知恵泉(ちえいず)
2025年7月5日

先人たちの底力 知恵泉という番組がある。まともに見たことがなかったせいもあるが、無知なもので、最近まで気づいていなかった。「ちえいず」と読むことは、見ただけでは分かっていなかった。
「ちえいず」と呼ばれた人がいたそうなのだ。「知恵伊豆」のように書くというが、これは松平信綱のことである。気になってちょっと調べると、いろいろなことが分かってくる。無知な私にとっては、ネット検索機能は、実にありがたい。
もちろん、中にはデマや煽りもあるから、自身で判断することの大切さはよく分かるが、「正しい情報を知ろう」などという簡単な掛け声は、実のところ非常に危険である。小学生に作文を書かせたら、嘘の情報に気をつける、ということは口を揃えて書いてくる。それが難しいということに、子どもたちは気づかない。自分が気をつけていれば大丈夫だとするのだ。それは、世間一般の常識であり、そして世間一般が危ないことの証左である。
ところでその松平信綱という人物、「ちえいず」からその名前がつながってきたとき、私は非常に複雑な気持ちになった。その名は忘れもしない。「島原・天草一揆」の幕府軍のリーダーとして私の中に刻み込まれていた。
幕府が当初送ったのは、板倉重昌であった。信綱は戦後処理の役割を担っていたが、板倉の戦死により、信綱が総大将となった。オランダ戦の援助を依頼するなどの戦法を採るが、埒があかないため、兵糧攻めを目論んだ。これにより一か月後、原城は陥落することになる。
天草四郎時貞の首実検を行ったのは、この松平信綱である。残党の斬首などにも携わり、その後はこの功績で出世する。そしてキリシタン弾圧に大いに力を揮ったのであった。身分を得るために、幼くして松平家に養子を志願したといった逸話もあったが、有能な人物でもあったのだろう。江戸幕府の基礎固めの時期に、幕府のために大いに貢献したように伝えられている。
島原の地を訪ねたことがある。この足元には、いまだに骨が埋まっているだろう、との話も聞いた。沖縄戦についても、そのようであろうかと思われるが、さらに300年を遡る事件がそうであるとは、悲しくも恐ろしい話である。
島原半島などには、他地域からの入植者が住まわされた。キリシタンの歴史を塗りかえるためだ。そして、「キリシタンになったああなる」という恐怖感が、土地に伝えられ続けてきた。
入植とは違うかもしれないが、イスラエルには、サマリアという地域があり、元来のイスラエルの民族から混血へと進んだために、ユダヤ教の伝統を自負する南ユダ王国からすると、嫌悪の対象であったという。人類や民族の歴史は、その土地での出来事により、大いに変わってゆくものである。
島原での事件は、かつては「乱」と表され、信仰が主体と見なされがちであったが、もっと政治的なものであったという理解が進み、いまの教科書には、「島原・天草一揆」という語が掲載されており、生徒たちはその名で覚えるようになっている。
雲仙の「地獄」での凄まじい拷問は、しかしキリシタン信仰をもつ者に対して行われた。騒乱は「一揆」であったとしても、「邪宗門」の代表とされたのは確かである。
だからキリスト教は被害者だ。そのような意識をもつ日本人クリスチャンも、いないわけではない。確かに被害者としての側面を見失うことはできないだろう。だが、キリスト教の歴史は、ユダヤ教を迫害した歴史でもあり得るし、他宗教を信ずる異民族を排除し、滅亡すらさせ、力で信仰させるようなことも続けてきた歴史でもあった。さらに先にも触れたように、聖書を根拠に、特定の人々を弾圧してきたことも事実である。聖書に書いてあると言えば、そのために、その人を正義としてしまう社会が、健全であったと言うことはできないであろう。
松平信綱にしても、職務を全うしただけである。ある意味で、「凡庸」であったのかもしれない。私たちの「知恵」は、何のために、どのように使うべきだろうか。その逆に、使うべきではないのだろうか。私たちは、問い続けなければならない。私たちは、いつでも松平信綱になり得るのである。