コーヒーと私

2025年6月29日

コーヒー豆の値段が、うなぎのぼりといってよいほど上昇してゆく。しばらく安定していた頃の価格の、ゆうに2倍を超えている。
 
高校生の頃から、コーヒー生活を始めている。最初はよく分からなかったから、喫茶店で、キリマンジャロなんかを注文して気取っていたが、それは実はかなり酸味が強いものであることを知り後に知る。
 
あるとき、友だちに誘われて、今泉にある喫茶店を訪ねた。そこのマスターが、初心な高校生たちの目の前で、布ドリップの淹れ方を指南してくれた。蒸らすために最初に垂らすところで、挽いた豆が溶岩ドームのように膨れ上がるところで、歓声が出た。淹れ方の基本は、そこで教わったと言える。このマスターこそ、珈琲美美(びみ)の、森光宗男さんであった。2016年、韓国での仕事の際に客死する。いまは店は赤坂に移っており、奥様と次女が味を受け継いでいる。2022年、NHKの「美の壺」で店のコーヒーが紹介されたときには録画して、熱中して観た。
 
当時はブルーマウンテンが最高峰だった。だが、当然そんな高価なものには手が出ない。いろいろ情報を得ると、苦いのがあるらしい。マンデリンという。最初は、楽器の「マンドリン」みたいな名前だ、くらいにしか思っていなかったが、実は一時は世界での最高品種ともいわれていたらしいと知る。私はその苦みの虜になった。
 
以来、マンデリンの豆を買い、自分で挽いて飲む習慣が始まった。ミルが家にあったか、プレゼントしてもらったか、記憶は定かではないが、大学で下宿をするとなると、アルバイトでミルを買った。軽いミルではなく、鋳鉄製の重いものだ。その方が、挽きやすいことは間違いなかった。今でも売っているが、とんでもない値段になっている。当時としても、なかなかのものだった。
 
また、注ぐためのケトルも買った。注ぎ口が細くなければ、コーヒーに適した注ぎ方はできない。これも、贅沢な値段だった。
 
とはいえ、一時はサイフォンで入れていた。アルコールランプを使う。これは最高の贅沢のように思っていたが、その後、風味が飛びすぎることに気づき、ペーパーフィルターにした。布のドリップが最高だということは分かっていたが、費用や手入れの点で、自分には似合わないと思っていた。
 
一日の朝はマンデリンで始まる。その生活が、延々と続いた。ガリガリガリガリとミルで挽き、ゆったりと淹れるのだ。よほど何かの事情があったときや、大腸カメラ検査でコーヒーを止められたときなどを除いては、毎朝コーヒーを飲むという生活を営んでいる。
 
豆を挽いて、淹れる。そのスタイルは変わらない。紙のドリップではコストがかかり続けるので、やがてペーパーレス式にもなった。プラスチック製と金属製とを所有している。紙に吸収される雑味が全部滴り落ちるのだが、私にはその方が合っていると思い、コストを下げて飲んでいる。
 
それが、ここへ来ての豆の高騰。もちろん、フェアトレードという考え方にあるように、不当な価格抑制で労働者が虐げられているような事態には賛同したくない。自分の買値だけを判断基準にしたくはないものだが、コーヒー豆の生産量の減少やここのところの物価高騰には、たまらなく贅沢なもののように思えてきた。
 
とうとう、マンデリンだけ、という飲み方を変えた。違う安くて苦い豆にしたこともあったが、それも価格は半端なく上昇している。最後には、さらに安価な粉コーヒーを購入するようになった。もちろん、私の好みで、酸味のあるものは買わない。モカなど、もってのほかである。マンデリンにこだわらず、昨今の生産拡大国のベトナムや、インドや中南米でも、使用豆を見て選び、試してみて気に入ったら継続するようにした。
 
また、一日に何杯も飲むので、インスタントコーヒーも以前から利用している。夜に飲むためには、カフェインレス系統を探していたが、いま気に入っているのは、「マウントハーゲン・オーガニック・フェアトレード・カフェインレス」といつた名前がついているものだ。これは、カフェインレスの中では断然味がいい。少しでも安いルートを探して入手している。
 
最近、「ネスカフェ アイスブレンド」なるものを見つけて試してみた。この春から、これがたいそう気に入っている。ネスカフェは比較的味も悪くないのだが、この新発売のものは、冷たい水にそのままサッと溶ける、つまりアイスコーヒーがすぐに作れるのだ。それまでは、熱いコーヒーを氷の中に淹れるという形で作るものだ、と思い込んでいた。インスタントにしても、熱いものに氷を、という常識に囚われていたのだが、これはそのまま水に溶かす。そこへ氷を入れて少しだけ待てば、すぐに飲めると言える。なかなか便利だ。
 
福岡では「のだ」や、神戸の「にしむら」など、思い出のコーヒー店もあるが、話し始めればきりがない。京都では、いろいろあって、下宿の大家さんが経営している喫茶店で、私はブレンドコーヒーをいつでも自由に飲むことができた。味は特に上等ではなかったが、京都の「小川珈琲」は、京都ではあたりまえのものに過ぎなかったが、近年は全国的に有名になっているようだ。
 
実は、大手メーカーのあるものだけは、私はどうにも美味しいと思えず、決して手を出さないものがあるのだが、それをここで明かすのは、差し控えるべきだと思う。逆に、どうにも自分に合わないメーカーのコーヒーがあっても、それはその人が悪いのではないだろう、と申し上げると、心強くなる方がいるだろうか。



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