」か「病死」であっただろうと推測されています。多めに見積もる人は、8割ほどはそうではないか、と言っています。
 
言葉には棘がありまして、不用意に失礼な発言はしたくないのですが、事実として、兵隊たちは、敵と戦って死んだのではななかったのです。汚い言葉ですが「犬死に」と呼ばれ得るような死に方であったのです。
 
さらに追い打ちをかけて、その餓死の背後には、現地人に対する略奪や様々な暴力、あるいは殺害さえあった、というよくない話も伝わっています。すべての兵士がそれをしたなどとは言いませんが、一部に確かにあったからこそ、伝わっているのではないでしょうか。
 
◆自分は外から眺めている
 
自分が生きるために、戦争犯罪――この言い方も矛盾していないか問うべきですが――に手を染めた。そのこと自体をいま責めようとは思いません。ただ、そこまで兵士たちを追いつめたのは誰か、という点を問おうと思います。沖縄全体を、本土を守るための捨て石としたのも、同じその「誰か」なのです。本土の中枢の参謀や司令官は誰か、という方向で捉えたいのです。自身は戦地へ赴くことのない政府の役人もその決定をした、ということになるのでしょうか。戦死はお国のため、どうせ死ぬなら敵を殺して死ね、天皇のための名誉の戦死を遂げるのだ、そう教育し、あるいは煽り、戦地へ、ただのコマに過ぎないものとして兵士を送りこんだ末、敵を殺すどころか現地人を殺し、自分は餓死や病死するという結果になるようなことになったのだとしたら、それはいったい何だったのでしょうか。
 
戦後、その中枢の生き残った人々が、国民に呼びかけ、こう思い込ませます。「ああ彼らは敵と戦って死んだ立派な勇士だ、神として祀るのは当然だ」と拝みなさい、と。
 
これでは、殆ど詐欺なのではないでしょうか。
 
「だが、殺したのは当時の政治家や軍の中枢部だ。いまの自分たちには関係の無いことだ。」このように逃げる人もいることでしょう。
 
でもこの人たちは言いました。「神として祀るのは当然だ」と。お気づきでしょうか。「神として祀る」対象は、神ではないのです。少なくとも神ではないことを知っているから、神だと祀るのです。そもそもが神であるのだとしたら、「神として祀る」ようにな回りくどいことをする必要がありません。
 
心のどころが、神でないことは分かっている。戦争で、ただ病気になり、飢えて死んだだけのような人も沢山いる。それをせめて「神」だとしなければ、こちらの気持ちが落ち着かないではないか。そんなところかもしれません。負い目があるのです。
 
そこで、「お国のための尊い犠牲だ」と、人は互いに言い合うようにします。それこそが「日本人」という者ではないか、と連帯しようとします。彼らを殺したのは自分だ、というような意識は微塵もなく、そのように自分の気持ちを満足させることだけを考えていますが、そのような美化による虚像が、次の子どもたちや世代を、戦地へ送り込む準備をしていることになる、というふうには、きっと気づいていないわけです。
 
いや、それは私の偏見に過ぎないかもしれません。もっと、亡くなった人への尊敬の思いと真心とを大切にしろ、と非難されるかもしれません。しかしそうした声が、益々「神として祀るのは当然だ」の圧力を加える、ということを、ほんの少しでも、問うようにして戴きたいのです。
 
◆イエスの平和と口先だけの平和
 
イエスは、エルサレムへの旅の最後に於いては、ひたすら十字架へ向かって進むだけのようなものでした。自分が殺されるゴールへ至る道を進もうとしているときのことは、福音書のそれぞれにたっぷりと説明され描かれています。今日はそのうち、ヨハネ伝の14章を取り上げました。
 
25:私は、あなたがたのもとにいる間、これらのことを話した。
 
「これらのこと」とは、ぼんやり言うと、イエスが弟子たちに明かしてきたご自身のことです。また、イエスの口から発される、神の教えのことです。弟子たちが理解できたかどうかは別として、弟子たちには余すところなく話し伝えてきたのだよ、と念を押しているところです。
 
しかし、いまイエスはこの地上での役割を終えようとしています。その後はどうする。それは、聖霊が教え導いてくれるということになっています。「弁護者、すなわち、父が私の名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、私が話したことをことごとく思い起こさせてくださる」と説明します。そして、とても勇気を与える言葉を、弟子たちにぶつけます。
 
27:私は、平和をあなたがたに残し、私の平和を与える。私はこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
 
これはぜひ心の中で、いえ、口に出して繰り返し自分に言い聞かせましょう。イエスは「私の平和を与える」と言ったのです。これは、人間の知恵によって口先で言うだけのような平和などではありません。神が与える平和です。人間の知恵が口先で言うだけの平和というものについては、たとえばエレミヤが露骨に描いています。
 
彼らは、わが民の傷を安易に癒やして/「平和、平和」と言うが、平和などはない。(エレミヤ6:14)
 
口でだけは、軽々しく「平和」だと美しい言葉を発します。それともエレミヤは、イスラエルでの挨拶の言葉が「平和」であったことについて、皮肉を言っているのかもしれません。しかしまた、根拠のない「平和」を唱えて、近寄る危険を考えないようにしているような世情のことを言い当てているのかもしれません。
 
国民に言い聞かせます。「戦死者は皆、立派な戦死を遂げました。お国のために、非常に価値ある死に方をしたのです。戦争には意味がありました。戦争での尊い犠牲を、私たちは記念して祀りましょう。ああ、立派な兵士たちの命は、なんと美しく散ったことでしょう」などと、ほろりとくるような慰めを常識としようとするのです。
 
でも、それは、真実ではなかったのですね。
 
◆キリスト者の平和
 
福岡は博多に、筥崎宮という神社があります。先日訪ねましたら、鎌倉自体の亀山上皇の直筆の文字を拡大した、大きな文字が楼門に掲げられているのを直に見ました。「敵国降伏」という文字です。これは元寇のときに奉納された書を基にしているそうです。
 
「敵国降伏」。なんだか穏やかでない言葉ですが、深い意味があると伝えられています。それは、武力によってではなく、徳の力によって敵が自ずから戦いを止めるように仕向けることなのだそうです。これは、聖書の中にある風景と、どこかつながるものがあるのではないか、というふうに思いました。イザヤ書の預言もそうですし、イエス自身の生き方にも重なるものを感じます。
 
しかし現実の戦争は、なかなかそうはいきません。戦争は、戦死者を出します。生き残った者は、どこか心に痛みを覚えます。戦死者を祀る、という心理の中には、自分のために、自分の代わりに死んだ、という見方が潜んでいるかもしれない、という気がします。
 
それならば、私たちキリスト者が、イエス・キリストを思うときの心と、少し重なるものがあるのではないか、とも思います。キリストを信じるということは、私のために、私の代わりに死んだ、という構図があるのは確かだからです。
 
ただ、イエスを追いつめて殺したのは、直接的には、二千年前のユダヤ人です。そのことで、キリスト教は権力と結びつき、それが当たり前のような社会をヨーロッパ諸国はつくりました。そこには、ユダヤ人を迫害してきた歴史があります。なにしろ聖書に、イエスを殺したのがユダヤ人であるというような書き方がしてあるし、福音書や使徒言行録では、ユダヤ人がイエスとその弟子を如何に悪く扱ったか、が書かれてあります。それで、ユダヤ人を迫害することは「正義」である、という自己義認を看板に掲げ、ずいぶんと酷い殺害や虐殺までも続けてきたわけです。
 
しかし、キリストを信じるということは、そのようなことではないでしょう。イエスを十字架につけたのは、この私だ。そのように真底思うことであるに違いありません。自分の罪がイエスを十字架につけた。そこから離れないでいる人こそが、キリスト者というものであるだろうと私は思います。中には、そのような意識を全くもたないで、自分をクリスチャンだと名のっている人もいますが、私はそれは偽キリスト者だと見ています。
 
キリスト者は、人間イエスを「神として祀る」ことをしているわけではありません。そこには「復活」があります。祀って拝んでいるだけではありません。復活の命が注がれ、キリスト者は立ち上がることができるようになっています。
 
それは神だから、礼拝している。そこに信仰があります。しかし、そんなはずがないではないか、という人々が、当然世の中にはたくさんいます。証明してみろ、神を見せろ、という声もあることでしょう。しかし、信仰というのは、その信仰していることを、万人に証明して、認めさせるようなことではありません。あくまでもただそれを信じ、生かされて喜んでいるという存在、それがキリスト者の姿の基本的なスタンスなのです。
 
そういうキリスト者の腹からは、生ける水が流れ出る、とイエスは言いました。生ける水は、それぞれのキリスト者から流れ出て、合流し、川の流れとなるだろうと思います。平和が、川のように流れます。その心は平安です。平安とは、平和だということです。このとき私たちは、喜びます。神から、喜びが与えられるのです。私たちは、その喜びを神から受けるのです。
 
そのために、私たちは今日も、神の言葉に耳を傾けます。耳と心と魂を傾けます。こうして神の言葉を聴く、それが、平和の川の源となるのです。



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