【メッセージ】戦わねばならないのか
2025年8月3日

(エフェソ6:10-17, ネヘミヤ4:8)
最後に、主にあって、その大いなる力によって強くありなさい。……
平和の福音を告げる備えを履物としなさい。(エフェソ6:10,15)
◆教会のための聖書
「教会」とは何か。エフェソ書を読むとなると、この点に触れるのが自然です。「教会」とは、「建物」のことではない、とよく言われます。一般にはそのようにも考えられていますが、それはやはり「教会堂」に過ぎません。初期の「教会」は、立派な建物を建てることなど思いもよらなかったことでしょう。使徒たちも、エルサレム神殿で礼拝する他は、仲間で密かに集まっていた、というような交わりだったと考えられます。
そこで、そうした仲間の集まり、あるいはもう少し組織的に言うと「信仰共同体」を、「教会」という言い方で指している、という理解が成り立ちます。言葉の意味からすると、「呼び出され集められたもの」のような意味合いになるそうです。神に呼ばれ、集められたという信仰を表すことになるでしょう。マタイ伝の言葉をここに重ねると、うれしくなります。
二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである。(マタイ18:20)
私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。(マタイ28:20)
そういうものとして、「教会」が想定されていたことと思われます。お開きしましたエフェソ書には、「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方が満ちておられるところです」(1:23)という辺りから、さかんに教会について語られます。教会は「すべてのものの上に立つ頭」(1:22)とまで言われています。
よく結婚式では、「キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だ」(5:23)という辺りの言葉が読まれます。今後、このままの表現で使われ続けるのかどうか、少し微妙な気もします。
私たちが「キリストの体」であるということは、パウロが幾度か触れることですが、これを「教会」のことだと明示したのは、コロサイ書と、それを改訂したようなエフェソ書です。さらに「花嫁」としての新しい都エルサレムを描いたのが、黙示録の最後でした。
人の集まりとしての教会、キリストの体としての教会、こうした側面が強調されていましたが、もうひとつ、いわゆる牧会書簡に於いては、より実際的な教会運営についてのアドバイスがたくさんなされています。使徒たちの時代の後、半世紀を経る中で、教会組織をどのように経営してゆくか、その指導者はどうあるべきか、というような視点がそこには見られます。「牧会」というのは、組織運営も関係しますが、人の「魂の世話」というところに目を注ぐ言い方です。
こうして見てみると、エフェソ書においては、キリストの体として、キリストと結びつく教会という角度が、色濃く描かれていた様子が見て取れます。
◆教会組織は大切
神学者の中でも、牧師として実働しているような方々がいます。理論や歴史を研究しているばかりというよりも、実際に教会で信徒の「魂の世話」に携わる人々です。いわば教会運営に携わっている、ということになります。大変ご苦労の多いことでしょう。
神学者としての研究も大切です。他方、その研究の中に、牧師としての立場も混じってくることもあろうかと思います。よく目立つのが、「教会」の強調です。
キリスト教には、伝統的に「教会の外に救いなし」という言葉が言い伝えられていました。特にカトリック教会は、60年前の第二バチカン公会議までは、重要な真理だとして守られてきた言葉でしたが、その会議で、諸宗教との相互理解を目指すように変化してきています。その実態を云々する知恵も知識も私にはありませんから、その点についてはこれ以上申しません。
問題はプロテスタントの牧師です。いまなお、「教会の外に救いなし」という本筋を貫いていると思われるような姿勢が、見られることがあるからです。非難しているのではありません。感情的には分かります。教会に来なくてもいいよ、という教え方をしていては、教会経営が成り立たなくなりかねないからです。
ただでさえ、信徒が減少している時代です。牧師も不足しています。無牧教会もどんどん増えていますし、せいぜい兼牧と言って、一人の牧師が複数の教会の面倒をみている、というケースも多々あります。数年前に出た資料を見ましたが、実に大変なものでした。牧師としての仕事だけで食べてゆける人は、そんなに多くないのです。そしてそれは、優れた牧師だから、などという理由も成り立ちません。信徒の信仰がおかしければ、おかしな牧師を立てても満足しているでしょう。罪も救いも分からないような牧師が説教をしても、それが礼拝だと目がくらんでいるようでは、牧師の存在や経営というものが、信仰の基準にはならないことが明白です。
いやいや、ずいぶんと世知辛いことばかり申しました。反省します。「教会」とは必ずしも組織的な団体を意味するのではありませんから、共に祈るキリスト者がいれば、そこがすでに「教会」である、とする考え方からすれば、組織立った「教会」に限って議論する必要は、最初からなかったのかもしれません。
そもそも聖書の神学が、共に信仰を育むというあり方を強調しているのも確かですから、組織的な教会というものを大切に考えるのは、それはそれで結構なことではあるのです。でも、教義をただ横流しするだけでないとすれば、それがすべてではない、ということも真実だと思います。
教会に行くことができない事情にある人たちもいます。政治的な事情も世界にはありましょうし、地理的に困難というのもあります。入院生活や介護施設などの点で、出向けない人も当然います。それで、そうした家庭を訪ねる牧師もたくさんいます。しかし、そのときには、教会という建物に実際に来ることができなくても、教会員といった形で、教会とつながりをもつ場合も多いと思われます。
そこでまた、それとは別に、自分の教会でなくてもいいから、どこか相応しい教会に行けたらいい、という大前提で、とにかく「福音」を伝えたいという牧師がいることも確かです。放送や出版物、いまはインターネットもあります。なんとか「福音」を伝えて、「救い」を多くの人にもたらしたい、との願いで活動している牧師もたくさんいます。頭が下がります。
その場合、その牧師の教会組織には何も影響がないかもしれません。そしてそういう宣教は、実のところ聖書が命ずる「宣教」というものに、最も近いものであると言えるのかもしれません。
これらのうち、どちらだけが正しい、といった見解を、私はとる者ではありません。
特にコロナ禍は、「共に集う」ことを諦めなければならない事態に陥り、「教会」とか「礼拝」とかいうことについて、考えさせる機会となりました。「礼拝を中止します」という安易な言い方に、それはおかしい、と私が抵抗したことを覚えておいでの方もいると思います。
他方、コロナ禍は、リモートというつながり方をポジティブなものにすることができました。それまでも、スカイプなどの方法で、教会のライブを伝えるケースもあったのです。それが、ズームなどで、さらに機能も手軽さも優れたものとなり、その恩恵を受ける人も増えました。病床でも参加できます。遠方からでも簡単に参加できます。
かつて初期の教会では、迫害の手が向けられる中、共に集まって祈ることで、励まし合うこともあったことでしょう。いまもそうした国や制度の中で礼拝している人々がいます。時代背景や地理的な条件などで、立場も変わります。単純に、聖書の「教え」がどうだ、として決定づけて、その解釈が唯一の真理であるかのように権威をもつ必要は、もしかするともうどこにもないのかもしれません。
◆神の武具
さて、「教会」についてばかり考えてきましたが、その教会が、そして信徒が、立ち向かうべき敵というものがありました。今日本当に見つめたいのは、エフェソ書6章のその箇所です。
キリストの体が一つであること、信仰は一つであること、だから新しい生き方をするように勧めるといった筋道を通って、様々な立場の人への、それぞれの注意を発した後、手紙を結ぶにあたり、すべての人へのメッセージとして用意したのが、これでした。
11:悪魔の策略に対して立ち向かうことができるように、神の武具を身に着けなさい。
「悪魔」とは誰でしょう。神に敵対する者でしょうか。そして人を神から引き離そうとする存在でしょうか。しかし、目には見えない敵です。私たちに認識できるのは、せいぜいその「策略」だけです。そしてその「策略」から生まれる現実に対抗するしかなくなるのです。もしかすると、「迫害」なのかもしれません。当時の教会にとって、最も怖いものは、権力と、それからユダヤ人一般から攻められてくる仕打ちだったのではないでしょうか。教会の外から、攻撃が来る。だから逆に、教会は結束して、それに立ち向かう必要ができるし、立ち向かう一致団結が求められていたのかもしれません。
それに対抗するために、私たちは「神の武具」を身に着けるように、と命じられています。真理の帯・正義の胸当て・平和の福音を告げる備えとしての履き物・信仰の盾・救いの兜・霊の剣と挙げられます。「神の武具」はいかにも頼もしいように見えます。
これは、個人的に備える武具のように見えます。「いざ鎌倉」とばかりに、御家人がひとたび号令がかかれば駆けつけるという意味で、個人的に備えているべき武具だったのかどうか、というと、私の想像では、少しばかり疑念があります。これまで連々と、教会の信仰のあり方について述べてきた手紙です。様々な立場がある個人であっても、それぞれへの呼びかけは、共同体としての生活を意識していたように思うのです。
少なくとも、現代人のように、信仰は個人のものだという前提のようなものは、そこにはなかったのではないでしょうか。他の仲間がどうであろうと、あなたは独りで神の前に立っていて、神との間の信仰を貫くとよいのだ、というような形で考える枠組みはなかったのではないかと思います。
そして、この武具の存在は、「支配、権威、闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊に対する」戦いがこから始まることを知らせています。「悪魔の策略」に立ち向かうための戦いです。生の「肉と血」、即ち人間相手に戦うのではありません。「天にいる悪の諸霊」に対して戦うために、様々なアイテムが必要だ、と言っているような気がします。
◆悪の霊たち
「支配、権威、闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊に対する」戦いだと記されていましたが、ちょっと引っかかるところがあります。悪の諸霊が「天にいる」と言っています。「天」とは何か、説明は難しいのですが、「天にましますわれらの父よ」と祈る私たちにとり、父なる神こそ、天に在すのではなかったでしょうか。
悪魔もまた「天」にいるのでしょうか。「ある日、神の子らが来て、主の前に立った。サタンもその中に来た」(ヨブ1:6)というように、サタンも神の前に来て、神に勝負をもちかけます。しかも、サタンに「どこから来たのか」と神が問うたとき、サタンは「地を巡り、歩き回っていました」と答えています(1:7)。サタンは「天」を住まいとはしていないようですが、やってくることはあるのかもしれません。
パウロも、「私は、キリストにある一人の人を知っています。その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです」(コリント二12:2)と言っていました。どうやらユダヤ文化では、「天」が幾層にも分かれて存在しているようで、正直私にはよく分かりません。
14世紀初めのダンテの『神曲』には、当時の人々の理解が反映されているものと思われますが、地獄や煉獄にも幾層にも渡る構造があり、天国も「第十天」までに分かれて描かれています。
人の世に於いては、それらは見えるものではありません。私たちの見えるところから、何か隠された世界があることを、人々は考えるようになりました。しかし彼らにとっては、確かな実在感があったと思われます。自分が生きていること、支えられていることは、そうした見えない世界によりもたらされているわけで、神の創造や神の計らいといったものも、見えないけれども確かにある何ものかとして捉えられていたことでしょう。
現代人は、科学を以て世界を見定めていますから、そうしたものはないのでしょうか。しかしキリスト教ばかりでなく、仏教でも浄土を思い描くし、曼荼羅の世界は、見て聞いて触れるものではありません。また、科学そのものも、量子から宇宙の彼方まで、果たしてそれを「実在」と呼ぶことにどのくらいの意味があるのか、問うべき余地はあるのではないかと思われます。確率的な存在という捉え方まで、ミクロな領域では試みられています。そもそも「存在するとはどういうことか」について、古来哲学者は議論しているわけで、安易に思いつきで説明する程度で済む問題ではないわけです。
現象の背後にあるものを想定して考えるということは、人間にとってすっかり取り去ってしまうことはできないことではないでしょうか。
パウロはまた、「賞を受けられるように」努力することの大切さに触れた折に、自己節制すべきだとして、「私は、やみくもに走ったりしないし、空を打つような拳闘もしません」(コリント一9:26)と言っています。私たちは、存在しない敵に向かって戦っているのではない、というのです。
また、このエフェソ書でも、「空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な子らに今も働く霊」(2:2)という言い方で、かつては神でないそのような霊に従って生きていたことが「罪」なのだった、と述べているところがあります。神に従わせないための、悪の霊の存在についても、聖書の世界の人々は、当然のものとして理解していたのです。
◆戦えという声
この「神の武具」が並べられたとき、何のためにそういうことを言うのかも、きちんと宣言されています。これが最後だと言いながら、「主にあって、その大いなる力によって強くありなさい」命ずるのです。「神の武具」を身に着けよという一連の言葉の背後に、そして根柢に、ずっと「強くありなさい」という言葉が響いているのでした。
だからこそ、戦うことが前提に置かれていたのです。戦いは、大前提。――でも、本当に私たちは戦わなければならないのでしょうか。戦わないで、平和のうちに過ごすことはできないのでしょうか。
何を寝惚けたことを言っているか、と責められるかもしれません。そういうのを「平和ぼけ」というのだ。悪が襲ってきたら、戦うのは当たり前ではないか。正義を貫くために、悪と戦うというのは、当然すぎることではないのか。
実際、「信仰の戦い」ということが、教会では推奨されます。現にこうやって、「神の武具」が挙げられているのです。聖書には、とにかく戦いが当たり前のように描かれているし、敵と戦うための信仰について疑う余地はないように見えます。でも、疑念をももつ人がいるかもしれません。キリスト教には「愛」というものがあるのではないでしょうか。「平和」が尊ばれるのではないのでしょうか。キリスト教は、戦争が好きだということを、認めてそれで終わりでよいのでしょうか。そんなふうに問う人が。
キリストの「愛」は、神と人との和解のために用いられました。戦いを包みこむ「愛」など、考えるのは不可能でしょうか。結局私たちが、戦争を肯定するしかないのなら、それを否定されても構いません。
聖書を信じる国が、どれほど戦争に明け暮れてきたものか。そう指摘する人がいます。日本人の中に、一神教は戦争が好きだ、と断じて譲らない知識人もいます。一神教は、自分の神が絶対で正しいとするから、敵の神を否定する、必然的にそこに戦いが起こる、と論じます。そして、深い森に包まれた東洋では、すべてを許す多神教文化であり、だから戦争を好まず平和を愛するのだ、と言うのです。
それは、もちろんまやかしに過ぎません。いまここでその件を追究はしませんが、多神教が平和だと述べるのは単純過ぎます。しかし、だとしても、その故にキリスト教が戦いを好まない、と言ってしまうことはできません。その点は、彼らの言うように、聖書が確かに「戦い」を沢山描いているからです。いえ、それどころか、聖書の神は、「戦え」「殺せ」と命じています。
イスラエル民族も、カナンの地の住人を追い出し、皆殺しにし、そこを奪い取って自分たちの国としました。その後もイスラエルは戦いに明け暮れています。1900年の時を経て復活した現代のイスラエル国も、建国からずっと、戦いの歴史を刻んでいます。そしていまは、ガザを一方的に攻撃しています。
精一杯、残酷ではないような言い方の場面を引用しても、たとえば次のような具合です。これなら現代にも、いくらかは説得力があるでしょうか。
私は彼らの様子を見て、立ち上がり、貴族、役人、および残りの民に言った。「彼らを恐れるな。大いなる畏るべき主を思い起こし、あなたがたの仲間のため、息子のため、娘のため、妻のため、家のために戦え。」(ネヘミヤ4:8)
◆戦争の歴史
聖書が書かれた頃はもちろん、キリスト教の時代になってもその後の歴史もまた、いまの視点から見れば野蛮であったと言えるでしょう。刃向かう敵を殺し、悲哀をもたらしました。労して造り上げた他者の生活を無きものとし、文化や文明を根こそぎ破壊することさえ、神の正義として正当化してきました。南米に限らず、大きな国を滅亡させてきたのは事実です。それも、聖書の神の栄光のため、と歌いながら。
もちろん、キリスト教だけが悔い改めれば済む問題ではありません。私たちの国は、「八紘一宇」をという理想を掲げ、それを実現するだけの価値を自分たちは有っている、と自分で言い続けてきました。欧米が正義であったとは限らないにしても、力の差が歴然としていた欧米を鬼畜と呼び、成敗することが日本の正義である、と考えました。その昔「元寇」のときに神風が吹いたことを理由にして、神国日本は負けない、と精神論を表に掲げました。何よりも、国民がその一つの思想に加担し、異論を唱える者を犯罪者として闇に葬ることも平気でしたのでした。
北海道に、小野村林蔵という牧師がいました。植村正久の弟子で、晩年、作家となる三浦綾子に洗礼を授けた牧師としても知られています。福音への情熱が強く、いまの私たちには手の届かないような、厳しい信仰を告げていることがよく分かります。その文章が3巻の全集に収められていますが、戦時の頃の文章では、見事に八紘一宇を肯定しています。そうせざるを得なかった時代ではあったと思いますが、明治生まれで天皇が絶対であった世の中で生まれ育った人です。天皇への尊崇ぶりは、いまの時代でそう言うと完全に国粋主義者と見なされるようなものでした。
だから、当時の指導者や教会を、私は決して「堕落した」などとは呼びません。そのようにいまの時代の安全な高みから言ってしまう人もいますが、私は賛成できません。この小野村牧師でさえ、官憲に目をつけられ逮捕されたことがあるのです。
原子爆弾を落としたアメリカには特に、そのことが太平洋戦争を終わらせた、と評価する人もいます。かつてはその考えが大勢でしたが、いまも根柢にその見方が根づいているかもしれません。先般も、イランへの攻撃を正当化するために、アメリカの大統領が原爆投下の例を持ち出したことは、記憶に新しいものです。
大統領は、「こんなことは言いたくないが」と前置きしてそのように発言したのですが、原爆投下の正当性が明確に示されたのは事実でした。これに対して、昨年度ノーベル賞を受けた日本原水爆被害者団体協議会は直ちに声明を発しましたが、国際的には殆ど注目されませんでした。そればかりか、日本国内のマスコミも、それを一度は報道したものの、大きな声に結びつけることを決してしませんでした。日本の政治家の発言には、それなりに長い間追及をすることがあるのに、原爆の正当化については、1週間も経つと、もう誰も何も言わなくなりました。
不穏な空気は、先の参議院議員選挙に於いても、私は強く感じましたし、今後の社会を懸念しています。私たちの社会に、そして一人ひとりに、何か恐ろしいものが巣くっているような気がしてなりません。
◆戦うしかないのか
8月は、日本ではどうしても終戦という時期ですし、原爆の日という特筆すべき出来事があったことで、戦争を思い起こします。しかし沖縄戦は、ほぼ終結したのが6月頃です。本土では、そちらはまだまだ小さなことと見なされているように見えます。誰かが告げていたように、「日本ファースト」のその「日本」の中に、沖縄は入っていないのです。かつての日本のキリスト教団がそうであったように。
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」である8月15日は、簡単に「終戦の日」と呼ばれることがあります。この記念日は、戦後1963年、政府が天皇中心の社会をもたらすために恣意的に決めたもので、そのときから、15日は俄然特別な日だと宣伝されるようになったものです。どちらも、「閣議決定」だけで決められています。
しかし日本政府がポツダム宣言を受諾したのは14日ですし、降伏文書調印は9月2日です。15日は、天皇が恰も祭司のように、国民一般に対して初めてその声を、しかも録音によって、戦争が終わったことを告げただけの日に過ぎません。しかし、いつの間にかそれが主役とされてしまいました。戦後しばらくは、15日を特別視はしていなかったと私は聞いています。
それなのに、天皇制反対だとか戦争犯罪がどうのとか息巻いている一部のキリスト教世界の人々までが、口を揃えて「8月15日が終戦記念日」と認めています。いくら「敗戦記念日」と言うべきだ、などと抵抗して見せても、依然としてそれは15日だとしか言いません。これではまるで、釈迦の掌の上で弄ばれている孫悟空のようです。
私たちにとり、戦いというものは、これほどに、私たちの考えを歪めてしまうものです。戦後80年を経た今年は、戦争について大きく取り上げられることでしょうが、NHKのいわゆる朝ドラで描いていたような、戦争への嫌悪や罪悪感のようなものは、果たしてどれほど私たちの魂を大切なところに気づかせてくれるのでしょうか。
エフェソ書を取り上げました。「神の武具」と言いながらも、もちろんそれは戦いを奨励しているものではないことでしょう。でも私たちは、簡単に「戦う」とか「滅ぼす」とかいう言葉を多用します。スポーツというものは、人間のそうした闘争本能を一定のルールの中で見たそうとしたものだ、と考える人がいます。
ローマのコロッセオで、勇士たちが殺し合うのを市民は見世物として喜んでいたといいます。キリスト教徒も、そういった見世物として野獣に殺されたり、火で焼かれたりした、とも言われています。
これの延長上にもしもスポーツというものが位置しているのなら、戦う用語が色濃く残るのも当然かもしれません。いくら反戦の幟を揚げる人々も、スポーツで敵をやっつけることを否定はしにくいものです。その意味で、エホバの証人の戦わない姿勢は、ある意味で徹底していることになると言えるかもしれません。
キリスト者は、悪と「戦う」のだ、と聖書は告げています。信仰生活は確かに「戦い」である一面があるでしょう。そもそも神が聖書で「戦え」と命じているのですから、悪と戦うのは、完全に正しいことであるはずなのです。
でも、問わせてください。本当に、そうするしかないのでしょうか。ヨハネ伝の言葉がいま響いてきます。
これらのことを話したのは、あなたがたが私によって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている。(ヨハネ16:33)
私たちは、すでに世に勝っている。そうイエスは言ったのです。だから「戦え」ではなく、もう勝利している、と言うのです。私たちは、戦うのでなければ、強くないのでしょうか。実際に戦うのでなく、せいぜい武具を用意しただけで済ませられる方が、まだよいではありませんか。私たちは、ここからも福音を伝えることが、何かできないでしょうか。福音を伝えるために、立ち上がって出てゆくことが、できないでしょうか。エフェソ書がここで武具の件に先立っても先に述べた言葉を、もう一度聴きましょう。
10:最後に、主にあって、その大いなる力によって強くありなさい。