この時期に

2025年6月19日

事件から22年、今年になって、週刊文春がその「文春オンライン」で、事件の取材についての記事を改めて掲載している。いわゆる「福岡一家4人殺人事件」についてである。
 
事件の内容については、いまここで下手な説明を施すことは避ける。また、文春の取材がすべてその通りかどうか、についても、私には判断できる材料がないので、コメントするようなことはしない。
 
定かなのは、福岡で一家4人が、惨殺された、ということだ。
 
夫婦と、子ども2人が殺された。小学生の兄妹のうち、兄は私の長男と同学年であった。死んだ子の歳を数えることは悲しいというが、私には長男の姿に、どうしても重ねて見えてしまうことは仕方がないだろう。
 
事件当日、台風が九州北部に接近していた。その前日だったと思う。彼は自習に来ていた。2年くらい前から、塾に通っていた。最初はのほほんとお坊ちゃん育ちで、勉強に熱心であるようではなかった。しかし、才能があったのか、次第に上のクラスに上がっていった。その少し前に、最高のクラスに上がったことで、最高の中学を受験するという目標ができ、やる気が出てきたところだった。
 
人懐っこい性格で、気の弱いタイプではあったが、芯はしっかりしていたと思う。これからが楽しみだった。
 
週刊誌は、事件の真相をスクープしたい、という動機で動いている。記事が評判になり、読まれれば、売り上げにもつながるだろう。だが、20年以上が経ち、事件に関心があるばかりか、事件そのものを知らない人ももう多いことだろう。その塾の職員でさえ、たぶん殆ど知らないだろうと思う。
 
事件の後、彼の座席の机の上に、誰か生徒が、瓶に挿した花を置いてくれていた。
 
この時期になると、私は毎年憂鬱になる。悔しい気持ちもあるが、人間の邪悪さということについての怒りもそこには含まれていると思う。
 
その邪悪さは、私たちをいつしか遅い、操ることがある。自分はそのようなことをしない、そう思い込んでいることが、いちばん危ない。せめて、それだけは忘れずにいたい。



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