舟に眠る主イエス
2025年7月7日

マルコ伝の連続講解説教も、4章の終わりを迎えた。「向こう岸へ渡ろう」とイエスが提言する。それまで、イエスは舟の上からたとえを中心に、湖畔の群衆に向けて教えを宣べていた。声は湖と背後にかき消され、容易には陸には届きにくいような気がする。岩場などでその反射を考慮したのならともかく、水の上だと、よほど大きな声で叫ばなければ聞こえないのではないか、と思われる。
この「声」という点については、山崎広子さんという人が、「声学」という方面を開拓し、「声」についての研究結果を、広く発信している。クリスチャンでもあり、イエスがどういう声で、あるいはどういう話し方をしていたか、ということで発言していたことがある。なにげなく読み飛ばしていた福音書の書き方の中に、それ以後私は「声」という要素を想像するようになった。
さて、弟子たちはイエスを舟に乗せたまま、漕ぎ出す。「向こう岸へ渡ろう」とイエスが言ったからである。群衆から距離を置いたような形である。ガリラヤ湖の、どこからどこに向けて舟を漕いでいたのか、それははっきりとは分からない。続く5章の記事によると、ゲラサ人の土地に着いているから、ひとつの可能性としては、拠点としていたカファルナウム地方から斜めに渡ったのであろうか。
このガリラヤ湖、私はもちろん訪ねたことはないのだが、少なくとも距離感覚からすると、身近なところになかなかよいモデルがある。見慣れている博多湾の大きさが、おおまかに言って、ガリラヤ湖に匹敵するのだ。福岡都市高速道路を通る度に、この広さに近い湖を、イエスと弟子たちも見ていたのかもしれないか、と眺めている。
説教者は、ゲラサ人の事件についても少し触れた。墓場に、汚れた霊に取りつかれた人がいた。足枷や鎖で繋がれていたが、それも壊してしまっていたという。「夜も昼も墓場や山で叫び続け、石で自分の体を傷つけていた」(5:5)などと、ここの話は非常に具体的で描写が詳細である。ここはまた次に礼拝で取り上げられることだろうと思うから、いまは深入りはしないけれども、その「レギオンに取りつかれていた人」(5:15)について、説教者はまるで先走るように触れるのだった。
その墓場の男については、「汚れた霊」の仕業だという結論があった。イエスの前には、「神に敵対する力」がある。説教者は、そのことを告げたかったのだろうと思う。つまり、このイエスと弟子たちはこの後、「激しい突風」に苛まれる。これもまた、「神に敵対する力」の現れなのであろう。ただ、この突風は、弟子たちの信仰を試すひとつのメルクマールにもなるのだった。
海には魔物がいる。そのように考えられていたかもしれない。ヨブ記などに海獣の如きものが登場するが、イスラエルの人にとり、西に拡がる海は、怖いものであったのではないだろうか。遠い島々にも主の声が轟く、というような幻を詩人はよく歌うが、遥か彼方から来る民族に対しても、何か特別な感情があったかもしれないと思う。
また、乾燥した地に、雨季のまとまった雨が降ると、日本でならそう大した雨量ではなかったとしても、斜面に走る水の勢いは、非常に恐ろしいものとなる。詩編には幾度も「大水」という言い方がなされているが、この雨季の水は、命取りの恐怖をもたらたはずである。水は、災いをもたらすものだという感覚があったかもしれない。
さてここに「激しい突風」が起こる。突風というから、突然の強風であったと思われる。舟の中にまで波が入る。沈む危険も感じたのであろう。弟子たちは慌てる。なによりも、イエスはそのときも、艫の方で眠っているではないか。艫とは船尾のことである。イエスはこの舟を、舳先に立って導くようなことはしていなかった。むしろ、弟子たち人間がどのように艪を操るか、様子を見ていたかのようでもある。
38:そこで、弟子たちはイエスを起こして、「先生、私たちが溺れ死んでも、かまわないのですか」と言った。
言い方も不思議である。「私たちが」死ぬことしか訴えていない。普通に考えて、舟が沈めば、イエスも命がない。だが弟子たちは、「私たちが」死ぬ危険性を訴えているばかりである。
39:イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。
風を叱り、湖に静まるよう命じた。それで、すっかり凪となった。「凪」と訳した語は、もちろんここでは「凪」でよいのだが、同時に「平安」や「安息」を意味することもできる。慌てふためいた弟子たちに対して、イエスは平安を与えたのだった。
ところで説教者も少し触れたが、「湖」という語は、「海」を表すことが基本であるような語であるという。これは、日本でもほぼそういう捉え方になっていると思う。「湖」は「みず」の「うみ」であり、「水海」と書くことも可能であった。そもそも広い広い水の溜まったところを「うみ」と呼び、それは塩水も淡水も区別する必要が元来なかったものと思われる。それを、その区別を要するようになったとき、淡水の方に「水」をつけて「水海」と呼んだのではないか。すると、従来淡水塩水両方を含んでいた「海」という概念が、専ら塩水を示すかのように特化したというふうに想像した。ちょうど、「天気」という広い概念の言葉が、「雨」に対する「晴れ」のみを「天気」と呼ぶことができるようになったのと似ている。
新約聖書の言葉で、家や家族を表す言葉に「オイコス」というものがある。後に「エコノミー」という概念に転じることになった語であるが、「神の家族」という表現で、信じる者の共同体、すなわち「教会」を考えることがあった。教会は、荒ぶる世を渡る舟にたとえられることもあったはずだ。悪魔の支配する世の中で、信仰を共にする仲間は、同じ舟の乗組員である。旧約聖書の創世記に見る、ノアの箱舟はその典型かもしれない。
説教者は、この物語の舟を、教会の姿だと理解する。聖書を読む者は、自分の人生を読み込むこともできたであろうが、それはむしろ近代個人主義的な発想に基づく見解であろう。いまでは、「人生の海の嵐に」という賛美歌を愛唱歌とする人は少なくない。賛美歌と言えば、「神によりてやすし」は実にまた切ない。作詞者スパフォードは、この曲の作詞に至る2年半ほどの間に、一人息子を喪い、火災で財産を失い、船舶事故で娘4人を喪っている。妻だけは助かったが、それに続く船に乗ったスパフォードは、気が狂いそうになる経験をした後、やがて神の臨在を覚える。そこから、この「It is well with my soul」の賛美が生まれたのであった。
教会は舟。荒波に揺られながらも、沈まない舟。何故沈まないか。イエスがいるからである。この舟には、思えば、イエスが先に乗っていたようなものである。弟子たちは、そのイエスの提示に従って、「向こう岸へ渡ろう」と指示され、漕ぎ始めた。確かにそこにイエスがいた。
私たちの教会にも、確かにイエスがいる。ただ、眠っているように感じられることもあるだろう。なぜこんなことが起こるのか。私たちはこの苦難に、どう対処してよいか分からない。その悩みをぶつける。だからこそ、イエスが溺れる心配をするのではなく、「私たちが溺れ死んでも、かまわないのですか」というような言い方をするのだ。マルコ伝の筆者は、すでに確かに、これを教会の者たちを意識して綴っていたに違いない。
そして、教会の難儀に対して、弟子たちは、イエスを起こした。イエスを頼った。自分たち人間の力でなんとかしようともがきはしなかった。イエスを信頼して、イエスに、なんとかしてくれと縋った。
イエスは風を叱り、湖を静めた。確かにイエスは、「なぜ怖がるのか。まだ信仰がないのか」と弟子たちを叱った。マルコ伝は、しばしばこのように、ふがいない弟子たちを描く。だが、それを非難だとして受け取る必要はない。しょせん人間である。幾ら弟子たちであっても、聖人扱いするべきではない。この弟子たちは、マルコ伝から学ぶその後のキリスト者たちの姿である。自分を見る思いで読まねばならぬ。その福音書の現場に、自分が登場しなければならぬ。最後にイエスの復活を聞いたら、もう一度最初に戻り、「福音の初め」から歩き始めるように促されている。
エルサレム神殿が破壊され、ユダヤ人は散り散りになる。キリスト者もまた、その場で安穏としていられるはずがない。怖がって当然である。ローマ権力により殺された仲間もいた。怖がって当然である。しかし、イエスは嵐の中で風を静めることができる方であり、それから弟子たちに言う。「なぜ怖がるのか」と。ここに私がいるではないか。「まだ信仰がないのか」とは、このような私がここにいるではないか、災いの中にいる、後の時代の教会の者たちよ、だから「いま、私を信頼するようにしないか」と呼びかけている意味ではないのだろうか。
41:弟子たちは非常に恐れて、「一体この方はどなたなのだろう。風も湖さえも従うではないか」と互いに言った。
「一体この方はどなたなのだろう」と顔を見合わせて語る弟子たち。これもまた、後の時代のキリスト者たち、教会の者たちに対する挑戦であるに違いない。さあ、あなたはどう応えるのか。「一体この方はどなたなのだろう」という問いかけに対して、あなたは何と返答するのか。教会を吹き飛ばそうとする風も、教会を攻め立てる悪霊も、イエスの言葉には勝てないではないか。イエスが、この教会に、いるではないか。舳先に立って導くような真似をなさらないが、艫の方で、私たちのすることを、待っているではないか。ある意味で信頼して、任せている。だから、眠るイエスをマルコはここに描いたのではないか。
迫害を受ける中で、ばらばらにさせられそうになりながらも、信仰を支え合うように寄り添う信徒の姿が、この緊迫した場面に描かれていたように感ずる。それは、いまここに私たちが覚える危機の状態と、重なって感じられるべきなのであろう。その危機と向き合っているならば、艫にいるイエスを、私たちは信頼してゆけるかもしれない。ある意味で、イエスは私たちが教会という舟を操ることを信頼して、眠っておられたのだ。このイエスの信頼、あるいは「信」を知ることによって、私たちもまた信仰、つまり「信」を貫くことができる。「まだ信仰が亡いのか」というイエスの問いかけに、私たちはいま、どう応えようとしているのだろうか。
※ 本日の礼拝説教は、最初の方だけしか直接聞くことができなかった。従って、レスポンスの後半は、たんなる私個人の思い込みであり、私がこの聖書箇所から受け止めたことであって、説教者の説教の内容には全く関係がない。従って、内容のおかしさや誤りについては、説教者の責任は全く何もないことを申し添えておく。